FC2ブログ
今日の言葉 ――辺見庸「日録24」(2014/07/02午後)から。

サルスベリ

要旨
国会前で徹夜抗議をしていた友人が、暗がりで不意に、テルアビブの話をしだした。なにも大した話ではないのだが、なぜだろう、荒くれていた気分がいくぶん凪いだ。(略)わたしも、夕暮れどき、テラヴィーヴのアロマにいって、カプチーノを飲みたくなった。できれば犬と。この数日、いやもっと長くか。荒んだ。言葉がむくみ、みにくくたわんだ。このままではこのクニがダメになるといわれた。だからどうした。もうとっくにダメになってるぜ。もっともっとダメになればいい。おもっていても、いいはしない。戦争になる。わたしもいい、ひともいう。戦争になれよ、やれよ、ガンガンやりゃあいい、きれいさっぱりぜんぶなくなりゃいい。そういいはしない。言葉が水腫みたいでいやになる。なんとかいう首相の話なんか、ほんとうはこんりんざいしたくない。ばからしい。おそろしくばからしい。なんでしたかといえば、あいつをヤラないと、こちらがヤラれる。いくらヤキがまわったって、そのくらいの勘はある。ヤルかヤラれるかだ。(略)正義の言葉くらい安っぽい言葉はない。平和の言葉もおおむねチープだ。殺人者が殺人直後にもらす、わけのわからない譫語のほうが、すうばいマシだ。(略)『迷子の警察音楽隊』をおもいだす。あれ、いいな。かわいた空。かわいた土。濃紺の夜。青いインク瓶のようにして記憶をしまう、か。「なにも約束するな」か。よくわからないけれど、ほんとうにそうだとおもう。(略)わからないから、死ぬまでは、なんとなく生きていられる。みあげたら、ことし最初の白いサルスベリが咲いていて、もう風にさらさら散っていた(辺見庸「日録24」2014/07/02午後)
 
全文
左耳に「テラヴィーヴのね……」と聞こえた。左耳は右耳よりよく聞こえる。国会前で徹夜抗議をしていた友人が、暗がりで不意に、テルアビブの話をしだした。なにも大した話ではないのだが、なぜだろう、荒くれていた気分がいくぶん凪いだ。テルアビブにはいきたかったのに、いったことがない。テルアビブには「アロマ」というカフェチェーンがあるのだそうだ。友人は夏の夜、大通り脇のアロマで、あるひとを待っていた。「約束はしてなかったけれども、なんだか会えるような気がしてね、2杯くらいかな、カプチーノをおかわりした。たぶんその間、私が待っていたひとは、自転車で他の場所のアロマをハシゴしていた。そんな気がする……」。自転車でアロマをハシゴ。なんだろうか。待っていたひとがだれだったのか、用向きはなんだったか、わからない。いわれなかったし、こちらから問うこともしなかった。友人じしんのことだって、じつは、あまりよく知らない。口ぶりからすると、どうも数年前にお母さんを亡くしているようだ。認知症だったのだろうか。いまでもときどき母親を怒っている夢をみるという。
 
「アイムソリーっていわなくていいよ。私は楽になったのだから」と、犬へか、わたしへか、どちらかにいった。アイムソリーっていわなくていいよ。ビールでも飲んでいたのだろうか。聞いていて、からだがほぐれた。話はとぎれた。友人がつぶやいていた。「……青いインク瓶のようにして、記憶をしまう……」。えっ?応諾でも反問でもなく、わたしは口のなかで声を泳がせた。えっ?青いインク瓶のようにして記憶をしまう。友人は前後になにかをいっていたのかもしれない。きっとそうだろう。拡声器の音で、前後の言葉がかき消えた。わたしも、夕暮れどき、テラヴィーヴのアロマにいって、カプチーノを飲みたくなった。できれば犬と。
 
この数日、いやもっと長くか。荒んだ。言葉がむくみ、みにくくたわんだ。このままではこのクニがダメになるといわれた。だからどうした。もうとっくにダメになってるぜ。もっともっとダメになればいい。おもっていても、いいはしない。戦争になる。わたしもいい、ひともいう。戦争になれよ、やれよ、ガンガンやりゃあいい、きれいさっぱりぜんぶなくなりゃいい。そういいはしない。言葉が水腫みたいでいやになる。なんとかいう首相の話なんか、ほんとうはこんりんざいしたくない。ばからしい。おそろしくばからしい。なんでしたかといえば、あいつをヤラないと、こちらがヤラれる、とおもったからだ。さっさとヤラないと、こっちがヤラれる。いくらヤキがまわったって、そのくらいの勘はある。ヤルかヤラれるかだ。こちらのなにがヤラれるか。いちいち説明するのも面倒くさい。こういう話になると、だれの言葉もぶよぶよ水ぶくれになって、くだらなくなる。正義だ、平和だ、といえば聞こえはよいが、そんなマシュマロみたいなもんじゃない。正義の言葉くらい安っぽい言葉はない。平和の言葉もおおむねチープだ。殺人者が殺人直後にもらす、わけのわからない譫語のほうが、すうばいマシだ。ね、アイムソリーっていわなくていいよ。楽になったんだからさ。あなた、あのとき、サッポロビア飲んでたんだろ。
 
ああ、テラヴィーヴのカフェに行きたいな。約束もしてないのに、夕方、カプチーノを飲みながら、だれかを、犬とともに、じっと待つ。そのだれかはイスラエル製の自転車でアロマのハシゴをしているようだ。だれかは、なかなかこない。あっ、血のような夕焼けだ。犬にテルアビブのビスケットを一枚やる。犬はオスワリをし、フセをし、いつまででもマテをする。テルアビブだろうがテヘランだろうが、気にしない。核戦争になったって、犬はオスワリをし、フセをし、マテをする。OKといわれるのを待つ。テルアビブのカプチーノはダフネのと味がちがう。どこかがちがう。あたりまえだ。『迷子の警察音楽隊』をおもいだす。あれ、いいな。かわいた空。かわいた土。濃紺の夜。青いインク瓶のようにして記憶をしまう、か。「なにも約束するな」か。よくわからないけれど、ほんとうにそうだとおもう。なにも約束するな、だ。わかるようで、なんだかわからないことはいいことだ。ぜんぶわかったら、反吐がでる。わからないから、死ぬまでは、なんとなく生きていられる。みあげたら、ことし最初の白いサルスベリが咲いていて、もう風にさらさら散っていた。エベレストにのぼった。
関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/935-768acd96