辺見庸日録29」(2014/08/10)から。
 
8月9日のすごしかたとこれからのことをおもった。「」をおもった。この日、わたしの友人Yさんは、炊き出しと物故した路上生活者の慰霊祭に参加。炊き出しメニューはふだんより豪華で、カレーライスだった。炊き出しと慰霊祭がおこなわれた都内の公園で活動中に、Yさんは羽化に失敗したらしい1匹のセミの死骸とであい、その写真を送ってきた。じっと見ていたら、写真からセミ時雨が聞こえてきた。悲しいとも悲しくないとも、コメントはなにも記されてなかった。それでよいような気がするのだ。言葉もないのだ。セミの声に洗われつづける黒い穴のような顔たち……。
 
一方、友人Hさんは、長崎の平和祈念式典のテレビ中継を見ていた。わたしも見た。「平和への誓い」を読んだ被爆者代表の城臺美弥子さんが、集団的自衛権行使容認を「日本国憲法を踏みにじる暴挙」とはっきりと批判したとたん、式典の空気がうごいた。ただのセレモニーが、リアルな出来事に変化した。出席していたシュショーAは当初、寝たふりをしていたのだが、「日本国憲法を踏みにじる暴挙」と聞いて、2、3秒わずかに目を開け、城臺さんを、さも迷惑な動物にでもするように睨めた。それはずいぶん胡乱で無礼な目つきであった。立場はちがっても、受苦者らへのまなざしには、それが政治家の真っ赤な嘘にせよ、同情と敬意がこめられていて当然である。ところがこの男ときたら、被爆者への無関心と敵意さえ隠せない。Aの目に、わたしは当惑とさげすみの色を見た。城臺さんら被爆者らへの敬意と感動など、さがそうったって微塵もなかった。「国に殉じた人にたいする尊崇の念」を口癖のように言う、靖国好きのこの男は、原爆被害者など屁ともおもっていないらしい。それらを隠すために、シュショーAはふたたび寝たふりをきめこんだ。HさんはそのようなAの態度を許せない、ぜったいに許せない、と憤った。
 
やはり、「顔とは、人間が取り返しのつかない仕方で露出しているということ」である。そうおもう。被爆屍体の顔。炎天下、路上死したホームレスの顔。まったく心にもなく平和祈念式典にいるAの顔。ガザの屍体の顔。イラクの屍体の顔。ウクライナの屍体の顔。「《殺すなかれ!》……かつてはこの言葉が私を槍のように突き刺した。いまは……、それは嘘のようにおもわれる。《殺すなかれ》、しかし周囲では誰もが殺しているのだ。……なんという冒?的な見世物芝居だ」。そうおもう。ユーリイ・ニコラエヴィチはそうおもう。戦争がもうはじまっている。わたしは知っている。森でまた殺戮がおこなわれたのだ。もう終わらないだろう。引き返せないだろう。空々しい言葉はいらない。
 
安倍首相の広島と長崎での発言について」(保立道久の研究雑記 2014年8月10日)から。

安倍首相の広島と長崎での発言が昨年の原稿の使い回しであるということを知った。これはようするに、文章を書くということができる人がおらず、昨年の文章の原稿を実際にPCの上で切り張りして作成しているのだと思う。何というかいい加減なというのが最初の反応であった。国家中枢でそんなことをやっていてはいけないだろうと思う。けれども、広島のみでなく、長崎でも同じようなことをやっているというのは、「それで何が悪い」ということであるとしか考えられない。「それで何が悪い」というのは、これは闘争心理である。
 
自民党党首が闘争心理をもつのはやむをえないと思うが、それは他の政党に対してのことであろう。もちろん、他の政党も国民の代表として国会に存在しているのであるから、国家の首相たるものがそういう闘争心理を露わにするというのは異様で、おかしなことである。しかし、広島・長崎にいる人々は国民である。国民に対して闘争心理をもつ、しかも安倍氏個人のみではなく、その周辺と官僚が闘争心理をもつというのは考えられないことである。こういうのはおかしい。原発再稼働も、こういう闘争心理でやるということであると思われるのが、恐ろしいことである。
 
今週の風考計」(JCJ 2014年08月10日)から。

集団的自衛権の行使を認める閣議決定」の暴挙に対し、抗議と撤回・違憲訴訟など、さまざまな取り組みが全国で広がっている。すでに全国の47弁護士会が、「手続き上からも憲法違反である」として、抗議の会長声明や総会決議を発表している。憲法研究者157氏も、集団的自衛権の行使撤回を求める声明を発表。9日には安倍首相に、長崎原爆遺族会が「集団的自衛権は要りません」と迫った。山中光茂・三重県松阪市長は「違憲訴訟」を目指しているし、須藤甚一郎・東京目黒区議は、東京地裁に閣議決定の無効確認を求める訴訟を起した。敗戦の8月15日には、野党の国会議員有志でつくる議員連盟「立憲フォーラム」が、「平和創造基本法案」を発表する。集団的自衛権は「行使しない」との内容を盛り込み、政権が代わっても閣議決定で恣意的に運用されないよう、法律で縛るのが狙いだ。17日は第2次安倍政権が発足して600日、閣僚が一人も交代しない戦後最長記録を更新するが、コピペの挨拶を繰り返し、問われると「見解の相違」で片づける。その厚顔、見たくもない。
 
附:
"We Shall Overcome" - Martin Luther King, Jr.(JCJ 2014年08月10日)



チャップリンの史上ベストスピーチ(JCJ 2014年08月10日)

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