キョウ こくれんじんけんいいんかい

【言論の自由が失われた時、それが失われたことを知る機会さえも奪われる】
国連特別報告者が
記者会見で、記者クラブの廃止やメディア企業の幹部による政府高官との会食への批判にまで言及したことが、日本の主要メディアでどれほど真剣に報じられたのだろうか。自らの問題を正しく報じられないメディアに、ジャーナリズムを名乗る資格も、政府の圧力を主張する資格もないことは言うまでもない。カリフォルニア大学法学部の教授で、国連人権理事会を代表して日本における表現の自由の状況を調査していたデイビッド・ケイ氏が4月19日、外国特派員協会で記者会見を行い、日本で表現の自由が危機に瀕しているとの見方を示したことは、国内のメディアでも大きく報道された。

しかし、ケイ氏が記者会見で日本のメディアが抱える問題点や改善されるべき点を多く指摘したのに対し、国内メディアの報道は政府による言論への介入に集中し、メディア自身の問題に触れているところは非常に少なかった。(略)これはビデオニュース・ドットコムでも繰り返し指摘してきたことだが、ケイ氏のメディア批判は
記者クラブ制度再販制度クロスオーナーシップ、そして最近では軽減税率に見られるような日本の大手メディアが享受している数々の特権や政治との近すぎる関係、要するに癒着に向けられている。
ロンドン・コベントガーデン  

Blog「みずき」:この記事の紹介者は次のように言います。「『当事者以外は声をあげるな』が罷り通ることは、為政者と利害関係者の好きにやらせろとほぼ同じ意味。為政者はすべての当事者だから」、と。

【取材対象は、マスコミのネタ袋ではない】
記者になる前からずっと、報道機関の決まり文句として使われる「声なき声に寄り添う」という慣用表現が苦手だった。必死で叫んでいる人たちがいる。周囲の喧騒が大きすぎることで、結果としてこちらに届く叫びはかすれている。だからといって、聞き入れる側の視点で叫びを「声なき声」と記すのは、傲慢で残酷ではないか、と。声を「なきもの」にしているのは誰なのか。匿名ブログ記事
「保育園落ちた日本死ね」や、それを発端とした一連のムーブメントを追いかけながら、あらためて思う。取材を進める中で、現場を威圧的な態度で歩き回る年配の男性に遭遇したことがある。彼は参加者や女性記者の一人一人に子どもの有無を聞いて回っては、「あなたはお子さんがいらっしゃるのね、ならよくわかるでしょう」「へぇ、あなたは独身なんだあ。でも、まだ若いから、ねえ」などと、何かを悟ったかのようにコメントして回っていた。彼だけではない。スタンディングの現場で「アベ(安倍晋三首相)は子どもがいないから、子育てのことは分かんねーんだよ」と悪態をつく通行人もいた。政権へのいら立ちは分かるが、それもまたこじつけだ。「当事者性」も「匿名性」も、問題の本質を語るにおいて、一体どれだけ大切なのか。国会で湧き上がった「誰が書いたんだよ」などというヤジ、安倍首相の「匿名である以上、本当か分からない」発言、テレビに出演した平沢勝栄議員(自民党)の「本当に女性が書いたんですかね」という態度。当事者でなければ切り捨てるのか。当事者なら対応は変わるのか。(略)

「当事者であること」というステータスに重きが置かれているならば、それは非常に危険なことだと思う。当事者の絶対数が少ない社会的マイノリティーは、確実に制度の谷間からはい上がる機会を失い、やがて淘汰される。(略)取材対象は、マスコミのネタ袋ではない。傷付きやすい心を持った生身の人間だ。主催者がきちんと「サイレントスタンディング(紙を掲げ、黙って立つ)」の趣旨を表明しているにもかかわらず、「せっかくなので皆さんで、怒りの声をコールしてみてください。『頑張るぞ、オー』」と拳を突き上げる感じで」などとしつこく要求する中年女性記者もいた。基本的に他社の取材マナーについて口を出さない私だが、思わず「今日はそういうんじゃないから」と声を上げずにはいられなかった。顔を公衆の面前にさらし、存在を示すことに、どれだけの勇気が要るだろうか。一体、それ以上の何を求めるのか。(
草山歩報道部記者「神奈川新聞」2016年4月13日
キョウ ほうどうのじゆうど

Blog「みずき」:朝日新聞の報道は「客観報道」の体をとっていますが、日本の「報道の自由度ランキング」はなぜ年々下がり続けているのか。自らに問いかける姿勢が欠落しています。その自らに問いかける姿勢の欠落がメディア総体として同ランキングが年々低下しているもうひとつの大きな一因になっているというべきでしょう。朝日新聞にはそうした自らに問いかける視点で改めて論評記事を書いてもらいたいものです。そうしてこそジャーナリズムというべきではないのか。


【日本は報道に「問題がある」国に位置づけられた】
国際NGO「
国境なき記者団」(本部・パリ)は20日、2016年の「報道の自由度ランキング」を発表した。日本は、対象の180カ国・地域のうち、前年より順位が11下がって72位だった。特定秘密保護法の施行から1年余りを経て、「多くのメディアが自主規制し、独立性を欠いている」と指摘した。世界的にも報道の自由は損なわれつつあるという。日本は10年には11位だったが、年々順位を下げ、14年59位、15年は61位だった。「国境なき記者団」はかねて、取材の方法しだいで記者も処罰されかねない特定秘密法に疑問を呈してきた。14年12月に同法が施行された後、メディアが自主規制に動くのは、「とりわけ(安倍晋三)首相に対してだ」とした。「良い状況」「どちらかと言えば良い」「問題がある」「厳しい」「とても深刻」の5段階では、日本は「問題がある」に位置づけられた。ランキングは、インターネットへのアクセスなども含めた「インフラ」や「メディア環境と自主規制」といった独自の指数に基づいてつくる。世界全体で、テロの脅威とナショナリズムの台頭、政治の強権化、政治的な影響力もあるような富豪らによるメディアの買収などを背景に、「報道の自由と独立性に対する影響が強まっている」という。国・地域別の自由度では、最上位にフィンランドなどの北欧諸国が目立ち、北朝鮮、シリア、中国などが最下位グループに並ぶ傾向に変わりはなかった。(朝日新聞 2016年4月20日
キョウ ぱなまぶんしょ

Blog「みずき」:パナマ文書問題をどのように報道するかはメディアの質が問われる問題でもあります。「権力の番犬(guard dogs)」化する日本のメディアとの対比においてメディアの役割を「権力の監視者(Watch dogs)」とする2人の欧米の高名なジャーナリストの言葉をはじめにご紹介しておきます。ただし、ここでは大企業の腐敗の構造が問題というべきですので下記の2人のジャーナリストがいう「政府」という言葉を「権力(企業権力)」という言葉に読み換えて用いようと思います。「政府」という言葉に「権力」という言葉を代入するだけですから本質を誤ったことにはならないでしょう。

さて、アメリカの三大ネットワークのひとつであるABCのニュース番組「ワールド・ニュース・トゥナイト」のアンカーを長年務めたことで有名だったピーター・ジェニングス(2005年8月没)は、かつてメディアの役割について「メディアのいちばん重要な目的は、どの政府に対してであれ、一般大衆の側に立ってそれを監視し、日々疑問をなげかけること」であると語ったことがあります(筑紫哲也NEWS23「多事争論」)。

また、イギリスの公共放送BBCの社長だったグレッグ・ダイクは、イラク戦争が始まる直前の2003年3月19日に当時のブレア英首相から「BBCのイラク関連報道は英政府に批判的過ぎる」という非難の手紙が送られてきたことがありますが、同氏は、ブレア英首相宛てに「放送の中心的役割の一つは、時の政権を疑い、政権がいじめてきたら、立ち向かうことである」という返信を送り返しました。そういうこともあってその後も首相官邸の圧力は続き、最悪になったのは、BBCラジオが、イラクの大量破壊兵器疑惑は政府による誇張だった、と伝えてから。情報源探しが始まり、情報源とされた科学者が自殺。そのてん末を検証した調査委員会が「BBCは根拠なき政府非難をした」と結論づけ、官邸の意に沿ったBBC経営委員会がダイク氏をクビにします(毎日新聞「発信箱:僕らのBBC」2014年02月28日)。

いまの日本のメディアのていたらくではとても「権力の監視者(Watch dogs)」などとは言えはしないでしょう。

【パナマペーパーという超弩級爆弾と日本のメディアという超弩級不発弾】
4月の新学期に入って、情報戦の超弩級爆弾が飛んできました。世界のジャーナリストが解析中の、パナマ文書です。日本の新聞報道・ウェブ情報も多数ありますが、まずは、(略)
"THE PANAMA PAPERS" サイトに直行しましょう。(略)中央の"ThePanama Papers: An Introduction" を見てみましょう。"VICTIMS OF OFFSHORE"と題する、動画です。この調査報道の目的が、たんなる政治家・大企業・著名人の課税のがれにとどまらず、一握りの財産亡者の脱税・マネーローンダリングの陰でおこなわれる、戦争・兵器・麻薬ビジネス、人身売買、児童労働、売買春、飢餓と貧困と格差を浮き彫りにするものだと出てきます。各国語版字幕入りが早くもyou tubeに出ましたから、英語の苦手の人も、そちらからどうぞ。そして、"reporting partners" としてトップに出ているのは、パナマ文書を最初に入手してICIJの世界のジャーナリストに提供した南ドイツ新聞に加えて、イギリスの高級紙ザ・ガーディアンと公共放送BBC。報道の信頼性を担保します。80カ国以上、100社以上の約400人のジャーナリストが解析に加わっています。その下の"The Power Players"の頁をクリックすると、Panama Papers に登場する世界の著名人たちが、イラスト入りで数十人。 各国の首脳にアラブの王様、その家族・親族・友人らが出てきます。すでにアイスランドの首相が辞任に追い込まれ、イギリス首相もピンチ、大国ロシアと中国のトップは火消しに大わらわ。底知れぬ闇の世界の一端が明るみに出ています。(略)
キョウ さわふじとういちろう2
DHCスラップ訴訟(控訴審)で勝訴会見をする
澤藤統一郎弁護士(中央)と徳岡宏一朗弁護士(左隣)



宮武嶺さん(徳岡宏一朗弁護士)主宰のエブリワンブログがNTT経営のgooブログから実質的に排除される(同ブログから撤退せざるをえない状況に追い込まれる)という事態が発生しました。言論の自由に関わるきわめて由々しき事態だと私は認識します。

詳細は下記のエブリワンブログの記事をご熟読ください。私もこのままではすまされないという思いでいっぱいです。

取り急ぎご一報。

 
キョウ ぱなまぺーぱー

【メディアはパナマ文書の背後にある「闇」と「暗雲」をどこまで追及しうるか】
パナマ文書」は世界中を激震させている歴史的スクープだ。(日本では騒がれていないけど)この膨大な文書を分析し暴露したのは「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)という団体。ここのHPにVictims of Offshore (オフショアの犠牲者)という説明動画があって、この問題の重要性がよく分かる。(なお、オフショアとは、オンショア(海風)に対して陸から海の方へ吹く「陸風」のことで、転じてビジネスの拠点などを他国に移すことをいう)
キョウ やすだじゅんぺい3

【挑戦しようとする人間がいるからこそもたらされるのが情報なのだ】
きのう発売のSPA(4月12・19日号)に「
安田純平さん拘束事件」の記事が載っていてそこで私も取材された。そのとき、安田さんの「さあ戦場へ行こう」という文章を思いながらインタビューに答えていた。それは安田さんが構成した藤本敏文『戦場観光~シリアで一番有名な日本人』(幻冬舎2015)のあとがきだ。ここで安田さんはジャーナリズム論をまとまった形で述べている。以前、このブログで、安田さんが「戦場に行くことの意味」として「戦後六十年が過ぎ、戦争を知っている日本人が年々減っていく中で、現場を知る人間が増えることは、空論に踊らないためにも社会にとって有意義だ」(『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』 集英社新書 2010年)と言っていたことを紹介した。「あとがき」はこれをさらに詳しく展開しており、その一部を紹介したい。彼が危険地に行く動機が理解できるし、拘束されることも可能性として考えていたことがうかがえる。
キョウ くるーぐまん
What I said in Tokyo

【日本のマスメディアは基本的なジャーナリスト精神がないものが99%】
安倍政権は、米コロンビア大・
スティグリッツ教授が「国際金融経済分析会合」に呼ばれて、米国にとってTPPの効果はほぼゼロと推計されるといったTPP批判や量的緩和政策の失敗、格差の是正などを提言しましたが、そのことを隠し、日本のメディアも隠しました。報道されたのは、消費税アップを見直せという、主たる主張ではないところだけ報道。アベノミクスの否定発言を隠し、情報操作した、それにメディアも無抵抗追随ということで、全体主義国家の報道になってきています。日本のマスメディアには(略)基本的なジャーナリスト精神・活動家精神がないものが99%になっています。(ソウルヨガ 2016-03-25
キョウ いらくきかんへい

【「イラク戦争帰還兵」報道とジャーナリズムの精神】
先月、
金平茂紀さんや岸井成格さんら看板キャスターが、総務相が政治的に公平でない放送局に対して電波停止を命ずる可能性があると語ったことへの抗議を行った。大臣発言の背景には、報道内容に神経をとがらせてきた安倍政権のメディアへの姿勢がある。最近、政権に辛口な司会者やスタジオゲストが相次いで降板を表明。国会前のデモや辺野古新基地建設のニュースが出しにくいという放送現場からの声も聞かれる。総務相が停波の可否をジャッジすることは放送法の理念に合致しているのか。参考になる本を紹介していきたい。
キョウ かいけん2

「田原総一朗氏(81)岸井成格氏(71)ら民放のテレビキャスターやジャーナリストらが2月29日、都内で会見し、高市早苗総務相の「電波停止」発言に「私たちは怒っている」と抗議する声明を発表した」(日刊スポーツ 2016年3月1日)ことがニュースになっています。会見に出席したのは田原氏、岸井氏のほか青木理氏、大谷昭宏氏、金平茂紀氏、鳥越俊太郎氏の合わせて6人のジャーナリスト。同じくテレビキャスターの田勢康弘氏は声明の呼びかけ人有志のひとりですが都合がつかなかったのでしょう、会見には出席していません。

やはりジャーナリスト出身で大学教授の永田浩三さんは自身のフェイスブックにこの記者会見について次のように書いています。 

高市総務相の「電波停止発言」。キャスター有志6人が怒りの会見。金平茂紀キャスターは、「今ほど自主規制や忖度が蔓延していることはなかったのではないか。なにも発言せず、息をひそめる態度からは一線を画したい」と語った。立派だと思う。6人のなかで女性はひとりもいない。これがいまのテレビの現実だと思う。

Posted by 永田 浩三 on 2016年2月29日

 
キョウ ぎんが2

Blog「みずき」:人工衛星の打ち上げそのものは、その打ち上げ当事国がアメリカであれ、ロシアであれ、かつまた北朝鮮であれ、すべての国々に認められている宇宙の平和利用の権利です(宇宙条約第1条)。それをアメリカやロシアなど他の国の人工衛星打ち上げは非難せず、北朝鮮だけの打ち上げだけを特化して問題視するのは国際間の公平性と平等性の保障に反する行為です。

だとすれば、「宇宙ロケット・人工衛星は『平和利用』で、ミサイルは『軍事利用』という使い分けそのものが、情報戦」であるとしても、「北朝鮮が国際的に非難されるのは当然」ということにはならないでしょう。 加藤哲郎さんの主張にはその点の認識が欠けているように私は思います。

また、加藤さんが評価してリンクを貼っている「
日本のマスコミ」批判の主張とも矛盾するものです。根拠のある北朝鮮批判は必要だと私も思いますが、ゆえのない北朝鮮批判に与してはならないでしょう。 

【「平和利用」と「軍事利用」という使い分けそのものが情報戦というべき】
米英の報道さえ「ロケット」となっているのに、なぜか日本のマスコミは「事実上の長距離弾道ミサイル」と一斉に報じた、北朝鮮の核実験に続く自称「人工衛星」打ち上げ。確かに米国東海岸まで核弾頭を搭載すれば「ミサイル」になるという点では正しいのですが、かつて「飛翔体」などとよんできたものに、日曜なのに首相以下政府が素早く動き、石垣島にPAC3を配備したものものしい体制を見ると、どうやら自民党改憲草案にいう「緊急事態」の予行演習「有事」宣伝の情報戦だったようです。

北朝鮮が国際的に非難されるのは当然(Blog「みずき」:下記注参照)ですが、そもそもロケット開発そのものが、核開発と一体の軍事技術であったことを振り返れば、宇宙ロケット・人工衛星は「平和利用」で、ミサイルは「軍事利用」という使い分けそのものが、情報戦です。
キョウ かくせいざい

Blog「みずき」:ヤメ検弁護士の郷原信郎さんがいわゆる清原問題に関して「『一発実刑』で清原を蘇らせることはできないか」という主張をしていることに対して、同じく弁護士の徳岡宏一朗さんが「薬物依存症の清原和博容疑者に、治療ではなく「一発実刑判決」での更生を求める郷原信郎氏は間違っている」という批判を反しています。徳岡さんの主張に私は賛成ですが、同様の主張をしている人に脳科学者の茂木健一郎さんがいます。当然、この茂木さんの主張にも私は賛成ですし、情理を兼ね備えた論だとも思います。逆にメディアの清原バッシングにはエセ「正義」漢の姿を見て吐き気をもよおします。

【「一発実刑判決」という主張に対する疑問】
覚醒剤は、脳の報酬系などに強い作用をもたらし、依存症や、幻覚症状などが出るため、絶対に使ってはいけない。かつては国策として用いられたこともあったが、このような激烈な副作用がわかって、今は絶対禁止である。
キョウ みさいる6
北朝鮮「人工衛星」打ち上げ直後のNHKのニュースサイト

【言葉尻りをとらえて「大本営発表」と揶揄したいのではない】
2月7日朝、北朝鮮が予告どおり「人工衛星」の打ち上げと予告して宇宙ロケットを打ち上げ、大手メディアは一斉に「北朝鮮ミサイル発射」と大々的に速報した。どのメディアも「長距離弾道ミサイル」あるいは単に「ミサイル」と表現している。政府が「『人工衛星』と称するミサイルの発射」と発表しているのと歩調をあわせているのだ。ついでにいえば、アメリカ国務省も「北朝鮮のミサイル発射」(D.P.R.K. Missile Launch)と公式発表している。一方、北朝鮮国営の朝鮮中央テレビは「地球観測衛星・光明星(クァンミョンソン)4号を打ち上げ、軌道に進入させることに完全に成功した」と発表したという。各メディアは、ほとんど鍵かっこすらつけずに「ミサイル」と決めつけて報道している。「北朝鮮が『人工衛星』と称する」という枕詞もつけず、単に「事実上の長距離弾道ミサイル」(読売新聞同日付朝刊1面)と書いているところもある。NHKも速報ニュースのテロップは「北朝鮮ミサイル」、ナレーションでも途中から面倒くさくなったのであろう、単に「事実上の長距離弾道ミサイル」と言っていた。BBCは「長距離ロケット」(long-range rocket)と報じている。ちなみに、日本共産党は「事実上の弾道ミサイル」社民党は「北朝鮮によるロケット」と表記して談話を発表している。
キョウ NHK
けさのNHKニュースより

政府の広報機関と化しているけさのNHKニュースは北朝鮮の「『人工衛星の打ち上げ』と称する事実上の長距離弾道ミサイル」が日本時間の7日午前7時半から発射予告時間帯に入ったことを大々的に報じ、「みなさまのNHK」視聴者に警鐘を乱打しています。今後、他のメディアも同様の「広報」を乱打することでしょう。メディアはまさに乱痴気騒ぎの様相です。

キョウ ハッコウ事件2
白虹事件 
これ以降、大阪朝日新聞の論調の急進性は影をひそめていく

Blog「みずき」:この国のメディアの惨状にもう私は言葉がない。

【4月からは「官報ステーション」と「官報NEWS23」か】

キョウ べんごし
弁護士ドットコム 2016年1月28日

Blog「みずき」:「権力を監視するジャーナリズムの力が落ちている」どころの話ではないでしょう。ほんの一握りのメディア人を除いてメディアというメディアは例外なく腐れきっている。もちろん、デモクラTVも例外ではありません。同局コメンテータのひとりの早野透さんの次の例はそのことを示す一端といえるでしょう。

ええっ?なんてこったい。おわび、おわび。

Posted by 金平 茂紀 on 2016年1月22日


朝日新聞の「首相動静」欄に関して上記のような「おわび」が掲載されましたので追記しておきます。しかし、そのことはそのこととして訂正するとしても、私は前エントリの文章の趣意を変えるつもりはありません。

【甘利氏「釈明会見」でしつこく質問した元朝日記者「ジャーナリズムの力が落ちている」】
週刊文春に違法献金疑惑を報じられた甘利明・経済再生担当大臣が1月28日、東京都内で 記者会見を開き、大臣を辞任することを表明した。記者会見には200人近い報道関係者が詰めかけ、その模様はテレビやインターネットで生中継された。1時間10分ほどの会見の前半は、甘利氏が用意した文書を読み上げながら、報道された事実について釈明し、大臣の職を辞することを明らかにした。後半の約35分は、記者との質疑応答だった。質問したのは、朝日新聞、読売新聞(2人)、日経新聞、テレビ朝日、フジテレビ(2人)、そして、デモ クラTVの8人の記者。その中で異彩を放っていたのは、ネットメディア「デモクラTV」の代表をつとめるジャーナリストで、元朝日新聞編集委員の山田厚史さんだ。多くの記者が秘書の行動や大臣を辞めた理由などについてたずねるなかで、山田さんは、甘利氏自身の「現金授受」に絞り込んで、何度もしつこく質問を繰り返した
キョウ メディア
毎日新聞

【「批判は避けろ」という指示が露骨に下りてくる】
テレビが今春、大きく変わろうとしている。テレビ朝日「報道ステーション」、NHK「クローズアップ現代」、TBS「NEWS23」のキャスター降板や番組のリニューアルが明らかになったのだ。政府批判を「偏っている」との言葉で封じ込める風潮が強まる中での、異例の事態。報道番組は生き残れるのか−−。(略)
キョウ はたらくひと


Blog「みずき」:「安倍晋三首相の国会答弁『妻が景気がよくなっていくからと働き始めたら(月に)25万円(年収300万円)』にはほど遠く、食事の回数を減らしたり、医者にかかれなかったりという貧困の実態が浮かんだ」(毎日新聞 2016年1月20日)。にもかかわらず、一方で、その貧困の実態を憤激をもって告発し、打倒安倍政権の旗を掲げててしかるべき人々(非正規労働者や低所得者層)が相当数の割合(私の日常感覚では過半数。消費税導入に関する賛否の世論調査を例にとれば共産党支持層の30%以上、社民党支持層の50%弱)で安倍政権ないしは安倍自民党政治を支持しているという現実があります。これも私の日常感覚によれば、貧乏人の唯一、最大といってよい娯楽はおそらくテレビを観ること。一方でテレビ局側は「お上」配信(お沙汰)の情報を下々に無批判に流布するのが主流。当然、そこには批評精神もなければ批判精神もありません。これも私の日常感覚によれば、そのテレビの影響下に下々は曝されている。下々に保守支持層が多いのはそういうことでしょう。暗澹たる思いは茫洋としてさらに暗澹たる思いにつらなっていくのです。これが私の「非正規労働者:7割が年収200万円届かず」の報を聞いての感想です。
キョウ ヘイワの礎

Blog「みずき」:下記で「報道ステーション」(テレビ朝日)の今年最後の放送が批判されているにもかかわらず、今日のメディアを賑わしているのは同「報ステ」キャスターの古舘伊知郎番組降板の話題です。そこでは古舘はまるで「リベラルの星」そのものです。ここでもここでもここでも。しかし、「天皇賛美」の特集を組み、そこで「陛下の内省を見習わなければならない」などという天皇礼賛発言をして得々としているキャスターは「ジャーナリストとしては失格者」ということはいえても「リベラルの星」などであるはずがありません。その「ないもの」を「あるもの」にメディアと「識者」、そして「ファッション・サヨク」なるものが率先してしたてあげているのです。この国は残念なことですがまさに「一億総白痴化」の様相を帯びているといわなければならないでしょう。その残念な事態をつくりだしているのはほかならぬメディアであり、左翼を自称する「ファッション・サヨク」であるということ。これがこの国の「現実」です。

附記:
「天皇」問題にかかわる「日本の知識人」批判として、かつて辺見庸ノーム・チョムスキーに「まさに鉈でぶち切るように」聞かされたという話をここにも記しておきます。

辺見によれば、チョムスキーは次のように語ったと言います。「戦後日本の経済復興は徹頭徹尾、米国の戦争に加担したことによるものだ。サンフランシスコ講和条約(1951年)はもともと、日本がアジアで犯した戦争犯罪の責任を負うようにはつくられていなかった。日本はそれをよいことに米国の覇権の枠組みのなかで、『真の戦争犯罪人である天皇のもとに』以前のファッショ的国家を再建しようとした。一九三〇年代、四〇年代、五〇年代、そして六〇年代、いったい日本の知識人のどれだけが天皇裕仁を告発したというのか。あなたがたは対米批判の前にそのことをしっかりと見つめるべきだ」、と。

辺見は、このチョムスキーの「日本の知識人」批判を「陰影も濃淡も遠慮会釈もここにはない。あるのはよけいな補助線を省いた恥の指摘だ」と書いています(
朴日粉(パク・イルブン)「朝鮮新報」2015年12月14日から)。

【「天皇タブー」と「天皇賛美」で終わる「敗戦70年」という年】
23日の「天皇誕生日」にNHKが「
天皇皇后両陛下 戦後70年慰霊の旅」と題した「特番」を流したのは意外ではありませんでした。しかし、「報道ステーション」(テレビ朝日)が「天皇陛下 沖縄への思い受け継がれた『つとめ』」として、かなりの時間を割いて「天皇賛美」の特集を行なったのには驚きました。その内容、政治的効果(狙い?)は、けっして見過ごすことができません
キョウ ハッコウ事件3

朝日新聞の2015年12月21日付けの「天声人語」は以下のようなものです。

その新刊広告は、今の新聞なら1面トップにあたる位置に載っている。美濃部達吉と並び称された憲法学者、佐々木惣一の『立憲非立憲』が発売されたのは1918年。当時の本紙を見ると、版元は「国民の必読すべき良著なり」とうたっている。佐々木は著書の冒頭で断言する。立憲主義は「現今世界文明国の政治上の大則」である、と。権力は憲法によって制限されなければならないという思想が、当然のこととして扱われている。思えば戦前の政党は、政友会民政党も「立憲」の2文字を冠していたのだった。

普通の人々も聞き慣れていたはずのこの言葉。戦後は忘れられたとも指摘された。確かに民主主義の語が脚光を浴びたのに比べて目立たなかった。2000年以降に国会での憲法論議が本格化しても、立憲主義はなかなか人々に浸透しなかった。安倍首相が返り咲いてからの知名度の急上昇は、ご案内の通りである。集団的自衛権の行使をめぐる憲法解釈の強引な変更は、立憲主義を壊す行為だと多くの人が受け止めたのも無理はない。安保関連法が成立しても憲法違反は憲法違反。そう考える学者の会やママの会、学生団体SEALDs(シールズ)などの有志が
「市民連合」を結成し、きのう記者会見した。来年の参院選に向け、法の廃止や立憲主義の回復で一致する野党候補を支援するという。右か左かでなく、保守か革新かでもない。立憲か、非立憲か。佐々木の著書から100年近く、再び鮮明になってきた対抗軸である。(朝日新聞「天声人語」2015年12月21日