毎日新聞の本日付けの「風知草」の記事のタイトルは「大きく、どう変わる?」というもの。その記事の書き出しは次のような文章ではじまります。
 
17日朝、東京のホテルオークラで行われた安倍晋三首相の講演の中に、こういうくだりがあった。/「日本とは、時至れば大きく変わる国です」(略)/翌日、くだんの講演を聞いたという知日派のアメリカ人と話すと、彼は達者な日本語で慨嘆した。/「なんであんなこと言うのかって思ったね。あれはマズイですよ……」/なぜ、マズイか。/安倍にしてみれば、経済再生にかける決意を示したまでのことだろう。/が、国際社会はそうは受け取ってくれない。
 
山田孝男記者の言うように17日のホテルオークラの講演で「日本とは、時至れば大きく変わる国です」と語った安倍首相の言説の意図はほんとうに「経済再生にかける決意を示した」ものだったのか? その真偽を確かめるために「首相官邸」のホームページに当日の安倍首相の講演内容がアップされているのでそれを見てみました。
 
ジャパン・サミット2014 安倍内閣総理大臣基調講演
(首相官邸「記者会見」 平成26年4月17日)

安倍首相は「日本とは、時至れば大きく変わる国です」というくだんの言説の前後で要旨次のように講演しています。
 
「日本のフロンティアは、アジア・太平洋すら超え、中南米へ、アフリカへと広がる時代です。であれば、これまでの内向きな姿勢は、完全に捨て去らなければなりません。日本とは、時、至れば、大きく変わる国です。この、1年余りという僅かな間に、私たちは、今述べてきたような様々な改革の必要性を、ごく普通に、議論するようになりました。伝統の良さを大切に残したまま、日本社会は多様性を認める方向に、それも、寛いだ態度で、日本的なやり方で認める方向へ、今加速度をつけて、変わろうとしています。変わらないもの、変えてはならないものもあります。新しい日本の、新しいバナー、「積極的平和主義」を支える、私たちのトラック・レコードのことです。そして、日本の自衛隊。変化する日本で、不易のものとは、こうした私たちの、生き方そのものです。デフレーションが、日本をうつむかせ、ともすれば内向きにしたのだとすると、成長に向かって、再び上を向いて歩きはじめた今、世界の繁栄、安定を支え、安全を自ら担う気概を、私は「積極的平和主義」のバナーに託します。私の言う「積極的平和主義」には、そういう意味を込めています。アベノミクスは、だからこそ、成功させなければなりません。御清聴ありがとうございました。」
 
上記の安倍首相の講演を「経済再生にかける決意を示したまでのこと」とみなすことはできるか。できません。東京のホテルオークラで行われた英誌エコノミスト主催の講演では安倍首相は明らかに「積極的平和主義」の重要性について語っています。

そして、安倍首相の言うその「積極的平和主義」とは、同首相のオトモダチのNHK経営委員の長谷川三千子氏がこの4月15日にあった外国特派員協会での記者会見で「積極的平和主義は、戦争に近づくという危険が常に伴う」「積極的平和主義(略)には、軍事力が(略)論理的に必要」と安倍首相の言う「積極的平和主義」のバナーの意図するところを真率に語っていることからも、同主張は解釈改憲による「集団的自衛権限定容認」論を指していることは「論理的に」ほとんど明らかです。
 
山田孝男記者が右派的な思想のパトス(情動)を持つ自身の素性を再び、三度明らかにした記事として、私たちは以下の「大きく、どう変わる?」という記事を記憶しておく必要があるでしょう。また、ときの権力者の言説に迎合し、その権力と対抗しようとしないジャーナリストの「精神」とはなにか。山田孝男記者は、その「精神」とは、「貧困なる精神」であることをこれもやはり再び、三度私たちの前に明らかにしてくれました。同記者のその「正直さ」については私は評価してもよいと思っています。

風知草:大きく、どう変わる?=山田孝男
(毎日新聞 2014年04月21日)
 
17日朝、東京のホテルオークラで行われた安倍晋三首相の講演の中に、こういうくだりがあった。
 
「日本とは、時至れば大きく変わる国です」
 
講演は英誌エコノミスト主催のイベントの目玉。問題の部分は以下の英訳で世界に発信された。
 
Japan is a country that changes dramatically when the time comes.
 
 
翌日、くだんの講演を聞いたという知日派のアメリカ人と話すと、彼は達者な日本語で慨嘆した。
 
「なんであんなこと言うのかって思ったね。あれはマズイですよ……」
 
なぜ、マズイか。
 
安倍にしてみれば、経済再生にかける決意を示したまでのことだろう。
 
が、国際社会はそうは受け取ってくれない。
 
日本は今、領土・歴史認識・集団的自衛権をめぐる争論の渦中にいる。
 
そういう場面で「イザとなれば、ガラッと変わる国柄でして」と無邪気に言われれば、ギョッとする。富国強兵、世界大戦の20世紀へ逆走か??と警戒されても不思議はない。
 
20世紀においては、国民経済の膨張が帝国主義戦争をもたらした。産業・技術の発展で強力な兵器が量産され、揚げ句の果てが二つの世界大戦である。
 
この講演、「日本を取り戻す」決意は明快だが、地球規模で経済成長の限界が指摘されている中、より大きな課題に対する日本の世界的、歴史的な役割を示しているとは言えない。
 
 
「キッシンジャー『最高機密』会話録」(毎日新聞社)と「周恩来キッシンジャー機密会談録」(岩波書店)は、1970年代の米中秘密交渉の、米側の記録をまとめたものだ。
 
これを読むと、両国の指導者が、「時至れば大きく変わる」日本への疑念をぶつけ合って意気投合の場面が随所に登場する。
 
「日本は、やろうと思えば軍事機構を膨張主義的に行使する経済的、社会的土台を持っています」(キッシンジャー)
 
「日本は、大々的に再軍備すれば、やすやすと1930年代の政策(昭和の戦争)を繰り返すことができるでしょう」(同)
 
「日本はあまりに大きくなりすぎて、自分だけでは収まりきれなくなっています。野心的な軍国主義者は勢力を伸ばしつつあり、軍閥的精神構造も……」(周恩来)という具合。
 
いまや中国こそ、あまりに大きく、野心的ではないかという疑問が湧くが、そのことはおく――。
 
半世紀前の、米中の国益本位の論評とはいえ、百戦錬磨の革命家宰相と、機知縦横の歴史家外交官の日本政治評は興味深い。
 
キッシンジャーはこうも言っている。
 
「日本は戦略的思考をしません。経済的な観点からものを考えます」
 
周恩来はこうだ。
 
「日本の大きな欠点は政治家の一部が近視眼的なことです。しかし、私は、混乱する世界のなかで、大きな度量をもつ政治家が(日本にも)少しずつではじめると信じています」
 
 
経済再生にせよ、集団的自衛権にせよ、安倍政権側から見れば「失地回復」だが、諸外国から見れば「富国強兵」と映る。
 
なぜか。世界全体を見渡す視点が欠けているからではないか。地球は有限で、人類がすべて先進国の豊かさを享受できる展望はない。それなのに自国の経済成長が第一という発信は未熟だと思う。 
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