伊藤力司氏(元共同通信論説副委員長)の「悪者はロシアか―ウクライナ危機」というJCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」(2014年3月25日号)に掲載された記事は、確かな視点も持たないまま欧米メディアの垂れ流すロシア「悪漢」説に付和雷同して記事を書く商業メディア記事が横溢する中で、「欧米側が仕掛けた『新冷戦』で追い込まれたロシアが抵抗しているのが真相だろう」とウクライナ危機の本質を喝破するもので、記者としての視点の気鋭さが光っていました。そう長くはないので、以下にその記事の全文を掲げます。
 
欧米メディアの影響が強い日本では、今回のウクライナ危機はもっぱらロシアが悪者視されている。しかし、欧米側が仕掛けた「新冷戦」で追い込まれたロシアが抵抗しているのが真相だろう。冷戦終結後20余年を経て、西側とロシアはまだ争っているのだ。
 
  2月初め ヌーランド米国務次官補(欧州・ユーラシア担当)とパイエト駐ウクライナ米大使の電話会談がユーチューブに流れた。この会談で、ウクライナのヤヌコビッチ政権が反政府運動を弾圧した場合に経済制裁すべきだと米国が主張したのにEU(欧州連合)側が反対したことが語られ、ヌーランドがEUを「くそったれ」と罵倒したことが暴露された。
 
この電話会談は、米・EU間に意見の違いがあるにせよ欧米がウクライナの反政府デモに深くコミットしていたことを明るみに出した。ウクライナは2004年のオレンジ革命でロシアの衛星国からEU(欧州連合)寄りに転じたが、プーチンのロシアにとって「ユーラシア経済同盟」に不可欠の存在だ。この国はこの10年間、欧露の綱引きの対象だった。
 
  ヤヌコビッチ前大統領が昨年10月にウクライナとEUの協約締結の方針を変えたのは、ロシアが150億ドルの投資と天然ガスの安値販売を持ちかけたからだった。ウクライナにとってロシアは貿易の3割を占める最大の相手国で、貿易赤字の大半はロシア向けである。
 
  しかしこの背信を見た反政府側は、欧米の支援を得て首都キエフで連日のデモを展開。年を越してもデモの勢いは衰えず、むしろネオナチ系の反政府過激派が武力行使に走り、政府側がデモ制圧に軍を動員するに至った。その結果100人を超す死者が出るに及び、与党議員の多数から不信任を突き付けられたヤヌコビッチ前大統領は逃亡した。
 
  ウクライナの多数を占める親欧米派は勝利に沸いたが、人口の6割がロシア系のクリミア半島は収まらず、独立・ロシアへの併合に動いた。欧米はこれを非難し、ロシアに対する経済制裁を発動したが、元々がロシア領だったクリミアがロシアに帰属するのは自然な動きである。クリミアの帰属問題で、欧米はロシアと妥協せざるを得まい。(「悪者はロシアか―ウクライナ危機=伊藤力司」Daily JCJ 2014年03月24日)
 
しかし、その気鋭の記事を書いたはずの伊藤力司記者が同紙2014年4月25日号の「複雑怪奇なウクライナの内情」という記事では「オバマ米大統領の懇願を無視してクリミアのロシア編入を実行したプーチン・ロシア大統領」などというフレーズで一方的にプーチンを批判する自身が批判する「西側」記者まがいの記事を書いています。
 
そのプーチン批判が真実を穿っているのならば、むろん、同プーチン批判は、記者として当然の所為ということはいえます。しかし、冒頭にも掲げておきましたが、同記者は前回の記事では「今回のウクライナ危機は(略)欧米側が仕掛けた『新冷戦』で追い込まれたロシアが抵抗しているのが真相だろう」と書いていました。欧米側が仕掛けた「新冷戦」(ウクライナ危機)というのであれば、その「新冷戦」を仕掛けた側の一方的な主張にすぎない強請を「懇願」などと書くのは記者として適切なニュース・レポートづくりの作法といえるか。「新冷戦」を仕掛けた側の虫のよい「懇願」など無視されて当然ではないか。それを「オバマ米大統領の懇願を無視して」などといかにもプーチンに非があるように書く。ここには前記事との整合的な視点、あるいは論理を見出すことはできません。前記事の視点とのギャップ、というよりも矛盾は甚だしいというべきでしょう。伊藤力司というジャーナリストの視点はジャーナリストとしてのそれではない。ぬるま湯の中にどっぷりと浸かってきた神経の摩耗なしにこういう記事は書けないでしょう。私は伊藤力司という記者のジャーナリスト性を疑います。
 
また、伊藤記者(元共同通信論説副委員長)は「複雑怪奇なウクライナの内情」という今回の4月27日付けの記事では「ロシア系住民が多数を占めるウクライナ東部のドネツク州、ハリコフ州、ルガンスク州ではこの4月から、住民が政府施設や警察署などを占拠する動きが広がっている。彼らはクリミアのようにロシア系居住区、つまり東部と南部がロシアに併合されることを望んでいる。もし彼らの望みが満たされるならば、ウクライナは完全に分裂する」などと根拠の乏しいことも書いています。どうして「彼らはクリミアのようにロシア系居住区、つまり東部と南部がロシアに併合されることを望んでいる」などと判断することができるか?

国際政治学者の六辻彰二氏は、「『ロシアは『第三次世界大戦』を引き起こそうとしている』のか」(BLOGOS 2014年04月26日)という記事の中で、「ドネツクなど東部一帯はロシア系住民が多く、ロシアへの親近感が強いとはいえ、クリミアとは事情が異なります。ロシア語週刊誌がドネツクで行った調査では、ウクライナ内部の分権化や連邦化に賛成の意見が合計で80パーセント近くに上ったのに対して、ロシアへの編入を望むひとは27.5パーセントにとどまりました。他方、ロシアの軍事介入に反対の意見は66.3パーセントにのぼりました」というロシア語週刊誌がドネツクで行った調査を紹介しています。むろん、「この手の世論調査は、一定のバイアスと無縁でなく、無垢のデータとして取り扱うことはできません」が、「ウクライナ東部、南部では、キエフの暫定政権に対する反感は強くとも、ウクライナという枠組みからの離脱には消極的なひとが多い」ことを示唆しています。

伊藤記者はウクライナ東部と南部の住民は「ロシアに併合されることを望んでいる」根拠など当然あげることはできないでしょう。上記の世論調査はそうした判断とはまったく真逆の同地域の住民意思を示しているのですから。こうした根拠のないこと、あるいは乏しい判断を基にして「もし彼らの望みが満たされるならば、ウクライナは完全に分裂する」などとウクライナの危機を通俗的な「西側」記者的見方で煽る。まっとうなジャーナリストのすることとは到底いえません。まして伊藤記者は自ら「民主的ジャーナリスト」を標榜する日本ジャーナリスト会議に所属する記者です。私は、前者の記事と後者の記事の乖離は失礼ながら真の意味でジャーナリスト精神がありやなしやにかかっているように思えてなりません。
 
私は前回、これまでいわゆる「護憲派」からオピニオンリーダーのように祭り上げられることの多かった伊勢崎賢治氏(東京外国語大学教授)を批判する記事の中で「護憲派」を自称する人たちのていたらく、「護憲派」を称するメディアの現状、ていたらくについても批判しておきました。この記事は「護憲派」とはなにか。そのことを改めて問い直す第2弾といってもよいでしょう。
 
以下は伊藤力司氏の後者の記事「複雑怪奇なウクライナの内情」です。
 
複雑怪奇なウクライナの内情=伊藤力司(Daily JCJ 2014年04月27日)
 
昨年11月からの激しい反政府デモにより、今年2月に親露派ヤヌコビッチ政権が倒されて以来、ウクライナ危機はいまだにニュースのトップを飾っている。オバマ米大統領の懇願を無視してクリミアのロシア編入を実行したプーチン・ロシア大統領。冷戦終結後四半世紀を経て、米露は冷戦時代のような本格的対決に踏み切るのだろうか。
 
  ロシア系住民が多数を占めるウクライナ東部のドネツク州、ハリコフ州、ルガンスク州ではこの4月から、住民が政府施設や警察署などを占拠する動きが広がっている。彼らはクリミアのようにロシア系居住区、つまり東部と南部がロシアに併合されることを望んでいる。もし彼らの望みが満たされるならば、ウクライナは完全に分裂する。
 
9世紀半ば、ルーシを名乗る人々がキエフ大公国を建国した。コーカソイド(白人種)の東スラブ人ルーシがキエフに定着したのだ。ルーシとはギリシャ語でロシアのこと。キエフ大公国の弟分だったモスクワ大公国が、後年ロシア帝国やソ連を率いることになる。
 
  キエフ大公国とモスクワ大公国は1240年、ウラル山脈を越えて西進した騎馬民族のモンゴル人に蹂躙され、キプチャクハン国の支配下に。その後、モスクワ大公国を継いだロシアは東と南を征服して大帝国に。一方のキエフ大公国はポーランドやリトアニアに攻め込まれ、ウクライナ西部の穀倉地帯は、ポーランドやリトアニアの宝庫となった。
 
  島国の日本人には想像もできないが、陸の国境に囲まれたウクライナのような国は、常に隣国からの越境侵略に脅かされる。ウクライナは第2次世界大戦中にナチス・ドイツに攻め込まれ、国土の大半を占領された。ナチスに占領されたクリミアの住民のトルコ系タタール人は、スターリンに中央アジアに強制移住させられる悲劇を体験した。
 
  第2次大戦でウクライナ人200万人はソ連軍に参加してナチスと戦ったが、30万人はナチスに加わり、ユダヤ人を迫害した。この流れを汲むネオナチ集団は、米国のネオコンに唆されてヤヌコビッチ政権打倒の中核的役割を果たしていた。ウクライナは複雑怪奇だ。
(JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2014年4月25日号)
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