キョウ しんきゅうじょうろん

Blog「みずき」(1):加藤哲郎さん(一橋大名誉教授)の「『安倍首相=日本会議=読売新聞』合作の改憲案は、純国産? 日米合作?」(加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2017年5月15 日)という論説の中で特に重要な指摘と思われるのは、加藤さんも安倍晋三の「9条3項改憲案」といわゆる新9条論派(今井一、小林節、伊勢崎賢治氏ら)の「新9条論」を相似のものと見ていることです。その上で加藤さんは今回の安倍改憲案提案の狙いは「『護憲派に反安保のような統一戦線をつくらせない』という分断工作」にあると指摘しています。すなわち、新9条論者の「新9条論」は敵の分断工作の罠にわざわざ自ら嵌りにゆくような愚論だという指摘だと思います。そうした新9条論者をこれまで重用してきた共産党をはじめとする政党、いわゆる護憲組織は大反省するべきではないか。

(2)鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の「天皇制」と「人々の想像力」の関わりに関する重要な指摘と引用。
 
『今では天皇は、積極的に求められているわけでも、積極的に拒否されているわけでもありません。むしろ日本人には、天皇制のない日本というものが、もはや想像することすらできなくなっているのではないでしょうか。』(吉見俊哉さん、東大大学院教授・社会学)

『一つの合理的解釈として、人々が巨大な「惰性」「慣性」の中にいるのではないか、という推察が成り立つ気がするのです。…先生がおっしゃる「天皇制に対するなんとなくの肯定」を支えているのは、案外そうした「惰性」「慣性」かもしれません。』(木村草太さん、首都大学東京教授・憲法学)


【山中人間話目次】
・加藤哲郎さん(一橋大名誉教授)の「新9条論」は敵の分断工作の罠にわざわざ自ら嵌りにゆくような愚論だという指摘
・加藤哲郎さんの紹介する「『新9条論』は危険な悪手」という論
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の「天皇制」と「人々の想像力」の関わりに関する重要な指摘と引用
・豊島耕一さん(元佐賀大学理工学部教授)はメディアの共謀罪報道の不作為を「広い意味で『虚偽報道(ポスト・トゥルース)』である」と批判します
・美濃加茂市長事件上告趣意書を最高裁に提出。名古屋高裁「逆転有罪判決」の杜撰さ、不当性を改めて実感(郷原信郎Twitter 2017年5月16日)
キョウ なかそねやすひろ

Blog「みずき」:中曽根康弘は今年99歳になるという。そうか。中曽根ももうそういう齢になったか、というのが第一の感慨だ。その中曽根が新書の発刊を機に会見し、「憲法9条については、1項の『戦争放棄』はそのまま残し、『戦力の不保持』を定めた2項を改正し、自衛隊の存在を憲法に位置づけるべきだ」と語ったという(NHKニュース 5月12日)。中曽根は昔からそう言っていた。彼の発言にぶれはない。しかし、保守とはそういうものであり、だから、私は保守を支持しない、という私の考え方も変わらない。

変わってきたのはいわゆる「左翼」の考え方だ。彼らの少なくない者たち(というよりも、いまや「多くの」と言った方がより現実に近いかもしれない)もいまは「力の不保持を定めた9条2項を改正し、自衛隊の存在を憲法に位置づけるべきだ」と主張する。そして、彼らはその理由として「現実との乖離」を言う。しかし、憲法は現実を批判する規範として理想を語るものだ。現実との乖離は永遠の課題である。この乖離を理由に現実を理想に近づける努力を放棄し、理想を現実に合わせて引きずり下ろそうとしてはいけない。理想を棄てたとき、人は必ず堕落する。政治もまた同じことだ。「現実」をダシにして自らを合理化してはならない。そうではないか。


【山中人間話目次】
・中曽根康弘の改憲論にはブレはない。変わってきたのはいわゆる「左翼」の考え方だ
・不破哲三共産党前議長毎日新聞インタビューに見る現在の共産党天皇制観と右傾化の歩み
・安倍改憲論と同質の新9条論者(今井一、小林節、伊勢崎賢治ら)のまやかしの明文改憲論を許してはならない
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の沖縄米軍基地の「県外移設」論・「本土へ引き取る」論反対論(琉球新報「論壇」 2017年5月11日)
・ここにも翁長知事は即座に「埋め立て承認撤回を」という沖縄県民の叫ぶような声があります――宮島玲子さん、与那原町在住
キョウ こばやしたかし2

Blog「みずき」:内海信彦さん(画家、 早大「ドロップアウト塾」主宰)の安倍流改憲論の祖形をつくった新9条論者批判。「安倍晋三の改憲論の要である新9条論の祖形は、小林節らの安倍の改憲を阻止するための改憲というまやかし新9条論です。小林節は一貫した改憲論者です。改憲別動隊の新九条論の先鋒隊であり、私のいう『トロいの呪い』がかった『トロいの木馬』を反ファシズム陣営に持ち込んだ中心人物です。よりましな政府と言い続けて、とうとう自称前衛党指導者(注:志位和夫共産党委員長)がウルトラリアリズムとまで言い出して、改憲論者の根源の小沢一郎に指南を求め、天皇に拝跪し、個別的自衛権も安保も容認したことで、事実上の集団転向が進んでいます。こうした大政翼賛挙国一致の新体制下で、新九条論が果たす役割は極めて犯罪的です。小林節はその露払いではないでしょうか。でも小林節は、反安倍・反安保のためにとても重要な人物で、もっと現実を見るべきだ…選挙と動員とに明け暮れて戦後革命を潰してきた政治主義者が言いそうなことです。スターリンがヒットラーと手を結び、世界革命運動と反ファシズム陣営に大打撃を与えた時、反対者の多くは粛清され、銃殺され強制収容所送りにされました。その時、言われたのが、もっと現実を見るべきだと言う政治主義者の常套句です。」(内海信彦FB 2016年5月10日)

【山中人間話目次】
・安倍流改憲論批判(5)――内海信彦さん(画家、 早大「ドロップアウト塾」主宰)の安倍流改憲論の祖形をつくった新9条論者批判
・安倍流改憲論批判(1)――まずはじめに鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の問題提起
・安倍流改憲論批判(2)――鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)から批判される新聞社説。その1 9日付東京新聞社説
・安倍流改憲論批判(3)――鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)から批判される新聞社説。その2 5日付毎日新聞社説
・安倍流改憲論批判(4)――鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)から批判される新聞社説。その3 9日付朝日新聞社説
・安倍流改憲論批判(6)――阪田雅裕さん(元内閣法制局長官)の安倍流改憲論批判
・toriiyoshikiさん(元NHKETVディレクター)の「キクマコ先生(大阪大学教授、物理学)は安倍政権の忠実なる応援団以外の何物でもない」という批判
・昨日の9日、沖縄平和市民連絡会が「即時、埋立承認の撤回を!」と県に申入れました。この声が怒涛のようなうねりになることを私は期待します
・「シャルリ・エブド」事件とはなんだったのか?――板垣雄三さん(東京大学東洋文化研究所名誉教授)の重要な指摘
・韓国大統領選所感――文在寅(ムン・ジェイン)が当選し、9年ぶりに革新政権が誕生したことの意味
キョウ かんこくだいとうりょうせん

Blog「みずき」:フランス大統領選に続いて韓国の大統領選挙も今日の9日午前6時から投票が始まりました。NHKニュースが各候補者の経歴や政策をかなり踏み込んで紹介しています。私がこの中で特に注目したのは、慰安婦問題に関する一昨年12月の日韓両政府の合意について革新、保守の区別なく各候補とも全員批判的な見解を述べていることです。韓国大統領選の全候補者からさえ批判される似非「慰安婦問題」解決策としての「日韓合意」を推進してきた安倍政権はもとより、その「日韓合意」を「問題解決に向けての前進」(志位談話 赤旗 2015年12月29日)などと評価してきた日本共産党をはじめとする「革新」(カッコつき革新)政党の非見識がいま改めて問われている事態と見ていいでしょう。

【山中人間話目次】
・韓国の大統領選挙についてNHKニュースが各候補者の経歴や政策をかなり踏み込んで紹介しています
・猪野亨さん(札幌在住、弁護士)のルペン批判には私は先制するところもあれば異見のあるところもある
・この時事解説「ディストピア」さんの「北朝鮮のメッセージはどのように伝えられるのか?」という論説に見る怒りは正当であると思います
・アメリカのよいところは「三権分立」がきちんと機能しているところでしょう。ここにトランプ政権の下でのアメリカの可能性があります
・ヒューマン・ライツ・ウォッチの「シリア政府軍がここ数カ月間に少なくとも4回、神経ガスを使用したという結論を新たな証拠が裏づけた」という声明
・仲宗根勇さんのFB記事に新9条論者批判など若干の異見を述べて賛同しました
・三谷太一郎さん(1936年生。東京大学名誉教授、政治学・歴史学)の「教育勅語」淵源考(「海神日和」ブログ主宰者要約)
キョウ やまぐちじろう
山口二郎法政大学教授

Blog「みずき」:「今は左翼の代表の顔をしている山口二郎」(世に倦む日日Twitter 2017年5月7日)。たしかに山口二郎(北大を定年退職していまは法大教授)など「今は左翼の代表の顔をしている」かつての似非リベラル、保守を重用しているところにいまの「左翼」(カッコつき左派)の最大の(といっていい)堕落の一形態を見ることができます(といっても、田中宏和さん(「世に倦む日日」主宰者)。あなたもいまだにその似非リベラルのおひとりではないのですか?)。かつて山口二郎は「従来の護憲論は限界」「憲法で自衛隊を明確に位置づけるべきだ」と発言していました(そして、おそらくいまも本心はそう思っている)。この朝日新聞の記事が書かれた1993年の時点では山口二郎はまだ左翼の多くの人に「似非リベラリスト」として認識されていました。それがいまでは「左翼の代表の顔」のひとりになっています。この事例が示していることは、かつての左翼の頽廃はここまで進行している、ということなのです。

【山中人間話目次】
・山口二郎など「今は左翼の代表の顔をしている」かつての似非リベラル、保守を重用しているところにいまの「左翼」の最大の(といっていい)堕落の一形態を見ることができます
・追記的にシェア。「アベ流であろうと、小林節流であろうと、「東京新聞」流であろうと、改憲にはNO!!」。そういうことなのです
・阿部治平さん(「八ヶ岳山麓」主人)の時局慷慨(リベラル21 2017年5月8日)。慷慨の趣は私の思いとほぼ同じです。
・今度はkojitakenさん(「kojitakenの日記」など主宰)の政局慷慨。「やはりナベツネの入れ知恵だった(?)安倍晋三の「9条改憲」構想」
・フランス大統領選でマクロンが勝利した。しかし、フランスは、これでまた少なくとも5年はなにも変わりはしない、という思いが駆け抜ける。
・世界が滅んでも生き残るため、京大生よ変人たれ。酒井教授が語る、カオスに立ち向かうための「京大の役割」
キョウ ふらんすだいとうりょうせん

Blog「みずき」(1):フランス大統領選挙、きょう決選投票 。社会党(左派)と共和党(右派)という伝統的な2大政党の不在のままのフランス大統領選挙の決選投票。左派でありながら「仏全土がイスラム過激派のテロの脅威になっている」などとして極右的な「反移民」を標榜する排外主義に傾き、軍拡路線(シリア空爆など)を強行してきた現職大統領(社会党)のオランドという転向者の、そして、社会党という転向政党の責任は大きい。フランスの人々は政治に信を置かなくなった。その結果が中道(内実は右派と見られる)と極右(右派そのもの)の決戦となった今回のフランス大統領選挙ということでしょう。左翼の堕落はいつの場合も右翼の台頭を呼び起こし、その台頭が戦争の道へとつながっていくのです。日本も例外ではありません。他山の石とするべきでしょう。

(2)こうして「リベラル」を自称し、また、他称される者ども、あるいはメディアが右翼的思想を次から次へと撒き散らしていく。日本のいわゆる「リベラル・左派」が加担している小池百合子フィーバーという事態にも同様のことがいえるでしょう。実のところ安倍政権の高支持率をつくりだしているのはこういう人たち、こうしたメディア。こういう人たち、メディアを「リベラル(紙)・左派」と祭り上げて恥じない堕落の程度も凄まじい「左翼」政党(共産党、社民党)だ。そういう人たち、そういう政党が「安倍政権打倒」を呼号している。道理で安倍政権が高支持率をキープできるわけだ。フランス同様、日本の「リベラル・左派」も壊滅している。「リベラル・左派」批判、「リベラル」紙批判を強めなければならない。

(3)渡辺輝人弁護士(日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事)。批判する方向性が逆立しているとまでは言わないが、一面的にすぎるだろう。ここにも「リベラル・左派」と称される者たちの無知と退廃がある。なぜ安倍政権と同様の論理を振りかざす「新9条論」派や共産党を批判する視点を持ちえない?

【山中人間話目次】
・フランス大統領選挙決選投票と現職大統領(社会党)のオランドという転向者と社会党という転向政党の責任
・こうして「リベラル」を自称し、また、他称される者ども、あるいはメディアが右翼的思想を次から次へと撒き散らしていく――国民戦線のプロパガンダとしての朝日新聞記事
・批判する方向性が逆立しているとまでは言わないが、一面的にすぎるだろう。なぜ安倍政権と同様の論理を振りかざす「新9条論」派や共産党を批判する視点を持ちえない?――渡辺輝人(日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事)ツイッター
・天木直人の山尾、逢坂、階という民進党の中でも目下リベラルとして売り出し中の議員批判は道理がある
・元外交官で政治学者の浅井基文さん(中国問題専門家)は朝鮮半島の「4月危機」「5月危機」は回避されたと見る――「中国の対朝鮮政策の『変化』」をどう見るか
・27歳で東北大の憲法学の助教授に就き、その職を辞して日雇い労働者の街・西成に弁護士事務所を開設した弁護士の目で憲法の「生存権」を考える
キョウ うちだじゅ3

Blog「みずき」:内田樹はいまの日本の社会状況を次のように言います。「いま日本で起きている絶望的なまでの「公人の劣化」は何に由来するのか。結論から言ってしまえば「日本はアメリカの属国でありながら、日本人がその事実を否認している」という事実に由来する。日本社会に蔓延している「異常な事態」の多くはそれによって説明可能である。ニーチェによれば、弱者であるがゆえに欲望の実現を阻まれた者が、その不能と断念を、あたかもおのれの意思に基づく主体的な決断であるかのようにふるまうとき、人は「奴隷」になる。「主人の眼でものを見るようになった奴隷」が真の奴隷である。彼には自由人になるチャンスが訪れないからである」、と。

この内田樹の現在日本社会の見立ては、真実を穿っているようで、実はそうではありません。内田によれば、「日本はアメリカの属国で」ある「事実を否認している」のは「日本人」であって、「政府」ないしは「政治家」ではありません。しかし、「日本はアメリカの属国で」ある「事実を否認し」、日米安保条約の第5条や第6条を根拠に対等な同盟関係にあることを強調してきたのは歴代の自民党政権であり、歴代の自民党をはじめとする保守政治家であったことは歴史的事実として明白です。内田は「日本人」という一般的な概念を持ち出し、ここに「日本政府」という固有概念を含ませない。 ここに内田の見立ての大きなまやかしがあります。

そうした誤った論理を展開した上で、内田は自らに「どうやって国家主権を回復するのか」という課題を立て、その課題解決のために模範とすべき政治家として鳩山一郎や石橋湛山や吉田茂というかつての保守政治家を例示します。ここに内田の論理の矛盾があります。「日本はアメリカの属国で」ある「事実を否認している」のが「日本人」一般であるならば、その課題解決のために模範とすべき人物も「日本人」一般の人でなければならないはずです。なにゆえにここでは「日本人」一般ではなく、保守政治家なのか? その答は内田が本質的には保守の「思想家」であるからにほかなりません。冒頭で「日本人」一般を持ち出したのは人を惹きつけるための、あるいはまた真の属国否定者=政権、または保守政治家から目をそらせるための内田のレトリックにすぎないのです。

こういう人がいわゆる民主主義陣営のリーダー然としている。保守政治のきわみといえる安倍右翼政権に真に対峙しえない風潮、政治の右傾化の風潮を創り出し、とりわけ革新を退化させているのは(そういう革新退化の論を見抜けない勢力も勢力だが)こういう人の論というべきではないのか。

また、こういう人だからこそ、72年の沖縄の施政権返還を「対米自立」の果実として一面的に評価したりもする。しかし、実際は沖縄を「捨て石」とする「対米従属」政策は「沖縄の施政権返還」以後も留まることなくいまも延々と続いている。この人には辺野古の惨劇も、高江の惨劇も、政府の政策にまつろわぬ者たちへの剥きだしの国家暴力そのものとしての逮捕・勾留劇もなにも見えていない。その惨劇の数々をこの人は「戦後27年間は「対米従属」は「対米自立」の果実を定期的にもたらしたのである」と言ってのける。それがこの人の「『属国』直視」という説の本質です。


【山中人間話目次】
・内田樹のいう「『属国』直視」の意味
・澤藤統一郎さん(弁護士)はなぜ端的に共産党を批判しえないのか?
・中野敏男さん(東京大大名誉教授)の加藤典洋の『「戦後」の誕生』書評の書評――「歴史主体論争」とはなんだったか?
・NHKスペシャル「憲法70年“平和国家”はこうして生まれた」はNHKという国家への忠誠(安倍政権の下僕)を旨とする「国営」放送局の新趣向の「天皇礼賛」番組と言うべきではないか
キョウ ぎいんないかくせい

Blog「みずき」:この石川健治という東大教授(憲法学)は立憲君主制という政治制度を所与の前提として議院内閣制を語っています。しかし、議院内閣制は沿革的には18世紀から19世紀にかけて英国で王権と民権との拮抗関係の中で自然発生的に誕生し慣行として確立されるに至った制度であるということは言えても、立憲君主制そのものを所与の前提とはしていません。あくまでも議院内閣制とは、議会と政府との関係の点から見た政治制度の分類の一つで、議会と政府(内閣)とが分立した上で、政府は議会の信任によって存立する政治制度のことをいいます(ウィキペディア「議院内閣制」)。

その所与の前提としないものをさも所与の前提であるかのようにいう虚妄の論をつくり、この人は「天皇陛下は『多数決は万能ではない。数の力で乗り越えてはいけない何かがある』ということを示すための動きをしている」などと聞きなれない砂上の楼閣の論理を使って平成の天皇主権主義とでもいうべき民主主義にもとる論を展開しています。こういう人が山口二郎(法大教授)や小林節(慶大教授)、中野晃一(上智大教授)らとともに「立憲デモクラシーの会」のメンバーだというのです。自ずからほかのメンバーの民主主義の理念はほんものかどうか。疑いの目を向けざるをえません。

さて、ここで思い出されるのは、「イデオロギー」、あるいは「知識人」というものの性格について述べたチョムスキーの以下の言葉です。チョムスキーは次のように言っています。

「現代の事件の分析は、これに十分関心をもとうとする者ならだれにでも完全に手が届く。こうした問題の「深奥」とか「抽象性」とかいったことは、イデオロギーの取締り機構が撒き散らす幻想に属するもので、そのねらいは、こうしたテーマから人々を遠ざけることにある。人々に、自分たち自身の問題を組織したり、後見人の仲介なしに社会の現実を理解したりする力がない、と思いこませることによって、だ」(『チョムスキーとの対話 政治・思想・言語』大修館書店、1980年)。

【山中人間話目次】
・石川健治東大教授(憲法学)のは立憲君主制という政治制度を所与の前提とする議院内閣制論について
・憲法記念日に改めて右傾化した共産党の理念を批判する
・日本国憲法は、杜甫のような感慨を持って70年を生きてきたか
・澤藤統一郎さん(弁護士)の「連合への批判はあっても、期待は失わない」という認識は甘いというべきではないか?
・東京新聞の天皇・皇后礼賛記事。同紙は「現在のこの国の左翼リベラルを代表するマスコミ」などといえるのか?
・米紙ブルームバーグの「トランプは朝鮮(北朝鮮)の金正恩朝鮮労働党委員長との会談に前向きな意向を明らかにした」という記事
・なぜ敗北したのか? その原因の徹底的な解明こそ、われわれの「戦後」を始める出発点になるべき課題だった
・「北朝鮮の脅威が増大することは安倍首相にとって有益だ」と分析するイギリスのBBCの報道
キョウ なかのしげはる

Blog「みずき」:長谷川順一という元共産党新宿区議に象徴される今日の日本共産党員の知的水準の頽廃と悲惨。しかし、その老共産党員の知的水準の頽廃と悲惨はもはや「転向」というものでさえないでしょう。いまの日本共産党員は「転向」と呼ぶに値する「思想」すらそもそも所有していない。いまの共産党員にあるのは「地中にひそんで」いて「なかなか死滅しない土俗的な言葉」、すなわち、「〈天皇制〉という語で象徴させることができる」リカバリーされた亡霊の思想でしかない。

吉本隆明は日本における「思想」というものの現実についてかつて次のように述べていました。

『わが国では、(中略)なかなか死滅しない土俗的な言葉が地中にひそんでいる。この土俗的な言葉の百年ちかくもかわらなかった象徴を〈天皇制〉という語で象徴させることができる。わが国で思想の問題というばあい、その時代の尖端をゆく言葉の移ってゆく周期を追うことであり、(中略)二〇年代には〈プロレタリアートへの階級移行〉という思想を体験しながら、四〇年代には〈八紘一宇〉や〈東亜共同体〉に移り、現在では〈社会主義〉と〈資本主義〉の対立と共存という課題にとびうつるということを一生涯に体験できるほどである。また、一つの時代の尖端的な言語が死滅するのは、思想の内在的な格闘によるのではなく、外部の情況によるだけだから、いったん埋葬された思想は、十年あるいは二十年まてばふたたび季節にむかえられて新しい装いで再生することができるほどである 。』(吉本隆明『自立の思想的拠点』)

「わが国で思想の問題というばあい、その時代の尖端をゆく言葉の移ってゆく周期を追うことであ」るというのは、ポピュリズムの再生、復古ということでしょう。それが、いまの日本共産党という政党の現実です。

【山中人間話目次】
・長谷川順一という元共産党新宿区議に象徴される今日の日本共産党員の知的水準の頽廃と悲惨
・朝日新聞の「1強-第2部 パノプティコンの住人」という連載記事はどういうトポスへと読者を誘おうとしているのか? 朝日新聞のジャーナリズムとしての視点が試されている
・日本のメディアのジャーナリズム精神の頽廃は、こういう場面ではなお直截に現われてくる。無意識的なナショナリズム的差別意識の露呈
・徳岡宏一朗さんの「東京新聞、がんばってます」という評価は過大評価にすぎる、というのが私の評価です。
・シリアでのサリン攻撃の真偽について
・茨木のり子の長詩「りゅうりぇんれんの物語」

キョウ わたべしょういち

Blog「みずき」(1):渡部の文章は、「『既に』生まれた 生命は神の意志であり、その生命の尊さは、常人と変わらない、というのが私の生命観である」と書いた後に「しかし『未然に』避けうるものは避けるようにするのは、理性のある 人間としての社会に対する神聖な義務である」と続きます。批判者は渡部のこうした考え方、思想を「優生思想」と指摘して、批判しているのです。しかし、渡部には批判されていることの意味がわからない。だから、逆に批判者を批判する。産経も渡部のその批判に加担する。これが産経が渡部昇一の死を「勇気ある知の巨人」の死と書くとんでもない理由です。

櫻井よしこも同じ産経紙に「非常に博識で、歴史問題や東京裁判などあらゆるテーマについて精通しておられた。日本の国柄について、優しい語り口で解説することができる、かけがえのない存在です。今、日本はとても大事なところに立っていて、渡部先生に先頭に立って日本のあるべき姿を論じていただけたら、どんなに力になったかと思うと本当に残念です」などと書きます(同紙、2017.4.18 )。

これが右翼紙、右翼人士の正体です。「『阿呆の天国』状態」(太田昌国FB 2017年4月15日)をつくりだしている最大の責任はもちろん彼ら(たとえば産経)、彼女たち(たとえば櫻井よしこ)にあることは明白です。

Blog「みずき」(2):「『建白書』を掲げることで『オール沖縄』の支持を繋ぎ止めながら、『辺野古」は全面(前面)に出さない。たたかう前から『辺野古』を下ろす敗北主義であり、『新基地建設』を事実上容認しながら『オール沖縄』の票で『知事再選」を目指そうとする」――これが翁長知事と同知事を支える「オール沖縄」勢力の今後の沖縄のたたかいの戦略だというのです。おぞましいことです。こうした「オール沖縄」勢力に政治を委ねてしまっては、当然、今後の沖縄のあらゆるたたかいの敗北に次ぐ敗北は目に見えています。それでもあなた(たち)は「オール沖縄」を支持するというのでしょうか? 私にはおよそ理解しかねることです。私たちは「オール沖縄」という何者かによって(正体はもはや明瞭なのですが)つくられた幻想から早急に脱却する必要がある、というべきではないでしょうか。


【山中人間話目次】
・産経新聞が書くように渡部昇一の死は「勇気ある知の巨人」の死か?
・新基地建設を事実上容認しながらオール沖縄の票で『知事再選」を目指そうとする――これが翁長知事とオール沖縄の今後の沖縄のたたかいの戦略だというのです
・また伊藤智永(毎日新聞記者)がやらかしています。そうです、安倍擁護の伊藤流提灯記事を、です
・教育勅語をめぐる世論調査。安倍内閣の姿勢について「40代以下では『妥当だ』が4割前後だが60代では19%。この世代間の差異はなにゆえか?
・加藤哲郎さん(一橋大名誉教授)のネチズン・カレッジ「戦争が近づくと、権力者は国政の矛盾をそらせ、外に突破口を求める!」
・盛田常夫さん(経済学者、在ハンガリー)の日本の劣化する経済学者批判(5)
・「むささびジャーナル」「シリア報道:「受け狙い」がもたらしたもの」(2017/4/16)。視点の確かな読み応えのある論評です
キョウ あべ11

Blog「みずき」:(1)本記事はものごとの深層を的確、簡潔に、すなわち、わかりやすく読み解いている好論といってよいでしょう。簡潔に読み解くことができるということは、それだけここで提起されている問題の本質と深層を適確に捉えているということでもあるでしょう。そういう意味での好論というのが私の本記事の評価です。

ただ、文中に「また、国に軍隊があるのも当然である(この観点から、日本が普通の先進諸国なみのリベラル国家になった後で憲法9条を改正すべきだと主張する筆者は、「リベラル・タカ派」と呼ばれることがある)」という憲法9条改正論があります。私は現憲法の理念に沿った「非武装中立」という国家のあり方は可能だと考えるものですが(また、「国に自衛権があるのは当然」という主張であればわかるのですが、「国に軍隊があるのも当然である」という考え方には私は与しません)、「リベラル国家になった後」にという前提の下での憲法9条改正論議はあってもいいことだとは思っています。ただ、こうした主張は、「リベラル国家になった後」にという前提が外されて現体制下での9条改正を主張する新9条論者の論に回収されてしまう危険性をともないます(現に本記事を有意義なものとして拡散していたのは新9条論支持者のひとりでした)。「リベラル国家になった後」の軍隊の創設についてはかつて共産党も主張していたことですが、その共産党もいまや新9条論者の主張(現体制下の9条「改正」、すなわち、改悪)に呑みこまれつつあります。いや、すでに呑みこまれているかもしれません。そういう危険性をともなうということです。

(2)内藤朝雄さん(明治大学准教授)の記事を紹介したついでに1か月ほど前の伊藤智永という毎日新聞記者の「まやかしの保守 ついに「日本会議」政治が沈没す」という記事もとりあげておきます。さて、この記事についている安倍首相と日本会議が「断絶」しているかのように強調する「安倍首相が『日本会議』を使い捨てる日」というキャプションはなんでしょう? 伊藤記者の記事が「日本会議」を批判していることから同記事を好意的に引用、転載しているいわゆる「リベラル」ブログは少なくないのですが、同記事は「日本会議」批判に名を借りた新手の安倍晋三擁護論と見るべきでしょう。私はこれまで伊藤智永という毎日新聞記者を批判する記事を2本書いていますが、その観察からも言えることは伊藤智永という毎日新聞記者は明らかな安倍擁護論者です。この記者の狡知な筆遣いに欺かれてはならないでしょう。

同記者は「安倍首相が『日本会議』を使い捨てる日」などと書いていますが、ひとつ前の記事に書いた内藤朝雄さんが紹介している資料を見ても安倍首相は「日本会議」を使い捨てるどころか第3次安倍晋三再改造内閣の閣僚のほぼ8割が超タカ派(極右)団体の「日本会議」のメンバーです。この点について内藤朝雄さんは次のように書いています。
『現在、日本を戦前の状態(特に〈天皇中心の国体〉が暴走した昭和初期から敗戦までの時期)に戻そうとする勢力が、閣僚の大多数、国会議員のほぼ半分を占めている。日本社会は、その意向のままに造りかえられてしまう瀬戸際にあるといってよい。次の資料をみてほしい。「第3次安倍晋三再改造内閣の超タカ派(極右)の大臣たち」(俵義文(子どもと教科書全国ネット21)作成:トップページの左側リストにある当該資料表題をクリック)、あるいは「国会議員いちらんリスト」。資料を見ると、閣僚のほぼ8割が「超タカ派(極右)」団体(先進諸国の主要メディアはおおむねそのように見ている。筆者もそれに同意する)のメンバーであることがわかる。またそれが国会議員全員の半数に達しようとしている。これらの団体は、仲間たちがいくつも掛け持ちしていたり、協力しあったりしているので、ひとつの大きなネットワークと考えることができる。また、彼らは公明党など他勢力と利害同盟を組んでいる。その意味では、ほぼすべての閣僚と半数の国会議員が、上記資料にいうところの「超タカ派」勢力かそれになびく勢力であるといってよい。これらの勢力が政権の座にあり、目標達成に向けて着実に歩を進めているのである。』
内藤朝雄さん(明治大学准教授)と伊藤智永という毎日新聞記者との認識の差異は明らかでしょう。

【山中人間話目次】
・内藤朝雄さん(明治大学准教授)の「世界が警戒する日本の「極右化」〜私たちはいま、重大な岐路にいる」という記事の岐路
・伊藤智永毎日新聞記者の「まやかしの保守 ついに「日本会議」政治が沈没す」という記事のまやかし
・太田昌国さんはいまの日本の社会状況を「『阿呆の天国』状態」と表現する
・平安名純代さんの「とうとう私たちは後戻り不可能な地点へ来てしまいました。辺野古を守るために私たちは何をすべきなのか」
・辺見庸はその共有すべきわれわれの時代の現時間を「世界の夜――乏しい時代」という
キョウ こばやしたきじ

Blog「みずき」:鄭玹汀さんの「そのうち、批判者は徹底的に弾圧されるだろう。本当に怖いのは、政府批判者が弾圧の対象になることだ」という文章の一節を読んで、志賀直哉が小林多喜二が「警察に殺されたるらし」の報に触れて書いた日記の一節を思い出し、「アンタンたる気持」になりました。

志賀は日記に次のように記しています。

「小林多喜二二月二十日(余の誕生日)に捕らえられ死す、警察に殺されたるらし、実に不愉快、一度きり会わぬが自分は小林よりよき印象をうけ好きなり アンタンたる気持になる、不図彼等の意図ものになるべしといふ気する、」(「志賀直哉全集」岩波書店より)

ただ、志賀が最後に「不図彼等の意図ものになるべしといふ気する」という感想を述べていることに救われる気がします。しかし、志賀のこの感想は、小林多喜二という真のコミュニストに対する敬愛の思いからくる感想でした。志賀がいまに生きていたら「不図彼等の意図ものにならずといふ気する」という感想を述べたのではないか。そのことについても私は「アンタンたる気持」になるのです。

【山中人間話目次】
・鄭玹汀さんの「そのうち、批判者は徹底的に弾圧されるだろう」という文章の一節を読んで「アンタンたる気持」(志賀直哉)になった
・共謀罪」法案を阻止するためには国会内外での野党の「共闘」は欠かせないでしょう。しかし、私は、野党4党幹部揃い踏みの街頭演説に大きな違和を感じます
・相沢侃さんの「怒りをもって志位氏に問う」。私の「アンタンたる気持」はこの相沢さんの「怒り」に重なっていきます
・ホワイトハウス “対北 先制攻撃の可能性”報道を否定というNHKの報道 
キョウ てんのうたいい

Blog「みずき」:残念なことですが今回も日本国憲法下における民主主義の本質に関わる象徴天皇制の是非の問題の議論は素通りされたまま莫大な税金だけが浪費されていくことになるのは必定です。私たちが心しておかなければならないことは、こうした事態をつくり出している大きな原因のひとつに私たちの国の劣化しきった「左翼」の存在があるという事実です。もはや「議会内左翼」は民主主義社会の実現というひとつの点から見ても許しがたい「反動」的な存在になりおおせています。満腔の怒りを込めて彼(女)らの非を糺しておきます。

また、以下、小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「議会内左翼」批判の言葉を再掲しておきます。

『天皇廃位から廃止へという選択肢の不在を象徴しているのが、議会内左翼の生前退位問題への認識である。共産党は、2月10日に国会内で天皇退位問題について検討会を開催し、小池晃書記局長が「天皇の退位については、政治の責任で真剣な対応が必要だ。一人の人がどんなに高齢になっても仕事を続けなければならないという今のあり方を、個人の尊厳という憲法の根本精神に照らして見直すべきだ」と述べた(『赤旗』2017年3月4日)。また、社民党は2月15日に「見解」を発表し、その中で「人間が人間として有する天賦人権は、天皇『個人』に対しても、当然保障されるはずである。しかし、天皇という地位やその地位が世襲であるとされていることによって様々な人権が制約され、天皇『個人』に過度の負担が一生負わされているが、『退位の自由』がない限り、これを正当化することはできない。憲法の基本原則の制約は必要最小限にすべきであって、天皇の人権という観点から、退位を認めるべきである。」と述べている。いずれも戦後憲法の基本理念である個人としての人権に照らして退位への態度を表明したものだ。象徴天皇制が憲法の基本的人権の理念に抵触することを軽視し、象徴天皇制は旧憲法の天皇制に比べればまだマシで政治的な実権を担わない天皇にさしたる問題を見い出していないからではないか。』(ne plu kapitalismo2017年4月11日)


【山中人間話目次】
・残念なことですが今回も象徴天皇制の是非の問題の議論は素通りされたまま莫大な税金だけが浪費されていくことになるのは必定です
・なによりも安倍内閣支持率53%という日本の現実が問題です。その現実が安倍政権の底知れない思い上がりと暴挙を許しています
・乗松聡子さんの果敢な「オール沖縄」指導層に対する議論提起「新垣論攷を読んで――承認撤回と県民投票」(下)
・仲宗根勇さん(元裁判官)ご自身による「『沖縄思想のラディックス』の喚起力」講演会の自己案内
・トランプによる北朝鮮攻撃は一触即発の段階にある、という「4月危機説」の評価について
キョウ しゃみんとう2

Blog「みずき」:社民党幹事長の又市征治が11日の記者会見で「憲法一般論として改憲そのものを社民党として否定はしない」と発言したと言います。時事通信はこの又市発言を「社民幹事長『改憲否定せず』」という見出しをつけた上で報道しています。時事通信によれば、「又市氏は、民進党の細野豪志代表代行が発表した改憲私案に関連して(略)細野氏が提唱した地方自治や教育の項目を例に挙げ、『国民的な合意が得られ、変えた方が良い項目があれば変えた方が良い。中身によるが、必ずしも反対ではない』」と発言しているようですから、この時事通信の「社民幹事長『改憲否定せず』」の見出しは又市発言の真のネライ=改憲肯定論を的確に要約したものと見てよいでしょう。

すなわち、社民党は、同党の唯一のレーゾンデートルというべきものであった「護憲」の旗さえ完全に捨て去った、ということを意味しているでしょう。また、もちろんいまに始まったことではないのですが(この点についても私は何度も言及しています)、共産党を含めて日本の政党に「革新」なるものは完全に消失してしまった。戦後72年目に到って日本の政党は総べて大政翼賛化してしまった。日本の60年安保闘争をピークとした「理念としての戦後」を支えてきた「革新」なる政治は完全に終焉した、ということを意味しているでしょう。

私たちはいまの時代の旧態依然の腐臭紛々とする存在でしかないことが明らかな「政党」という枠組みにとらわれない新しい政治革新の道を構築していく必要があります。それがいまという狂気の時代に遭遇している「私たち正気の者」の責任だということがますますはっきりしてきました。少なくとも私は私の子どもたちにこのような時代を遺したくはありません。そのために死を賭して戦わざるをえない。それがいまという時代だ、というのが私の認識です。「野党共闘」など論外です。


【山中人間話目次】
・「社民幹事長『改憲否定せず』」という又市征治発言と「理念としての戦後」を支えてきた「革新」なる政治の完全な終焉
・乗松聡子さんの果敢な「オール沖縄」指導層に対する議論提起
・小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「生前退位論議から天皇制廃止への道筋を考える 」
・小倉利丸さん(富山大学名誉教授。ピープルズ・プラン研究所共同代表)の「特定秘密保護法のテロリズム定義と共謀罪」
・シリア空爆。米大統領府の反論
キョウ あべ10

Blog「みずき」;「国家権力の私物化」という視点からの田中利幸さん(歴史評論家)の安倍晋三、昭恵批判は、いまという時代の大衆状況のピエロ的危機(首相がピエロ的というだけでなく、大衆もピエロ的であるということ。田中さんはここでは大衆批判は射程に入れてはいませんが、大衆状況(籠池問題を経ても66%という安倍内閣の支持率、すなわち、「革新」とメディアの総「安倍」化。自らは批判しているつもりというピエロ的右傾化)を含むピエロ的危機がいまという時代の特徴である、というのが私の認識です)の性質の一端をよく掬い得ているように私には見えます。田中さんには次回は左記に私が言う意味での本格的な大衆状況に視点を据えた論を期待したいものです。

【山中人間話目次】
・「国家権力の私物化」という視点からの田中利幸さんの安倍晋三、昭恵批判
・日本経済新聞社説の「教育勅語」批判――まっとうな感覚だが、読売新聞への対抗心という側面もあるのかもしれない
・読売新聞社説の「教育勅語」批判――渡邉恒雄の天皇制への嫌悪と正力松太郎から引き継いだアメリカンコントロールのゆえか
・一方でこういう事実も。小沢一郎の懐刀といわれる平野貞夫元参院議員と共産党がニセ科学のナノ銀除染拡散の同志として大接近
・また一方、沖縄では以下のような事態が立て続けに起こっています――今週前半にも護岸工事着手 辺野古で政府方針
・粟国恭子さんの『沖縄思想のラディックス』書評には理念的な意味での「硬質のリリシズム」がある。すなわち、批評(短文)自体として心を打ちます
・私は大衆運動に英雄やスターをつくってはいけないと思う。というよりも、有害だと思う。大衆運動に英雄やスターはいらない。
キョウ くにたち

Blog「みずき」:上原公子元国立市長が国立市から提訴されていた損害賠償訴訟(広義の国立マンション訴訟)で最高裁での敗訴が確定(2016年12月13日)したことにともなって、その上原氏の確定した損害賠償金4500万円(+金利)を「上原さんひとりに払わせるわけにはいかない」とするカンパ運動が上原元同市長を支持する人たちの間で立ち上がっています。私も数か月前から同趣旨のカンパ運動の呼びかけをあちこちで目にする機会が増えていましたが、そのたびに民主的な制度としての住民訴訟の結果という同訴訟の本質をまったく理解するところのない徒らな論といってよい同呼びかけの趣旨に大きな違和感、というよりも怒りを抱いてきました。なにゆえに徒らな論というのか。澤藤統一郎さん(弁護士)が昨日付けのご自身のブログにその理由を明解に述べています。リベラル、左派と自称し、呼ばれる人たちの誰もが言わない上原公子元国立市長、上原敗訴にともなう確定損害賠償金4500万円基金運動、自由法曹団東京支部批判、すなわち、現今の劣化凄まじいリベラル・左派批判を澤藤統一郎さんが炯眼な弁護士としての眼を通じて剔抉しています。ご参照ください。なお、さらに認識を深めるためには澤藤弁護士の同記事に添付されている2本の記事も欠かせません。これもご参照いただければと思います。私は澤藤統一郎弁護士の論に完全に同意するものです。

【山中人間話目次】
・上原公子元国立市長を支援しようとする彼女への損害賠償金4500万円カンパ運動の非論理性と非倫理性について
・翁長沖縄県知事の保守性、というよりも反動的体質がまたもや明らかになりました
・鄭玹汀さんの「教育勅語をめぐって(1)」コメントより――日教組と「教育勅語」の関係
・鄭玹汀さんの「教育勅語をめぐって(2)」――木下尚江の道徳教育の弊害についての論に即して
・浅井基文さんの「安倍政治に対するハンギョレ社説の問題提起」――教育勅語復活に対する韓国からの強烈な違和感の声
・水島朝穂さん(早大教授、憲法学)の「『教育勅語』に共鳴する政治――『安倍学校』」の全国化?」という論
キョウ てれび

Blog「みずき」:「反日」などというネトウヨ張りのレッテル貼りを在京民放5局のうちではもっとも「左」に位置するとされるTBSまでもが行っているという事実も重大です(同報道局からの配信でしょうが、元朝日新聞記者の星浩(「朝日」右傾化の張本人のひとり)がアンカーをつとめる「NEWS23」でも「反日」と形容して報道していたようです)。この事実はメディアも雪崩を打つように総右傾化していることを端的に物語っているでしょう。かつて丸山眞男が指摘した「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる」(一九五六年の手帖より)という事態がポイント・オブ・ノーリターン(引き返し不能)の地点にまで達しているということでもあるでしょう。きわめて危険な状況です。今回のTBSの報道をそのようなものとして受けとめうるリベラル・左派はどの程度いるか? これもきわめて危険な状況にある、と言っておくべきでしょう。

【山中人間話目次】
・「反日」などというネトウヨ張りのTBSのレッテル貼り――知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる
・安倍昭恵付き秘書官の国家公務員法違反の証拠写真――安倍昭恵につき従っている国家公務員は全員告発されるべきです
・最低の連合東京(労働組合とは名ばかりの経団連の別組織)と極右政治家・小池ポピュリズムの結託
・「森友学園」疑惑問題にハシゴをかけた(張本人)松井一郎(大阪府知事、日本維新の会代表)のアホさ加減
・安部公房の「同じ戦犯釈放運動でも二種類の運動がある」という指摘
キョウ きょうさんとう20

Blog「みずき」:日本共産党に捧ぐ。聴くべき耳ありやなしや。戦前の日本共産党の指導者のひとりで読売新聞記者だった市川正一が検挙後の法廷陳述で述べた「日本共産党員となった時代が自分の真の時代、真の生活である」(『日本共産党闘争小史』 1932年 非合法出版)という言葉はおそらく市川という人間の心の奥底からこみあげてくる本心の言葉だった。日本共産党の指導部の諸君よ。この市川正一の言葉を聴いて恥じ入るところはないか。市川は敗戦直前の1945年3月に53歳で獄中死した。

【山中人間話目次】
・日本共産党に捧ぐ。聴くべき耳ありやなしや。「日本共産党員となった時代が自分の真の時代、真の生活である」と言って獄中死した故市川正一の言葉が聴こえるか?
・(1)澤藤統一郎さん(弁護士)の「永年の読者の一人として「赤旗」に要望します。元号併記はおやめいただきたい。」という「赤旗」紙面元号併記批判
・(2)高林敏之さん(アフリカ国際関係史研究者)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(3)内海信彦さん(画家、予備校教師)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(4)宮城 康博さん(沖縄在住、脚本家)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(5)kojitakenさん(「kojitakenの日記」主宰者)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(6)鬼原悟さん(「アリの一言」主宰者)の「赤旗」紙面元号併記批判
・(7)「赤旗」紙面元号併記批判――本質を衝くひとことコメント
・(8)中島岳志の保守思想というよりも右翼思想も見抜けないこういう輩がいまの共産党を下支えしている――附:「赤旗」紙面元号併記批判
キョウ おなが9
オール沖縄体制は欺瞞そのものです

Blog「みずき」:(1)「籠池泰典の証人喚問直後の世論調査で安倍内閣支持率が下がらなかったことで流れが変わってしまった」(kojitakenさん)ということももちろん大きな要素だとは思いますが、「しんぶん赤旗:元号復活…28年ぶり」(2017年04月01日 毎日新聞)という事態に象徴される共産党の右傾化もこの事態を招いた大きな要素になっているだろう、というのが私の見方です。kojitakenさん自身も『共産党の右傾化はついにここまできた。森友学園事件に関する最近の国会質疑で、かつての共産党のような鋭い質問が鳴りを潜めていることを訝っていたが、同党の右傾化と関係があるのではないかと疑ってしまう。そういえば東京都議会でも共産党は「都民ファ□ストの会」と歩調を揃えるなどして大政翼賛会化している。それにしても安倍晋三や安倍昭恵ですら日常的に西暦を使うこのご時世に、共産党は「保守層」にすり寄るつもりか知らないがなんでこんな時代に逆行する馬鹿な真似をするのか、見識を疑う』(同上)と書かれていますね。「革新」の右傾化が安倍晋三の増長を許しているのです。戦前、労働者、無産者階級の政党であった社会大衆党が陸軍統制派・革新官僚に迎合、接近、大政翼賛化し、太平洋戦争に突入していった時代と同じ冬の時代がいまに現前しているのです。それが「教育勅語、教材で用いること否定せず 政府が答弁書」という事態だというのが私の認識です。

(2)太田昌国さんは「現政権支持率の『高さ』」の背景に、何があるのか」と自らに設問し、「私たちが、戦後民主主義者であれ、リベラルであれ、左翼であれ、社会の在り方を変革しようとする、総体としての『私たち』の敗北状況のゆえにこそ『現在』があるのだ」と自ら設定した問いに答えています。太田さんのこの認識は私のこの問題への
認識とも重なります。さらに太田さんは次のようにも書きます。「安倍の時代は早晩終わるにしても、社会にはこの「気分」が根づいたままだ。いったん根を張ってしまったこれとのたたかいが現在進行中であり、今後も長く続くのだ」、と。「社会の在り方を変革しようとする」側に太田さんの指摘する「『私たち』の敗北状況」の認識がない以上、この状況は太田さんの見通しのとおり「今後も長く続」かざるをえないだろう、と私も観念せざるをえないのでしょうが、その間に年老いた者、体弱き者は死んでしまうでしょう。なんともやりきれないことです。現在の「敗北状況」をつくり出し、それを認識しえない自称「リベラル・左派」なる怠惰、卑怯、惰弱な者どもに対して炎々、焔々とした怒りが込みあげてくるのを抑えようもありません。

(3)ここでも翁長知事と「翁長与党」(オール沖縄)のダブルスタンダードが沖縄県政を党派的な利害関係を最優先する非民主主義的なものにしています。すなわち、政治学用語を使えば沖縄県政をネポティズム(縁故主義)化しているということです。ネポティズムとは独裁・権威主義国家によく見られる政治手法のことをいいます。「なぜこうした理不尽なことが起こるのか。県政与党は、翁長氏自身の疑惑を含む県政の疑惑は追及しないでそっとしておくことが『翁長知事を支える』ことだと考えているから」だ、と私も思います。考え間違いも甚だしい。県民の意志など蚊帳の外という典型的なネポティズム政治です。翁長県政は腐敗すらしています。これがいまの翁長県政の実態だということを私たちはよく知る必要があるでしょう。オール沖縄体制(日本共産党、社民党、社大=「オール沖縄」諸党派)は欺瞞そのものです。

【山中人間話目次】
・共産党など「革新」の右傾化がこれだけの安倍スキャンダルの中でも内閣支持率が下がらなかった大きな一因である、というのが私の見方です
・太田昌国さんは「現政権支持率の『高さ』」の背景に社会の在り方を変革しようとする者の「私たちの敗北」状況があると見る。それゆえの「現在」だと
・いわゆる「リベラル・左派」層には元社民党議員(現民進党議員)の辻元清美に対する「革新」幻想はまだまだ根強く残っているようです(笑止)
・ここでも翁長知事と「翁長与党」(オール沖縄)のダブルスタンダードが沖縄県政を党派的な利害関係を最優先する非民主主義的なものにしています
・ゲート前1000日集会――目取真俊さんのあらたな、そして静かな決意
・72年前の昨日。すなわち、1945年4月1日。米軍が沖縄本島に上陸した。この日から「ありったけの地獄を集めた」沖縄戦は本格化した
・加藤哲郎さん(一橋大学名誉教授)の4月はじめの世界と日本の時局論
キョウ あべないかく2
「未来のための公共」主催の国会前抗議集会

Blog「みずき」:この国は「正気を失いつつある」のではなく、すでに「正気を失っている」、と私は思う。下記のピックアップしたコメントの中でも私が特に取り上げておきたいと思うのは「北京老学生・日本から台湾へ」ブログ主の「最近では、安倍首相を批判する人たちの一部が、どういうわけか『頑張れ、籠池理事長』みたいな感じになってしまったのが、奇妙である」というコメントである。「革新」が正気を失って、これも久しい。「しんぶん赤旗 元号復活…28年ぶり、1日付紙面から」というのは本日の毎日新聞のニュースのタイトルである。これに異を唱えない共産党員、それも教授と名のつく共産党員の多さに私は言葉を失う。同党は集団的な転向者によって支えられる「正気を完全に喪失した」政党に成り下がってしまった。共産党は「柔軟路線に転じた」と賞賛されるのではなく、歌を忘れたカナリアの政党として弾劾されなければならない、と私は強く思う。

【山中人間話目次】
・この国は「正気を失いつつある」のではなく、すでに「正気を失っている」、と私は思う――岩月浩二さん、toriiyoshiki‏さん、北京老学生さんのコメントを読んで 
・「いよいよ総転向の仕上げか」という相沢侃さんの日本共産党の右傾化批判
・「頑張れ、籠池理事長」みたいなシュプレヒコールをあげる正気を失っている「未来のための公共」のデモの非革新性
・望月麻紀記者(毎日新聞・東京学芸部)の岩田明子NHK政治部記者批判。こういう同業者からの岩田記者、NHK批判は重要です
・韓国のパク・クネ(朴槿恵)前大統領が本日未明収賄などの疑いで逮捕された