マンガ「美味(おい)しんぼ」(雁屋哲作・花咲アキラ画)鼻血描写問題について私もひとこと述べておきたいと思います。

私がこの問題を取り上げようとするのは、たとえば、「鼻血が出る」という症状を「福島(近辺)」で鼻血を出したというだけで福島原発事故との因果関係を疑うというのではなく、なんの因果関係も明らかでないまま、かつ、放射能の専門家(放射線・放射線医学)がその因果関係を科学的な見地から否定しているにもかかわらず、自分たちの意に添わない専門家はすぐに「御用学者」と決めつけ、ほとんどの(すべてといってよい)病理現象を放射能のせいにしようとする非科学的、あるいはエキセントリックな態度がいかに脱原発運動を国民的規模の運動にしていくための妨げになっているか。また、政治的な革新運動の「統一」の妨げになっているか、という視点からです。私は、これまでも、いわゆる「放射能デマ」問題が脱原発運動と政治的革新運動をいかに歪めているかという点について繰り返し述べてきました。以下の記事はそうした私の視点の一環として書いているものです(あるメーリングリストへの投稿文をおおむねそのまま記事にしたものですから意の通らないところもあるかと思いますが、その点はご容赦ください)。
 
私が「放射能デマ」もしくは「放射能デマに相似するもの」と思っているのは、このCML上の最近の発言だけに限ってみれば、たとえば次のような発言です(2、3の例。以下、CMLは公開型のメーリングリストにつき実名(もしくはハンドルネーム)はわかる形で掲げます)。
 
T.Hさん wrote:
> 重要なのは、「鼻血多発」は否定できないと言うことです。
> 詳しいことはこちらをご覧ください。↓
http://hinankenri.blog.fc2.com/blog-entry-100.html
 
注:しかし、「詳しいことはこちらをご覧ください」と記されている上記のサイトを見ても「「鼻血多発」は否定できない」とT.H氏が断言する「事実」はなんら確認できない。なんら確認できない「事実」をもって「事実」と称するのはデマに相似する行為というべきでしょう。
 
M.Oさん wrote:
> 四面楚歌を覚悟して事実と向き合って真実を伝えて下さる首長や心ある
方々
> 井戸川さん、鹿児島に度々いらして真実を伝えて下さっ(た)。
 
注:上記は、漫画「美味しんぼ」の中で井戸川克隆・前福島県双葉町長が「(鼻血は)私も出る」「福島では同じ症状の人が大勢いる。言わないだけ」などと発言していることの擁護発言ですが、美辞麗句を並べて「事実」や「真実」というだけで、肝心の「事実」と「真実」の中身はなんら証明されていない。こうした発言も「信憑性のないもの」を「信憑性があるもの」のように拡散するという点でデマに相似する行為と呼んでいいものです。
 
M.Oさん wrote:
> 2011年の初夏に私も鼻血を出しています。掃除の最中に。鼻血など近年、
まったく経験していなかったのに。
その後はまったくありません。この時の
一度だけ。
 
注:M.O氏は上記で福島原発事故と自身の鼻血には因果関係はあるとは言っていません。しかし、いかにも因果関係があるかのように言う。因果関係が証明されないものを因果関係があるかのごとく拡散する行為も一種のデマ拡散行為といえるでしょう。
 
私は上記のような行為を「放射能デマ」もしくは「放射能デマに相似するもの」と言っています。
 
Hさん wrote:
> しかし脱原発・反原発の人の主張の間違いは大目に見ることを基本とし
ています。
 
私が例としてあげた上記のような発言を「大目に見」てきたことが「これまで放射能研究者や医学者たちが低線量被ばくの危険性について警鐘を鳴らしてきたことがまったくといってよいほど無視されている大きな原因になっている」「放射能デマの拡散、流布がいかにこうした低線量被ばくの危険性を無視、あるいは否定する論者たちに無惨のさまで都合よく利用されているか。その悪影響がこのシンポジウムの講演でも見てとれます。まさに無残なさまです」というのが私の認識です。

次にあなたの言う「科学的態度」ということについて少し述べておきます。
 
Hさん wrote:
> 放射線は免疫機構を容易に壊し、がん以外の病気も多発させることを
知っていれば、「福島で鼻血を出す子
が続出し、下痢、頭痛が止まらな
い子が大勢いる」あるいは「娘の友達が何人も白血病の初期症状と診
断さ
れ、甲状腺の異常が見つかった」などは、ことばのすべての細部
にわたってそれらが事実かどうかはさてお
き、そのような事態が部分的
にはたとえあっても何ら不思議でもなんでもないと考えるのが科学的態
度です。
 
上記についてはあなたの引用される放射線影響研究所(放影研)の「免疫系に及ぼす影響」という記事には次のように記されています。
 
「免疫細胞は放射線に弱くて死にやすいことが知られている。これは、成熟Tリンパ球およびBリンパ球(適応免疫をつかさどる長命な白血球)に誘発されたアポトーシス(細胞のプログラム死)や、単球および顆粒球(先天免疫をつかさどる短命な白血球)の前駆体である骨髄幹細胞ならびにナチュラルキラー細胞(先天免疫をつかさどるリンパ球)の致死的な傷害によるものである。」
 
「(しかし)被爆後2カ月くらいすると、骨髄幹細胞は回復し、この頃までには感染症による死亡も終息した。1980年代から行われている被爆者についての調査では、単球、顆粒球およびナチュラルキラー細胞の異常は認められていない。つまり先天免疫に対する放射線の障害は被爆後の早い時期にのみ生じたようである。」
 
「しかし、CD4ヘルパー Tリンパ球(抗原特異的免疫をつかさどる主要なTリンパ球サブセット)の回復にはもっと時間がかかり、CD4 T細胞の回復は不完全であったことが示されている。(略)以上の傾向は加齢に伴う傾向と類似しており、放射線被曝が免疫系の老化を促進している可能性が示唆される。」
 
上記には放射能被ばくの「免疫系に及ぼす影響」について以下の3つのポイントが記されています。
 
(1)免疫細胞は放射線に弱くて死にやすいことが知られている。
(2)しかし(疫学調査によると)先天免疫に対する放射線の障害は被爆後の早い時期にのみ生じる。
(3)しかしまた(疫学調査によると)放射線被曝が免疫系の老化を促進している可能性が示唆される。
 
あなたは放影研の放射能被ばくの「免疫系に及ぼす影響」に関する3つのポイントのうち(2)のポイントを抜かして(1)と(3)のポイントのみとりあげて「放射線は免疫機構を容易に壊し、がん以外の病気も多発させる」「放射線は老化を促進させる」ということを強調します。しかし、こうした態度はあなたの言う「科学的態度」とは言いません。先天免疫に対する放射線の障害は被爆後の早い時期」を除いて生じないという医学的、疫学的知見を無視して自身の「意見」を構成しているからです。こうした態度は科学者たちからも一般の人たちからも「主観」的な態度として科学的な見解とはみなされないでしょう。
 
放射能被ばくが「免疫系に及ぼす影響」については以下の3人の専門家が次のような知見を述べています。
 
野口邦和・日本大准教授(放射線防護学): 急性放射線障害になれば鼻血が出る可能性もあるが、その場合は血小板も減り、目や耳など体中の毛細血管から出血が続くだろう。福島第1原発を取材で見学して急性放射線障害になるほどの放射線を浴びるとは考えられず、鼻血と被ばくを関連づけるような記述があれば不正確だ。(毎日新聞 2014年04月29日)
 
立命館大の安斎育郎名誉教授(放射線防護学): 放射線影響学的には一度に1シーベルト以上を浴びなければ健康被害はないとされるが、心理的ストレスが免疫機能に影響を与えて鼻血や倦怠感につながることはある。福島の人たちは将来への不安感が強く、このような表現は心の重荷になるのでは。偏見や差別的感情を起こさない配慮が必要だ。(同上)
 
福島県放射線健康リスク管理アドバイザーの高村昇長崎大教授:事故直後から現在に至るまで、県内の一般住民は急性放射線症が出るような線量の放射線を被ばくしていません。鼻血は種々の原因によって起こることが知られていますが、少なくとも福島県内における鼻血が放射線被ばくによるものであるとは考えられません。(福島民報 2014/05/04 )
 
上記の3人の専門家の意見は表現の違いはありますが意見の違いはなく、みなさん同意見のように私には見えますが、そのうち立命館大の安斎育郎名誉教授の見解が今回の漫画「美味しんぼ」の原発取材後の鼻血や倦怠感の症状をよく説明しえているように私には見えます。すなわち、安斎名誉教授は次のように言います。「放射線影響学的には一度に1シーベルト以上を浴びなければ健康被害はないとされるが、心理的ストレスが免疫機能に影響を与えて鼻血や倦怠感につながることはある」。今回の「美味しんぼ」の筆者のかかった症状、あるいはHさん(山梨)の報告の中にあった「山梨大の研究者の方は、行くたびに「鼻血」を出し、僕は、頭が痛くなっていました」という症状はそういうことではないか、と私は思います。放射線及び放射線医学の専門家が揃って「福島県内における鼻血の症状と放射線被ばくの影響」の関係性を否定している以上、素人としてもっとも納得のいく説明は「心理的ストレスが原因で免疫機能が低下することがある」という説明です。
 
ちなみに環境省は昨日付けで「事故が原因で、住民に鼻血が多発しているとは考えられない」とする見解を自省のホームページに掲載しています。以下はそのことを伝える報道と環境省の見解です(環境省の見解は相応の専門家の知見を総合したものと考えられます。「御用学者」の意見を集めた見解にすぎないなどと批判する前にまず虚心坦懐にその見解に耳を傾けるという姿勢が大切だと思います。批判があれば虚心坦懐に耳を傾けた後に論理的に批判すればよいことです)。
 
環境相「鼻血と事故、因果関係ない」 美味しんぼ表現で(朝日新聞 2014年5月9日)
 
週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)に連載中の漫画「美味しんぼ」で、主人公の新聞記者が東京電力福島第一原発の取材後に原因不明の鼻血が出た様子が描かれたことに関し、石原伸晃環境相は9日の記者会見で、「風評被害を呼ぶことがあれば、あってはならないこと」と述べた。
 
また「専門家によって、今回の事故と鼻血に因果関係がないと既に評価されており、描写が何を意図しているのか全く理解できない」と語った。
 
環境省は、放射線の健康影響調査や除染などを所管している。担当者によると、事故直後からの福島県の調査では、鼻血や疲労感が出るほどの被曝(ひばく)をした人がいないとされる。同省は広がる不安の声に応えるとして8日、「事故が原因で、住民に鼻血が多発しているとは考えられない」とする見解をホームページに掲載した。
 
放射性物質対策に関する不安の声について(平成26年5月8日 環境省環境保健部)
 
東京電力福島第一原子力発電所の事故による被ばくにより、確定的影響の1つとされる疲労感や鼻出血といった症状が多数の住民にあらわれているのではないかとご不安の声をいただきましたので、このような不安による、不当な風評被害が生じることを避けるとともに、福島県内に住んでおられる方々の心情を鑑みて、環境省としての見解を以下のようにお示しいたします。
 
◦国連(原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR(アンスケア))が、これまでの知見に基づき公表した「2011年東日本大震災と津波に伴う原発事故による放射線のレベルと影響評価報告書」(平成26年4月2日公表)によれば、住民への健康影響について、「確定的影響は認められない」とされています。
 
◦東京電力福島第一原子力発電所の事故の放射線被ばくが原因で、住民に鼻血が多発しているとは考えられません。
 
<参考>
◦放射線の人体への影響には、影響が生じるメカニズムの違いにより、「確定的影響」と「確率的影響」があります。確定的影響は、臓器や組織を構成する細胞が大量に死んだり、変性したりすることで起こる症状で、高線量を短時間に被ばく後、数週間以内に現れる影響である急性障害もこれに含まれます。
 
◦確率的影響と異なり、確定的影響の特徴は、これ以下なら影響が生じない、これ以上なら影響が生じるという「しきい値」が存在することです。造血機能低下(白血球や血小板が作られなくなる)は約500mGy(0.5Gy)以上で現れるとされ、鼻血の誘因となる出血傾向が生じるのは、それより高い被ばく線量です。吐き気、嘔吐、脱力感は1000mGy(1Gy)未満では現れないとされています。
 
◦鼻血の原因は数多くあり、その鑑別には鼻腔の診察や、場合によっては血液検査が有効です。確定的影響が生じるほどの高い線量の被ばくを全身に受けた場合、鼻血だけでなく、鼻粘膜の広範囲な障害、全身の内出血、頭髪の脱毛などが生じることもあります。被ばく線量の推計や被ばくから症状発症までの経緯とともに、これらの症状を総合的に評価する必要があります。
 
◦また、福島県が実施している県民健康調査では、内部被ばく・外部被ばくとも、以下に示す結果となっており、これまでの科学的知見では「放射線による健康影響があるとは考えにくい」と評価される範囲となっています。疲労感・鼻血といった症状と被ばく量との関係が既に知られているほどの被ばくをされた方は確認されていません。
•外部被ばく線量は、99.8%が5ミリシーベルト未満、99.9%以上が10ミリシーベル未満
•内部被ばく線量は、99.9%以上の方が1ミリシーベルト未満
 
(注)シーベルト(Sv)とグレイ(Gy)の関係についてGyは、物質が放射線から受けるエネルギー量を表す量であり、Svは生体が放射線から受けたエネルギーによって起こる影響を表す量です。それらの関係は係数をかけて換算することとなるが、X線、ガンマ線及びベーター線は係数が1であるため、数字としては同じになります。ただし意味合いは異なります。

また、「福島県で鼻血が多発している」という指摘については、漫画「美味しんぼ」の中で井戸川克隆・前福島県双葉町長が「(鼻血は)私も出る」「福島では同じ症状の人が大勢いる。言わないだけ」などと発言していた当の双葉町役場が先日、そうした「事実」は存在しないことについて以下のような抗議の見解を発表したことはご存じのとおりです。
 
小学館発行『スピリッツ』の『美味しんぼ』(第604話)に関する抗議について(福島県双葉町 2014年5月7日)
 
平成26年4月28日に貴社発行「スピリッツ」の「美味しんぼ」第604話において、前双葉町長の発言を引用する形で、福島県において原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢いると受け取られる表現がありました。
 
双葉町は、福島第一原子力発電所の所在町であり、事故直後から全町避難を強いられておりますが、現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません。第604話の発行により、町役場に対して、県外の方から、福島県産の農産物は買えない、福島県には住めない、福島方面への旅行は中止したいなどの電話が寄せられており、復興を進める福島県全体にとって許しがたい風評被害を生じさせているほか、双葉町民のみならず福島県民への差別を助長させることになると強く危惧しております。
 
双葉町に事前の取材が全くなく、一方的な見解のみを掲載した、今般の小学館の対応について、町として厳重に抗議します。
 
平成26年5月7日
福島県双葉町


また、「福島県で鼻血が多発している」という前双葉町長の発言については、双葉町役場のほかにも以下の人たちも福島県在住者、また、福島県出身者として疑問と批判の弁を述べています。おふたりの弁をご紹介しておきます。
 
「美味しんぼ問題」に関して福島県出身者として思うこと(広島県広島市の弁護士 石森雄一郎 2014.04.29)
 
「私は,震災後2年以上,福島県郡山市に住み続けており,原発事故後も外に出る機会は通勤のみならず幾度となくありました。平成23年4月上旬には,ほとんどのの村民が避難していた飯館村の極めて高い放射線が計測されている地域に仕事の関係で入ったこともありました。震災後,沢山の福島県人と会い,いろんな話をしてきました。統計的資料などが私の手元にはない以上,私自身の実体験に基づいた話しかできませんので,私が直接見聞き,体験したことを書きます。」
 
「結論から言うと,原発事故後,福島県に2年以上住み続けて,私自身が原因不明の鼻血が出た,一緒に仕事をしていた人に同様の症状が出たということはありませんでした。また,福島県に住んでいた時に,福島県内にとどまっていた人から「福島県に住み続けて原因不明の鼻血が出やすくなった」という噂は,原発から20㎞圏内に住んでいた被災者からも含め,一度も聞いたことはありませんでした。ですから,福島県人に原発事故後,原因不明の鼻血が出ることが多発しており,その様な事実を福島県人が「言わないだけ」ということがあるなどということは,私は全く認識していません。私の震災後の実体験,見聞きしたことからすると,この美味しんぼの内容については,非常に疑問を持っていますし,この中での前双葉町町長の話も「本当なのか!?」と一般読者以上に困惑を感じているのが正直な感想です。」
 
双葉町からいわき市の仮設住宅に避難する直売所経営松本正道さん(50)(福島民友 2014年4月30日)
 
「原発事故以降、双葉町には何度も入っているが、鼻血や体のだるさを覚えたことはないし、周囲でそのようなことを訴えている人もいない」
 
「多くの人が読む有名な漫画だからこそ、原因がはっきりしないことを書いてしまえば、あたかもそれが真実なのだと誤解される恐れがある。一町民として、極めて遺憾に思う」
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