キョウ ふづき96

Blog「みずき」:TOKYO MXが、「ニュース女子」問題で辛淑玉さんに謝罪した件については籏智広太記者(BuzzFeed News)の記事に詳しいので以下、同記事を引用します。私は、辛淑玉さんのこの件に関するBPOへの人権侵害申し立ても、また、今後予定しているという「DHCテレビジョン」及び長谷川幸洋(元東京・中日新聞論説副主幹)の提訴も当然の行為であり、かつ、正しい行為だと思っています。にもかかわらず、とりわけ辛淑玉を一種のヒロイン仕立てにしてこの問題を報じる「民主的」メディアの報道姿勢には強い違和感を持ってきました。そこには先(ひとつ前)に書いた李信恵の暴力事件や野間易通(旧しばき隊主宰)の言論暴力事件を擁護するヘイトスピーカー擁護者としての辛淑玉(のりこえねっと)のもう一面の姿が見事にスルーされているからです。私はほんとうのところ辛淑玉にはTOKYO MXや長谷川幸洋を批判する資格はないのではないか、とさえ思っています。が、先に李信恵批判の記事を書きましたのでその関連で「「ニュース女子」で人権侵害、在日女性が「DHCテレビジョン」とジャーナリストを提訴へ」(BuzzFeed News)という記事も参考として記事にしておきます。私が問題にしたいのはむろんヘイトスピーカー擁護者としての辛淑玉の許されざる一面についてです。

【山中人間話目次】
・TOKYO MXが「ニュース女子」問題で辛淑玉さんに謝罪したことと李信恵や野間易通というヘイトスピーカーを擁護する辛淑玉の落差について
・私は、李信恵はじめカウンターの主だったメンバー5名を訴えて控訴した大学院生M君の主張を全面的に支持します
・此頃都ニハヤル物 ポピュリズム パフォーマンス 虚騒動(そらさわぎ)と私は思う。が、むろん、懲罰動議などには賛成しない
・私には世界は進歩しているのではなく、退歩しているように見えます――自らを「ユダヤ人国家」と定めたイスラエルは、建国の理念も捨て去った ニューズウィーク日本版
・井上ひさしは晩年「自分は一パーセントの希望を信じて芝居を書きたい」』と語っていたという。1%の希望か? 1%ならまだこの国にもあるだろう――アリの一言「日曜日記」 
・西成彦さん(立命館大教員、比較文学)の上海作家、張愛玲のこと。あるいは短篇「色、戒」(1977)のこと
キョウ ふづき91

Blog「みずき」:「日の丸・君が代強制」問題に関する2018年7月19日最高裁判決は後世に最高裁の汚点として記憶されるべき判決。私は殊に澤藤統一郎弁護士(日の丸・君が代第二次訴訟弁護団)の指摘する同訴訟の最高裁裁判官5人の人選に関して、弁護士出身裁判官ではありますが、加計孝太郎の立教時代の同級生で加計学園の元監事(最高裁は木澤のその経歴を隠していた)の木澤克之裁判官の選任、同じく弁護士出身裁判官ではありますが、「弁護士枠」での採用でありながら日弁連推薦を受けた者ではない山口篤裁判官の選任について最高裁の人事権の乱用を強く疑います。そういう意味でも後世に最高裁の汚点として記憶されるべき判決であったと思います。「21世紀型ファシズムの時代」、あるいは「崩壊の時代」にあって最高裁も根っこから腐食している。その現象の現われと見るべきか。おそらくそうでしょう。

【山中人間話目次】
・「日の丸・君が代強制」問題に関する2018年7月19日最高裁判決は後世に最高裁の汚点として記憶されるべき判決――「澤藤統一郎の憲法日記」から
・さて、その最高裁(司法)はなにゆえに腐食するか。そのヒントのひとつが下記の記事にあるように思います
・現今のリベラル・左派のどうしようもないまでの堕落のさま再説――横田一(「週刊金曜日」常連執筆者)も週刊金曜日も日本共産党も「堕落のさま」の例外ではない
・アウトなのにセーフになる世の中のさま。これを「21世紀型ファシズム」(藤原章生「マルクス・ガブリエルインタビュー」)の風景と言うのだろう――トランプ氏不倫疑惑 弁護士との会話記録をFBI押収 米有力紙
・国(防衛省沖縄防衛局)はこの8月17日にも土砂を投入し、沖縄・辺野古の海を不可逆的な死の海にしようとしている――岩波『科学』誌が安部真理子、大久保奈弥の「沖縄島辺野古・大浦湾の危機から」を掲載
・仲宗根さん、ほんとうにお疲れさまでした。心から感謝しています――即時撤回求めた県庁広場6日間連続座り込みを貫徹した
・鄭さん(鄭的視点)の不在の大きさをかみしめていました――しばらくアカウントを一時停止しました。少し余裕も出来ましたので、再開いたします(鄭玹汀FB 2018年7月20日)
キョウ ふづき86

Blog「みずき」:徐京植さん(東京経済大学教員)のハンギョレ紙寄稿文「宮城与徳」(2018-07-20)から朴烈の獄中転向問題に関する「追記」をあえてピックアップします。いまの日本の「リベラル・左派」の右傾化問題と密接に呼応する問題提起ないしは示唆になりえていると思うからです。「宮城与徳」本文についてはシェア記事をご参照ください。

『前回の本欄コラム「쓰라린 진실- 영화 ‘박열’을 보고」について、去る6月1日、朴烈先生記念会から本紙担当部署に連絡があったと聞いた。その主旨は、当該コラムの一部において筆者が朴烈の獄中転向を確定した事実のように記しているが、これについては現在も多様な議論が進行中であり、断定すべきではないというものであった。筆者として、この指摘について簡潔に言及しておきたい。

筆者は文中に明記したように、コラムの当該部分を信頼すべき歴史学者・山田昭次教授の見解に依拠して記述した。記念会の指摘を受けるまで、筆者として近年における議論の展開については詳しく承知していなかったので、この点の不勉強を認め指摘を有難く受け止めたい。ただ、議論はまだ進行中であり、朴烈の「転向」が日帝当局によって捏造された虚偽情報だという論証も十分ではないようだ。したがって現段階では山田教授などによる従来の定説が完全に否定されたともいえない。このような点を考慮すると、前回コラムで筆者が朴烈の転向を「事実」と書いた部分は、「転向が報じられた」と書いたほうがより正確であったと考える。今後の研究の進展を見守りたい。

ただし、筆者の意図は、「底なし沼」のような天皇制の機能に注意を喚起すること、それが現在も生きていることに警鐘を鳴らすことにあった。1930代後半以降になると、現在では「まさかこの人が」と思うような人たちまでが転向を表明し親日に転落した苦い歴史がある。そのような現象がなぜ生じたのか。それを人間性の深淵にまで届く視線で見つめて考察すべきである。かりに「苦い真実」であったとしてもそれを直視して教訓とすべきであるというのが筆者の論旨である。重ねて言うと、映画「朴烈」はよくできた作品だったが、この「転向」問題をまったく示唆しないまま終わったことは残念だった。』(hankyoreh japan 2018-07-20)

【山中人間話目次】
・徐京植さんのハンギョレ紙寄稿文「宮城与徳」から朴烈の獄中転向問題に関する「追記」をあえてピックアップします。いまの日本の「リベラル・左派」の右傾化問題と密接に呼応する問題提起になりえていると思うからです
・藤原章生毎日新聞記者の『「政治に倫理は大事なものでなくなった」 ドイツの哲学者、ガブリエルさんが語る 広がる「21世紀型ファシズム」』という記事は読みごたえがある
・金竜介弁護士の指摘――これまでは社会的に認められない恥ずかしい行為だからと匿名で行われていたことが、堂々とヘイトスピーチ、人種差別できるようになった。そこまではやらないだろうという、タガが外れた
・いまの沖縄の事態を評するに相沢侃さんの沖縄メディア批判を込めたこの評言が一番ぴったりくるかもしれない――「テッカイテッカイ」詐欺協賛記事ではないように祈る
・謝花副知事は市民に対し、一部マスコミが報じた23日の撤回表明を「ありえない」と否定――それにしても「ありえない」と強い言葉での否定には危機意識が感じられません
キョウ ふづき85

Blog「みずき」:辺見庸「むごい夏ーー処刑とクチナシの花」。共同通信に2018年7月12日寄稿。18日、琉球新報掲載分。以下は、辺見庸「日録」の一節。

『「むごい夏ーー処刑とクチナシの花」は、大分合同新聞、長崎新聞なども掲載しました。今月6日の7人一挙処刑にわたしはこだわっています。国家がなしうる数少ない善政は死刑の廃止です。わたしはこの国の首相や副首相、法相ら明白な犯罪容疑者らの絞首刑にさえ反対します。しかし、7人処刑の前夜に酒盛りをやっていたものたちの道義の廃れがみずから招きよせるであろう各種の悲劇には、なんらの責任ももちえません。大量殺りくの前夜に酒宴に興じた品性は、それじしん、まことに悲惨なのであり、あるいは不幸をやくそくされているとおもいます。』(辺見庸「日録」2018年07月18日)

『7月6日といえば、7人一挙処刑という忘れがたい日だったが、その日の毎日新聞夕刊特集面「政治に倫理は大事なものでなくなった」は一読に値する。マルクス・ガブリエルへの藤原章生さんのインタビュー記事。「21世紀型ファシズム」について縷々述べており、わたしの以前の発言も引用している。7人一挙処刑へのガブリエルの感想も知りたかったが、記事は7・6前のものだったろうからしかたがない。7人一挙絞首刑も豪雨災害報道も「21世紀型日本ファシズム」のあらわれにみえてしょうがないのだが・・・。』(同上)

【山中人間話目次】
・辺見庸「むごい夏ーー処刑とクチナシの花」。共同通信に2018年7月12日寄稿。18日、琉球新報掲載分
・「要件撤回」の問題を指摘した鬼原悟さん(「アリの一言」主宰)の2日前の記事から「要件撤回」の問題点を再掲しておきます(ただし、撤回)
・鬼原さんの論に賛意を示した先の私の論は撤回します――私に撤回を促した本田博利さん(元愛媛大学教員)の論を再掲しておきます
・貴重な資料の発見だと思います――徳田球一氏らの証言も 治安維持法事件の裁判資料公開へ:朝日新聞デジタル
・追悼常田富士男――『まんが日本昔ばなし』は私も大好きだった。幼かったこどもたちとよく茶の間で観たがこどもたちは覚えているだろうか?
・早尾貴紀(東京経済大学教員)の佐藤麻理絵著『現代中東の難民とその生存基盤 難民ホスト国ヨルダンの都市・イスラーム・NGO』 書評――「全体像を理解するために――最大規模の難民問題を考察」
キョウ ふづき76
土砂投入まで1カ月 承認撤回求め市民ら県庁に

Blog「みずき」:ここにも日本社会の劣化(右傾化)にともなう若者の劣化が如実に現れている。しかし、若者は本来そういう社会現象と闘う存在ではなかったか。なにかが根底的に腐れ切っている。若者はいま指標とする思想を持ちえないのだ。いや、指標とする思想がないわけではない。が、その指標とする思想はいわゆる「リベラル・左派」の思想には見出せず、その分極端に右傾化しているのだ、と私は思う。私は70年代初旬以後の、そして、とりわけここ2、30年の左翼の怒涛のごとき堕落の責任の大きさを思う。ここで言う「左翼の怒涛のごとき堕落」とは端的に言って日本共産党の堕落のことだ。私は50年来の日本共産党観察者(そのうちの10年は日本共産党員であった)としてそう思う。

『「在日」には、「特」に、「人権」を認めないように、という意味での「在日特権」ならば、肌身にしみてよく知っていますよ。そして、いま、恐ろしいことに、その「在日」のなかには、日本に在住するほとんどの人々が入りつつあるということもひしひしと感じています。日本国籍を持っていようとも、富と権力とは無縁な「日本国民」も例外なく。』(姜信子FB 2018年7月18日)


【山中人間話目次】
・ここにも日本社会の劣化(右傾化)にともなう若者の劣化が如実に現れている。しかし、若者は本来そういう社会現象と闘う存在ではなかったか。なにかが根底的に腐れ切っている
・姜信子 『大海に生きる夢」(シャマン・ラポガン)メモ)から――台湾の蘭嶼の先住民タオ族の社会では、子を持つようになると、人は「孫の父」「こどものお父さん」と呼んだ
キョウ ふづき49

Blog「みずき」:今回も鬼原悟さん(「アリの一言」主宰)の「辺野古「撤回」は「公益撤回」でなければならない」というきわめて重要な指摘です。私も「要件撤回」と「公益撤回」の違いは認識しており、「「撤回」は「公益撤回」でなければならない」と主張もしてきたつもりですが、その認識は表層的なものでしかありませんでした。私の認識の中ではまずなによりも翁長知事に「撤回」宣言をさせることが先決事項としてあり、「撤回」の種類を問うことは二の次、三の次の課題にならざるをえなかったということもあり、「要件撤回」の重大な問題性を自身の認識の中で十分に煮詰めることができていなかったからです。しかし、その信憑性はともかくとして翁長県政執行部サイドが8月初旬の「撤回」宣言を視野に入れているという報道もあることから「要件撤回」は真の「撤回」にあらず、という主張をいま改めてしておくことの緊急性と重要性を思います。そうでなければ私たちは辺野古「撤回」に向けての取り返しのつかない誤りを犯してしまうことにもなりかねません。鬼原さんの指摘はそういうものです。

【山中人間話目次】
・今回も鬼原悟さん(「アリの一言」主宰)の「辺野古「撤回」は「公益撤回」でなければならない」というきわめて重要な指摘です――「要件撤回」と「公益撤回」の違いとはなにか?
・内野光子さん(歌人、短歌評論家)の目取真俊講演会のこと――目取真さんの翁長知事評価、基地本土引取り論、沖縄独立論、県民投票論の評価について
・松岡利康さん(鹿砦社代表)のしばき隊批判番外編――池田幸代さん(社民党・福島みずほ参議院議員元秘書)批判――福島みずほが「沖縄出入り禁止」になっているという
・黒薮哲哉さん(「メディア黒書」主宰)の元衆院議員・三宅雪子批判。共産党を含む「リベラル・左派」の自壊が始まったのはこの時期を嚆矢とする
・ひとつ前の記事で小沢一郎と共産党のいまの蜜月関係について少し触れましたので関連してkojitakenさんの「なぜ「野党共闘」「市民連合」は支持されないのか 」という論もあわせて紹介させていただこうと思います
・最近の左翼・市民団体の右傾化スケッチ(小景編)53 ――相沢侃さんの悲嘆が胸に沁みる。現在の共産党は、日本共産党96年の歴史を僭称して人々の尊敬を掠め取っている
・当然の弁護士会(第二東京弁護士会)の決定だと思いますが、遅きに失した決定といえないか――大阪市の組合アンケート、調査担当弁護士を懲戒処分 日本経済新聞
キョウ ふづき68
4年前は辺野古の海は美しかった

Blog「みずき」:沖縄県が「県知事権限を使って全力で阻止」するとし、一度は不許可にもしていた「サンゴ移植」を国が8月中旬の辺野古への土砂投入を目論んでいるこの期に及んで再び許可した。鬼原悟さん(「アリの一言」主宰)が翁長県政とそれを支える「オール沖縄」陣営を改めて厳しく指弾している。同意する。

『14日付の沖縄県紙は、「県、サンゴ採捕許可」(琉球新報)、「サンゴ移植 県が許可」(沖縄タイムス)の見出しで、翁長雄志知事が辺野古新基地建設に伴う「サンゴ移植」を許可したことを大きく報じました(主な「本土」紙および「しんぶん赤旗」はこの重大なニュースを1行も報じていません)。(略)

市民・専門家から厳しい批判が出ているのは当然です。

「そもそも移植がうまくいかないのは分かりきっており、移植自体が免罪符にしかならない。…知事は埋め立て承認を撤回すると宣言し、まだしない状況で許可した。県民は疑問に思うのではないか」(桜井国俊沖縄大名誉教授、14日付琉球新報)
「県が一例でもサンゴの移植を認めてしまうと、専門家が『移植は環境保全措置にならない』と警告を出しているにもかかわらず、県自身が認めてしまうことになる。今後、環境を理由に工事を阻止するハードルが高くなったように思う」(安部真理子日本自然保護協会主任、同琉球新報)
「土砂投入が迫る(安倍政権は8月17日を目論む―引用者)この時期に許可することが理解できない。知事への批判は免れない」(北上田毅氏・平和市民連絡会、14日付沖縄タイムス)
「翁長知事は辺野古阻止と言いつつ、全く矛盾する行為をずっと今まで続けてきている」(仲宗根勇氏・うるま市具志川九条の会共同代表、14日付琉球新報)

仲宗根氏が指摘する通り、翁長氏がこれまでやってきたことは、辺野古新基地建設を強行する安倍政権を助けることばかりです。主なものを挙げてみましょう。

▶埋め立てのボーリング調査を容認(2015年3月3日)
▶岩礁破砕許可(2014年8月28日)の撤回を求める市民団体の要求を却下(2016年1月)
▶知事権限を縛る安倍政権との「和解」に同意(2016年3月4日、写真左)
▶新基地建設の突破口になる辺野古の陸上工事再開を容認(2016年8月31日)
▶記者会見で「高江ヘリパッド建設」容認(2016年11月28日)
▶「埋め立て承認取り消し」を自ら取り下げ(2016年12月26日)
▶埋め立て工事開始(大型コンクリートブロック投入)に対し、現地・辺野古へ行って抗議すべきだとの市民の要求に背を向け、辺野古へ行かず(2017年2月6日)

そもそも、「辺野古新基地反対」で知事に当選したにもかかわらず、翁長氏は就任後1年余、辺野古には一度も行きませんでした。また、辺野古・高江の市民活動を規制(弾圧)する県警・県外からの機動隊導入に対し、知事権限を行使して反対すべきだとの声も無視しつづけました。中でも最大の問題が、「承認撤回」の公約を就任から3年8カ月たった今もまだ棚上げし続けていることであるのは言うまでもありません。翁長氏の県民・市民に対する背信、公約違反は明々白々です。それでも「オール沖縄」陣営は、まだ「翁長知事を支える」のでしょうか。』(アリの一言 2018年7月16日)


【山中人間話目次】
・沖縄県が「県知事権限を使って全力で阻止」するとし、一度は不許可にもしていた「サンゴ移植」を国が8月中旬の辺野古への土砂投入を目論んでいるこの期に及んで再び許可した。鬼原悟さんの改めて翁長県政批判
・4年前の県知事選挙は革新の退潮傾向と保守分裂により、オール沖縄という形が生まれた。このまま保守的な行政行為として押し切られることをオール沖縄がよしとするなら解散して、崖っぷちの革新が土俵際うっちゃりの妙技をみせるぐらいしなきゃ
・安倍真理子さんはいまは「埋め立てを進めているのは『国』と『県』」だとこれまで親しい協力関係にあった沖縄県(翁長知事)を名指しで批判せざるをえないのです。どうして喜び勇んでこういう言葉がいえるでしょう
・加藤哲郎さんはいう――やっぱり安倍晋三は、国民の生命財産よりも、自分の私利私欲で権力を私物化する、ファシストです」、と
・7月9日(月)の昼までまだ外遊しようとしていた安倍首相の態度(私利私欲政治のさま)を文春オンラインが証拠をあげて記事にしています
・「世紀末」とはこういう風景を言うのだろうか?――<プラスチック危機>海流入、50年までに魚の総重量超え? - 毎日新聞
・上野・国立西洋美術館「ミケランジェロと理想の身体」展。ラオコーン像(谷津憲郎Twitter 2018年7月16日)から
キョウ ふづき59

Blog「みずき」:野口雅弘さん(成蹊大学教授) はいまの若者(学生)たちを評して言う。「「コミュ力」信仰が「野党ぎらい」を助長する――これまで述べてきた仮説を肌身で感じることがある。私の担当科目「現代政治理論」で扱ったテーマのなかで、今年ダントツで評判が悪かったのが、藤田省三だった。丸山眞男のもとで学び、高度経済成長による日本社会の変容と批判的に対峙した思想家である。講義では「離脱の精神――戦後精神の一断章」(1978年、『精神史的考察』所収)を紹介したが、「抵抗」なきデモクラシーは「翼賛」になりかねない、と主張する藤田に、共鳴する学生はほとんどいなかった。最後に学生に書いてもらったオピニオン・シートには、藤田に対する違和感と嫌悪の言葉が並んでいた。「たんなる老害」というコメントすらあった。「公的なもの」の喪失を危惧するハンナ・アーレントの評判は決して悪くない。しかし、彼女とともに「全体主義」について考え、経済的な豊かさという「安楽」にすら「隷従状態」を見た思想家は、いまどき受け入れがたいらしい。「こだわり」や「情念」は忌避される」、と。

私はある人がこの野口雅弘さんの論を「藤田省三さんの話が出てきた。(いまの学生たちであれば)さもありなんという話で」というコメントをつけてシェアしていましたので、以下のような私としてのコメントを発信しました。

「今年ダントツで評判が悪かったのが、藤田省三だった」という野口雅弘さんの論の一節には私も参りました。藤田省三は私のもっとも尊敬する物書き(研究者)のひとりだからです。この若者たちの「『批判』や『対立』への強い不快感」はこの2、30年の間につくられたものに違いありませんが、ただごとではない。この2、30年を大人として生きた私の強い反省とともにそう深く思いました」、と。

【山中人間話目次】
・「今年ダントツで評判が悪かったのが、藤田省三だった」というのはどういうことか――「コミュ力重視」の若者世代はこうして「野党ぎらい」になっていく(野口 雅弘)
・鬼原悟さんのどの指摘も「いま」という時代(リベラル・左派の劣化の凄まじい)の問題の本質を衝く根底的な指摘だと思います。しかし、「リベラル・左派」はそういう事態を自分たちがつくりだしてきたことにまったくといってよいほど気がついていない
・改めて「オウム事件」を再考する――「オウム事件」の本質の(少なくとも)或る部分を私は麻原氏の1審弁護団長の渡辺脩氏から学んだ(太田昌国)
・考えれば、在日コリアン、ニューカマーの外国人、釜ヶ崎の日雇い労働者、戦後開拓の人たちが日本の戦後復興や発展を支え続けた。その人たちをないがしろにして、「国を守る」とか、大言壮語するのは、なんか、違うような気がしますね
・トランプを当選させた面々――米大統領選への介入、ロシア軍情報要員12人を起訴 CNN
・原武史の永岡崇著『新宗教と総力戦―教祖以後を生きる―』(2015) 書評――ここで原が本書を評して言う「近代日本の新宗教全体の国家や戦争との関係をめぐる視座」という言葉は重い
キョウ ふづき49

Blog「みずき」:私は昨日、「今日の言葉 ――瀬戸際も瀬戸際になってやっと出てきた。しかし、ほんとうにそうであるならば、遅きに失したとはいえ歓迎する~「辺野古の承認撤回は土砂投入前に 沖縄県、8月初旬を軸に調整」という記事が沖縄地元紙に流れているがほんとうにそうであってほしい」という翁長知事の「土砂投入前の辺野古承認撤回」説について「ほんとうにそうであるならば」という前提の半信半疑の記事を書いておきましたが、早速有効な反論が出ています。しかし、こちらの記事も「言葉ではなく行動で判断する場合」という仮定記事です。しかし、はっきりしているのは翁長知事の「埋め立て阻止」政策(宣言)の整合性のなさです。もし、昨日の沖縄タイムス記事が翁長知事いつものごとくのこの期に及んでの世論の動向を見極めるための観測気球にすぎなかったのだとすれば政治家の倫理の問題としても翁長知事の行為は許されることではありません。いずれにしても答えは8月初旬までには出ます。これ以後の一切の言い訳は通用しないでしょう。

『【翁長知事は『知事権限』を放棄した】翁長知事は13日、沖縄防衛局に対し、辺野古沖の埋め立て予定地に生息する希少サンゴ9群体の移植を許可しました。翁長知事はこれまで、新基地建設計画を阻止するための「あらゆる手段」として「知事権限」があると強調し、その知事権限の一つとして、さんご移植に必要な「採捕許可」を与えないと掲げてきたのです。従って、自らの言葉をひるがえし、沖縄防衛局に許可を与えたということは、自ら知事権限を放棄したということになります。辺野古移設を支持する産経新聞は「これにより、土砂投入に向けた護岸工事がストップしていた区画で工事が再開できることになる」と評価。県が許可するまでの流れについて、「関係者によると、謝花喜一郎副知事が9日に開かれた普天間飛行場負担軽減推進会議の作業部会で、許可を出す方針を政府側に伝えたという。13日には翁長雄志知事が担当者から説明を受けた上で決裁した」と報じています。県はなぜ、専門家の方々の「希少さんご移植は難しく、環境保全にならない」との助言を無視し、土砂投入を可能にする環境作りとなる許可を出したのか。言葉ではなく行動で判断する場合、私には翁長知事が土砂投入前に撤回するとは思えません。日本の環境保全をめぐる裁判では、原状回復が不可能となったケースはほとんど敗訴となっているそうで、私が取材した米政府関係者もそうした事例や件数を具体的に把握しており、まるでじっと息をひそめながら「決定打」となる土砂投入がなされるのを待っているかのようです。日本国民の批判が政権を追い込むくらいに高まることがないと知っている日本政府は、これからも工事を強行する手を緩めることはないでしょう。土砂投入は来月17日。沖縄県庁前では15日から6日間、辺野古埋め立て承認の即時撤回を求める市民行動が始まります。』(平安名純代FB 2018年7月14日)

『沖縄県がハマサンゴの特別採捕申請を認めたことについて13日、担当する県水産課には一報を聞いた市民らが詰め掛け、約5時間にわたり許可を取り下げるよう訴えた。「基地を造らせないという知事の発言と矛盾している」「理解できない」と失望と怒りの声をぶつけた。抗議したのは、同日午後4時前まで県庁内で会見を開いていた市民団体のメンバー約10人。採捕許可の情報を聞き、急きょ水産課を訪れた。同課職員とのやりとりは閉め切った会議室の中で行われたが、時折廊下に怒声が漏れるなど、緊迫した雰囲気が流れた。午後9時前、疲弊した様子の市民と県職員が会議室を退出。報道陣の取材に応じたうるま市具志川9条の会の仲宗根勇共同代表は「サンゴの採捕許可は、あらゆる手段で基地建設を止めるという知事の発言と矛盾する」と非難した。平和市民連絡会の北上田毅さんは、すぐにでも移植が始まる可能性があると指摘。「土砂投入が迫るこの時期に許可することが理解できない。知事への批判は免れない」と話した』(沖縄タイムス 2018年7月14日)


【山中人間話目次】
・言葉ではなく行動で判断する場合、私には翁長知事が土砂投入前に撤回するとは思えません。――埋め立て海域の「オキナワハマサンゴ」採捕、沖縄県が許可 辺野古新基地 沖縄タイムス
・知事発言と矛盾」会議室から漏れる怒声 新基地サンゴ採捕許可に抗議、沖縄県庁で5時間:沖縄タイムス 2018年7月14日
・toriiyoshikiさん(元NHK・ETVディレクター、ハーフリタイア)のtoriiyoshiki的日経、NHK批判
・憲法改正国民投票のPRに関する民放連の見解、電通が担う負の役割を隠した偏向報道、ジャーナリズムの深刻な構造的問題 MEDIA KOKUSYO
・【食料・農業問題 本質と裏側】グローバル種子企業への便宜供与「4連発」 鈴木宣弘・東京大学教授 農業協同組合新聞
・劉霞氏、軟禁解かれドイツ到着 劉暁波氏の1年目の命日が近づくなかようやく、ドイツ主導の粘り強い外交努力が実り、自由を得るという劉霞氏の夢はかなった。 - BBCニュース
・「首相動静」とはなにか。参考になる記事です――「首相動静」何のために|NHK NEWS WEB
・辺見庸が「友人がさいきん精神科病棟に収容されたらしい」と書いている。おそらく事実だろう
 キョウ ふづき49

Blog「みずき」:瀬戸際も瀬戸際になってやっと出てきた。しかし、ほんとうにそうであるならば、遅きに失したとはいえ歓迎する。

『沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡り、沖縄防衛局が8月17日に予定する埋立土砂の投入より前に、県が埋め立て承認を撤回する調整に入ったことが12日、分かった。土砂投入の重要局面を前に、翁長雄志知事の最大の権限となる撤回に踏み切り工事を停止させる考えで、8月初旬の撤回表明を軸に検討が進んでいる。複数の関係者が明らかにした。辺野古に反対する市民や労働組合、政党などでつくる「オール沖縄会議」は土砂投入に抗議する県民大会を8月11日に那覇市内で開催を予定。市民団体からは県民大会までに撤回のアクションを起こすよう求める声が強まっている。 一方で、県は撤回前に工事中止命令を検討した経緯もあり、撤回は翁長知事の高度な政治判断で行われるため表明の時期は流動的な側面もある。』(沖縄タイムス 2018年7月13日)
 
『【決意表明はもういらない】大浦湾に住むジュゴンを守ろうとアメリカを舞台に繰り広げられている沖縄ジュゴン訴訟を取材してきました。日本では、安倍首相が「普天間基地の一日も早い全面返還を実現するために最高裁の判決に従い、関係法令にのっとって移設を進めていく」などと、埋め立て承認が今も生きていることを折に触れ強調していますが、米国防総省はサンフランシスコの連邦地裁で開かれた実質審理で、埋め立て承認についてまったく触れなかったのです。自分の利点になるはずなのになぜ?と疑問に思い、取材してみると、少しだけ見えてきたことがありました。ということで、沖縄タイムス7月11日掲載コラム想い風「決意表明はもういらない」です。』(平安名純代FB 2018年7月11日)


【山中人間話目次】
・ほんとうにそうであるならば、遅きに失したとはいえ歓迎する――辺野古の承認撤回は土砂投入前に 沖縄県、8月初旬を軸に調整 沖縄タイムス
・辺野古埋め立ての承認撤回、迫るリミット 決意表明はもういらない――大浦湾に住むジュゴンを守ろうとアメリカを舞台に繰り広げられている沖縄ジュゴン訴訟を取材してきました――平安名純代の想い風 沖縄タイムス
・ジュゴンが棲む海にしたいのに。これでは戻ってこれない(安部真理子FB 2018年7月11日)――県知事は埋め立てを承認したままである/許可も出し続けている・・・(宮城康博FB 2018年7月13日)
・辺野古の海草藻場の大切さは以前から知られている。レッドリストに加えることは大事。でも埋め立て阻止の役には立たない。今すべきことは埋め立て承認の撤回です(安部真理子FB 2018年7月12日)
・金竜介さんら2人の弁護士の今回の訴訟提起は自身の名誉を守るための当然の訴訟提起だと思います――ただし、神原元、佐々木亮、北周士各弁護士の大量懲戒請求者らへの提訴と区別すべき
・今後の朝鮮半島情勢のゆくえを判断する上で重要な情報のひとつだと思います――大統領府「南北米終戦宣言への共感」年内推進を再度示唆 hankyoreh japan
・承前。今後の朝鮮半島情勢のゆくえを判断する上でのもうひとつの重要な情報、あるいは指摘――ロバート・ケリー准研究員DPRKの包括的核実験禁止条約調印を促す意見を寄せる
・タイの洞窟からの救出劇で、初めて関心をもてる記事を見つけました――タイ洞窟 「英雄」と称賛のコーチと少年3人、実は無国籍の境遇(AFP=時事)
・埴谷雄高の大岡昇平を評した以下の言葉が印象に残った――大岡昇平さんをしのぶ  埴谷雄高 大江健三郎 1988.12.26 NHK - YouTube
・日本の敗戦直前の中国・上海の「旧租界」のある断面。面白い――ただし、『小説・わが上海』(伊藤恵子著)の日本語訳はまだないようだ
・姜信子「『浪花節 流動する語り芸』(真鍋昌賢 せりか書房)メモ」から―― 『浪花節は、国民国家の展開と資本主義の展開がからみあっていくなかで生成し変容していった、二〇世紀における最もポピュラーな「語り物」だった
キョウ ふづき42
「陰謀論」友達。ふたりの「脱原発」もこの程度なのです

Blog「みずき」:道廣晋一さんは菅野完を評して「非常時に付け入る詐欺師以外の何者でもないだろう」と言います。的確な評価だと思います。それにしてもいわゆる「リベラル・左派」の見る目のなさよ、と私は思います。「リベラル・左派」なるものに対する私の評価は絶望的水準にあります。 『noiehoieこと菅野完の悪辣さに無理解な人って多いのだが何故だろう? 彼はネット受けを狙い支持が多いように見せかけて、これまでも、仲間にリツイートやイイネを要望するダイレクトメッセージで要請したりしてきた。そうやって、自分の存在を過大に誇示し、『何やら影響力が凄いらしい』を作って今日に至っている。彼は被差別部落出身ではあるものの、殆んど部落解放運動には無縁だったにも関わらず、人権に関してカリスマ性をアピールした。反原発だって311以前は何らの関わりも拘りも無かった。そして反原連やしばき隊に近付いて売名し、カネの使い込み、性暴力まで及んだ。反安倍では、籠池と『成長の家信者』という共通項で『独自情報を入手した』などと、日本会議の第一人者として台頭。非常時に付け入る詐欺師以外の何者でもないだろう。部落解放、反原発運動をしていたら彼の欺瞞なんて容易く見破れるレベルなんだけど? 『ネットde真実』のネトウヨと対局が『菅野完de真実』のリベラルなのかも?』(道廣晋一FB 2018年7月10日)

もう一点。「リベラル・左派」の見る目のなさを示すものとして2013年の山本太郎参院議員選挙当選)事件もあげておきましょう。山本太郎に対する私の評価は以下のようなものです。

『山本太郎当選(2013年7月参院議員選挙)事件は「リベラル・左派」なる党派、勢力の存在価値の終焉を示す象徴的事件だった、と私は思っています。このとき山本を生活の党、社会民主党、緑の党、新社会党が支援した。共産党からの影の支援者も少なくありませんでした。しかし、山本は、天皇主義者であり、レイシストであり、単なるデマゴーグでしかなかったことはその当時から明白でした。しかし、いまも、一部「リベラル・左派」の間には軽薄な山本太郎讃歌がやまない。すなわち、「リベラル・左派」の終焉の証(あかし)です。私は、真の革新政治を実現するために彼ら(山本太郎をいまだに讃する者)との連帯と共闘を拒否することを宣言しておきます。』(東本高志FB 2018年7月11日)


【山中人間話目次】
・菅野完を評して「非常時に付け入る詐欺師以外の何者でもないだろう」。的確な評価だと思います。それにしてもいわゆる「リベラル・左派」の見る目のなさよ。私の評価は絶望的水準にあります
・山本太郎当選事件は「リベラル・左派」なる党派、勢力の存在価値の終焉を示す象徴的事件だった――しかし、いまも、一部「リベラル・左派」の間には軽薄な山本太郎讃歌がやまない
・私もスプートニク記事が「報道ではない」ことを知ったのは比較的最近のことです。常岡浩介さんや黒井文太郎さんなどの中東情勢の報道を専門にする現場記者の目に教わるところが大きかった
・太田昌国さんの「オウム真理教信者7人の死刑執行の背後に」。オウム事件とはまさに警察権力犯罪というべきものだった。そう言っていいのではないか――しかし、警察権力は平然と死刑執行者の側に立っている
・タイムリーな報道だと思いますし、社説だと思います。内容的にもジャーナリスティックです。他の報道機関よ。続け――「共謀罪」法1年 やはり廃止するべきだ 北海道新聞 2018年7月11日
・翁長知事は「必ずやる」と繰り返すばかりで、未だに実行しない理由を説明したことはありません。翁長知事は、6日間のうち1日は集会場に足を運び、県民に向き合い、直接対話をしてほしいと願います(平安名純代FB)
・大田英昭さんは疑問を呈す。「それから120年経っても、日本政治がたいして進歩せず、「活気なく、光焔なく」、あいかわらず「人をして議会存置の要不要を疑ふに至ら」せているのは、なぜだろう」、と

キョウ ふづき38

Blog「みずき」:「なるほど。これが人権の差か」(渡辺輝人Twitter 2018年7月9日)。そういうことと少し違うでしょう。いや、少し違うのではないか。大前治弁護士のいう自然災害避難が「体育館生活」であることの「貧困」性の指摘はたしかにそのとおりです。しかし、そのことを言う前に災害が起きたとき現場住民としてどう自主性(住民自治)を発揮して自然災害に立ち向かうか。住民としてこれまでの地域の経験を踏まえた知恵を出し合う。そのことの意味をもう一度再検討してみるべきではないか。災害が起きるとただ「危ない」という行政(NHKと気象庁、消防を含む)の一声で現場住民を「お客さま」扱いにして(「お客さま」はただ、あてがわれた体育館でゴロゴロと寝ているだけ。私たちのこどもの頃は大人と青年たちが協力して不眠不休で復旧のための知恵も力も出し合っていた。そして、自分たちにできないことを行政に頼むという風であった)住民から住民自治(住民が災害と闘おうとする意志と知恵)を奪ってきたのは行政という組織ではなかったか。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、行政を上意下達の機関だけにしてしまい、現場住民の「人事」を阻害してきたのはほかでもない行政ではなかったか。書物上の知識で他国と比較して行政の施策の「貧困」性を言う前に私たちは災害時の住民の心構えと対処のあり方についてもう一度考え直してみる必要があるのではないか。私は少年だった頃の経験を思い出してそういうことを考える。

【山中人間話目次】
・大前治弁護士のいう自然災害避難が「体育館生活」であることの「貧困」性の指摘はたしかにそのとおりです。しかし、「人権の差」ということと少し違うのではないか
・宮城康博さんはいう。現在の自治体首長選挙の負の結果はオール沖縄がつくりだしている結果なんだ、と――7月15日〜20日 辺野古埋め立て承認の即時撤回を求める大集会
・今回の浅井基文さんの7月10日付の「ポンペイオ国務長官訪朝(ハンギョレ分析&環球時報社説)」と題されたコラムは今後の米朝交渉のゆくえを判断する上で非常に注目される論考になっているように思います
・金平茂紀さんはいう。「オウム死刑囚7人の刑執行以降、この高村薫さんのような的確な指摘が他にほとんど見当たらないことの異常」、と。共感します
・醍醐聰さんの「不平等への怨念を刻んだ短歌~心の友、金子文子の生涯に寄せて(1)~ 」――金子文子は1903年、横浜に生まれたが出生届は出されず、父は家を出、母も男との同棲を繰り返した
・半澤健市さん の「1968年は何処へいった(3)―『思想』の鼎談を読んで考えたこと―」。ここでは半澤さんは雑誌『思想』誌における3人の研究者の鼎談への違和感を三点に絞って述べています
・この場合は、民主主義の理念の行使としての大統領権限に基づくまっとうな捜査指示だと思います。支持します――ろうそく集会当時に「戒厳令」検討か 文大統領が捜査指示
・敗戦、戦後期の上海の日本人の風景(続)――西成彦(立命館大教員、比較文学)の文章から
キョウ ふづき34

Blog「みずき」:韓国の研究所が最近発表した世論調査によれば、韓国人の朝鮮及び金正恩に対する認識が非常に好転している。金正恩に対する好感度は安倍晋三に対するものの2倍、また、朝鮮に対する好感度も中国、日本を上回ったとあります。しかし、同世論調査によれば、韓国では若い世代になるほど朝鮮及び金正恩に対する見方は厳しい。この世論調査からわかることは、韓国においても、日本においても、若い世代の保守化が政治改革=変革の課題にとって大きなウイークポイントになっているということだと私は思います。現代の若い世代(アジアの、と限定をつけなければならないでしょう。欧州では様相を少し異にしています)はなにゆえに保守的になってしまったのか?

私は90年代にソ連の崩壊とともに「社会主義」というユートピアの理念(それは「正義」という理想の実現の象徴としてのひとつの形態でした)もほぼ失墜し、若者が社会変革の理想の理念上の拠り所を喪失してしまったこと(たとえば日本の大学ではマルクス経済学やマルクス社会学などの講座はこの時期にほぼ壊滅してしまいました)が根底的ともいえる大きな原因になっているように思えます。若者が理想を語りえなくなった。あるいは理想を語る拠り所を持ちえなくなったのです。そうであれば、若者は、内に閉じこもるか保守化する方向に向かわざるをえないでしょう。これが若者の保守化の大きな原因だというのが私の理解です。私たちはいま、「社会主義」(「資本主義」「新自由主義」「格差社会」的ではない、の謂い)の新しい理想を創る、あるいは新しい理想を語る必要がおおいにあるのではないか、と私は強く思います。


【山中人間話目次】
・浅井基文さんの「「朝米首脳会談と韓国人の周辺国認識」報告書」という論から日本の若い世代の政治意識について考える
・太田昌国さん(評論家)も「想像力」ということについて書いています(「『貧しい』現実を『豊かに』解き放つ想像力」太田昌国のみたび夢は夜ひらく98))。現代の若い世代に必要なのはこういう視点ではないでしょうか
・「こんな事も理解していなのだろうか??」というのは、当然、共産党の志位執行部にもいえるでしょう――小泉・小沢「恩讐を超えた共闘」のインパクト - 東洋経済オンライン
・承前。だから、「内閣支持率 4か月ぶり「支持する」が上回る 」事態にもなるのです――内閣支持率 4か月ぶり「支持する」が上回る NHK世論調査
・西成彦さん(立命館大教員、比較文学)の姜信子『現代説経集』(2018)書評――だったらどんどんつながればいいのである。かくして玄界灘を股にかけた女性だけの芸能集団〈かもめ組〉のプロジェクトが立ちあがる
キョウ ふづき31

Blog「みずき」:辺見庸は「死刑こそが国家暴力の母型である」という。そして、辺見は、いまという時代は、あらゆる種類の社会的同一性が解体された後に立ち現われた「いかなる抵抗も対抗も困難」な砂漠の時代だという。そうかもしれない。しかし、そうだとして、われわれはただ暗然とするほかないのか。私は、国家権力であろうとなんであろうと最期まであがき続ける。この世に生を授けた以上、それが私にとって生きるということだ。くたばらない。安倍なんぞは目ではない。安倍的な世の中(その中には腐れきったリベラル・左派的なものも含む)を倒す。これは私の抵抗宣言だ。

『ニッポン型の大量処刑は、不可視であるがゆえに、幻想のなかにあるしゅ爆発的なスペクタクルを展示してみせた。民主主義は、そのなまえを僭称したまま、未聞かつ最悪の暴力的専制と化していることを、おそらくは故意にさらけだし、そうすることにより、まつろわぬものたちをはげしく恫喝したのだった。人民の多くは、国家による殺りくに酔いしれた。政治から排除されているルンプロ的人民たちも、政権の〝英断〟に拍手をおくった。いかなる抵抗も対抗も困難である。なぜなら、最悪の暴力的専制は、あらゆるしゅるいの社会的同一性の解体後の砂漠にたちあらわれ、もっとも脆弱で貧しい人民をもみかたにつけているからだ。死刑こそが国家暴力の母型である。それは戦争というスペクタクルの、最小単位の顕示である。気づくものは、つとに気づいている。戦後政治に比類ない、犯罪者集団でもあるこの政権は、なんでもできるようになった。そして、じじつ、やりたい放題である。9条覆滅から軍事・警察国家の樹立まで。人民と民主主義の名において。』(辺見庸「日録」2018年07月08日)

【山中人間話目次】
・辺見は、いまという時代は、あらゆる種類の社会的同一性が解体された後に立ち現われた「いかなる抵抗も対抗も困難」な砂漠の時代だという。そうかもしれない。しかし、そうだとして、われわれはただ暗然とするほかないのか
・戦後73年、「カノーゴヤ」的人間はいまも蔓延している。安倍政権が繫盛するはずだ。日本人はなにも変わっていない、と改めて思う。思わざるをえない――上海ゲットーの日本人について
・思想的には「保守」に分類される雑誌記事の中にもたしかな眼、たしかな筆、たしかな取材による記事がないわけではありません――【新聞・テレビが報じない沖縄のタブー】沖縄県・翁長雄志知事の変節 大田昌秀元知事は「翁長は信用できない」
・このBLOGOSの記事もたしかな眼、たしかな筆、たしかな取材による記事ということができるでしょう――オウム死刑囚「7人執行」で法務省は「何を隠した」のか BLOGOS
キョウ ふづき28

Blog「みずき」:今日のFB記事は辺見庸が共同通信記者をやめる契機となった辺見の山谷通いと地下鉄サリン事件との遭遇との接点から書き始めました。「両者には直接の関係はない。が、辺見には「生存の光景=不条理」の一端の問題として関係があった、ということだろう」、と。今日の記事の最後も辺見の引用するジョージ・オーウェルのエッセイ「絞首刑」のパラグラフの言葉で締めくくりたいと思います。辺見はいう。昨日の7人絞首刑は「知の崩壊」の世界性のきわみにおいてまさに「世界史的事件」であった、と。以下の文章の標題は「国家の殺人――A Hanging(1931)」。 『もしも、若いひとびとが本ブログをみかけたら、先日の7人絞首刑について、すこしでもいい、おもいをはせてほしい。あれは、世界史的事件である。そして、その世界性において、その知の崩壊ぶりにおいて、7人絞首刑は、相模原事件の「さとくん」の所業にも相似することに注目してほしい。政権はついに一線をこえた。そのことは措くとして、基本的参考文献として、ジョージ・オーウェルのエッセイ「絞首刑」(『オーウェル評論集』小野寺健=編訳 岩波文庫)に目をとおしてもらえるだろうか。とくにつぎのパラグラフ。「妙なことだが、その瞬間まで、わたしには意識のある一人の健康な人間を殺すというのがどういうことなのか、わかっていなかったのだ。だが、その囚人が水たまりを脇へよけたとき、わたしはまだ盛りにある一つの生命を絶つことの深い意味、言葉では言いつくせない誤りに気がついたのだった」「これは死にかけている男ではない。われわれとまったく同じように生きているのだ。彼の体の器官はみんな動いているーーーー腸は食物を消化し、皮膚は再生をつづけ、爪は伸び、組織も形成をつづけているーーーーそれがすべて完全に無駄になるのだ」「爪は彼が絞首台の上に立ってもまだ伸びつづけているだろう、いや宙を落ちて行くさいごの十分の一秒のあいだも、かれの目は黄色い小石と灰色の塀を見、彼の脳はまだ記憶し、予知し、判断をつづけていたーーーー水たまりさえ判断したのだった」「彼とわれわれはいっしょに歩きながら、同じ世界を見、聞き、感じ、理解している。それがあと二分で、とつぜんフッと、一人が消えてしまうのだーーーー一つの精神が、一つの世界が」これが原点である。そこからしずかにかんがえるしかない。』(辺見庸「日録」2018年07月07日)

【山中人間話目次】
・政権はついに一線をこえた。昨日の7人絞首刑は「知の崩壊」の世界性のきわみにおいてまさに「世界史的事件」であった。一つの精神が、一つの世界がとつぜんフッと消えてしまう。そのことの意味をそこからしずかにかんがえるしかない
・死刑執行についてさらに書く。第1。辺見庸 「執行シール」ないしは「サイコパス政権」について――暴力がむきだしてきた。たおすか、たおされるか、逃げるか。それとも、いっしょに「無頭人」になるか・・・
・死刑執行についてさらに書く。第2。藤原新也 「麻原彰晃の死刑執行について」
・死刑執行についてさらに書く。第3。岩月浩二 「滅びるね」(街の弁護士日記 2018年7月6日)
・死刑執行についてさらに書く。第4。「EU:日本に死刑の執行停止求める」(毎日新聞 2018年7月6日)
・死刑執行についてさらに書く。第5。「死刑囚写真に次々「執行」シール TV演出に疑問の声も」(朝日新聞 2018年7月6日)
・辺見が共同通信記者をやめたのは、当時、取材で東京・山谷通いをしていたことと地下鉄サリン事件が契機になった、と吉本隆明との対談で語っていたのを読んだ記憶がある