三重県松阪市の山中光茂市長が「集団的自衛権は憲法侵す」として国を被告とする違憲確認と損害賠償を求める国家賠償訴訟を起こすことを決断したという報道があります。
 
「集団的自衛権の行使を認めた1日の閣議決定は、憲法が保障する国民の平和的生存権を侵すとして、三重県松阪市の山中光茂市長(38)が2日、違憲確認と損害賠償を求める国家賠償訴訟を起こすことを明らかにした。山中市長は本紙の取材に「愚かな為政者の暴走で平和国家の原点が覆された。暴走を止めるため国民の声を結集したい」と述べ、全国から広く原告を募る考えを示した。平和的生存権は、憲法前文、九条(戦争の放棄)、一三条(幸福追求権)を根拠にする。山中市長は「戦争への道が開け、市民の生命や財産、当たり前の幸せが侵害される具体的な危険が生じた」と主張。提訴の時期や訴額は未定で、フェイスブックで賛同者を募るほか、全国市長会でも呼び掛ける。特定のグループや政党に属さない集団で提訴を目指すという。」(「『集団的自衛権は憲法侵す』 松阪市長、国提訴へ」中日新聞 2014年7月3日)
 
そして、この山中松坂市長の「決断」を「英断」と無条件に肯定して上記の報道を拡散する自称「リベラル」、実質は軽薄な一部の人たちがいます。以下は、その行為を私はなにゆえに「軽薄」というのか。私なりの根拠と理由を述べたものです。こうした「軽薄」な現象については市民運動を立ち上げようとするときにしばしば見出される現象です。「軽薄」な現象を「軽薄」なままに放置しておくといつのまにかその「軽薄」さが市民運動全体に蔓延してしまうということがこれもしばしば見出されます(否定される人もおられるでしょうが、率直なところ、いまの「脱原発」運動にその形骸(むくろ)の跡を私は見ます)。下記の私の文章にはそうした反省と批判がこめられています。

◇ ◇ ◇ 

三重県松阪市の山中光茂市長が集団的自衛権容認閣議決定違憲確認訴訟を起こす考えを明らかにしたということですが、すでにもうおひとかたからの指摘にもあるように現行の「日本の裁判制度では、違憲確認訴訟は極めて困難です」。
 
違憲(無効)確認訴訟については、1950年に日本社会党を代表して当時の鈴木茂三郎委員長が警察予備隊設置に関する一切の行為の無効確認を求めて最高裁判所に訴えを起こした例がありますが、最高裁は昭和27年10月8日大法廷の全員一致の判決で警察予備隊の違憲性については一切触れることなく、訴えそのものを不適法として却下しました。その却下の理由は、「日本の裁判所は具体的な争訟事件が提起されないのに将来を予想して憲法及びその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下す権限はない」というものでした(wikipedia『警察予備隊違憲訴訟』)。
 
この点についてウィキペディアの解説は次のように述べています。
 
「憲法81条はアメリカ型の付随的違憲審査制を採っていると解するのが通説である。裁判所は具体的争訟の解決に付随してのみ違憲審査をすることができることになる。日本国憲法の違憲審査制は制定過程の経過をみてもアメリカの制度の流れをくむものであると考えられ、また、「第6章 司法」の章に違憲審査権について定める憲法81条の規定を置いており、この「司法」とは伝統的に具体的事件に法令を適用して紛争を解決する作用を指すからである。」(wikipedia『違憲審査制』)。
 
違憲(無効)確認訴訟に関する最高裁大法廷の昭和27年10月8日判決はいまも通説として踏襲されており、具体的争訟を提起することなく違憲確認訴訟を起こしても、訴えそのものが不適法として現行の日本の裁判制度下では門前払いの判決を受けることは確実です。
 
問題はそれでも違憲確認訴訟を提起することに意義があるかどうかです。そこで第一に考えなければならないことは、集団的自衛権の憲法上の違憲性を問うはじめての裁判は、敗訴確実の裁判よりも、勝訴の可能性及び勝訴を追求しうる裁判闘争として闘うべきであろうということです。集団的自衛権の憲法上の違憲性を問うはじめての裁判で敗訴必至の裁判を闘う積極的な理由を私は見出すことはできません。形式的な門前払いの敗訴であってもその敗訴を敵側(ズル賢さにおいては優秀な安倍政権)が狡猾に利用しないということはまず考えられません。集団的自衛権の憲法上の違憲性を問うはじめての裁判はあくまでも勝訴をめざす裁判闘争でなければならない。次の国政選挙という政治日程も射程に入れておく必要もあるだろう、と私は思います。
 
第二に私はこの集団的自衛権行使の違憲確認訴訟を起こそうとしている三重県松坂市の山中光茂市長という人はなにものか、ということも考えます。ウィキペディアによれば山中市長は慶大法学部法律学科を卒業しているようですから、現行の日本の裁判制度の下では具体的争訟の提起をともなわない違憲確認訴訟は不適法として却下される可能性大であることについては当然の法律知識として知悉しているものと思われます。
 
にもかかわらずなにゆえにいま違憲確認訴訟を起こそうとしているのか。端的に言って私は人気取りだろうと思います。やはりウィキペディアによれば山中氏は政府と財界公認のネオリベラリストの中核的な供出母体になっている感のある松下政経塾の出身者であり、同塾終了後は民主党議員の秘書などをつとめ、前回の松阪市長選挙ではみんなの党の渡辺喜美の支援を受けて当選しているようです。こうした経歴から見る限り彼が根っから集団的自衛権行使に反対する主張の持ち主だとは判断しがたいものがあります。みんなの党の渡辺喜美は同党の前回党大会の折に集団的自衛権の行使容認について、「憲法解釈を変えれば、自衛隊法などを部分的に直すだけでいい。非常に合理性がある」(The New Classic 2014年2月24日付)と高言した人であり、その妄言の人を支持し、その妄言の人の支援を仰ぐ人物が集団的自衛権行使違憲確認訴訟を提起するというのですからその真意を疑うのは当然というべきでしょう。少なくとも私はその真意を疑います。
 
以上、この件に関する私の若干の感想です。山中松阪市長の「決断」を「英断」のように言う行為は端的に言ってミスリードだと私は思っています。
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