既報のとおり、世界平和アピール七人委員会は一昨日の12日、安倍政権の集団的自衛権の武力行使を容認する閣議決定に反対する「民主主義を破壊する閣議決定を行わせないために、国民は発言を」という声明を発表しました。
 
声明文に名前を連ねているのは武者小路公秀土山秀夫大石芳野小沼通二池内了の5氏。同委員会メンバーの一員であるはずの池田香代子さんの名前が見当たりません。どうしたんだろう、と思いました(もうひとりの委員の辻井喬さんは2013年11月に逝去されています)。
 
が、同委員会のホームページの「最新アピール」のすぐ下に「お知らせ:池田香代子委員の退任について」という記事があり、すぐにその理由がわかりました。
 
「世界平和アピール七人委員会
2014年4月24日
 
世界平和アピール七人委員会は、1955年の発足以来 一貫して意見の異なる人たちとも 対話を求め続けてきました。
 
このたび池田香代子委員が、ツイッターでこの基本的方針に反する記述を表明したことを知り 個人の発言であったにしても不適当だったと直ちに判断しました。池田委員からも「このたびの私の軽率な言動は、委員会の方針にもとるものでした」として辞任の意向表明があり、全員で討議した結果、委員退任を決定しました。
 
七人委員会は初心を大切にし、世界と日本の一人一人が安心して安全に生きていける社会を目指して、これからも人道的立場から努力を続ける所存です。」
 
見られるとおり、池田さんがツイッターで世界平和アピール七人委員会の「基本的方針に反する記述を表明した」ことが退任の理由になっています。では、そのツイッター上の表明とはどういうものか? 気になったので調べてみました。どうやら池田さんはツイッターに「あ べ し ね」という書き込みをしたようです。それが「不適当」「軽率な言動」として退任の理由になったようです。
 
「あ べ し ね」の「し ね」というのは「死 ね」という意味でしょうから、たしかに適切な表現とはいえません。世界平和アピール七人委員会の立ち位置の問題もあります。同委員会は「政治的な党派に無関係な立場で世界に平和を訴える会」として、また、「知識人による平和問題に関する意見表明のための会」として発足したという経緯があります。そういう意味では市民の「良心の府」という側面があります。
 
だから、(この場合の「し ね」というのは文字どおり「死 ね」という意味ではなく、世間流の口げんかの定番の「バカ」「アホ」「マヌケ」「カス」「イテマエ(殺ってしまえ)」のたぐいと同様の悪口、雑言にすぎないもの。まして、悪口の相手は「首相」という公人。場合によっては賞賛の的にもなりもするでしようが、また、場合によっては市民の批判の矢面に立たなければならないことは当然覚悟しておかねばならない立場の人です。口げんかのたぐいの悪口を言われたからといってそう問題視するほどのことではないのではないか、と私などは思いますが)市民の「良心の府」としての同委員会の戦後これまで培ってきた立ち位置、置かれている状況(市民から「信」を置かれているゆえん)に照らしてみると、池田さんの「しね」発言はやはり「不適当」のそしりは免れないでしょう。池田さんの「退任」はやむをえないものと思わざるをえません。
 
しかし、それにしても、なぜ池田さんは、自身でも「軽率な言動」と認めているまさに「軽率」というほかない言動をしてしまったのでしょうか。私は、池田さんは最近ツイッターにハマっていることと無関係ではないだろうと思っています。ツイッターは文字数の上限は140文字までと限定されています。だから、ツイッターというツールは「思想」表現のツールとしては不向きで、当世風のワンフレーズのつぶやき(「無思想」の表現)のツールとしては利便性を発揮します。むろん、ツイットを連投して、一連の「思想」や「理念」を表現する人もいますが、もともと140文字のツールですからその表現にはおのずから限度があるというべきでしょう。そういうしだいでツイッターの表現はどうしても安易、簡易な表現に流れやすくなります(そうした表現が大勢を占めるようになります)。そこにツイッター表現のダイアローグ(対話)の成立、あるいは「思想」の流通を阻害する現代的な陥穽(頻繁に通信しながら実は会話は成立していないという)があるといえるのではないか。実は、私は、現代の風潮をそのように批判的に見ています。
 
池田さんは1年10か月にわたって自身のブログを開店休業状態にしていましたが、昨年の9月にブログを再開しました。そのとき池田さんは次のように記しています。

引き返すとき道はもうないのだから
 
「パソコンを立ち上げる。夜の闇をくぐって朝の光の中まで届いた思考の澱に思いをこらしていると、もわっとしたかたまりが浮びあがる。(略)ブログとは、わたしにとって、思考がその時その時にたどった道筋の記録だ。それらは、ブログがなかったら文字にはならなかった。なぜなら、用命の文章にはテーマが決められているからで、テーマは、過去のわたしの文業からおのずと狭まってくるからだ。それらが、わたしの今現在の思考の中心にはないことも多い。だから、政治や社会現象、文化などなど、書きたいことを書けるブログに出会ったときは、なんとありがたい、という新鮮な驚きがあった。」(「ブログを書くということ それを本にするということ」 2013年09月06日)
 
池田さん。ツイッターには「夜の闇をくぐって朝の光の中まで届いた思考の澱に思いをこらしていると、もわっとしたかたまりが浮びあがる」という経験はありましたか? 「思考の澱に思いをこら」すというのは「文章を書く」という作業に特有の現象といえるのではないか、と私は思っています。ツイッターではそういう経験がなかったのだとすれば、ツイッターではおそらく「文章を書」いてはいなかった、ということではないかと思います。ツイッターは「文章を書く」ツールではありえない。だから、「思考の澱に思いをこら」すということもない、というのが私の独断です。池田さんはブログ上のことであるならばおそらく「あ べ し ね」という表現はしなかっただろうと思います。これは私の推察です。
 
私は何度か私のブログ記事として辺見庸の「糞バエ」発言を紹介しているのですが、この辺見の「糞バエ」発言もけっして上品なものとはいえません。そういうことはありえませんが、仮に辺見が世界平和アピール七人委員会の委員のひとりだったとすれば、辺見の「糞バエ」発言も池田さんと同様に「不適当」「軽率な言動」として即退任の理由になったでしょう。また、辺見も、委員のひとりである以上「退任」せざるをえなかったでしょう。
 
しかし、辺見は、この「糞バエ」発言に関して「私は拷問にかけられても撤回する気はない」と述べています。該当箇所を少しだけ引用すれば辺見の文は次のようなものです。
 
「私は人としての恥辱についてもっと語りたいのです。おそらく戦後最大の恥辱といってもいいくらいの恥辱、汚辱……そうしたものが浮きでた、特別の時間帯があった。(略)忘れもしない二〇〇三年の十二月九日です。名前を口にするのもおぞましいけれど、コイズミという一人の凡庸な男がいます。彼が憲法についてわれわれに講釈したのです。まごうかたない憲法破壊者が、憲法とはこういうものだ、「皆さん、読みましたか」とのたまう。(略)コイズミの話を直接聞いていたのはだれだったのか。政治部の記者たちです。彼らは羊のように従順にただ黙って聞いていた。寂として声がない。とくに問題にもしなかった。(略)ごく当たり前のように、かしこまって聞いていた。ファシズムというのは、こういう風景ではないのか。二〇〇二年に私がだした『永遠の不服従のために』(毎日新聞社刊、講談社文庫)という本で書いたことがあります。やつら記者は「糞バエだ」と。友人のなかには何度も撤回しろという者もいました。でも私は拷問にかけられても撤回する気はない。糞バエなのです。ああいう話を黙って聞く記者、これを糞バエというのです。」(辺見庸『いまここに在ることの恥』毎日新聞社 2006)
 
私はこの辺見の「糞バエ」発言を断乎支持します。「拷問にかけられても」支持します。池田さんが世界平和アピール七人委員会の委員のひとりという立場ではなく、辺見と同じような立ち位置で「あ べ し ね」と書いていたのであれば、私は今回の池田発言を「拷問にかけられても」支持したでしょう。ここで私が「辺見と同じような立ち位置」と言っているのは、世界平和アピール七人委員会の委員でありや否やのことを指しているのではありません。「夜の闇をくぐって朝の光の中まで届いた思考の澱に思いをこらし」た文章であったか否やの問題を問うているのです。辺見の文章は「夜の闇をくぐって朝の光の中まで届いた思考の澱」の中で書かれた文章であるがゆえに私は断乎支持できます。そこには当然思想性の光も届いているはずだからです。翻ってツイッターの表現には思想性はあるか? 残念ながら「ない」。「ない」がゆえに私は断乎池田さんを支持できないのです。
 
最後に以前書いた「ツイッター現象の『孤独』について」という文章(というよりも、ほとんどが辺見の「機器の孤独」という文章の引用)のURLを示しておきます。
 
ツイッター現象の「孤独」について(弊ブログ 2010.06.13)
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