以下は、熊田一雄さんの「『精神世界』と輪廻転生ー理研・笹井氏の自殺をめぐって」という文章を読んだ感想と藤原新也さんの「私たちは歪んだメディアが殺人を犯すことも出来るというおぞましい出来事をいま目の前にしている」という文章を読んだ感想です。熊田一雄さんへの返信として書きました。

ずいぶんと説得力のない「神秘主義」のご紹介です。一部の軽薄な者たちが笹井氏の自殺をめぐってここぞとばかり「暗殺」だなんだと荒唐無稽の推論ばかりで根拠などなにひとつない陰謀論を振りまいていますが、紙一重のような気がします。軽薄な陰謀論のひとつとして読んでいて吐き気をもよおした「世に倦む日々」の雑文をご紹介しておきます。
 
また、以下に、笹井氏の自殺に関して、作家、写真家の藤原新也さんの「私たちは歪んだメディアが殺人を犯すことも出来るというおぞましい出来事をいま目の前にしている」という問題提起もご紹介しておきたいと思います。
 
私の見解はまた別の機会に述べようと思いますが、重要な問題提起だと思います。藤原さんはメディアの一線で活躍する若いメデイア人にかつてなく大きなストレス(危機感と鬱屈)が溜まっている。そういうことが今回の笹井氏の自殺、メディアが笹井氏を自殺に追いやった背景にあるのではないか、という問題提起をしています。一読の価値があるものと思います。
 
私たちはメディアが殺人を犯すことも出来るというおぞましい出来事をいま目の前にしている。(shinya talk 2014/08/06)
 
本来なら理研の笹井氏の自殺は一面トップ黒ベタタイトルで報道されるべき事案だが、手元にある今日の朝日新聞夕刊はIT関連トレンドがどうのこうのと言ったどうでもいいような記事が一面トップを飾り、笹井氏の自殺報道は一面左下に収まっている。
 
おそらく各紙も同じようなものだろう。
 
それはひとつにはWHO(世界保健機構)の報道倫理ガイドラインに基づき、自殺のニュースは大きく扱わない(模倣を危惧するという表向きの理由がある)という不文律をいつのころからか日本のマスメディアも遵守するようになっているからであり、先の新宿アルタ前で集団的自衛権に抗議して焼身自殺した事件がほとんど無視されたのも、そういった報道力学が影響しているものと考えられる。
 
私はこの”事件”を世間を騒がせたSTAP細胞問題の中心人物の一人が自殺したという単純事実にとどまらない、その背後にあるメディアの流れに目を向けるべきだと考える。
 
 
ひょっとしたらこのトークに接しているかもしれず、プライベートな以下のやりとりを公にするのはいくぶん躊躇したが、これは当該者にとって別に恥になることでもないので書かせてもらうと、今から半年前、NHKのディレクターから電話がかかってきた。
 
はじめて接触する方だった。
 
番組依頼の話であり、それも私を船頭役としたドキュメンタリーを作りたいというものだった。
 
数日後にホテルのラウンジでプロデューサーとディレクターに会った。
 
彼らは拙著『東京漂流』の話を持ち出した。
 
彼らの言わんとするところは311以降、今の世の中がひどいことになりつつある。
 
そこでもう一度テレビで”今”を捉えた『東京漂流』をやってもらえないか、ということだった。
 
論旨はわかるが『東京漂流』は私にとって過去の産物であり、それに拘泥しすぎている話にはいまひとつ私のノリが悪かった。
 
表現者というものは日々先を歩いているものだ。
 
藤原は今、時たけなわネット社会の中における実験であるCatwalkを展開している。
 
ある意味でCatwalkは2000年代の『東京漂流』であり、そういう今現在の藤原を彼らは果たして知っているのだろうか。
 
ということでCatwalkのことを話したわけだが、彼らは知らなかった。
 
それは藤原新也に仕事を持ってくるマスメディア人としてはいかがなものか?
 
私はやや興ざめして、とりあえず、会員になる必要はないが一時的にでも見ることは出来るのだから、まず藤原新也の現在に接してからまた新たに話を持ってきてくださいと言ってその場をお開きにした。
 
 
私が今日この仕事依頼の話を持ち出した意味は別のところにある。
 
私はその時、彼らと話ながら一線で活躍する若い(それも藤原に仕事を依頼しょうとするようなどちらかと言うと異端な)メデイア人にかつてなく大きなストレスが溜まっているということをひしひしと感じた。
 
これまでの仕事依頼の折には見られない危機感と鬱屈が感じられたのである。
 
のちにNHKのOBが連名でNHKの危機を訴えたように、NHKをはじめマスメディアは政権による目に見えない統制と抑圧を今まさに体現しはじめている。
 
いったいメディアに滞留しつつあるこのストレスが今後どのような形で吹き出すのだろう?。
 
彼らと会ってのち、私はそんな思いとともに家路についた。
 
 
そして今日、あの折の危惧が現実のものとなる。
 
笹井氏の自殺。
 
私は笹井氏の自殺をそのような視点で捉えるべきだと考える。
 
解せぬことがある。
 
スタッフ細胞問題はすでに過去事象であるにも関わらず、この一ヶ月、マスメディアの中でこの問題が不健全な形で炎上している。
 
◉7月21日の毎日新聞一面で報じた攻撃的な「STAP論文・疑惑のデータ削除」(この件に関しては武田邦彦教授がYouTubeで以下のように発言している)。
 
https://www.youtube.com/watch?v=SidrlwUGZgw&feature=youtu.be
 
◉そして7月27日にNHKで放映されたNHKスペシャル「STAP細胞不正の深層」。
 
張り込みで発見した小保方晴子を執拗におっかけ回し、トイレに追い詰め怪我を負わせるという、まるで日本版パパラッチもどきの”おっかけ”をれっきとした国営放送のスタッフがやっているというこの異様な風景。
 
番組では、2012年4月以降、科学誌に3度、論文掲載を拒否されていた小保方氏を「論文執筆の天才とも言われる」笹井氏がサポートし、論文の評価が一変したと解説。
 
そのうえで、ほぼ2人で論文作成を進めていた当時の2人のメールとして、テレビ画面にメール文面が映される中、内容を男女のナレーターが意味ありげに読み上げる。
 
まず笹井氏の「東京出張」と題したメールでは、小保方氏に研究状況をうかがう前段部分の「小保方さん、本日なのですが、東京は雪で寒々しております」「小保方さんと、こうして論文準備できるのを、とてもうれしく、楽しく思っており、感謝しています」と男性ナレーターが妙に抑揚あるトーンで読み上げる。
 
これに返信したとされる小保方氏のメールは「笹井先生、また近いうちにご相談にうかがわせていただけないでしょうか」と弾んだ声で音読され、暗に男女関係の蜜月を匂わせる。
 
◉朝日新聞に至ってはこれはデジタルだが、小保方晴子が行き場に困ってAKB48に入るという設定のおちゃらけ記事まで書いて笑い者にしている。
 
報道の常軌を逸し、自らの中に鬱積したストレスをすでに瀕死の状態にある弱いターゲットに向かってぶつけるかのごとくである。
 
”臭い何か”が糞詰まりのようにメディアの内臓に溜まっている。
 
追い詰めるべきターゲットは瀕死の小娘ではなく、別のもっと大きな世界にあるはずである。
 
しかし卑屈にも彼らは自からの鬱憤晴らし報道に血道を上げている。
 
そして今日、笹井芳樹は首を吊った。
 
私たちは歪んだメディアが殺人を犯すことも出来るというおぞましい出来事をいま目の前にしている。
 
合掌
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