キョウ かくへいききんしじょうやく
「自分の国に裏切られ、見捨てられた」(国連)

Blog「みずき」:「核兵器を法的に禁止する初めての条約の制定を目指す交渉がニューヨークの国連本部で始まりましたが、アメリカをはじめとする核兵器の保有国は参加せず、唯一の戦争被爆国として核廃絶を訴えてきた日本も参加しないことを表明し、核軍縮をめぐる各国の立場の違いが際立つ形となっています。」(NHKニュース 3月28日)「なんという偽善」(Peace Philosophy Centre FB 2017年3月28日)という怒りの言葉しか私にも思いつきません。以下、カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(85)の怒りの声を伝える共同通信の記事と昨日の「核兵器禁止条約」制定に向けての交渉会議(ニューヨーク国連本部)の模様をさまざまなアングルから客観的に伝えるNHKニュースの記事をコピー・アンド・ペーストしておきます。じわじわと怒りが湧き上がってきます。

それにしても、こうした「偽善」を平然と行う安倍政権の支持率が62%もある(日本経済新聞 2017/3/26)日本という国の現実をどうにかして変革しなければなりません。ただし、一言つけ加えておかなければならないでしょう。その変革の道はいわゆる「野党共闘」の道ではありえない、と。沖縄で翁長県政の「裏切り」を支えているのが「オール沖縄」という似非「革新」システム、すなわち、日本共産党や社民党であるという現実を見ればそのことは容易に理解できるのではないか、とは私の強く思うところです。

【山中人間話目次】
・被爆者、日本の不参加批判 核禁止条約で「裏切り」
・鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の的確、明快な「オール沖縄」批判
・共産、39年ぶり都議会一般会計算案賛成――共産党の右傾化はとどまるところを知らないようです
・これは面白い展開になってきた――政権、籠池氏証言打ち消しに躍起 異例の告発言及
・毎日新聞吉井理記記者の教育勅語」肯定論者批判
・色平哲郎さん(佐久総合病院医師)の「病院で働きながら、ふと感じるプライバシーへの懸念」――患者を「監視」していないか?
キョウ てんのう14

Blog「みずき」:半澤健市さんの天皇家の愛子さん礼賛論を私は悲しく思います。なるほど、愛子さんの卒業記念作文「世界の平和を願って」には「彼女の鋭い感受性」が見られ、「歴史的に事柄を見ようとする知性」が見られる、と私も思います。しかし、いま、世相は、リベラル、左派を含めて「天皇制」という国民主権(主権在民)の理念と思想にまったく反する非民主的制度にはまったく関心を示さず、平和主義者、明仁天皇礼賛の声に満たされています(実態はそうではないことは一例としてこちらをご参照ください)。そうした世論の礼賛の声の中で愛子さんの「自立した精神」をことさらにもてはやすことにどのような意味があるか。「天皇制」という非民主的制度を実態として恒久化してしまう役割しか果たしえないでしょう。

愛子さんの作文には「原爆が何十万人という人の命を奪ったことに、怒りと悲しみを覚えた」という一節がたしかにあります。その愛子さんの「怒りと悲しみ」の対象者には「文章から導かれる論理」として「米大統領や彼女の祖父を含んで」いることもたしかでしょう。だとすれば、彼女の「怒りと悲しみ」は、「何十万人という人の命を奪った」原爆投下の契機となった戦前の日本の軍国主義批判、戦前の「天皇制」批判になぜ向かわないのでしょう。天皇家の一員である以上、天皇や天皇制を批判することはタブーとなっているからです。天皇や天皇制を批判するようには教育は受けてきていないからです。そうした偏頗な教育によって形成されてきた精神のありようを「自立した精神」と賞賛することは正しいことか? 答ははっきりしています。現在のポピュリズムとしての天皇礼賛傾向にさらに掉さすことにしかならないでしょう。半澤さんが当面の日本社会の目標とされている民主主義社会の実現のためにもいま一度再考していただきたいことです。

【山中人間話目次】
・半澤健市さんの愛子さん礼賛論を私は悲しく思います
・「森友学園」問題、政府側の説明は「納得できない」74%と安倍政権支持率62%の乖離をどう読むか
・「どうしてこういう社会になってしまったのか?」という私の問題意識に通じる太田昌国さんの「安倍をここまで増長させてしまったのは、なぜか」という問題認識
・毎日新聞の労働基準法改悪批判。メディアは労働者の生存に関わる労働基準法改悪にもっともっと反対の大きな声をあげるべきでしょう
キョウ へのこ21

Blog「みずき」:平安名純代さん(沖縄タイムス米特約記者)の「翁長雄志知事が就任後に初めて参加した県民集会で、前知事の埋め立て承認の「撤回を力強く必ずやる」と明言した翌日、米政府官僚から、「県知事の撤回表明は敵に手の内を見せたに等しいのに、沖縄ではなぜ評価されるのか」との質問を受けた」(平安名純代の想い風 沖縄タイムス 2017年3月27日)という指摘はきわめて重要な本質を衝く指摘だと思います。

『「撤回しました」と「これから撤回します」の間には大きな差があります。このコラムでは詳細は割愛しましたが、沖縄県知事が実際に辺野古の埋め立て承認を撤回する際、撤回の効力を最大化し沖縄にとって最善のシナリオを実現させるためには、撤回と同時に幾つかアクションを取る必要があります。元裁判官の仲宗根勇氏は自身のFB上で、「政府は取り消しの時と同じように、撤回の翌日には撤回の無効と一時停止の申し立てをするはず」と指摘したうえで、こうした状況を回避するために、「執行停止の差し止めの訴えと仮の差し止めを同時に提訴」する必要性を強調されています。そうして初めて「撤回の効力が持続し、工事は止まる」のです。知事の撤回の決意はもちろん歓迎(「撤回しました」表明ならより歓迎だった)ですが、非常に繊細なタイミングを要する事柄だけに、前もって「撤回します」と宣言し、政府に対抗措置を講じる時間的余裕を与えたのが果たして沖縄にとってよい戦略だったのかどうか疑問が残ります。実際、翁長知事は2月にジョージワシントン大学で行った講演後の質疑応答で撤回について聞かれ、「戦術というものはいろいろ考えながらやっていかなければならない問題ですから、政府でさえ言わないのに、今いったような形で沖縄県はこうしよう、ああしようなどという話はこれは言えません」と説明されていました。何が知事の心境を変化させたのでしょう。私はこれまで米側を取材してきたなかで、米側が沖縄に有利なシナリオがあると認識していると感じたことが何度かあります。しかし現実は沖縄にとって好ましくない方向へと動いています。新基地建設阻止の実現のために翁長知事を支えようというならば、知事ひとりに丸投げするのではなく、自分が知事の立場だったらどうするかと一人ひとりが考え行動する必要があります。県民集会で「知事を支えよう」と呼びかけられていた登壇者の方々には元裁判官の仲宗根勇さんと面談して戦略を練り、有権者と対話してともに道を探り、「助言」という形で知事を支えていただきたいと思います。政府の言う事を鵜呑みにしないためにも、できるだけ多くの専門家の方々の見解を知り、知識で武装する必要があります。その責任はもちろん私たち沖縄メディアにもあります。』(
平安名純代FB 2017年3月27日

【山中人間話目次】
・平安名純代さんの米政府官僚から、「県知事の撤回表明は敵に手の内を見せたに等しいのに、沖縄ではなぜ評価されるのか」との質問を受けた」という指摘
・乗松聡子さんの「翁長知事が予定する埋立承認「撤回」で止まる工事を止めたままにさせるために 」
・沖縄メディアの主張の誤りが本土メディアまで誤誘導する一例として3月26日付の毎日新聞の記事をあげておきます
・翁長知事に損害賠償請求 国(菅義偉官房長官)の無知とメディア(共同通信)の無知
キョウ おなが8
米軍キャンプ・シュワブ前の抗議集会で演説する沖縄県の翁長雄志知事

Blog「みずき」:おそらく仲宗根さんの言われることが正しい。特徴的なことは翁長知事の「撤回」発言をぬか喜びしているのはこれまで「撤回」など口にしたことがなかった人たちだ。その人たちの口からどうして「やっと」という言葉が生じるのか。私は不思議だ。散々、これまで「翁長知事よ、早く『撤回』せよ」と口にしてきた人たちは今回の翁長知事の「撤回」発言に疑問を呈している人たちが多い。私もそのひとりだ。

「あらゆる手法持って撤回を必ずやるというのは撤回の棚上げを弁解したに過ぎないのではないか? 「撤回を視野に」発言はすでに聞き飽きている。撤回を予言すること(あらかじめいうこと)は、取り消しの時と同じように政府に撤回の一時停止を準備させるようなものだ。撤回はある日突然に、しかも政府に行政不服審査法を乱用しての一時停止の申し立てをさせないための執行停止の差し止めの訴えと仮の差し止めを同時に提訴すれば、行政行為の公定力によって撤回の効力が持続し、工事は止まる。しかし、取り消しの時にしたように政府は撤回のよく日には撤回の無効と一時停止の申し立てをするはずである。一日の勝負である。裁判所に県の提訴が先に継続しておれば、国交大臣も一時停止はできないはずである。」(仲宗根勇FB 2017年3月26日)


【山中人間話目次】
・おそらく仲宗根さんの言われることが正しい。特徴的なことは翁長知事の「撤回」発言をぬか喜びしているのはこれまで「撤回」など口にしたことがなかった人たちだ
・翁長「埋立承認撤回」発言問題。目取真俊さん曰く
・翁長「埋立承認撤回」発言問題。もう一人。宮城康博さん曰く
・第二回自由大学「あらゆるアートは共謀/狂暴である」
・TBS報道特集「籠池理事長単独インタビュー」(2017/3/25 放送)
キョウ うたかいはじめ
宮中歌会始

Blog「みずき」:内野光子さん(歌人、短歌評論家)が昨年8月に雑誌『ユリイカ』に寄稿した「『歌会始』を通して考える『天皇制』」という論をご自身のブログに転載されています。 内野さんはすでに一昨年の12月に同趣旨の論をご自身のブログに掲載していますが、『ユリイカ』論考は同論をさらに発展、展開させたものといえるでしょう。全文は内野さんのブログに当たっていただきたいと思いますが、長文につきここでは現在の歌会始の選者の一人の今野寿美が赤旗歌壇の選者になった経緯について触れているパラグラフのみをご紹介させていただくことにします。内野さんの共産党、赤旗批判の要旨がおわかりいただけるものと思います。重要な指摘だと私は思います。

『こうした歌壇の大きな流れのなかで、私は、最近、一つの事件に遭遇した。それに連なるもろもろのことに共通して見えてくるものは、やはり国家権力の文芸への介入を受忍する、民主主義の衰退であった。二〇一五年一二月、現在の歌会始選者の一人今野寿美が二〇一六年から『赤旗』の歌壇選者になるという記事であった(『赤旗』12月28日)。今野寿美の思想の自由、『赤旗』の編集の自由だといって、片づけられる問題なのだろうか。今野の選者としての歌会始の自身の作品と『赤旗』歌壇の選歌の結果を比べてみてほしい。明らかにダブルスタンダード的な要素が伺える。『赤旗』歌壇の選者を務めたことのある歌人の「なんかおかしい、今野さんの選歌は、明らかに『赤旗』におもねすぎている」との感想は聞いていたが、この件についての論評は、今のところ見当たらない。だが、これには、前触れがあった。一九四七年以来、七〇年近きにわたって、「玉座」から天皇の「おことば」が述べられている国会開会式には参加していなかった日本共産党が、二〇一五年のクリスマス・イブに、二〇一六年の通常国会から出席すると発表したのだった。そのために開かれた記者会見の模様を、『赤旗』より詳しく報道したのが『産経新聞』であった(一二月二五日)。「共産党、国会開会式に出席へ 天皇陛下御臨席に反対方針を転換「アレルギー」払拭へ」の見出しで、共産党は安全保障関連法の廃止を求める野党連立政権「国民連合政府」構想を提案しており、従来の対応を変えることで他党に根強い「共産党アレルギー」を払拭する狙いがあるとみられる、と報じた。ちなみに、「朝日新聞デジタル(12月24日12時49分)」では、「共産党が通常国会開会式へ 党として初、野党と同調」の見出しで、これまで天皇陛下の出席を理由に欠席してきたが、方針を転換した。開会式に出ている他の野党と足並みをそろえることで、来夏の参院選での共闘へ環境を整える狙いがある、とした。

さらにさかのぼれば、二〇〇四年の新綱領、昨二〇一五年一〇月の「日米安保条約廃案一時凍結」の発表で、野党共闘、アレルギー払拭をめざし、一枚一枚、たけのこのように、皮をはいで行って、残るものは何なのだろう。そういう流れのなかで、一見、寛容で、ウイングを広げたかのような『赤旗』紙面への著名歌人の登場、歌会始選者の『赤旗』歌壇への起用であったのである。だが、一方、歌人に限らず、いささかでも異を唱える者の排除や無視という非民主的な要素、開かれた議論の場を想定しがたい状況が、蔓延しているのではないかが懸念される。思想の自由、表現の自由を守ることの難しさを痛感するのである。歌壇に限って言えば、そんな風潮を早くよりキャッチし、警鐘を鳴らし続けている歌人もいる。そして、二〇一六年の年末になって、佐藤通雅は、拙著3冊をあげて「果敢にタブーに踏み込んだこれだけの作業を、見て見ぬふりをいいのかと義憤の念にかられて、私はいくつかの文章を書いてきた」との論考が発表された。拙著で述べた「天皇・皇后の被災地訪問は、政府や企業あるいは自治体の被災地・被災者対策の不備を補完する役割」とすることについて、佐藤は、「補完の域を脱した、内部からの抵抗を感じることが何度もある」「為政者への無言の異議申し立て」であると、私の考えとの違いをも踏まえ、「いずれにしても、選者になったとたん黙して語らないのも、周りが見て見ぬふりをするのも不健全にはかわりはない。タブーはもう脱ぎ捨てて、さまざまな角度から意見を出し合い、問題を共有していくことを私は望んでいる」と結論付けた(「歌の遠近術12短歌と天皇制への視点」『短歌往来』二〇一五年一二月)。しがらみのない、インターネットの世界から巣立つ歌人たちにも、ぜひ、歴史から学び、聖域やタブーをつくらない議論の場を構築し、こまやかな感性とゆたかな感情を大切にしてほしい、と願う。』


【山中人間話目次】
・「歌会始」を通して「天皇制」と「共産党の右傾化」問題を考える――内野光子さん(歌人、短歌評論家)
・辺野古移設――翁長知事、埋め立て承認処分「撤回」を初明言。しかし、「撤回」の時期は明言していない
・醍醐聰さん(東大名誉教授)の安倍夫人付き政府職員発のFAXは安倍首相退陣の決定的な証拠となるという指摘
・安倍首相夫人の昭恵氏のフェイスブック上の釈明文は「官僚の手になる代筆」という3人の論者の指摘
・フランスの左派系メディア『リベラシオン』の森友学園事件報道
・オバマケア代替法案撤回へ。2回目の大統領令の執行停止という2か所の裁判所での敗北に続くトランプ政権のさらなる窮地
・「パン屋」では美しくないのか。これが安倍内閣のめざす「美しい国」の道徳。ほんとうに「終わってる」としかいいようがない。
・永井荷風ノ散歩道 万年床の書斎兼寝室兼居間(写真7枚)
キョウ ながいかふう
永井荷風が絶命した部屋。買い物かごと下駄と傘は実際に荷風が愛用した



キョウ ながいかふう2
浅草のロック座で踊り子にはさまれてご満悦の荷風


キョウ ながいかふう3
書斎に寝かされた荷風の遺骸



キョウ ながいかふう4
葛飾八幡宮


キョウ ながいかふう5
白幡天神社に立つ荷風の歌碑



キョウ ながいかふう6
カツ丼、上新香、日本酒1合の大黒家「荷風セット」



キョウ ながいかふう7 

キョウ しょうにんかんもん2
衆議院第1委員室

Blog「みずき」:森川文人さん(弁護士)と清水潔さん(ジャーナリスト)の正論中の正論。

森川文人さん「二人の全く対立する事実を主張している場合、一方が尋問に出て、一方が出ない場合、よほどのことない限り、出たやつの証言が真実で、出れないやつ、出せないやつの主張が認められない、というのが事実認定のルールだ。俺は、それで無罪を取ったぜ」。

清水潔さん(ジャーナリスト)。「フェースブックに適当に書きこんでも偽証罪にはならない。一方、篭池氏はそのリスクを背負って国会で証言した。ならば安倍昭恵氏も弁解は国会で証言せねば説得力は無い。その場合はフェースブックと同じ内容を語るしか無くなったわけだ。だから証人喚問に「応じない」ならばそこでゲームオーバーだ」。


【山中人間話目次】
・二人の全く対立する事実を主張している場合、出たやつの証言が真実で、出れないやつ、出せないやつの主張が認められない、というのが事実認定のルールだ――森川文人さん
・清水潔さん(ジャーナリスト)の正論中の正論―― フェースブックに適当に書きこんでも偽証罪にはならない
・<批判は思想の違い?>安倍昭恵夫人のズレた感性と軽率さ- 両角敏明さん(テレビディレクター・プロデューサー)
・産経新聞としてはまともな主張――国会証人喚問問題
・これも昨日の証人喚問の収穫――「下地のアホ。ハシゴ掛けたのワシやとバラしやがって」
キョウ きょうぼうざい8

Blog「みずき」:小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「共謀罪」論断簡。「共謀罪」に関して、小倉さんの欧米の歴史を振り返ってみての「近代という時代の精神の本質」という指摘はよくよく考えてみなければならないことだと思います。

「BBCは、ロンドンのウェストミンター国会議事堂付近で起きた自動車テロの報道にほとんど全ての時間を費やしてる。テレサ・メイ首相は英国議会は「民主主義、自由、人権、法の支配という我々の価値を代表している」として、テロがこうした英国の価値観への挑戦だと批判した。テロが起きるたびに欧米の(そして日本の)政府首脳らが繰り返すこの自己讃美の言説を、私は納得して聞いたことがない。むしろ非常に不愉快な気分になる。英国が誇る民主主義や自由はまた同時に、英国の植民地主義と表裏一体だったのではないか?イラク戦争以降の対テロ戦争は、英国の民主主義、自由、人権にもとづいて広汎なイスラーム圏を武力紛争という民主主義も自由も人権も奪うような環境に追いこんだのではないか。民主主義、自由、人権を口にしながら、実際にはそのいずれもが奪われる。どうしてこのような欺瞞を繰り返す「先進国」の価値観に、こうした欧米500年の欺瞞に心情的にも共感できるだろうか。米国もフランスも有志連合の諸国だけでなく全ての対テロ戦争に加担している自称「自由と民主主義」の国に共通する欺瞞の言説が、むしろ敵意と憎悪を再生産しているのではないか。

言うまでもなく、日本が戦前戦中に繰り返してきたこともこれと同質であったし、戦後もまた日本の侵略と戦争責任への反省がないという意味でいえば、欧米先進国と同罪である。欧米帝国主義批判と民族解放戦争としての大東亜戦争なる言説とは裏腹に、日本の行為は明かな侵略であり虐殺であった。一方に口当たりのよい普遍的な理念を掲げ、この普遍的な理念を口実に、他方で残虐の限りを尽しながらこの暴力を正当化してきた。それが近代という時代の精神の本質ではないか。
 
テロ対策に厳罰主義や警察による捜査権限の拡大が役にたたないのは、この欺瞞を正当化するための国家による暴力の行使でしかないからだ。今問われているのは、価値観を裏切ることを平然と繰り返す権力の偽善そのものである。主権者たちもまた、こうした政府の偽善と腐敗を民主主義という舞台装置によって下支えしているのではないか。」

【山中人間話目次】
・小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「共謀罪」論断簡――近代という時代の精神の本質と共謀罪
・報道各社の22日の社説を通じて今日の「共謀罪法案」問題を考える――澤藤統一郎の憲法日記
・トランプ支持率のさらなる低下と「イスラム教徒の入国禁止を目的とした大統領の2回目の試みの2カ所の裁判所での敗北-坂井定雄さん
・米議会にトランプ大統領の「核先制攻撃」制限法案:「核戦略論議」沸騰へ- 春名幹男さん
・こういう騒ぎがあってもいい。パンツの話- 常岡浩介twitter

キョウ かんのかん5
日本の民主主義を殺しているのはどちらか?

Blog「みずき」:青木理さんの「理の眼」。右派団体・日本会議を取材してきたのはただ菅野完ばかりではありません。「左派・リベラル」が無暗にスターをつくりたがるから菅野完の右翼的体質も見抜けず、「森友学園」問題に関しての菅野・籠池の右翼・新右翼コンビのコラボとしての「左翼取り込み」の詭計も見抜けないのです。以下は、「菅野完著『日本会議の研究』の研究――ついに菅野完氏の正体が明らかになった」という論説の一節。

「ついに菅野完氏の正体が明らかになりました。菅野氏がネット上で4月30日に上記第1の投稿をしていた事実を私は今日、はじめて知りました。私の研究不足でした。上記第1によれば菅野完氏は「民族派」だそうです。菅野氏は「私は、雅春先生が大好きです。心酔している」「雅春先生のご事蹟は、日本の誇る霊的指導者」と述べ、谷口雅春氏を絶賛しています。どうりで菅野氏のツイッターでの発言は、平和憲法を否定したり、憲法を否定する「反憲学連」の元議長の死に対して丁重にお悔やみを述べていたりして、変な人だなと思っていましたが、これですべての謎が解けました。『日本会議の研究』では立憲主義を破壊する安倍政権を批判する記述や日本会議の政治運動によってもたらされる民主主義の危機を訴える記述などがあって、まるで憲法擁護派のような立ち位置で書かれていましたが、正体は全く違っていて、彼はバリバリの谷口雅春派でした。

それにしても、そんなに谷口雅春氏に心酔しているなら、菅野氏自身、自分が谷口雅春派の民族派である事実を、『日本会議の研究』の中で明らかにしたうえで本書を出版するべきではなかったでしょうか。ところが彼は正体を隠して、読者を騙して出版したわけです。菅野氏に言わせれば、本書出版日とほぼ同じころに上記第1の投稿をネットでしていたから自分の正体はすでに明らかにしていたということなのかもしれませんが、ネットで書いていても圧倒的多数の読者は気がつきませんし読みませんし、私自身、今日初めて知りました。菅野氏は『日本会議の研究』の中で自分の正体を明らかにするということが決定的に重要だったと思いますが彼はそれをしませんでした。しかも彼は自分の経歴も学歴も、本名も(?)明らかにしてはいませんでしたし、いまもそうです。そうやって菅野氏は自分は谷口雅春氏に心酔している民族派である正体を隠して、読者を騙して、13万部以上(?)の売上げで多額の利益を得ておきながら、一方で、菅野氏は次のように述べて、谷口雅春氏を信奉している事実を明かさずに政治運動を続けてきた「安東さん界隈」を痛烈に批判するというのは、完全に矛盾しているのではないでしょうか。谷口雅春氏に心酔している人間のレベルがこれ一つみても、よく解りますね」


【山中人間話目次】
・菅野完を英雄視するリベラル・左派必見――「ついに菅野完氏の正体が明らかになった
・青木理さんの「理の眼」。右派団体・日本会議を取材してきたのはただ菅野完ばかりではありません
・郷原信郎弁護士の籠池氏への自民党の"反対尋問"(証人喚問)は容易ではないという論。郷原弁護士はどうやら安倍政権側の完敗を予想しているようです
・醍醐聰さん(東大名誉教授)の籠池・森友学園理事長証人喚問問題連続論評
・こんな確かめようもない情報をデマというのです。「検察関係者から聞いた」云々とはデマ発信の常套句でもあります
・「治安維持法は司法が『育ての親』だった」という内田博文さん(神戸学院大学教授)の共謀罪法案批判の視点
・「共謀罪」は「共謀罪」と書き続けるという。朝日新聞のジャーナリズムとしての「見識」はかすかでも残っているようです
・トランプ政権の「苦境」を伝える報道2つ

キョウ あべととらんぷ

Blog「みずき」:毎日新聞編集局編集委員の伊藤智永は先週に引き続いて安倍提灯記事を「サンデー毎日」(3月19日号)に次のように書きます(なお、先週の伊藤の記事の私の評価についてはこちらをご参照ください)。

「昨年12月の日露首脳会談といい、2月初旬の日米首脳会談といい、国際秩序の歴史的な構造大転換を、ここまで日本は相当大胆かつ巧妙に乗り越えつつある。日本としては稀(まれ)な長期政権の経験と実績を重ねたリーダーの存在と資質なしに、それは到底なし得なかった――。そうした英雄気分も交じった自負心が、最近の安倍晋三首相には強い」、と。

伊藤のこのレトリックはなにか? 「温泉宿泊会談」「ゴルフ友達会談」などと多くのジャーナリストから揶揄さえされてなんの成果もあげえなかった昨年末の安倍・プーチン会談や2月初旬の安倍・トランプ会談を「国際秩序の歴史的な構造大転換」「長期政権の経験と実績を重ねたリーダー」などと持ち上げ、安倍を礼賛する。そして、その礼賛を礼賛のように見せかけないために「そうした英雄気分も交じった自負心が、最近の安倍晋三首相には強い」とその礼賛は安倍自身の自負心の説明であるかのような文章にする。おのれのしていることをさもおのれのしたことではないように見せかける卑怯、卑劣なレトリックいうほかない一文です。伊藤に提灯屋の資質は認めても、ジャーナリストの資質を認めることはできないでしょう。それが毎日新聞の編集局編集委員さまです。世も末とはこういうことをいうのでしょう。私としてはこれ以上とても彼の文章につきあうつもりはありません。


【山中人間話目次】
・伊藤智永毎日新聞編集局編集委員の安倍提灯記事第2弾を糾す
・朝日新聞よ、過労死レベルの残業を労働者に強要する労働基準法改悪を「長時間労働を改めていく一歩には違いない」とはなにか
・1人の議員の思想・信条の自由を圧殺する宮古島市議会の多数の暴挙に抗議する
・内野光子さん(歌人、短歌評論家)の「天皇の退位」に関する衆参両院正副議長の「とりまとめ」に関する論説の中で言及している原武史さんの朝日新聞インタビュー記事
・地元名護漁協の一部漁業権放棄をめぐる漁業法の専門家の熊本一規明治学院大学教授の論証
キョウ てんのうとりまとめ
天皇退位に関するとりまとめ提出

Blog「みずき」:内野光子さん(歌人、短歌評論家)が「天皇の退位」に関する衆参両院正副議長の「とりまとめ」をめぐって共産党がその「とりまとめ」の大部分について反対意見を述べながら結局「合意」した政党としての不見識と論理の不整合(一貫性のなさ)の問題性を問うています。その点と内野さんの原武史氏の朝日新聞インタビュー発言評価に絞って同論考の要点をご紹介させていただこうと思います。内野さんの「(共産党は)憲法上の疑義がある「とりまとめ」に、こうした意見を付すくらいなら、なぜ反対しなかったのだろうと。もっとも、このブログでも何回か記事にしているように、共産党は、天皇制へのスタンスを、確実に転換したのにもかかわらず、きちんとした説明責任を果たさないまま、ポピュリズムへと雪崩れていく姿に戸惑い、驚いている」という発言には強い重みがあります。全文は内野さんのブログでお読みください。


【山中人間話目次】
・内野光子さん(歌人、短歌評論家)の「天皇の退位」に関する衆参両院正副議長の「とりまとめ」をめぐる共産党の行動と論理の不整合批判
・醍醐聰さん(東大名誉教授)の政局評――籠池氏に限らず、迫田英典氏、安倍昭恵氏、松井大阪府知事も証人喚問を
・水島朝穂さん(早大教授・憲法学)の「ヴァンゼー会議の75周年――トランプ政権発足の日」
・トランプの国防費増と保護主義。不気味な未消化感のようなものがある。不吉な予兆のようなものがある。愚者が世界を翻弄するときのおぞましさがある。
<こころの時代>
「父を問う」~いまと未来を知るために~
出演:作家・辺見庸&小さな犬



『友人各位 いかがおすごしでしょうか。小生は花粉症、麻痺悪化、右目硝子体出血、歩行困難、視床痛、慢性うつetc.でヘロヘロですが、犬とともに冗談を言いあい、なんとか生きております。さて、2017年3月18日 (土)午後1時から「こころの時代」がNHK教育テレビで再放送されます。12日の放送をみのがしたかたはぜひご高覧ください。テーマは拙著『完全版1★9★3★7』に直接かさなるものです。初回の放送は非常に好評でしたが、一部視聴者から「抗議」もあったと聞いております。再放送をご覧になり、お感じになったことやご意見を、NHKあてにメールや電話でお寄せいただければさいわいです。番組は終始静謐にてんかいされますが、きわめて重大な歴史の断面をうめこんでおります。げんざいと近未来のできごとをイメージするための参照点としても一見の価値ありとおもいます。が、きょうび、たったこれだけのことを放送するのにも、目にはみえない重圧があるようです。みなさんの応援だけが支えです。勇敢なディレクターたちへの声援をよろしくおねがいします!』(辺見庸ブログ 2017年03月19日)

『作家・辺見庸さんが生まれ育った宮城県石巻市は東日本大震災で壊滅的な被害を受けた。剣呑(けんのん)な予感を抱き続ける辺見さんの、今と未来を知るための思索の道程。これから何が起きるのか。それを予感するために、辺見さんは過去を振り返る。近著では、日中戦争が本格化した1937年をテーマに、資料を渉猟して、日本の戦争の実相を浮き彫りにした。その中で辺見さんは、中国に出征した父のことを書いた。戦場で父は何を見聞きし、どう振る舞ったのか。戦後をどんな思いで生きたのか。父に問い、同時に自らをも問い詰める。時代の奔流のただ中で「実時間」を知り、自分が自分であるために。』(NHK番組案内)
キョウ れんごう
逆説

Blog「みずき」:大田英昭さん(日本近代思想史、社会・労働運動史研究者。東北師範大学(長春市)教員)の根底的な日本の労働基準法改悪批判。その改悪法を「労働基準法の70年の歴史の中で非常に大きな改革であり、第一歩だ」などとほざいているのが私たちの国の日本労働組合総連合会(連合)の会長であることがこの国の労働運動の壊滅的な死滅そのものを物語っています。私たちはこういう国に生きている。実に悲しいことといわなければならないでしょう。私たちと次代の若者たちのためにこうした絶望的状況をなんとしても変革しなければならない。大田さんの文章を読むにつけてもその思いをあらたにします。


【山中人間話目次】
・大田英昭さん(日本近代思想史、社会・労働運動史研究者。東北師範大学(長春市)教員)の根底的な日本の労働基準法改悪批判
・豊島耕一さん(佐賀大学名誉教授)の眼 ――山城博治保釈報道,どちらが一般紙でどちらが左翼紙?
・私ばかりではなく、以下の共産党員、共産党支持者(相応に名の通った人たちですね)も小池東京都知事の「右傾体質(右翼性)」を批判しています
・この田中利幸さんの「皇室をいまだに敬畏する東京大空襲犠牲者遺族たちの心理批判も込めて」という文章は根源的な「天皇制」批判の言葉だと私は思います
・山城さん釈放の喜びを私もともにしたいと思います。山城さんの運動が私たち自身の運動でもあるならば、山城さんの釈放はひとりひとりの「私」の釈放でもあるからです
キョウ なかざわけいキョウ かねひらしげき
中沢けいさん(左)と金平茂紀さん

Blog「みずき」:昨日は「菅野完現象」(籠池・森友学園理事長の単独インタビューに成功した菅野完を英雄視する傾向)があまりにひどかったので警告の意味でそのことについて数本の記事を費やすことになりましたが(「今日の言葉 ――たったひとつの特ダネをとった程度のことで菅野完という「新右翼」を英雄視するかのようなリベラルの賞賛が続いています。そのリベラルの志向がこの国をポピュリズムと戦争の道へと導いていくのです。 」参照)、常識的な見方が出てきました。籠池・菅野の右翼・新右翼コンビ(菅野と籠池は結託しているという指摘があります。左記記事参照)のコラボの「左翼取り込み」の「戦略」ともいうべき詭計に欺かれてはならないでしょう。

【山中人間話目次】
・籠池証人喚問問題――籠池・菅野の右翼・新右翼コンビのコラボの「左翼取り込み」の「戦略」ともいうべき詭計に欺かれてはならない
・中沢けい(作家)、金平茂紀(テレビキャスター)などリベラル・左派の情勢読解リテラシーの欠如を憂う
・「小泉語」を歓迎する風潮は根を張り、時代状況は危機的様相をさらに深めている。安倍の「敵失」は十分に生かしつつ、こんな時代の底流に目を凝らしたい
・また、「未来のための公共」(新シールズ)なる「若さ」を売りにする「民主勢力」の無定見な「社会変革」ゴッコが始まった
・山城さんの第一回公判後に保釈が地裁で認められたが、検察の抗告はあの多見谷裁判長らの高裁那覇支部が判断する。予断は許さない
・辺見庸 <こころの時代> 「父を問う」~いまと未来を知るために~(動画)
キョウ すがのたもつ2

Blog「みずき」:田中宏和(「世に倦む日日」ブログ主宰者)の菅野完批判と共産党批判。菅野完を「新右翼」と認定するところ、「共産党に情報を収集分析する力がなくなった」。「共産党が劣化し、ただの野党になった」と認定するところは私の認識とも重なります。標題が私の言いたいことのアルファであり、オメガ(ΑΩ)です。ここでは具体例は書きません。下記の今日の「山中人間話」の一連の記事と合わせて読んでいただければ幸いです。続き物としてというか一本の流れの中で書いています(その中に具体例も出てきます)。私は私の言う「菅野完現象」を身の毛のよだつ思いで見ているのです。 

『籠池泰典は、事件発覚のあと、ずっと生き残りのために駆け引きを続け、突っ張りながら着地点を計っていたと思われるが、官邸とのパイプで交渉役の弁護人の態度を見て、官邸と維新が蜥蜴の尻尾切りに来ているのを察知し、代理人を菅野完に切り替えたのである。反安倍(左翼)を味方に取り込み、擬似的に「正義の味方」の表象を得、国民世論の追い風を受ける立場を仮構して、官邸と再交渉に出たのだ。菅野完は、そういう「左翼取り込み」の「戦略」を籠池泰典に提案したのだろう。新右翼の菅野完らしい。籠池泰典はそれに乗った。16日の豊中の私邸前の映像は異様としか言いようがない。あの場所は、旗棹地の区画になっている玄関前のアプローチで、籠池宅の敷地(庭先)だろうが、籠池泰典がこれまで悪魔として呪ってきた左翼(共産党と社民党)と仲よく写真に収まり、安倍晋三を追及するぞと気勢を上げてマスコミに絵を撮らせている。有印私文書偽造で公金を詐取し、カルト教育で児童虐待をしてきた右翼の悪党が、いきなり反安倍のシンボル・キャラクターに化学変化した。小池晃と福島瑞穂と森裕子は、雁首並べていそいそと大阪まで出向き、籠池泰典の反共教育の持論を拝聴し、籠池泰典を「正義の味方」にイメージチェンジする記念写真を撮影、手ぶらで帰京した。籠池泰典に利用され、籠池泰典に振り回されている。正直なところ、目を覆いたくない気分だ。この事件の発生以降、共産党はずっと渦中にある猛毒の右翼に利用されている。口利き実行犯の鴻池祥肇に道具にされ、鴻池祥肇が自らを上手に免責して逃げる政治工作を手伝わされた。』

『共産党も民進党も、疑惑を解明する独自の調査能力が全くない。情報を収集分析する力がない。一つ一つ事実を積み上げ、事件の構図を正確に描いて説明しようとせず、犯罪行為や違法行為のカタログを整理して関係者の法的責任リストを確定させず、足を使って(諜報努力をして)証拠を集めようとしない。民進党の議員にその能力がないのは理解できるが、共産党がそれをできないのはどうしてだろう。不思議だ。それができるのが共産党だった。共産党のエクセレンスと存在感はそこにあった。だから共産党は優秀な党であり、どれほど議席は少数であっても国民の信頼と期待を集め得た。支配層と右翼反動から恐れられた。単に正義の党であるだけでなく、実力のある党だった。「確かな野党」という意味は、何でも反対という意味ではなく、不正を明らかにする実力を持った党という意味だ。共産党がこの事件に本気で食いついていない。共産党だけでなく、左翼のジャーナリストがそれをしていない。単に事件を煽って騒いでいるだけで、安倍晋三の支持率を落とすことだけが念頭にあり、政治的動機だけで表面的に追いかけている。だから、菅野完に主導権を握られるのであり、右と左をバンク切り換えする菅野完の狡猾な手品と口舌に揺さぶられ、籠池泰典をロンダリングする手伝いをさせられ、籠池泰典を反安倍の英雄として喝采する倒錯に陥るのである。共産党が言論をリードしていない。共産党に意志と能力がなくなった。共産党が劣化し、ただの野党になった。残念だ。』


【山中人間話目次】
・「世に倦む日日」ブログ主宰者の菅野完批判と共産党批判。菅野完を「新右翼」と認定するところは私の認識とも重なります
・いまの「リベラル」なるものの現状と「菅野完現象」について
・籠池証人喚問では「安倍首相からの100万円」と題された菅野完の本日‏付けの記事にあげられている「物証」の証拠性が議論されることになるでしょう
・内藤正典さんの「リベラル=寛容」ではないという指摘(1)
・内藤正典さんの「リベラル=寛容」ではないという指摘(2)
・郷原信郎弁護士の「籠池氏証人喚問は、自民党にとって『危険な賭け』」という読み
・籠池理事長が「安倍首相の寄付金も含まれている」と証言した際の映像
・辺見庸のETV「こころの時代」、副題「父を問う――いまと未来を知るために」(出演:作家・辺見庸&小さな犬)の再放送案内
・辺見庸・目取真俊対談――「沖縄を語る」