辺見庸に「最近3人、ひとを切りました」という早稲田大学で教えていた当時の教え子(辺見は2003年4月から1年間客員教授をしていました)からメールがきたといいます。「ひとを切」ったといっても「あの人とはもう手を切った」という意味の「人を切る」の意。辺見によれば、メールの文面は次のようです。
 
「バカダ大学にて客員で授業をもっていたころの教え子(いま、五反田でカフェバーをやりながら、ときたまあまり上品ではない、ていふか、下品でまったく売れない小説を書いている)Sからメール。「ぼく最近3人、ひとを切りました。ひとりは、むかしからのムダな女友だちで、そのクソバカ女がブラジルのストをディスりやがったので、地獄の底まで叩き落とすような罵詈雑言をぶつけ、さようなら、ブス、と、切りました。もうふたりは、めんどくさい、エラそーな、ばかな、ケチな客。おれはあんたにパチキレとるぞ、とそのまま伝えました。自己変革なんて、できやしないと思ってたんですがね。いっしょうヘラヘラ生きていくのかと。ヘラヘラ生きてはいくんでしょうが、やはり、キレたり、切ったりは、実際いままであまりにしてこなかったのだな、とてもたいせつだな、と思いました。ぼくはまだ若すぎるみたいです。店は梅雨でヒマです。ひとり来てくれ、で、シャンパンあけてくれ、待ちです」
 
そこで辺見のキレる話になるのですが、辺見のキレた話をご紹介する前に市民ジャーナリストの井上澄夫さんのキレた話を先にさせていただきたいと思います。井上さんの話は「『尖閣』戦争を準備する琉球弧への自衛隊侵出を阻止しよう!!」というエッセイ。井上さんご自身は当然「キレた」話として書いているわけではありません。
 
しかし、私は、そのエッセイ中の「過日、『自衛隊に触れるならまず『自衛隊さん、ありがとう!』と言いましょう』という声がある反戦・反基地グループから上がったという話を聞いて一瞬耳を疑った」という箇所、「こういう親軍論調が反戦運動内から浮上することは戦後反戦運動の著しい後退を象徴していると私は思う」という箇所を読んで、井上さんは、おそらく「キレ」ているな、と思いました。
 
以下、井上澄夫さんのエッセイの全文(ただし、改行は引用者の恣意)。
 
「内地・外地」という言葉はもうほとんど使われないが、私が子どもの頃、九州の田舎では親戚が集まるとよく聞いたものである。「シナ」や台湾などの「外地」から引き揚げた家族が多かったからである。旅行代理店に置いてあるチラシを眺めると、グアム・サイパンや香港のチラシに沖縄が混じっている。そこでいつも思うのは、「本土」の大多数の人びとにとって沖縄は〈海外〉なのではないかということだ。その〈海外〉認識には実は戦前の「内地・外地」という区分け意識が投影されていて、漠然とではあれ、沖縄は「外地」と感じられているのではあるまいか。戦前、沖縄は大日本帝国の版図に含まれていたものの、小学唱歌「蛍の光」の歌詞4番はこうだった。〈千島のおくも、沖縄も、八洲(やしま)のうちの、守りなり。/至らんくにに、いさおしく。つとめよ わがせ、つつがなく。〉つまり、沖
縄は「内地」を守る防人(さきもり)役をつとめるべき国内植民地だったのだ。そして実際沖縄は、アジア・太平洋戦争の末期、「本土決戦」を準備する時間稼ぎのため、日米の凄絶な地上戦に巻き込まれた。沖縄を「海外」「外地」と感じるこの植民地本国人意識は戦後の始まりの時期に完全に拭い去られるべきだったが、今も地をはう霧のように漂い、安倍政権による構造的沖縄差別政策を支えている。
 
安倍首相は現在、「尖閣」有事(戦争)に備えるため、南西諸島の奄美大島・宮古島・石垣島・与那国島への派兵を急いでいる。与那国への陸自・沿岸監視部隊配備(固定式レーダー設置)はすでに駐屯地の建設に着手している。さらに最近、奄美大島に防衛副大臣がおもむき地元2自治体の長に陸自・警備部隊の常駐を打診した。6月11日には同副大臣が宮古島を訪問し、宮古島市長に同部隊配備の計画を説明する。そして同種の工作が石垣市長に対してもおこなわれることは確実である。だが、沖縄の現状に関心をもつ人でも、その関心はどちらかといえば、辺野古新基地建設や東村高江区でのオスプレイ・パッド建設に向けられていて、目下強行されている琉球弧(奄美・沖縄)への自衛隊派兵に対する関心はまだ低い。それは在日米軍基地の74%(専用面積比)が集中
する沖縄の〈米軍〉に関心が集まっているということだ。日米両政府はオバマ政権のアジア重視リバランス(再均衡)戦略に沿って両軍の軍事一体化を急速に進めているが、「本土」の反戦運動では自衛隊の存在を根本から問わず、現に眼前で展開されている自衛隊の動きに目をそむける人が少なくない。それは「憲法9条を守れ」と主張しながら同条第2項に明記されている〈戦力不保持〉、すなわち〈非武装〉に触れない人が多いことと連動する事態であるにちがいない。
 
過日、「自衛隊に触れるならまず『自衛隊さん、ありがとう!』と言いましょう」という声がある反戦・反基地グループから上がったという話を聞いて一瞬耳を疑った。東日本大震災時の自衛隊の災害派遣を評価してのことらしいが、こういう親軍論調が反戦運動内から浮上することは戦後反戦運動の著しい後退を象徴していると私は思う。しかし、反米軍には熱心でも自衛隊となると腰が引けるようでは、安倍政権・防衛省による〈琉球弧の要塞化〉を阻止し「尖閣」戦争を防止することはできない。5月15日、安倍〈好戦宰相〉が解釈改憲の強行を宣言したが、そのとき沖縄戦の体験者たちが「また捨て石か」とうめきつつ反応したことに「本土」の私たちはもっと敏感であるべきである。」(「『尖閣』戦争を準備する琉球弧への自衛隊侵出を阻止しよう!!」井上澄夫 2014/06/12
 
以下は、冒頭の辺見庸の「日録21」(2014/06/12)の続き。辺見の文も冒頭のSさんに負けず「あまり上品」とはいえない(「ていふか、下品」な)箇所もあります。しかし、まあその辺は文意(文意そのものは高尚です)を察していただきたいと思います(なにしろ「日録」ですから。改行は同じく引用者の恣意)。
 
「ふーむ。「ブラジルのストをディスりやがった」の「ディス」るというのがわからないが、ま、大意はとおる。Sはサッカーがらみの短篇を書いたことがあるくらいのサッカー好きなのだが、ここはキッチリ筋をとおしたといふことか。
 
時期が時期である。なるべく巨視的でありたい、おおきくかまえたいとはおもふ。けれど、わたすぃもキレかかった。「シュプレヒコールもプラカードも党派性もない、明るく身軽なパレードをやりましょう」といふ呼びかけ。サンバカーニバルじゃあるまいし、アホかとおもうが、ここはぐっとこらえる。まあよひではないか。やったんさい。安倍政権に反対し、集団的自衛権行使にむけた解釈改憲に反対するために、ひとりびとりが悔いないようになにかしましょう、というのだ。ええことではないか。よかですたい。市民ひとりびとりが悔いないように自由に屁えこくなり、パレードするなりしてりゃいいのである。でも、内心いやだなあとかんじている。年甲斐もなくからみたくなる。〈シュプレヒコールもプラカードもアジ演説もメットもゲバ棒も火炎瓶も党派性もある、暗くて重苦しい首都大流血デモ〉じゃ、なして、なじょして、どぼじで、あかんのか、われ。と言ひたくなるが、わたひ、ご老人、よう言わん。微笑む。にっと笑ふ。キレなひ。ひひひと笑ふ。
 
吉本隆明が言った〈市民主義ファシズム〉というのをおもいだす。あのひとは〈市民主義ファシズム〉といふのを嫌った。どうかすると、天皇制ファシズムよりも、〈市民主義ファシズム〉やスターリン主義を嫌った。ほとんど反動的なほど嫌った。それでいて、イトイ・シゲサトはOK牧場。いみ、わかんなひ。この期におよんで、野音あたりで、えっらそうに正義の味方面する進歩的文化人とやらを吉本は終生軽蔑した。わたすぃは、でも、そんなに狭量ではなひ。なにもやらないことの正当化はしない。ええではないですか。
 
円い縁の眼鏡かけて、しみったれた自己主張みたく、スタンドカラーのワイシャツ着はって、たったあれぐらいの徹頭徹尾スカスカの話をアドリブもようできんで、わざわざ手書きの原稿、読みあげるおっちゃん、えろ、ええやんけ。なんせノーベル賞作家やで。ええにきまっとる。善人面、被害者面、市民の味方面、苦悩する知識人面、それらの全般的うそくささが、ナウいんやなひ?
 
でもなあ、党派性なく、明るく、身軽なパレードって、とことんワヤやね。人間てのは、寝ぼけてても屁えこいててもエッチしてても、寝ぼけかた、屁のこきかた、エッチのしかた、それらの無意識的方法に、われしらず、政治性も党派性もついにじませてしまうものなのだ。
 
「シュプレヒコールもプラカードも党派性もない、明るく身軽なパレード」じたい、じつのところ、とてつもなく政治的、党派的で、無自覚に暗く、抑圧的で、それゆえに権力的なのである。などと、わたしはもう言わない。微笑む。オホホホ…(引用者注:「日録」2014/05/25参照)。ただ惨めに世界に存在させられているだけの、死にぞこないのジジババにはいま、歴史的課題がつきつけられている。どのように暴力的にキレまくるか、怒りまくるか、だ。などと言いませぬ。だいじゃうV、キレたって、どうせ全員ニンチあつかいですもの。(以下、省略)辺見庸「日録21」2014/06/12
 
以上、お三方の人の「斬り方」、あるいは「キレ方」。井上澄夫さん(市民ジャーナリスト)と辺見庸(作家)はおそらく同年代と思われます。カフェバーのマスターは、辺見が早稲田で客員教授をしていたのは10年ほど前のことですから、卒業して10年経ったとしてもまだ30代になったばかりというところでしょう。
 
お三方の「キレ方」を引用したのは、もちろん、まったく同じというわけではありませんが、私にも同様の思いがあるからです。
 
井上さんの「自衛隊に触れるならまず『自衛隊さんありがとう!』と言いましょう」という声がある反戦・反基地グループから上がったという話を聞いて一瞬耳を疑った。(略)こういう親軍論調が反戦運動内から浮上することは戦後反戦運動の著しい後退を象徴していると私は思う」という思い、辺見の「シュプレヒコールもプラカードも党派性もない、明るく身軽なパレード」批判は私の思いにも共通するところ大です。
 
この記事はお三方の引用を借りた私のいまの革新運動への強い「現状」批判でもあります。

そして、むろん、このいまの革新運動の「現状」は、いまの脱原発運動の革新運動と同様に「党派性なく、明るく、身軽な」問題(すなわち、「じつのところ、とてつもなく政治的、党派的で、無自覚に暗く、抑圧的で、それゆえに権力的な」問題)とも当然無縁ではありません。そのことも指摘しておきたいと思います。
 
なお、辺見の「明るく身軽なパレード」批判の一端は下記を参照されればいくらかはご理解いだけるものと思います。
 
・資料:辺見庸『抵抗はなぜ壮大なる反動につりあわないのか』(『世界』2004.3月号)(
・資料:辺見庸『抵抗はなぜ壮大なる反動につりあわないのか』(『世界』2004.3月号)(
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