前回に引き続いて浅井基文さん(元外交官。政治学者)のウクライナ危機以後の国際情勢の見方のパート2です。今回は、同ウクライナ危機で浮き彫りになった「国際法の欠缺」と「カラー革命」の問題点に絞って(焦点化して)の問題提起となっています。ウクライナ問題を考える上で基礎となるべき国際法と国際情勢の見方であるように思います。
 
ウクライナ情勢の展開は、米ソ冷戦終結後、事実上アメリカの一極支配で展開してきた国際情勢における重大な問題点をあぶり出すものとなった。それらの問題点は、アジアの平和を考える上でもゆるがせにできない重みをもっている。①米ソ冷戦終結後の国際関係のあり方をどのように認識するか(具体的には、アメリカ(米欧)とロシア(中露)との間でかつての冷戦が復活しつつあると見るべきかどうか、あるいは、米日で支配的な対露警戒感はリアリズムに基づく検証に耐える内実を伴っているのか)、②ウクライナ危機における国連安保理の機能マヒ(大国の拒否権問題という古くて新しい問題)、③軍事大国・ロシアに対しては軍事力行使というオプションを排除するほかないアメリカ(大国と小国とで対応が変わること自体が典型的な二重基準である)が選択した対露経済制裁をどのように評価するか等々、考えなければならない問題は多い。しかし、このレジュメ原稿を準備する時間的及び私自身の力量的制約に基づき、ここでは国際法の欠缺及びいわゆる「カラー革命」の問題を取り上げる。
 
<国際法の欠缺>
国際問題・紛争が生じた場合に、戦争が禁止された今日の世界では、交渉・対話による解決を追求することが唯一の合法的手段である。ところが、国際法は国内法と異なり、あらゆる問題について解決の根拠を与える包括性、網羅性からはほど遠い。また、法的強制力もほとんど備えていないから、合意された内容が一方的に履行されないというケースもしばしばである。また、アメリカに関しては二重基準の適用が常態化しているという深刻な問題も存在する。ここでは、これらを総称して「国際法の欠缺」という。
 
ウクライナ危機においては、国際法の欠缺が浮き彫りにされ、このことが危機のさらなる深刻化をもたらしてきた。ここでは、アジアの平和を考える上でも重要な意味を持つ二つの問題について考える。
 
◯国家主権・領土保全原則と人民(民族)自決原則の衝突
ロシアがクリミアを併合したことに対して、アメリカをはじめとするいわゆる西側諸国は、国家主権尊重及び領土保全という国際法上の基本原則に反するものとしてロシアの行動を非難、批判した。これに対してロシアは、クリミアが置かれてきた歴史的経緯、民族構成等を背景として、クリミア住民の選択は人民(民族)自決権の行使という国際法上の基本原則に合致するものだとして自らの行動を正当化し、一歩も譲らない。
 
ここには、国家主権・領土保全原則と人民(民族)自決原則というともに国際法(国連憲章)で承認された二つの基本原則の間に存在する矛盾を解決するための国際法・ルールが存在しないという問題がある。具体的には、多数者の支配を肯んじない少数者が分離独立を求める場合に、国際社会としては両原則のいずれを優先させるか、あるいは両者の両立を如何にして図るかという問題である。即ち、国家主権・領土保全原則を尊重すれば分離独立は認められないが、人民(民族)自決原則を重視すれば分離独立を認めるべきだということになる。ウクライナ危機において、アメリカ以下の欧米諸国は前者を、また、ロシアは後者を前面にそれぞれ押し立てたということである。
 
この問題は、米ソ冷戦時代には「臭いものにはフタ」式に公然化するケースは限られていた。ただし例外事例として、東パキスタン(バングラデシュ)のパキスタンからの分離独立、あるいはエリトリアのエチオピアからの分離独立闘争-独立実現は1991年-などがある。しかし、米ソ冷戦終結後、ソ連の解体と15独立国の誕生(ロシアを含む)を皮切りに、特に多民族国家において少数民族の独立を目指す運動・闘争となって噴出するに至った。
 
特に大きな争点となったのはコソボ問題である。アメリカ以下のNATOは、ユーゴからの独立を目指したコソボを支持し、安保理決議の裏づけもないのに「人道的支援」と称してユーゴに対して空爆作戦を行っただけでなく、「先例としない」としつつ、コソボの独立を承認した。当時、アメリカ以下の行動に反対したのはロシア及び中国だった。今回、クリミアの住民投票を尊重するとしてロシアへの併合を行ったプーチン大統領は、自らの行動を正当化する根拠の一つとして、米欧諸国によるコソボ独立承認という「先例」を挙げた。
 
国家主権・領土保全原則と人民(民族)自決原則との間に矛盾があり、互いに衝突することは早くから周知の事柄だった。しかし、「植民地独立付与宣言」(1960年)及び1970年の「友好関係宣言」(1970年)を審議した国連総会はこの問題に立ち入ることを回避した。米ソ冷戦時代には、米ソの角逐によってこの問題を正面から取り上げる機運は生まれようもなかったのだ。
 
また、米ソ冷戦終結後は事実上のアメリカ一極支配となり、この2原則間の矛盾を解決するためのルール作りという地道な作業に国際的に取り組むべきだとする国際世論が醸成されることもなかった。クリミア問題は、正に以上の国際的不作為の当然の帰結であるとともに、コソボとクリミアで示されたアメリカ以下の二重基準政策を客観的に問いただすものでもあった。
 
クリミア問題に対して中国がとった行動は検討に値する。中国は国内に少数民族問題(特に新疆ウイグル自治区及びチベット自治区)を持ち、少数民族の分離独立を認めない。「現行の国際ルールで確認されている独立国家の態様は、①自然に存在している国家、②植民地統治に反対して独立解放闘争を経て成立した国家、③元来所属していた国家の議会の同意を経て独立した国家、④議会が国家解体に合意しかつ新しい行政区画(国境線)に基づいて独立した国家」(紀明葵・国防大学教授)と限定する中国は国家主権・領土保全原則を重視する立場である。したがって中国は、「コソボ、南オセチア、アブハジア問題でもその立場を取ったから、クリミア問題で中国が支持することはロシアも期待するはずはなかった」(同)。
 
しかし中国は、「ウクライナ情勢が今日まで発展したことについては偶然の中に必然がある」(3月4日の習近平・プーチン電話会談における習近平発言)、より具体的には「この問題の背後には複雑な歴史的な経緯と利害の衝突がある」(3月8日の王毅外交部長発言)という認識に立ち、「ウクライナ各民族人民の根本的な利益を擁護するという考慮に基づき、また、地域の平和と安定を維持するという大局から出発して」安保理における対ロシア非難決議には棄権という選択を行った(決議自体はロシアの拒否権行使で成立せず)。
 
安保理でロシアを追い詰めることができなかったアメリカは、国連総会決議でロシアを非難する決議を採択させた(3月27日)。この決議に関しては、賛成100ヵ国、反対11ヵ国、棄権58ヵ国であった。反対と棄権を合わせた数は69ヵ国であり、100対69という結果は「ロシアの国際的孤立化を浮き彫りにした」とは言いがたいものである。むしろ、2大原則の矛盾をめぐる国際社会の複雑な問題意識が反映されたと言うべきだろう。
 
しかし、この問題を放置する、あるいは大国間の争いに委ねてしまうことは、21世紀国際社会の平和と安定を真剣に考える限り、あってはならないことだと考える。なぜならば、今後もこの問題は世界各地で起こりうるからだ。アジアにおいても中国だけでなく、フィリピン、インドネシア、ミヤンマーなどに火種が存在している。また、沖縄においても独立論が一部あるにせよ主張される現実がある。
 
◯テロリズム
テロリズムに関する確立した定義は存在しない。テロリズムを取り締まる目的で作られた最初の条約である「核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約」(2005年)においても、取り締まる対象である犯罪に関する定義は行われているが、タイトルにはテロリズムとあるにもかかわらず、条約本文では「犯人」として扱われ、「テロリズム」または「テロリスト」については、定義はおろか言及すらない。
 
このことは、ソ連解体後にアメリカ・クリントン政権が、ソ連に代わる脅威を「様々な不安定要因」と規定した際にテロリズムを含めて以来、テロリズムの脅威が国際的に重視されることとなった背景を踏まえるとき、奇異にすら感じられる。テロリズムは、いわゆる非伝統的脅威の最たるものと見なされているのだ。
 
より根本的な問題は、テロリズムは犯罪の一態様であって、本来は警察力によって対処するべきものである。そのことについて国際的認識がぶれているわけではないことは、上記条約において明確に犯罪として位置づけていることでも明らかだ。だが、2001年の9.11事件においてパニックに陥ったアメリカ・ブッシュ政権が「対テロ戦争」と叫んで以来、国際テロリズムに対して軍事力によって対抗することが当然視される風潮が出来上がってしまった。その結果、テロリズムに関する定義づけを行う国際的努力は等閑視されてきた。
 
ウクライナ危機は以上の問題を改めて浮き彫りにしている。即ち、クリミアが住民投票を経てロシアへの併合を実現した後、ロシア系住民が多数を占めるウクライナ東部諸州においてもウクライナからの分離独立を求める動きが活発化し、これを抑えようとするウクライナ中央政府との間に武力闘争となって、今や内乱状態を呈している。問題は、ウクライナ政府が東部諸州の分離独立を求めて戦う人々を「テロリスト」と断定したことだ。
 
ウクライナ中央政府を支持・支援する米欧諸国はこのことには沈黙して事実上黙認する一方、ロシアは当然のことながら東部諸州の行動を支持して対立し、かくして事態はますます複雑化することとなっている。もっとも、米欧諸国の二重基準は今に始まったことではないが、ロシア自身も例えばチェチェンの分離独立闘争をテロリストの仕業と決めつけるなど、その言動が一貫しているとは言えない。
 
付言すれば、最近中国国内で頻発している事件に関しても、中国政府はテロ事件と断定するが、米欧諸国の反応は必ずしも歯切れのいいものではない。そこには、「中央政府に弾圧される中国の少数民族」に対する米欧諸国世論の好意的見方が背景にある。
 
テロリズムという犯罪行為を取り締まることは必要であり、国際的テロリズムを有効に取り締まるためには国際協力は欠かせない。しかし、国際社会が結束して対処する前提はテロリズムに関する定義を国際的に確立することだ。各国が自分の都合次第でレッテル貼りを行う現実を野放しにする限り、21世紀における国際関係の安定化は期しがたいと言うべきだろう。また、テロリズムの温床は、世界的な富の偏在・貧富の格差、そして新自由主義にあり、これらの構造的原因を除去しない限り、テロリズムを根絶する展望はないことを認識しなければならない。
 
<「カラー革命」>
アメリカのメディアの圧倒的影響力のもとにある日本では、グルジアのバラ革命(2003年)、ウクライナのオレンジ革命(2004年)、キルギスのチューリップ革命(2005年)など、旧ソ連邦諸国で起こったいわゆる「カラー革命」を無条件で「民主化を目指す内発的な動き」として肯定的に受けとめられてきたが、ウクライナ危機はそうした受けとめ方が如何に皮相的なものでしかないかを事実で明らかにした。その点はアラブ諸国におけるいわゆる「アラブの春」も同じで、チュニジア、リビア、エジプト、シリアなどでの現実は、私たちに国際情勢認識に主観を持ち込むことの危うさ、言い換えれば徹底したリアリズムに基づく分析が欠かせないことを注意喚起している。
 
ウクライナ危機に視点を限定するとき、今日の危機を招致した原因として少なくとも次の諸点を挙げなければならない。
 
-欧州志向が強い西部とロシア志向が強い東部。この違いは、歴史的、宗教的、民族的諸要因に由来する。これらの違いは他の国々においても程度の差こそあれ存在するもので、これらのみを決定的要因とすることは誤りだが、以下の諸点と相乗作用を起こすときには、問題を複雑化・深刻化する方向に作用することは否定できない。
 
-政治的未熟性。ウクライナはフルシチョフ、ブレジネフなどを輩出しているが、国家としてはソ連解体を機に誕生した国家であり、かつまたデモクラシーを自ら実践した歴史もない。
 
-レベルの低い政治指導者。ウクライナ政治において台頭した政治的リーダーのほとんどは旧ソ連時代に政治経験を持たないいわばアマチュアであり、かつ、急速に経済的にのし上がった人々であり、かつまた西部か東部かのいずれかに地盤を持つものであって、国民全体を束ねる識見もカリスマも持ち合わせていない。
 
-経済の低迷。元々ウクライナは旧ソ連においてはもっとも豊かな先進地域だった。しかし、独立後は低迷し、経済困難は国民の不満感情をいやが上にも高めてきた。
 
-地政学的位置。米欧諸国はロシアに対していわば「やらずふんだくり」で接し(少なくともロシアはそう受けとめている)、NATO及びEUの東方拡大によってロシアは安全保障に対する危機感を深めてきた。そういうロシアにとってウクライナは絶対に手放すわけにはいかない地政学的緩衝地帯である。しかし、アメリカは委細構わずウクライナを自己の陣営に引き入れようと画策してきた(少なくともロシアはそう認識している)。レベルの低いウクライナの政治指導者は、米露双方の間でバランス感覚を働かせる最低限の分別も持ち合わせず、米露のいずれか一方に大きく傾斜することで、国内矛盾をますます深めることになった。
 
以上に概略見たとおり、今日のウクライナ危機の原因は複雑多岐にわたっている。国際社会は、これらの原因を正確に踏まえ(リアリズムに基づいて情勢認識を行い)、ウクライナが国家として自立することを支援するべきだった。しかし、「ソ連解体=アメリカ勝利」と錯覚したアメリカは、自らの戦略を実現することのみを追求し、ロシアを一方的に追い詰め、そのことがウクライナ危機を国際化させることになった。
 
私たちがハッキリ認識しておかなければならないことがある。それは、ロシアにとってのウクライナ問題は、中国にとっての朝鮮半島・東シナ海・南シナ海問題であるということだ。両者に共通するのは、アメリカの旧態依然の力による政治(power politics)に基づく対外戦略・政策がロシア及び中国の安全感を脅かし、対抗策に走らせ、そのことがまた緊張を高めるという悪循環を生んでいることにある。
 
ウクライナ危機を対岸の火事視する日本人が多いが、そのような見方しかできないことが「中国脅威論」という安倍政権の虚構づくりを見破ることができず、したがって「中国脅威論」を前面に振りかざした集団的自衛権行使・解釈改憲の策動に対して受け身を強いられる国民世論を生みだしている。
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