下記は「2011年都知事選の革新統一のために(1)」でご紹介させていただいた拙文(手紙)に対する筑紫哲也さんからの8年前の返信です。これも来年春の東京都知事選における革新統一のための参考資料としてエントリしておきたいと思います。

同返信には筑紫さんの政治的感性とともにそのお人柄がよく現れています。そのことをご紹介するだけでも意義のあることだろうと思っていますが、同返信の中で筑紫さんは次のように言っています。

「今年に入ってからの県庁所在地の市長選挙や尼崎市の例を見ても、状況は動いていると思います。政党や官僚は今や、ネガティブ・ワードと化しています。無名の新人に十分、チャンスはあると思います。」

この筑紫さんの言葉は、先のエントリでもご紹介した「知事候補は知名度で選ぶのではなく政策が必要。今は無名でも押し上げる事が出来る」という新東京政策研究会事務局長の進藤兵都留文科大学教授の発言とも相呼応するものといってよいと思います。

ただ、上記の進藤兵都留文科大学教授の発言に私としてひとこと付加しておきたいのは、有名無名にかかわらず、党派や思想、信条の違いを超えて結集できる人が都知事選候補者としてふさわしい人材であるということはいうまでもないものの、一昨年、昨年の年越し派遣村村長だった湯浅誠さんはそのそう多いとはいえない人材のおひとりである、ということだけは言ってよいことではないか、ということです。

なお、いささか手前味噌ながら先のエントリでご紹介させていただいた私の拙文(手紙)は、「一度だけ心動かされた」出馬要請だった、いつか筑紫さんがそのように語っていた、と筑紫さんとNews23でご一緒に仕事をされていたあるTBS記者の方から筑紫さんの死後に手紙(メール)で教えていただいたことがあります。私はもちろんここでそのことについて自慢したいのではありません。人の熱意はそれが熱意そのものであるならば、有名無名ということにかかわらず、邪気のない熱意そのものとしてよく伝えうるものだ、ということを私は言いたいのです。立候補を薦められる人も立候補を薦める人も無名であってよいのです。人が心をうたれるのはその人の志であるだろう、ということを。

以下は筑紫さんからいただいた返信の全文です。

                                                                                                                        2002年12月16日

われ=われ・ネットワーク世話人
東本高志様
                                                                                                                              筑紫哲也

前略

先日は失礼しました。

帰京後、事務所の郵便物を調べ、留守宅(公表されている私の住所ですが、現在はほとんど帰っていません)にも問合せてみたのですが、折角のお便りを見付けることはできませんでした。

ただ、そちらからいただいたコピーで、内容を知ることはできました。それを読むひまもないうちに、毎日、朝日、読売の記者がやって来て取材を受けたために、ご返事が後先になってしまい申し訳ありません。

お申し越しの趣旨はよく理解できます。私についても意を尽くしたお言葉をいただき、恐縮致します。

地方自治、市民、個と個が手をつなぐ「われ=われ」の考え方にも共感する部分が大です。それに、事実上の無競争選挙ということにでもなれば、有権者の選択の権利が奪われ、民主主義にとっても、政治参加の面でもよいことではありません。

にもかかわらず、今回もお断りしなくてはならないのは、以下の理由からです。

1)適格性がない。

私は政治記者として経歴を始めた者ですからこの世界のことを通常の人よりも多少よく知っています。が、好きになったことは一度もありません。それに、「政治」は政界だけにあるのではなく、身の回りにも全ての局面で「政治」はあります。直接には(私の場合)「社内出世」のこともそうです。私はそのことを十分知った上で、ある時からそこから「降りる」決意を固めました。そこに使うエネルギーがもったいなくて、他にやりたいことが多々あったからです。性格的にも、「政治」が求める非情さに欠けていると思ったからでもあります。

2)意思がない

本来は志があって政治の世界に足を踏み入れながら、次第に人相も動作もいかにもそれらしく変っていく人たちを私はたくさん見て来ました。それは私のなりたい変容ではありません。私はエラクなりたくないのです。それに私が人生の時間の使い方として、もっとも苦手とし、嫌いなのは、「会議」と「儀式(セレモニー)」です。この二つから逃げ回って生きて来たのです。

3)今の仕事を続けたい

本当はこれは正確な言い方ではありません。人生の残り時間が限られて来て、同年配の人たちは悠々自適をしているのを横目で見ながら本来、怠け者で遊び好きの自分がなぜこんなきつい日常を送らなくてはならないのかと思うことがあります。

いちばんの理由は、ジャーナリストという仕事をたまたまやって来た者としての「世代責任」です。この責任はだれもが、来たるべき世代に対して負っているものですが、たまたま自分はこういう立場にいる以上、やれることはやらねばならないということです。

最近、私は会う人毎に、「この国は大丈夫か」と問い続けています。大丈夫という説得的な答が見付かれば、何時でも退場したい気持ですが、事態はむしろ逆の方向に向かっているようです。だとすれば、自分のやれることを自分が向いていると思うポジションにいてやるしかないでしょう。それが、私の場合は今いる場所ということになります。「向いている」と言っても、相対的なものに過ぎませんが。

以上のような理由が折角のお申し出をお受けできない主たる理由ですが、今年に入ってからの県庁所在地の市長選挙や尼崎市の例を見ても、状況は動いていると思います。政党や官僚は今や、ネガティブ・ワードと化しています。無名の新人に十分、チャンスはあると思います。

ご期待に沿えないのは心苦しいのですが、われ=われネットワークのご健闘と発展を祈念いたします。
                                                                                                                                  敬具

注:筑紫さん用便箋に4枚。筆書き。読みやすさのために適宜1行分の空白を設けましたが、その他は原文のままです。
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