キョウ さんだーす22 

Blog「みずき」:「トランプ当選の衝撃」と題したさまざまな人たちのさまざまん視点からの論、あるいは情報の紹介はこれで最後にしようと思います。最後に「現代世界の構造的問題を百年単位の時間軸で分析した社会学の泰斗」(朝日新聞)とされるニューヨーク州立大名誉教授の社会学者イマニュエル・ウォーラーステインさんの論を掲げることにします(色平哲郎FB 2016年11月13日より)。しかし、ウォーラーステインさんの論に限ったことではないのですが、また、商業ジャーナリズムに登場する「識者」の論評に多いのですが、いわゆる左派と右派、バーニー・サンダースジェレミー・コービンなどを支持する集団とフランス極右のマリーヌ・ル・ペンなどを支持する集団を十把一絡げにしてポピュリスト集団と同一に論じる姿勢には私は強い違和感を持ちます。大衆を扇動することと大衆に訴えかけることとはもちろん同じことではありません。その違いが商業ジャーナリズムご用達の「識者」には見えていない、とは私の思うところです。

【全く新しいシステムに向かう分岐点に私たちはいる】
(トランプ当選の)背景には多くの人が職業を失い、経済的に苦しんでいるという事情があります。でも、米国はもはや世界の製造業の中心地ではなく、何もない中から雇用は作り出せないし、(苦しむ人を支えるために)社会保障を拡充するには税収を上げる必要がある。今は高揚感が広がっていますが、トランプ氏の支持者も1年後には、「雇用の約束はどうなったのか」と思うのではないのでしょうか(略)実際にTPP(環太平洋経済連携協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)など、グローバリゼーションの成果とされていた構造は崩れています。TPPは今回の選挙結果で終わりを迎えるでしょう。さらにこうした協定は、実は開放的ではありません。当事者間では障壁をなくしますが、参加していない国との壁は逆に高くなる。むしろ、保護主義的な仕組みだととらえています(略)中国、韓国、日本の3カ国は言葉はそれぞれ違いますが、バラバラにする力よりも統合する力の方が強いように思える。確かに日本の現政権は、中国や韓国との関係を深めることに熱心には見えません。過去についての謝罪が必要な一方で、自尊心がそれを困難にしているのでしょうが、地政学的に考えると、一つにまとまる方向に動くと私は考えています(略)

現在の近代世界システムは構造的な危機にあります。はっきりしていることは、現行のシステムを今後も長期にわたって続けることはできず、全く新しいシステムに向かう分岐点に私たちはいる、ということです(略)15世紀半ばから17世紀半ばまで、約200年間にわたるシステムの構造的危機の時代がありました。結局、資本主義経済からなる現在の世界システムが作り出されましたが、当時の人がテーブルを囲んで話し合ったとして、1900年代の世界を予測することができたでしょうか。それと同じで、西暦2150年の世界を現在、予想することはできません。搾取がはびこる階層社会的な負の資本主義にもなり得るし、過去に存在しなかったような平等で民主主義的な世界システムができる可能性もある(略)一方で、バタフライ効果という言葉があります。世界のどこかでチョウが羽ばたくと、地球の反対側で気候に影響を与えるという理論です。それと同じで、どんなに小さな行動も未来に影響を与えることができます。私たちはみんな、小さなチョウなのだと考えましょう。つまり、誰もが未来を変える力を持つのです。良い未来になるか、悪い未来になるかは五分五分だと思います。これは楽観的でしょうか、それとも悲観的でしょうか(略)大切なのは、決して諦めないことです。諦めてしまえば、負の未来が勝つでしょう。民主的で平等なシステムを願うならば、どんなに不透明な社会状況が続くとしても、あなたは絶えず、前向きに未来を求め続けなければいけません。(
朝日新聞 2016年11月11日

【山中人間話目次】
・ZEDさんの韓国の作家・金甲洙さんの「韓国100万人デモへの危惧」の論の翻訳
・ドナルド・トランプの発言・暴言・迷言まとめ

キョウ めどるましゅん2

Blog「みずき」:「今日の言葉」は小倉利丸さんの「戦争法(安保法制)下の共謀罪 -なぜ、いま、「テロ等組織犯罪準備罪」なのか-」という論のうち最終章の「最大の課題は、正義のためにやむをえず法を逸脱することをどのように考えるのか、にある」という論のみピックアップして取り上げています。ここでの問題提起は、現在の運動のあり方に対する小倉さんの根底的な違和感の表明とそれを払拭するための小倉さん流の根底的な問題提起となっていると考えるからです。小倉さんは次のようにも私たちに問いかけています。「(共謀罪)法案反対運動のなかでは、往々にして、運動の側は常に憲法が保障する言論・表現の自由の権利に守られており、違法な行為は一切行なっていないのに、権力が法を濫用して不当な弾圧をしかけてくる、という前提がとられる。しかし、現在の状況は、こうした遵法精神を前提とするだけで運動が正当化されるという狭い世界に運動を閉じこめていいのかどうかが問われている。いやむしろ現実の運動は、警察や政府にとっては「違法」、わたしたちにとっては正当な権利行使、としてその判断・評価が別れる広範囲の「グレーゾーン」のなかで、民衆の抵抗権の確立のために戦ってきたのではないだろうか」。

【法を執行する権力が同時に合法・違法の判断を下す権限を独占する「正義」とは】
法案反対運動のなかでは、往々にして、運動の側は常に憲法が保障する言論・表現の自由の権利に守られており、違法な行為は一切行なっていないのに、権力が法を濫用して不当な弾圧をしかけてくる、という前提がとられる。しかし、現在の状況は、こうした遵法精神を前提とするだけで運動が正当化されるという狭い世界に運動を閉じこめていいのかどうかが問われている。いやむしろ現実の運動は、警察や政府にとっては「違法」、わたしたちにとっては正当な権利行使、としてその判断・評価が別れる広範囲の「グレーゾーン」のなかで、民衆の抵抗権の確立のために戦ってきたのではないだろうか。例えば、エドワード・スノーデンによる米国の国家機密の意図的な漏洩や、ジュリアン・アサンジウィキリークスなどによる組織的な国家機密の開示運動は、いずれも違法行為である可能性が高い。彼らとその支援者の活動は、新共謀罪の適用もありうるような行為といえるかもしれない。彼らは敢て法を犯してでも、実現されるべき正義があると考えて行動し、この行動に賛同し支援する人びとが世界中にいるのだ。私たちは、彼らが違法な行為を行なったからという理由で、その行為を否定したり、法の範囲内で行動すべきだ、と主張すべきだろうか?私はそうは思わない。(略)私は、こうした警察の介入を法と秩序を維持する上で正しく、法を逸脱した反政府運動が間違っているということにはならないと考えている。むしろ、法を執行する権力が、同時に合法・違法の判断を下す権限を独占し、法を口実に、民衆的な自由の権利を「犯罪化」しようとすることが世界中で起き、こうした法を隠れ蓑に民衆の権利を「犯罪化」するやりかたへの大きな抵抗運動が起きているということではないだろうか。(略)日本も例外ではない。沖縄の辺野古や高江での米軍基地建設反対運動では多くの逮捕者を出している。阻止のための実力行使も行なわれている。私は、そのような行為を「言論」による闘いに限定すべきだとして否定すべきだとは思わない。(略)権力は過去の教訓や経験の蓄積から多くのことを学び、現状において利用可能な手法を再生したり復活させようとする。この権力の構造的な記憶装置をあなどることはできない。新共謀罪法案はこの典型的な例ではないかと思う。これに対して、反政府運動の側は、歴史の過ちを引き合いに出すだけでは十分ではないだろう。むしろ、歴史を踏まえつつ、民衆的自由を実現できる社会を新たに創造することを視野に入れた運動を生み出すことがなければならないと思う。(小倉利丸ブログ 2016年10月30日

【山中人間話目次】
・戦争法(安保法制)下の共謀罪 -なぜ、いま、「テロ等組織犯罪準備罪」なのか- -小倉利丸ブログ
・高田昌幸さんのコメントへの返信 ――リベラルとジャーナリストと糞バエについて
・朴槿恵(パク・クネ)政権は終焉の様相。各国のメディアはいまの韓国の事態をどう見ているのか?
・Love Letter(監督:岩井俊二。1995年)所感 ――熱いものがこみあげてくる映画だった
キョウ あうしゅびっつ

Blog「みずき」:この「今週の風考計」の筆者はペレス前イスラエル大統領について「ポーランド移民からイスラエルにわたり、パレスチナ和平に尽力し94年にノーベル平和賞を受賞した」とだけ述べています。それは、すなわち、同筆者のペレス評価とみなせるものでしょう。しかし、そのペレス評価はあまりに世俗の評価に寄りかかりすぎた評価というべきではないか。ペレスは1950年代にフランスからの武器調達に成功。イスラエルに中東最強の軍事国家を構築し、中東戦争勃発の原因をつくった歴史的責任があります。さらにフランスからミサイルや最新鋭戦闘機をも獲得。それが67年、第3次中東戦争でイスラエル勝利を決定づけ、中東の地政を激変させた原因ともされています。極秘裏に進められてきたイスラエルの核開発計画の責任者も当時のベングリオン首相から任命されたペレスでした。ペレスの政治信条は「軍事力の裏づけがあってこそ、和平を構築できる」というものでした(以上、
産経新聞三井美奈記者の2016.10.1づけ記事による)。ペレスがシオニストであったこともいうまでもありません。そうしたことどもを度外視したペレス評価は群盲象を評すようなもので肯定できません。

【ポーランドの旅で見たこと、考えたこと】
先月末、行きたかったポーランドを旅し、
アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所を訪ねた。ガイドの中谷剛さんから、ナチス・ドイツ軍によって、130万人が虐殺された収容所内の遺品の数々、拷問部屋、ガス室、死体焼却炉などについて丁寧な解説をいただいた。単に過去の「負の遺産」として捉えるのでなく、いま世界に広がる不寛容、難民排斥、「イスラム国」のテロ、さらにはイスラエルのガザ地区侵攻やパレスチナ問題にまで、ひいては日本の憲法論議や国会運営など、傍観していればホロコーストの根につながっていくと指摘する。自分のありようが重く問いかけられ、身が引き締まった。9月28日、イスラエル前大統領ペレス氏が93歳で逝去した。ポーランド移民からイスラエルにわたり、パレスチナ和平に尽力し94年にノーベル平和賞を受賞した。ワルシャワに戻ると、ドイツ軍に戦いを挑んだ<ワルシャワ蜂起>の敗北の日、1944年10月2日、その日を忘れるなと、年配の人たちと青年がプラカードなどを掲げ市街をパレードしている。タイミングの良い出会い。通訳の説明がありがたかった。さらに翌日3日、「中絶禁止法案」に反対する、黒い服に身を包んだ若い女性らが、「ブラックマンデー」と名付けるデモをしている。現場の熱気たるや、ものすごい。「ジェンドブリー」(こんにちは)しか言えないもどかしさ。いまポーランドは、若い世代が立ち上がっている。頼もしい。(Daily JCJ「今週の風考計」2016.10.9

【山中人間話目次】
・ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの対決は論評するに値しない
・【電通過労死事件】被害者のツイートから浮かび上がる電通の体質
・尾崎咢堂の「われわれの私有財産は、天皇陛下といえども、法律によらずしては一指も触れさせたもうことはできない」という自然権思想
キョウ しこくごろう
四國五郎の絵画」から

Blog「みずき」:「今日の言葉」は本日づけの澤藤統一郎さんの「憲法日記」ブログで紹介されている画家、四國五郎のご長男の四國光さんの「福竜丸だより」の寄稿文から。澤藤さんは「これはまた見事な、亡き父へのオマージュでもある」と光さんの寄稿文を敬誉していますが、あわせて次のような感想も記しています。「表現の自由が抑圧された時代にも、表現者は黙ってはおれない。『この時代、沈黙してはいけない』という四國の言葉は重い。今の時代、意欲さえあれば、書ける、話せる、出版も、掲示も、メールも、ブログも、ほぼ自由に表現できる。この貴重な自由を、精一杯行使し続けなければならない。表現の萎縮によって自らこれを放棄する愚を犯してはならない。峠や四國の活動を知って、痛切にそう思う」、と。

【四國五郎の原点としての「辻詩」】
父の作品としては「
絵本おこりじぞう」の絵や、峠三吉と作った「原爆詩集」の表紙面や挿画が最も知られたものだと思うが、今回の展示の目玉のひとつは、父が峠と作った手描きの反戦反核ポスターだ。父たちはこの表現形式を「辻説法」になぞらえ「辻詩」と呼んだ。1950年の朝鮮戦争の始まる少し前から、峠が入院する53年頃まで、父は100枚から150枚描いたというが、現存するのは父のアトリエにあった8枚のみ。今回の展覧会では初めてこの8枚全てが展示された。当時はGHQによる言論統制のため、戦争や原爆に関する表現は厳しく規制されていた。「辻詩」はそのような状況下で作られた、逮捕覚悟の反戦活動であった。「辻詩」が出来上がると、峠が始めた詩のサークルである「われらの詩の会」のメンバーが手分けしてゲリラのように街中に貼り出し、警察が来ると大急ぎで剥して逃げた。「辻詩」の四隅に残る画鋲の穴を数えると、何回逃げたかがわかる。多いもので40個の穴が開いていたそうだ。

どのようにして「辻詩」を作ったか、父のメモが残されている。それを読むと、ジャズの即興を連想させる。峠と父とでアイデアを持ち寄る。お互いに意見をぶつけ合いその場で「辻詩」の原案をどんどん作っていく。父がそれを自宅に持ち帰り、絵と、絵に相応しい字体で詩を書き入れる。出来上がると街に貼り出し道行く人に訴える。混沌の現実から今もぎ取ってきたような「生の表現」。それこそが人の心に訴え人を動かす、という信念が父たちにはあった。父は自分たちで書くだけでなく、多くの方が参加可能な「表現のプラットフォーム」として、「辻詩」に大きな可能性を見出していた。沈黙から言葉を引き出そうとした。仲間たちの中には、父や峠の、あまりに前のめりな姿勢に対して、危険すぎるので止めるべきだ、という反対も多かったと言う。しかし、父の日記を読む限り、この運動を減速したり止めたりする気持ちは微塵もなかったようだ。「辻詩」によって、詩と絵が社会に対してどれだけの働きかけができるのか、そのチヤレンジに全身全霊をかけて没頭していた様子が伺われる。「この時代、沈黙してはいけない」。

日記を読むと、一連の表現活動による逮捕の可能性も仄めかしており、恐らく覚悟の上だったようだ。「戦争とシペリアを経験したので、それに比べればどんな事でも乗り越えられると思った」と晩年語っていた。「辻詩」とは廃棄あるいは押収される事が運命づけられた「使い捨て」の表現物だ。自分が丹精込めた「表現」の痕跡は一切残らない。3年近く、父は「辻詩」の作成に情熱を注いだ。作品として残る可能性の無いものに対して、そこまでのエネルギーを費やし続けることの、執念のような腹の括り方に、 私は改めて驚きを禁じ得ない。峠の死後も、父は生涯、戦争と平和のメッセージを伝える事を自分の使命と課し、絵や詩など膨大な作品を残した。その中で、最も父の心を熱く燃やしたものが、若き日の「辻詩」であったと思う。「辻詩」は表現者・四國五郎の原点であった。(
澤藤統一郎の憲法日記 2016年9月9日

【山中人間話目次】
・ヘイトスピーチとそれに対抗する「カウンター」について-OCHLOS(オクロス) 2016年9月9日
キョウ はぎわらさくたろう

Blog「みずき」:以下の朝鮮人虐殺に関する萩原朔太郎の三行詩を紹介する文芸評論家の卞宰洙(ピョン・ジェス)さんの文章のほかに朔太郎の「ある野戦病院に於ての出来事」(大正十三年二月『新興』)を紹介する坂根俊英さん(県立広島大学教授)の「萩原朔太郎論」の一節もご紹介しておきます。坂根さんは朔太郎論を次のように書いています。「詩人の鋭い直観はしばしば見事に歴史の証言として価値を持っているのである。例えば、大正十三年二月『新興』に載った「ある野戦病院に於ての出来事」には次のように述べられている。<戦場に於ける「名誉の犠牲者」等は、彼の瀕死の寝台をとりかこむあの充満した特殊の気分。――戦友や、上官や、軍医やによって絶えず語られる激励の言葉、過度に誇張された名誉の頌讃、一種の緊張された厳粛の空気――によってすっかり酔はされてしまふ。彼の魂は高翔して、あたかも舞台における英雄のごとく、悲壮劇の高潮に於て絶叫する。「最後に言ふ。皇帝陛下万歳!」と。かくの如き悲惨事は見るに堪へない。青年を強制して死地に入れながら、最後の貴重な一瞬間に於てすら、なほ彼を麻痺さすべく阿片の強烈な一片を与へるというのは! さればある勇敢な犠牲者等は、彼の野戦病院の一室に於て、しばしば次の如く叫んだであらう。「この驚くべき企まれたる国家的奸計を見破るべく、今、最後に臨んで、私は始めて素気(しらふ)であった」と。併しながらこの美談は、後世に伝はらなかったのである。>戦死を「悲惨事」とみて美化せず、戦争を「企まれたる国家的奸計」と看破した朔太郎が、その後、「阿与」的国家主義に「麻痺」して「よろしく萬歳」を叫んだとしても、このアフォリズムそのもののもつ洞察力はこの時点において褪せない強さをもっている。」(「萩原朔太郎論――啄木の影響と社会性――」坂根俊英より)

【朝鮮人あまた殺され その血百里の間に連なれり われ怒りて視る、何の惨虐ぞ】
朝鮮人あまた殺され/その血百里の間に連なれり/われ怒りて視る、何の惨虐ぞ 「近日所感」と題された、萩原朔太郎の三行詩である。
関東大震災のあった1924年2月に雑誌「現代」の第5巻第2号に発表された。震災の当日、朔太郎は郷里の群馬県前橋の自宅にいた。震災のあまりにも大きな被害に驚愕して、米と食料品をリュックで背負い東京に向かった。幼少のころから慕っていた母方の叔母と従兄を見舞うためで、汽車と荷車をのりつぎ、大宮からは歩いたという。朔太郎は、1917年に処女詩集「月に吠える」をもって口語自由詩を完成させた、日本近代詩の巨匠である。その詩人が、朝鮮人虐殺にいち早く反応して怒りを噴出させたことは記憶にとどめてもよい。「あまた殺され」「その血百里」という直截で簡潔な表現をもって、犠牲者のあまりにも多数であったことをリアルに表現している。朔太郎の怒りは、無抵抗の朝鮮人をふつうの民間人も軍警と一緒になって虐殺したことに、日本人の自分が許せなかったことに起因している。「惨虐」という詩語については、この言葉は現在、「広辞苑」にも「大辞林」にものっていない。当時は「残虐」と同じ意味で使われていたことばである。朔太郎が、あまりにもむごたらしい惨状を、臨場感をもってあらわすために使った「惨虐」という詩語が、80年以上経っても胸に迫ってくる。無こなる朝鮮人惨殺に対する、この詩人の沸々とした憤怒が、あえて「惨虐」を詩語たらしめたのであろう。この詩がいく種もの版のある単行本の「萩原朔太郎詩集」にはおさめられていないのは残念であるが、筑摩書房版全集の第3巻「拾遺詩篇」には収録されている。(卞宰洙(ピョン・ジェス)・文芸評論家 「朝鮮新報」2006.09.01

【山中人間話目次】
・オリンピック批判, 資本主義批判, 文化批判 資本主義的身体からの訣別のために—近代スポーツと身体搾取-小倉利丸
・証拠映像:NHKが「オリンピックの目的は国威発揚」と仰天解説 - YouTube
・ドイツ映画「民族の祭典」 Olympia 開会式 - YouTube
・東京オリンピック開会式(1964年) - YouTube
・辺野古・高江、目覆う無法状態 「傍観」が助長 司法機能せず-金平茂紀の新・ワジワジー通信(18)
・危険な水域にはまる政府交渉を安慶田副知事任せにする翁長県政の自招危難(仲宗根勇さん)
キョウ ちょうせんじんぎゃくさつ

Blog「みずき」:関東大震災時における朝鮮人虐殺と植民地朝鮮の抵抗運動を結びつける視点からの著作に私はまだ触れたことがありません。単に私が知らないだけのことかもしれませんが、おそらくそうした視点からの論攷はこれまで日本では発表されたことがないのではないか? 2003年に『関東大震災時の朝鮮人虐殺―その国家責任と民衆責任』(創史社)を著した山田昭次さんの著作にもそのことの指摘はないようです。そうであれば、鄭玹汀さんの今回の指摘は重要です。鄭さんのこの問題提起を契機に朝鮮人虐殺と植民地朝鮮の抵抗運動を統一的に把捉する日本近現代史の見直しに関わる研究者による新しい論が現れることを私は期待したいと思います。

【日本近現代史における「朝鮮人虐殺」の意味】
9月1日になると、1923年の
関東大震災とともに朝鮮の白い服の人々が、目の前に浮かんでくる。当時、国家権力は"不逞朝鮮人・過激主義者"という仮想の敵を作り上げ、民衆の不安や恐怖心を煽ることに必死になっていた。日本近現代史における「朝鮮人虐殺」を問いつづけていきたい。コーヒーを飲みながら、少し書いてみた。朝鮮人虐殺は、主に国内の問題として捉えられてきた。その限りでの国家責任・民衆責任が議論された。しかし植民地朝鮮の抵抗運動への弾圧が朝鮮人虐殺の最終的な狙いだったことを考えれば、従来の研究ではまだ十分に解明されていないところがある。視野を広げて朝鮮の植民地解放運動に注目してみたい。1920年の尼港事件間島事件青山里戦闘など、満州東部の間島における独立軍 (朝鮮) の抗日武装闘争と日本軍との衝突と、その後の日本国内における朝鮮人虐殺との関連性について考察を深めていく必要がある。また、関東大震災の時、亀戸事件甘粕事件はなぜ起きたのか。それらの事件と朝鮮人虐殺は一つの根源から発生した事件だったにもかかわらず、従来の研究においてはその関連性の解明が十分とはいえない。当時の思想界・文学界の論者たちはこの事件を注目して、数多くの評論、感想、証言、文学作品を残しているが、この問題を総体的に捉える視点の欠如のため、従来は断片的にしか扱われてこなかった。たとえば、〈国家責任〉という時、具体的に何を指すのか、〈民衆責任〉という時、その民衆は主に誰のことなのか、そして事件の根底にある思想的背景を、日本国外との関連という視点で捉え直す必要がある。その関係を確認した上で、国内の思想弾圧の問題などを検討し、立体的に問題をつかみとっていくことが求められる。日本国家は軍主導の帝国主義の拡張によって支えられてきた。日本国内での在郷軍人会の組織化、学校教育における国家主義思想、軍と天皇制国家との関係などの諸矛盾が集約して爆発したのが、朝鮮人虐殺といえる。さらに朝鮮人虐殺事件をアメリカやドイツなどは、どう向き合い、どう捉えていたのか、それについても検討を要する点があると考える。(鄭玹汀フェイスブック 2016年9月1日

【山中人間話目次】
・元朝日記者家族へのツイート脅迫で賠償が確定
・この国にはジャーナリズムを自称するイエロー・ジャーナリズムがなんと蔓延っていることか
・「NHK 貧困女子高生報道を捏造」という捏造記事を書いたビジネスジャーナルもリベラル系ネットメディアといわれるリテラもサイゾー系のメディアである
・この国のテレビメディアはとことん腐れきっている――長谷川豊という自称ジャーナリストについて
・辺野古から「抗議活動に日当」というデマ記事について
キョウ るいぼなばると

【わかったようでわからない論の行方について】
 
内田樹がツイッターでマルクスの「ルンペン・プロレタリアート」考をつぶやいている。

『マルクスの『
ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』はルイ・ボナパルトというどこから見ても二流の政治家がそれにもかかわらず政財官、メディア、ブルジョワ、ルンペンプロレタリアートからの圧倒的な支持を集めて20年にわたって「革命の祖国」に皇帝として君臨した歴史的事実を論じたものです。』(8月21日)

『マルクスがそれについて長い考察(実にすぐれた書物です)を書いたのは、マルクスの知性をもってしても「どうしてあんな二流の政治家が大きな顔ができるのか・・・」が十分には解明できなかったからです。』(同上)

『「ルンペン・プロレタリアート」というのは「プロレタリアでありながら、みずからの階級的利益を損なう政治的立場を熱狂的に支持する」人たちがどうして「そんなこと」をするのかマルクスにもうまく理解できなかったという消息を伝えております。』(同上)

内田樹の上記の「ルンペン・プロレタリアート」考の前提には、

『「金以外の
インセンティブ」で動く政治家しかスケールの大きな事業はできません。でも、それって「イデオロギー」か「宗教」しかないんですよね。安倍政権は「金」で財界を巻き込み、「イデオロギー」で右派を集め、「宗教」で日常運動を作っているのになんであんなにスケールが小さいんだろう。』(同上)

という認識がある。

しかし、内田は、
安倍晋三の評価を誤っている。安倍は「金以外のインセンティブ」で動く政治家ではない。彼のインセンティブは金であり、名誉であり、権力である。その欲は総べてカネに帰結する。彼が「スケールが小さい」のはカネで動く政治家でしかないからである。内田は、そんな明白なことを、わざわざマルクスの「ルンペン・プロレタリアート」考を持ち出し、わかったようでわからない論を展開する。

わかったようでわからない論は
ペダンチックな装いを外せば結局わからない=論理不明瞭の論ということでしかない。そして、論理不明瞭の論は人の態度を保留にさせる。すなわち、そこからなにごとの行動の観念も発生しない。人畜無害の論になるほかない。人を煙に巻くのがうまい内田樹らしい論だ。人畜無害だから、日和見を旨とする学者らしき人々は安心して少し辛口に見えるのを幸いにしてその論をリツイートする。どうやらフェミニストらしい20世紀イギリス文学を研究する女性の研究者もこの内田の論をリツイートしている。いまの学者と言われる人たちの水準をよく示している。いまの大学では正統なマルクス論は論じられることはなく、内田的なわけのわからないマルクス論だけが流通していく。これがいまの大学の水準だ。こうした大学の学者たちが昨年、「安全保障関連法に反対する学者の会」なるものを結成した。なにごとが起こることも、なにごとも生まれるはずもない。これがいまの学者近辺の学問と称するもの=思想と称するものの状況ということである。(東本高志 2016年8月28日

【山中人間話目次】
・象徴天皇制論議の基礎のひとつとしての毎日新聞朝刊文化欄の「原武史・北田暁大対談」の全文
・25年間務めた北海道新聞社「セクハラ自殺」問題が法廷の場へ 問われる人権への姿勢
・TBSテレビ「報道特集」の「反テロ戦争」特集での米国人インストラクターの忘れられない言葉-太田昌国
キョウ こうしつ

Blog「みずき」:本日づけ(8月27日)の毎日新聞に天皇の「生前退位発言」に関する「本格的論評の代表格というべき」(澤藤統一郎さん評)原武史さんと北田暁大さんの対談が掲載されているようです。私はネットでしか毎日新聞を読んでおらず、かつ、「無料で読める今月の上限10本」制限を超えているので、澤藤統一郎さんの論評を通して同対談の要旨をご紹介させていただくことにしようと思います。

【「平成天皇制」――これはむき出しの権力だ】
8月も終わりに近い。8月は戦争を語り継ぐときだが、同時に天皇制を論ずべきときでもある。71年前の敗戦は、軍国主義と戦争の時代の終焉であったが、同時に野蛮な神権天皇制の終焉でもあった。しかし、軍国主義と臣民支配の道具であった天皇制が廃絶されたわけではない。日本国憲法下、象徴として残された天皇制は、はたして平和や人権や国民の主権者意識に有害ではないのだろうか。今年(2016年)の7月から8月にかけて、天皇の「生前退位発言」が象徴天皇制の問題性をあぶり出した。歯の浮くような、あるいは腰の引けた俗論が続く中、8月も終わりに近くなって、ようやく本格的な論評に接するようになった。本日(8月26日)の毎日新聞朝刊文化欄の「原武史・北田暁大対談」は、そのような本格的論評の代表格というべきだろう。ネットでは、下記URL(
)()で読める。これは、必見と言ってよい。この時期、この二人に対談させた毎日の企画に敬意を表するが、見出しはいただけない。「中核は宮中祭祀と行幸 象徴を完成させた陛下」「踏み込んだ『お気持ち』 天皇制を再考する時期」。この見出しでは読者を惹きつけられない。しかも、対談の真意を外すものだ。もとより、原も北田も「陛下」などと言うはずもないのだ。見出しは、対談の毒を抜いて砂糖をまぶして、読者へのメニューとした。しかし、対談の中身はそんな甘いものではない。歯ごたえ十分だ。全文を読んでいただくとして、私なりに要約して抜粋を紹介したい。

対談者の関心は、まずは今回の天皇発言の政治性にある。このような政治的発言を許してしまう、象徴天皇制というものの危うさと、これに的確な批判をしない時代の危うさに、警鐘を鳴らすものとなっている。冒頭の北田発言がその要約となっている。北田「天皇の『お言葉』で皇室典範改正につながるかもしれません。実質的に天皇が法を動かすということは日本国憲法の規定に反する明確な政治的行為でしょう。しかし右も左もマスコミも、心情をくみ取らないわけにはいかないという論調。立憲主義の根幹にかかわることなので、もっと慎重に議論が進むと思っていたのですが……。」さらに、中心的なテーマは、象徴天皇制がもはや憲法をはみ出すものになっているという批判である。原は、今回の天皇発言を「玉音放送」に擬してこう言う。原「今回のお言葉の放送は、いろんな意味で1945年8月15日の『玉音放送』と似ています。玉音放送は臣民という言葉が7回出てくる。今回も国民という言葉が11回出てきた。…昭和天皇が強調したのは、ポツダム宣言を受諾しても、天皇と臣民が常に共にある『君民一体』の国体は護持されるということ。今回も『常に国民と共にある自覚』という言葉が出てきます。玉音放送の終わり方は「爾(なんじ)臣民其(そ)レ克(よ)ク朕(ちん)カ意ヲ体(たい)セヨ」、つまり臣民に向かって自分の気持ちを理解してもらいたい、と。今回も「(私の気持ちが)国民の理解を得られることを、切に願っています」で終わっています。」これに、北田が共鳴し、さらに原が敷衍する。北田「政治・立法過程を吹っ飛ばして国民との一体性を表明する。今、天皇が憲法の規定する国事行為を超えた行動ができることについて、世の中が何も言わないというのは、象徴天皇制の完成を見た思いがします。」原「今回衝撃的だったのは、憲法で規定された国事行為よりも、憲法で規定されていない宮中祭祀と行幸こそが『象徴』の中核なのだ、ということを天皇自身が雄弁に語ったことです。」北田「憲法に書かれていないことが私の使命なんだ、と。相当に踏み込んだな、よく宮内庁は止めなかったなと驚きました。止められなかったのか。天皇の記号としての機能は今、より純化され、強固になっています。多くの国民が政治的な存在と思っていないことが最も政治的なわけで……。」 北田「天皇の政治的な力を見せつけられました。『空虚な中心』どころではない。」原「より能動的な主体として立ち上がってきた。」

対談者の批判は、左派・リベラルにもおよぶ。北田「左派リベラル系の人の中にも、天皇制への視点が抜け落ち『この人なら大丈夫』と属人化されている。それほど見事に自らを記号化してきた成果が今回の肯定的な世論に表れているのでは。」原「実は国体が継承されているんじゃないか。昭和との連続性を感じます。イデオロギッシュだった国体の姿が、より一人一人の身体感覚として染み渡っていくというか、強化されているのではないか。こうした行幸啓を続けることで、いつの間にかそれが皇室の本来の姿のように映るようになった。北田「すごい発明ですよね。平成天皇制。自戒を込めていえば、私も天皇について断片的に本を読むくらいで、強い関心を持っていませんでした。しかし今回のお言葉で目が覚めました。『これはむき出しの権力だ』と。天皇家、天皇制とは何なのかを徹底的に再考する時期だと思います。」若い北田の「すごい発明。平成天皇制」「これはむき出しの権力だ」という感性を私も共有したい。そして、原にも北田にも、世論を覚醒せしめる本格的な論稿を期待する。(
澤藤統一郎の憲法日記 2016年8月27日

【山中人間話目次】
・永原純さんの東京新聞天皇賛美社説批判
・高江の機動隊投入問題。アリの一言氏の翁長知事と沖縄地元紙琉球新報、沖縄タイムス批判。
・崔勝久さん(OCHLOS)の「慰安婦問題に対する、ある韓国人のコラム」紹介
・会長への立候補は認めないー岩手県海区漁業調整委員会の暴挙-澤藤統一郎の憲法日記
・非常勤医師逮捕の不当性について――柳原病院[東京都足立区]の訴え

キョウ どくさい

Blog「みずき」:「民主主義が独裁への道を開くことになりかねない」という藤原帰一さんの危惧については、「『喝采』による『民主主義的な感情』による独裁の民主的正統性による権威付け」の過程を考察したドイツの法学者、カール・シュミットを引いた弁護士の森川文人さんの短評もあります。合わせて参照されれば「民主主義と独裁」がなにゆえに関係するのか。その関係性についての理解も深まるものと思われます。

【民主主義は独裁への道を開くことになりかねない】
小学校の先生に教わった民主主義とは、要するに多数決のことだった。ほんとうに多数決がいちばんよい制度なのか、その頃から疑問だった私は、どうして多数決がいいんでしょうと先生に質問したことを覚えている。先生は質問に答える代わりに、どこがいけませんかと私に質問を返した。民主主義と多数決を同じものにすればどんな問題が発生するのか、小学校五年生の私は答えることができなかった。半世紀経ったいまも自信はない。でもあえて答えるなら、多数決だけの民主主義から取り残されるのはマイノリティーの問題だと思う。多数決によって選挙や議会の投票結果が決まったとしても、負けた側がその決定に従わなければ制度は成り立たない。今度は負けても次の機会には自分が勝つことが期待できるのであれば、自分に不利な決定を受け入れることもできるだろう。だれが多数派で誰が少数派かが固定していない場合、多数決は必ずしも不合理な制度ではない。それでは、国民の一部に過ぎない少数民族とか宗教など、人口が少ないために国内社会の多数となることができない人についてはどうだろう。民族や宗教によって差別されることがなく、それが政治の争点となっていなければともかく、民族や宗教の違いによる差別が厳しい場合には紛争の発生は免れない。政治社会の決定が多数決によって行われ、その多数決が多数派の考えばかりを反映するなら、少数派が迫害の排除を求めても成果は期待できない。制度によって解決ができないのであれば、力に訴える人も生まれてしまう。多数決だけに頼る民主主義だけでは多数派と少数派が共存する社会をつくることは難しい。欧米諸国における民主主義は、決して多数決だけを指すものではなかった。森政稔氏が「
変貌する民主主義」(ちくま新書)で触れているように、現代の民主主義は自由主義を源流として、そこに民主政治という統治の仕組みが加わったものとして捉えることができる。もし民主主義が政治権力を多数派の手に委ねるだけのものであるなら、民主主義が独裁への道を開くことになりかねない。民主政治の前提は多数派と少数派の別を問わない自由な公共社会である。(略)既に自由主義は、自分の自由とともに他者の自由を認める制度ではなく、国家が市場から出て行けば自由な社会が保たれるという観念となって久しい。いま民主主義は、自由な公共社会における統治の仕組みではなく、多数派が少数派を排除する制度の別名に変わろうとしている。(藤原帰一「朝日新聞 時事小言」2016年8月24日

【山中人間話目次】
・国民の自信と誇りを高めるオリンピック報道?~NHKの国策翼賛体質はここにも~ 醍醐聰のブログ
・自称「民主主義者」の呆れるばかりの目の不確かさについて 
・WPはトランプ支持を表明したジュリアーニ元NY市長の言動がおかしく、陰謀論満載の話ばかりをするので「お医者さんに行くべきだ」と諭している
・サンダースが「私たちの革命」という新しい組織を立ち上げた
キョウ もりかわすいめい

Blog「みずき」:「今日の言葉」は森川すいめいさんの言葉と森川文人さんの言葉のアンサンブル。その中に言葉と言葉をつなぐ私の説明が少し入り混じっています。モザイク模様。モザイクも一葉の絵画。その絵画の価値は、それこそ「自分はどう感じ、自分はどう反応するか」で決まる、と思っての「今日の言葉」です。


【三宅洋平と安倍昭恵の「対話」は対話たりえるか
弁護士の森川文人さんは森川さんの甥の森川すいめいさんの『
その島のひとたちは、ひとの話をきかない 精神科医、「自殺希少地域」を行く』という著作から以下の言葉を引用しています。

「相手のことば、行動、変化を見て、自分はどう感じ、自分はどう反応するかが決まる。それによって相手をどうこうしようとはしない。自分がどう変わるかである。その変わった自分を、またその相手は見ることになる。その相手はまた、変化した自分を見て、それに反応するようにして変わっていく。「自分がどうしたいか」それだけである。それだけでいい。「この島のひとたちは、ひとの話をきかない」と、外の島からきた若者は言ったのだが、それは、この島の本質と思われた。対話をしていくこと。ただ対話をしていくこと。相手を変えようとしない行動。しかし、結果として何かは変わるかもしれない。ただ対話する。変えられるのは自分だけである。」

そして、森川さんは、甥の森川すいめいさんの言葉の対極にある言葉として安倍首相夫人の昭恵氏の以下の言葉を
引用しています。

「『どんなに甘いと言われようが、バカだと言われようが、私はどんな人とも仲良くなれると信じている。世界が平和になるためには、まずは日本のなかが、心ひとつに。和を以て貴しと為す。三宅洋平さん、公邸でお待ちしてます!』との投稿メッセージが安倍首相の夫人昭恵氏から発信され、そこから『対話』が始まったとのこと。」

そのうえで森川さんは「
三宅洋平さんと安倍昭恵さんの対話」を次のように批判します。

「対話」というあり方を否定するわけではありませんが、こと国家権力(そう、暴力を我々から取り上げ、合法的に独占している国家権力と、です。)とことを構えるのであれば、それなりの気構えと難事に当たっているという意識を持つべきであり、「なんでも対話で解決する」なんて抽象的に言われると、この「世界」の非和解的な不平等化の現実を知っているのかい?そして、さらには、厳しい刑事法廷での「対決的対話」を知っているのかい?と言いたくはなるのです。(
森川文人のブログ 2016-08-24

【山中人間話目次】
・この50年の間の社会の右傾化、とりわけサヨクの右傾化は凄まじい。
・TBS「報道の魂 米軍が最も恐れた男~あなたはカメジローを知っていますか?~」「カメジロー沖縄の青春」と加藤哲郎さんの「新たに発見された「沖縄・奄美非合法共産党文書」について」
・SEALDs関連問題についての核心をついた問題提起(ブログ評価は別の問題です)
・根拠不明な情報の発信の危険性について
・田中利幸さんの今年の広島、長崎の平和集会参加、広島現代美術館「1945年±5年」展見学などの報告。
・東村高江、地元紙記者強制排除問題。沖縄県マスコミ労組協議会が抗議声明
キョウ わかもののとうひょう

【生徒を現実の政治から遠ざけていたら投票率はどうなるか】
生徒会で国会解散決議 清陵高 一部はデモに参加〉1960(昭和35)年6月5日付の信濃毎日新聞社会面にこんな記事が載った。その約2週間前。
日米安保条約改定が衆院で強行可決された。抗議する多数のデモ隊が連日、国会周辺に押し寄せていた。記事によると、長野県内の高校で政治問題についての生徒集会開催は諏訪清陵高が初めて。数日前からクラス別に安保問題を討議した。生徒集会は放課後、2日間開き、全校生徒の8割余の約700人が参加。「岸(信介)内閣の即時退陣。正しい民主政治を確立し、国会をただちに解散せよ」と決議した。当時の校長は「生徒たちが安保問題に強い関心を持っているので、時事問題研究ということで集会を許可した」などとコメントしている。この時、17歳で生徒会長だった中林正勝さん(略)は振り返る。「生徒会役員が主導したのではない。今の政治に黙っていられないという生徒の思いが自然に湧き上がった。先生に止められることはなかった」同年6月15日。デモ隊が国会構内に突入して警官隊と衝突、東大生の樺美智子さんが死亡する。集会やデモは県内の他の高校生にも広がった。総務省の年代別投票率統計(略)で最も古いのは67年の衆院選だ。この時、高校時代に政治の季節を体験した20代の投票率は7割近い。これをピークに低下傾向をたどり、直近の2014年選挙では3割にまで落ちたグラフ

下降のきっかけの一つが文部省(当時)が69年に出した
通知だ。〈国家・社会としては未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし、むしろ行わないよう要請している〉70年の安保改定を控え一部の生徒の活動が過激化したのを理由に、全ての高校生に校内外を問わず政治活動を禁止した。憲法が保障する集会や言論などの自由には全く触れていない。授業についても、現実の政治的事象は個人的な見解が入り込む恐れがあるので「慎重に取り扱うこと」と教員に縛りをかけた。高校生の活動は「政治」から切り離され、先生は授業で現実の政治問題を取り上げることに消極的になっていく。生徒会がフランスの核実験に反対する署名活動をしようとして学校側に止められるという問題も起きた。あさって19日、改正公職選挙法が施行され、18、19歳が新たに選挙権を持つ。来月10日投開票の参院選から1票を行使できる。文部科学省は昨秋、69年通知を見直した新たな通知を出した。高校生の活動を「期待していない」から「期待される」に転換し、縛りを緩めた。それでもまだ、「禁止」や「制限」が多い。いわく、生徒会、部活動での政治活動は禁止。放課後や休日でも校内での活動は制限か禁止。校外でも学業や生活に支障があると認められる場合などは制限か禁止…。これでは、半世紀前の清陵高のような集会も開けない。
 
愛媛県では昨冬、
全ての県立高校が一斉に校則を改定全ての県立高校が一斉に校則を改定し、校外の政治活動への参加に学校への届け出を義務付けた。「自分の意見を持つことが必要な状況になっているのに、その発信が制限されるのはおかしい」。今月、東京弁護士会が開いたシンポジウムで高校生から声が上がったのも当然だ。教員の言動にも制約が多い。今回の通知は繰り返し「政治的中立」を求め、教員用指導資料は特定の見解を述べることを戒める。違反した場合、罰則を科す法改正も自民党内で検討されている。山口県では昨年、安全保障関連法案を新聞2紙を参考に生徒が討論し、賛否を投票した高校の授業の中立性に疑問があると、自民党議員が県会で追及している。文科省は今週、全国の高校が昨年度行った主権者教育の状況を公表した。内容別(複数回答)では公選法や選挙の仕組みが9割。現実の政治についての話し合いは2割にとどまった。先生が二の足を踏んでいる様子が浮かぶ。生徒を現実の政治から遠ざけ、先生の言動を監視していたら、投票率はどうなるか。歴史が教える。高校で自由に政治を語り合う。そんな環境と文化を育みたい。(信濃毎日新聞 社説 2016年6月17日
キョウ のうといえる

Blog「みずき」:本文章は松岡正剛さんの「福島応援歌」といってよいものでしょう。本文章の最後は高村光太郎の『開墾』の一節の引用で締めくくられています。「北上川以西の此の辺一帯は強い酸性土壌であり、知れ渡つた痩せ地である。そのことは前から知つてゐたし、又さういふ土地であるから此所に移住してくる気になつたのである。野菜などが有りあまる程とれる地方では其を商品とする農家の習慣が自然とその土地の人気を浅ましいものにするのである。‥‥太田村山口の人達は今の世に珍しいほど皆人物が好くてのどかである。その代り強い酸性土壌なのである。(略)太田村には清水野といふ大原野があるが、此所に四十戸ばかりの開拓団が昨年から入り、もうぼつぼつ家が建ちかけてゐる。私は酪農式の開拓農が出来るやうに願つて、なるべくそれをすすめてゐる。そして乳製品、ホウムスパン、草木染に望みをかけてゐる。」


【国は被害者の味方にはならない】
2011年3月11日、新潟で会議をしていた著者がいた建物と部屋が大きく揺れた。みんなが立ち上がり、会議は中止。
著者は不安に駆られつつも、車でラジオの緊急ニュースを聞きながら自宅に走った。やがて福島原発が爆発したことがあきらかになり、周囲に放射能が洩れ出した。メルトダウンしたかどうかの報道はなかったが、チェルノブイリ以上の大事故かと思われた。さっそく日本有機農業学会を母体にした現地調査団が組まれた。5月6日、著者たちは澤登早苗を団長として相馬市・南相馬市・飯舘村・二本松市東和地区に入った。(略)これらの地域では、水田面積12600ヘクタールのうち、津波で冠水して塩害を受けた水田が4321ヘクタールになっていた。畜産家は364戸のうち僅か101戸が残っただけだった。牛や豚もあわせて4864頭がいたのだが、その後は2200頭を切った。相馬市山上では、水田土壌の放射性セシウムが1キログラムあたり640ベクレルを示した。南相馬市では積算空間放射線量が20ミリシーベルトになるおそれがあった。福島県有機農業ネットワークの前代表をしていた小高区の根本洸一さんを訪ねると、あの日から茫然自失の状態で、学校避難のあとは喜多方に一時避難し、その後は相馬市の親戚の空き家に暮らしていた。(略)

本書には農事と救済をめぐる活動がいろいろ紹介されているのだが、そのなかから「
農と言える日本人」ならではの発見や着眼がいくつも報告されている。たとえば「耕作することでセシウムの空間線量率が下がっていく」「落ち葉を食べるミミズにはセシウムがかなり濃縮される」「表面剥ぎ取りは土壌侵害をおこして水系の二次汚染をすすめる」「牧草の汚染は地上部に集中して根には至っていない」といったことは、ぼくのような素人から見ても画期的な観察結果なのではないかと思われた。著者の活動と研究は「農による知の統合」なのである。本書の後半には、足尾銅山の汚染問題水俣病の公害問題についての詳しい見解も述べられている。著者は栃木県葛生に生まれ育ったのだが、小学校の校舎の入口には田中正造の写真が掲げられていたのだそうだ。著者はやがて荒畑寒村の『谷中村滅亡史』や林竹二の『田中正造の生涯』、東海林吉郎・布川了の『足尾鉱毒・亡国の惨状』などを読み耽って、日本の農事・山村・漁村を襲う「侵害」に立ち向かえる研究者になろうと決意したようだった。本の終わり近く、著者は次のことを明言している。①国は被害者の味方にはならない。②県は被害者を説得しようとする。③しばしば「偽りの科学性」によって真実が歪められる。④「疑わしきは罰せず」によって科学的因果関係の決着が延ばされる。⑤「疑わしきは認めず」によって人命は軽視されていく。(松岡正剛の千夜千冊 2016年06月03日
キョウ やすまるよしお

Blog「みずき」:木村剛久さん(元編集者)は安丸良夫の『日本の近代化と民衆思想』を読んだ感想として「世界を切り開くには民衆は精神だけでは足りないこと、知が必要であること、さらには時に抵抗こそが変革をもたらすことを私たちはやがて自覚するようになったはずである」と述べます。木村さんがここで「はずである」としているのは実際には安丸良夫の「民衆」に関する洞察は私たち現代人に変革に必須な思想としてきちんと継承されていないことを指摘しておきたかったからだろうと思われます。私もかつてE.フロムを援用して次のように述べたことがあります。「変容の条件は、庶民性そのものの中にある。かつてユダヤ人精神分析学者のE.フロムは、その庶民性を「社会的性格」と名づけた。ドイツの労働者階級や下層中産階級の人びと、いわゆる庶民が、なぜナチズムのイデオロギーを支持し、自発的に服従したのかを問う中で、彼は「社会的性格」という概念に想到したのである。フロムによれば、社会的性格はひとつの集団の大部分の成員がもっている性格構造の本質的な中核であり、それが社会制度の期待と矛盾するとき、社会制度に対する反発と対立を引き起こし、社会変動の起爆剤となる。庶民性はいつの場合も両刃の剣なのである」、と。そういうことだろうと思います。

【日本の近代化の背景には変動期を生き抜こうとする民衆の強い精神があった】
安丸良夫(1934-2016)の名前を知ったのは、
奥武則氏(毎日新聞客員編集委員、法政大学教授)の追悼記事を目にしたときだ。安丸の最初の著書『日本の近代化と民衆思想』は1974年に刊行されたが、それを読んだときの「衝撃は大きかった」という。追悼記事はこうつづく。〈後に「通俗道徳」論と呼ばれる民衆史の発想に目からウロコが落ちる思いだった。勤勉・倹約・孝行・正直などの民衆的な諸道徳(通俗道徳)は、封建的・前近代的とされてきた。安丸さんはそれらにまったく別の光を当てた。通俗道徳は民衆の自己規律・自己鍛錬の様式なのであり、こうした形態を通じて発揮された膨大な人間的エネルギーが、日本社会の近代化の基底部を支えたというのだ。当時、脚光を浴びていた近代化論はもとより、マルクス主義歴史観が主流の戦後歴史学もとらえることができなかったリアルな民衆がここにいた。〉(略)安丸良夫が読者に衝撃を与えたのは、そこにこれまでとらえられていたのとはちがう、生き生きとした民衆の姿がえがかれていたからである。民衆というと、封建制のもとに抑圧された民衆、無知蒙昧な民衆を思い浮かべるかもしれない。しかし、それは上から目線による歪められた像だ。実際の民衆とは「勤勉・倹約・孝行・正直など」の道徳によって、自らを律し、人生を切り開いている人びとのことである。おそらく安丸の視点がユニークだったのは、封建的とされがちな道徳をもちあげたからではない。そうではなくて、道徳をみずからとりいれることで、忍従しているのではない自立的で活発な民衆の像をえがいたからである。(略)

ここで安丸が示している民衆の像として、ぼくが思い浮かべるのは、たとえば
金光教の信者でもあった祖母のことであり、墓参りで出会った篤実な老人の姿などである。だから、安丸の示す民衆像に、どこかなつかしさを感じるのかもしれない。しかし、それが民衆のすべてかというと、それだけではないような気もする。怒れる民衆も、消沈する民衆も、泣き叫ぶ民衆もいるだろう。(略)民衆といっても一筋縄ではいかないのである。(略)安丸は精神主義のあやうさを指摘することも忘れていない。こう書いている。〈こうした民衆思想に共通する強烈な精神主義は、強烈な自己鍛錬にむけて人々を動機づけたが、そのためにかえってすべての困難が、自己変革─自己鍛錬によって解決しうるかのような幻想をうみだした。この幻想によって、客観的世界(自然や社会)が主要な探求対象とならなくなり、国家や支配階級の術策を見ぬくことがきわめて困難になった。〉それでも、日本の近代化の背景に、変動期を生き抜こうとする民衆の強い精神があったことを否定すべきではないだろう。そして、その民衆は精神だけでは足りないこと、世界を切り開くには知が必要であること、さらには時に抵抗こそが変革をもたらすことを、やがて自覚するようになったはずである。(木村剛久「海神日和」2016-06-04
キョウ おぐまえいじ
小熊英二さん

社会学者の
小熊英二はなにゆえにいまさらに日本の国民を「二つの国民」に分断しようとしているのでしょう。

小熊によれば、「『第一の国民』は、企業・官庁・労組・町内会・婦人会・業界団体などの『正社員』『正会員』とその家族」であり、「『第二の国民』は、それらの組織に所属していない『非正規』の人々」です。
マルクス主義によれば社会集団は「資本家階級(ブルジョワジー)」と「労働者階級(プロレタリアート)」の2大階級に分類されますが、小熊のあらたな分類法にしたがえば生産手段の有無の問題や賃金雇用の存否の問題は捨象されていますから、マルクス流の分類を小熊流のあらたな分類法に類推的に適用すれば、企業・官庁などの正社員は「ブルジョワジー」の側に連なり、非正規社員はプロレタリアートの側に連なるということになります。だとすれば、非正規社員の「闘争」の相手は資本家ばかりでなく、同じ労働者としての正社員も含まれるということになるでしょう。小熊のあらたな分類法は従来の分類法での労働者階級をさらに分断させる役割しか果たさないというにしかならないのです。それは、「万国の労働者団結せよ」というプロレタリアートの「団結」の必要性を説くこれまでの国際労働運動(もちろん、日本国内も含まれます)のスローガンにあらたな亀裂を持ち込むことにしかなりません。労働運動にとっては「団結こそが力」なのですからこれでは無産者としての労働者は有産者としての資本家階級と有効に闘うよりどころとする最大の武器としての手段を奪われてしまうということになってしまうでしょう。小熊英二はその「団結こそが力」(「団結権」は憲法上の規定でもあります)の労働者階級に亀裂を持ち込んでなにをしようというのでしょう?

小熊は「彼らは所得が低いのみならず、「所属する組織」を名乗ることができない。そうした人間にこの社会は冷たい。関係を作るのに苦労し、結婚も容易でない」と言います。それはそのとおりです。小熊はそうした非正規社員「が抱える困難に対して、報道も政策も十分ではない」とも言います。これもそのとおりです。しかし、その非正規社員をことさらに、いまなにゆえに「第二の国民」と規定する必要があるでしょう。要は労働組合運動の問題として非正規社員の困難をもっと直視する運動に転換せよと現在の労働運動の問題点を指摘することでよいのではないか。あらたに「第一の国民」、「第二の国民」という分断線を作って棚から牡丹餅式の利益を得る者は誰か。それこそ「第二の国民」を支配、壟断している支配者階級というべきではないか。

小熊は気の利いた論法を編み出してメディアや論壇界の気を引きたいようですが、そういうことに執心するよりも現実の「困難」はどうすれば解決できるか。そこに執心するのが学者のつとめというべきではないか。気の利いた論法を編み出すことに執心するから「困難」の解決とは相容れない逆立した論法を生み出してしまうのです。
キョウ ひろしま3

Blog「みずき」:しかし、一方で、オリバー・ストーン、ノーム・チョムスキー、ガー・アルペロビッツ、ダニエル・エルズバーグら74人の識者や運動家がオバマ大統領ヒロシマ訪問に際し被爆者と面会し、「プラハの約束」を果たすことを求めるオバマ大統領への手紙を出したという
報道もあります。連帯するべき、連帯しうる人たちはアメリカにも、世界にも、もちろん日本にもいるのです。
 
【原爆投下は日本敗北が決定的となった時に行われた】
このたび米オバマ大統領がサミットに参加するついでに広島を訪問するという。日本政府は日米関係強化の機会として大歓迎である。私はオバマが広島を訪問するなら、原爆投下について直接言及し謝罪するべきだという意見だが、ひとこと言いたい。中学生のとき、理科の木船清先生は、「ドイツがもう少し長く戦争をやっていたらアメリカは原爆を落しただろうか。落せない。日本人が黄色人種だからわりに気楽に原爆を落す決意をしたのではないか」といった。高校3年生のとき、幼稚な手段ではあるが原爆について調査し、木船先生のいうとおり原爆投下は、アメリカが日本の
ポツダム宣言受諾がまぢかいことを十分に承知したうえで実行したことを知った。これによって私は偏狭な反米主義者になった。私の場合、かたくなな反米意識を卒業するまでにはずいぶん時間がかかった。この点は中国人やほかのアジア人が反日感情を根強く維持するのと同じ経過である。(略)原爆投下によって日本が甚大な被害をこうむり戦闘力が低下したことは、日本に侵略されていたアジア各地の人々にとっては歓迎すべきことであった。原爆投下とポツダム宣言受諾はほとんど一緒にアジア各地に届いたから、多くの場合このふたつを区別することは難しい。(略)

マレーシアの作家、イスマイル・フセインはこう語っている。「広島に原爆がおとされたとき、私自身は12歳でした。その時に、原爆に対して私の家族がどんな反応を示したかをよく憶えています。大変な興奮状態でした。原爆の投下をラジオで聞いて、家族は、大変な技術の進歩だ、三日間で長い間の戦争に終止符をうってくれた、と話していました。長い間のマレーシアの苦しみがこれで終わって、戦争から解放されたという興奮がマレーシアの村々を駆け巡ったのです。しかし原子爆弾の持つ意味については、誰も気がつきませんでした」(岩波ブックレット『
反核と第三世界』)。(略)日本の1930年代からの中国侵略、それに引き続くアジア侵略と、アメリカの原爆投下による殺人とは違いがあるかもしれない。しかし原爆投下が日本敗北が決定的となった時に行われたことを考えると、やはり無辜の人民の大量殺傷事件に変りがない。かりにオバマが広島で原爆の悲惨な結果を見て考えを変えたとしても、米大統領としては核廃絶をいいつつ、核不拡散条約と核兵器独占の擁護を唱えるだけだろう。そして安倍政権はオバマ広島訪問を日米同盟強化と参院選挙に利用するだろう。これではアメリカの対日戦争勝利記念行事に限りなく近い。それでも我国人民の多くはオバマの広島訪問を歓迎するだろう。可哀そうな日本人。(阿部治平「リベラル21」2016.05.24
img_08.jpg  

以下の小文を私の「今日の言葉」として当面フリーエリア欄に掲げておこうと思います。私の小さな政治的所感。しかし、けっして徒や疎かに書かれているわけではありません。

私には「野党共闘」と一般に呼ばれている政治的トレンドについて根底的な疑問があります。その「野党共闘」の謳い文句は「憲法違反の安保関連法を廃止するための立憲主義に基づく野党間共闘」というものですが、これらの政党の主張する「立憲主義」とは「新9条論」者の多い安全保障関連法に反対する学者の会の主張に立脚するもので、まず樋口陽一氏(東大名誉教授)らの主張する「立憲主義」についていえば金光翔さん(元『世界』編集部員)はその問題点を次のように指摘しています。樋口氏は「大日本帝国憲法を作った権力者らの掲げたキーワードが立憲政治だった。安倍政治は(略)その『戦前の遺産』さえ無視しようとしているのだ。だから私たちは、『憲政の常道』とも言える立憲主義を取り戻す必要がある」(週刊金曜日)と言うが、「大日本帝国憲法すら『立憲主義』の『遺産』」として評価されるならば、自民党の改憲案がなぜ「立憲主義」に反しているということになるのか私にはよくわからないのだが、(略)今日の「立憲主義」の政治的主張が、『戦後解放の意味』をあいまいにし、天皇制、『昭和天皇の戦争責任という問題』を捨象した上で成り立っているものであることを示唆していると言えよう」(私にも話させて 2016年3月6日)、と。また、「新9条論」者の主張を身も蓋もなく要約すれば単に「政府が強行採決した安保関連法は憲法違反である。だから、『憲法を現実に近づけませんか』」(斉藤美奈子本音のコラム』)というもので、安保関連法の指向する、すなわち、安倍政権の指向する戦争への道から脱却しようとするものではありません。だとすれば、なんのための「野党共闘」なのでしょう? 政党の顔ぶれや看板などの表装は変わったとしても安保関連法という内装が旧態依然のままであるならばそれは「廃止」の名に値しないでしょう。ふつうこういう状況を「実質的容認」というのです。これが私の根底的な不信感です。どうして安保関連法の実質的容認でしかない「野党共闘」に期待などできるでしょう! なにも変わりはしません。むしろ、市民に徒な幻想を抱かせる分より悪質性は高い、というのが私の評価です。私はこうした次代の政治展望に決定的な禍根を遺す「野党共闘」の理念の全面的見直しを求めます

こうした政党の総保守化=総右傾化とでもいうべき現象は実は戦前にもありました。後に十五年戦争と総称される戦争の端緒となった満州事変に始まる1930年代、「反資本・反共・反ファシズム」の三反主義の理念を掲げていた合法政党として唯一の左派であった社会大衆党はそれまでの「反共」以外の二反の主張はかなぐり捨てて自ら進んで国民動員体制の中核組織となる大政翼賛会に合流していきます。ここでは「自ら進んで」というところが肝要です。当時、思想・信条の自由と言論の自由はもちろん「法律ノ範圍内」という臣民の権利としての制約はあったもののまかりなりにも保障されていたのです。にもかかわらず社会大衆党は自発的に戦争遂行体制を支える側に合流していったのです。その戦前の社会大衆党の位置をいまは日本共産党が占めているといっても言いすぎではないと思います。「自衛隊合憲論や九条改憲論をためらいなく口にする人たちをリーダーとする団体が社会運動の中心に祭り上げられ、共産党すら自衛隊や日米安保を棚上げにした『国民連合政府』を唱えているいま、『戦後革新勢力』の末期の水をとらねばならない時が近づいているのだろうか」とは日本近代思想史研究者で東北師範大学(中国)教員の大田英昭さんの言葉です。(Blog「みずき」2016年5月20日
2016.05.16 ある雑感。
キョウ たねまくひと

私は「今日の言葉」として(1)(2)(3)と書き続けてきました。
 
Blog「みずき」 今日の言葉 ――安倍政治を演出する日本版戦争広告代理店?! DentsuとDentsuに従属した日本のメディアの劣化。日本の政治は、市民の批判と抵抗が弱まると、危機的局面に入ります。
Blog「みずき」 今日の言葉(2)――NHKは、「日本政府は非核三原則という政策を堅持している」と解説するが、密約を隠蔽していた佐藤首相がノーベル平和賞を受賞していたのだから、噴飯ものである。
Blog「みずき」 今日の言葉(3)――オバマの訪広を評価する国際的な動きは皆無といって過言ではない。むしろ、オバマ訪広について浮き足だった反応を示している日本国内の動き(特にマス・メディア)の異常さだけが突出している。
 
しかし、私の中にいまあるのは虚しさだけです。「今日の言葉」の(2)と(3)ではおひとりは内野光子さん(歌人)の言葉として、もうおひとりは浅井基文さん(元外交官)の言葉として私たちの社会の市民と市民運動の問題点をとりあげています。ひと昔前まではこの問題が問題であることの認識は政党としての日本共産党とも日本社会党(社民党)とも共有できたものです。しかし、いまは、それらの政党が率先してその認識を妨げています。すなわち、たとえばオバマの訪広問題のこととして、そのオバマ訪広について浮き足だった反応をそれらの政党が市民に率先して示しているということです。
 
この事態を私は日本の革新政党の右傾化と名づけていますが、これではたとえばオバマ訪広の問題性について私たち(と言っておきます)と認識を共有できるはずがないのです。すなわち、いま、この社会の根底的な変革を切望する者の連帯の輪は途切れているのです。これでは日本の社会と政治変革の展望は見出せません。私が虚しさしか残らないというのはそういうことです。ここまで人を絶望させる政治、あるいは政党とはなにか。もはや政治とも政党ともいえないでしょう。しかし、その政党に反省の兆しは見えません。絶望は深まりゆくばかりです。


広島原爆投下

Blog「みずき」:「日本人は本当に学ばない民だな」という浅井基文さんの慙愧の思いはほかの誰でもない日本国内の反核運動を担い、また、安倍政権反対運動を担う私たちに向けられているのであることを私たちはけっして聞き逃してはならないと思います。ほかの誰かではない私が〈私の問題〉として問われているのです。
 
【アメリカという要素を素通りしたいかなる世論・運動も内発的な力にはならない】
G7サミットで訪日するオバマ大統領が広島を訪問するということで、日本国内は再びオバマが2009年にチェコのプラハで「核のない世界へ」演説を行ったときと同じような、私から見ると「日本人は本当に学ばない民だな」という思いを再確認するしかない、浮ついた反応一色になっています。もちろん、プラハ演説のおかげでオバマはノーベル平和賞をもらったのですから、当時浮ついたのは日本人だけではなかったことは認めなければなりません。(略)

しかし、このような日本社会の浮ついた反応の根底には非常に深刻な問題が潜んでいます。すなわち、私は広島に滞在していたときから何度も確認せざるを得なかったのですが、「唯一の被爆国」、「核廃絶」は広島の人々を含め、圧倒的に多くの日本人にとっていわば呪文みたいな意味しかありません。その呪文を唱えさえすれば、後は「何でもあり」(略)というわけです。こうして、まともな国際感覚からいったらあり得ない、
非核三原則」を言いながらアメリカの「核の傘」(略)すなわち日米核安保を肯定するという摩訶不思議な国民世論状況がまかり通る状況が数十年にわたって続いてきたのです。

オバマの広島訪問は、こうした曖昧模糊とした国民的な核意識にとってはもっとも好都合なものとして歓迎されるわけです。なぜならば、オバマは「核廃絶」を願う「日本国民」の心情を理解した上で広島訪問を決断したのであり、その意味においてオバマは「核廃絶に対して真剣な気持ちを持しているに違いない」と多くの国民(ほとんどのマス・メディアを含む)は勝手に解釈するからです。しかもこれまた多くの国民(再びほとんどのマス・メディアを含む)は、政権末期のオバマが核兵器廃絶に向けて本気で取り組む意思も能力もないことを見極めており、したがって「世の中」が激変することはあり得ないことに日常保守的な安心感を抱くこともできるからです。

しかし、このような状況こそ日本社会の深刻な病理を浮き彫りにしているのです。より根本的に、オバマの広島訪問決定に対する国内の反応状況を眺めるとき、私は、安倍政権の
集団的自衛権行使「合憲」解釈及び安保法制(戦争法)強行に反対する国内世論状況がダブって見えてなりません。私にダブって見えてならないのは、アメリカに対する透徹した認識(眼差し)の意識的無意識的な欠落ということです。核兵器廃絶に真剣に取り組む意志がない日本政府を批判し、集団的自衛権行使に突進する安倍政権を批判するという点で、これまでの日本国内の反核運動と安倍政権反対運動とは共通しています。そして同時に、核兵器廃絶に対する根本的障碍であるアメリカの核政策を真正面から問いたださず、安倍政権の安全保障政策を支配し、牛耳っているアメリカの世界軍事戦略を真正面から問いたださないという点においても、二つの運動のアプローチは軌を一にしているのです。

しかし、これだけアメリカに首根っこをつかまれている日本の政治である以上、アメリカという要素を素通りしたいかなる世論・運動も日本の政治を根本から問いただす内発的な力を備えることは極めて困難であると、私は判断します。安倍政権に反対する私たちに必要不可欠なのは、安倍政権の安全保障政策を規定しているアメリカの世界軍事戦略を厳しく批判する視点の確立です。そして、核兵器廃絶を目指す私たちのオバマの広島訪問に対する態度決定に必要不可欠なのは、オバマが「広島・長崎に対する原爆投下はあってはならなかったこと」を認めることを厳正に要求する姿勢の確立です。(
浅井基文のページ 2016.05.14
キョウ ゆとりですがなにか2 

Blog「みずき」:ここでは政治家が直接の批判の対象になっていますが、もう少し拡げて言うと、ここにあるのは人をひとくくりにしたがる現代ニッポン人、あるいは現代日本という社会の弊への批判です。ひとくくりにされると当然そこからはみ出していく者が必ず生まれます。そのはみ出し者がひょんなことから少しばかり集まったあるコミュニティの場での議論上の宴が最近ありました。ご参考になるかどうか。ともあれご紹介しておきたいと思います。コメント欄をご参照ください

【クズだけど、それぞれ違うクズなんだから】
「だけどみんな違う。クズだけど、それぞれ違うクズなんだから『ゆとり』なんて言葉でくくらないでください」衆院北海道5区補選で自民党公認候補当選確実の報に触れ、そっか、でも勝ち負けとは関係ないところで、なんか、なにかが、表現された気がするんだよなあ……みたいなことを考えたり考えなかったりしながらドラマ「
ゆとりですがなにか」(日本テレビ系)を見ていたら、1987年生まれ、「ゆとり教育」第1世代 の主人公がこんなセリフを吐くに至り、わが脳内でキンコンカンと鐘が鳴った。個のうごめき、個の躍動。くくるなナメるな勝手に決めるな。あんたにとっては無意味でも、みんなそれぞれかけがえのない毎日を必死に生きているんだぜ――。かすかに聞こえる。さびついていた個の歯車が、動き始めた音が。

「巫女(みこ)さんのくせになんだと思った」。自民党の大西英男衆院議員は、補選の応援で現地入りした際、神社の巫女から「自民はあまり好きじゃない」と言われたことを派閥の会合で紹介し、こう語った。一方、同党の赤枝恒雄衆院議員は「とりあえず中学を卒業した子どもたちは仕方なく通信(課程)に行き、やっぱりだめで女の子はキャバクラ行ったりとか」。子どもの貧困対策を推進する議員連盟の会合での発言だ。敵か味方か。役に立つか立たないか。人間を、世界を、二つの「箱」に仕分けしたがる人がいる。そんな人たちに「
1億総活躍」の旗を振られると、役に立て、味方になれと言われているようで、苦しい。政治家だったら教えてくれよ。世界はもっと豊かだと。君は君が生きたいように生きていいのだと。そのためにこそ、政治はあるのだと。

本当は隠しておきたいけれど、かく言う私も人間を箱に入れてしまったことがある。10年前、若年フリーターの貧困問題が顕在化し始めたころ、生活保護を受けている31歳の男性を取材した。2度目の取材だったか、お昼ご飯を食べながら、ということになった。お金がなくて10日以上何も食べられず、各所をたらい回しにされた末にやっと保護につながった彼。私は張り切った。ここはやっぱり肉だよね、肉。おいしいお肉をいっぱい食べさせてあげよう。だけど彼は申し訳なさそうに「すみません、僕、胃が小さくなっちゃって、重たいものは受け付けないんです」。あ、そうかごめんごめん。スパゲティに変更したが、麺を2、3本ずつ咀嚼する彼を見て、恥じた。己の善意を振りかざした私。「貧困」という箱に入れ、彼だけの生を理解していなかった私。

精密な受信器はふえてゆくばかりなのに/世界のできごとは一日でわかるのに/“知らないことが多すぎる”と/あなたにだけは告げてみたい。(茨木のり子知らないことが」)

ひとくくりにするな。人の生をナメるな。そう、知らないことが多すぎるのだ、私たちは。(高橋純子「朝日新聞」2016年5月1日
キョウ もりかわ2
 Everyone says I love you !

私も一応FB憲法九条の会の会員ということになっていましたので、今朝方はじめて森川弁護士のFB憲法九条の会退会処分に関連する記事を投稿してみました。すると即時に標題のとおりの同会フェイスブックの閲覧不可の措置を受けました。同フェイスブックを閲覧しようとしても「このコンテンツは現在ご覧いただけません。お探しのページは、メンテナンス等の理由で一時的に利用できなくなっているか、リンクの期限が切れているか、閲覧する権限がないため、表示できません」という表示しか出てきません。

おかしいですね。「閲覧する権限がない」と表示されるのですが、同会のフェイスブックの冒頭には「公開グループ」という記載があります。公開グループの記事を閲覧するのに「閲覧する権限」なるものがいるのでしょうか? さらに私の「閲覧する権限」を不可にする以上、私は同会会員の資格も喪失しているということにもなります。しかし、上記の記事を投稿して即時に退会処分などできるのでしょうか? 投稿してから1分も経たないうちに実質的な退会処分を受けたわけですから、この処分は同フェイスブックの管理者が恣意的かつ独断で行ったものであることは明らかです。しかし、管理者にそのような恣意的権限などあろうはずもありません。管理者の完全な越権行為といわなければならないでしょう。また、そのような最低限の民主的手続きさえ怠る人に、あるいはその必要性すらまったくわからない人に「護憲」や「憲法9条を守ろう」などと主張する資格もないことは明らかです。FB憲法九条の会の会員諸氏は同会を存続させる意志があるのであれば即刻このような管理者は解任するべきでしょう。いや、そうするのが私は「護憲」を掲げるグループに所属する会員の使命だと思います。私は会員諸氏の見識と聡明な判断力に期待したいと思います。