下記の神奈川新聞の記事を読んでいただきたい。
 
平和の創り方 伊勢崎賢治さん「犠牲者を出す覚悟はあるか」(神奈川新聞 2014.04.05)
 
ここで伊勢崎賢治はどのようなことを言っているか。
 
「(武器輸出解禁について)実のところ、あまり気にしていません
 
「僕は9条そのものを信じてはいない。9条のおかげで平和だというが、そんなのうそ。9条を押しつけてきた米国が守ってくれているから平和だったにすぎない」
 
外交的に使えるから(9条を)守れと言ってるんです。これだけの経済大国で戦争をしない(略)誤解しちゃいけないのは、そのイメージは9条のおかげではないということです」
 
日米両国の利益になる9条を大切にしていかなければならない」
 
「テロとの戦いにおいて日本も集団的自衛権を行使して参戦すべきだと思います」
 
これが2014年4月5日現在の伊勢崎賢治の主張です。とんでもない「平和主義者」だといわなければならないでしょう。
 
伊勢崎は同紙で次のようにも言っています。
 
「『9条は日本にはもったいない』と新聞に寄稿したら、護憲団体から講演に呼ばれなくなりました」。
 
その「『9条は日本にはもったいない』と新聞に寄稿」した記事とは5年前の2009年5月2日の朝日新聞の記事のことです。
 
憲法9条は日本人にはもったいない・伊勢崎賢治/朝日新聞(5月2日朝刊)(薔薇、または陽だまりの猫 2009-05-03)
 
伊勢崎が「護憲団体から講演に呼ばれなく」なったといういわくつきの記事を「薔薇、または陽だまりの猫」ブログはなんの批判的コメントもつけずに、というよりも肯定的に紹介しています(同ブログ主宰者のBARA氏は自身のおめがねにかなわない記事をアップする場合は記事の前に「参考」という語を記すのが常ですが、ここには「参考」という語はありません)。
 
朝日新聞の記者自身もこの記事の「取材を終えて」で伊勢崎を次のように称賛しています。
 
「目力のある人だ。平和から遠い土地で、軍や武装集団を前に命をさらして戦ってきたことがうかがえる。」

この記者の「目力」にも恐れ入ります。
 
また、上記のとんでもない伊勢崎発言が掲載された4月5日付けの神奈川新聞の記事が出た後も「マガジン9」なる「護憲派」のニュース媒体は伊勢崎賢治を「護憲派」のオピニオンリーダーとしてなお奉り元防衛官僚の柳澤協二氏との講演会企画の参加者を募集などしています( 「マガジン9」2014.4.9号)。

マガジン9 
2014年5月25日(日)
13時半~16時(開場13時15分)
@新宿NPO協働推進センター
参加費 2000円(学生1500円)/中学生以下無料
ペア割引(2人で3000円)
 
これが現在の「護憲派」を自称する人たち、「護憲派」を称するメディアの現状、ていたらくです。
 
以下のZED氏の指摘はまったくの正論というべきでしょう。
 
伊勢崎賢治が最近スゲー事になっていた
(Super Games Work Shop Entertainment  2014年04月14日)

自衛隊を丸腰で海外派兵すれば世界は平和になる、という何度考えてもさっぱり意味が理解出来ない珍妙な理論をあちこちで言いふらしている、東京外語大の伊勢崎賢治教授。
 
筆者は最近こんなしょーもない奴の事はすっかり忘れていたのだが、久しぶりにこの男のインタビューを目にして驚いてしまった。何と言うか、もう開き直って行き着くとこまで行っちゃったなと、この男がそれでも今まで目立たないようにしていた凶暴な「戦争屋」としての本性を隠す必要もなくなったんだなと、そんな事がよく理解出来る。まあ、以下の神奈川新聞の記事を読んでほしい。これははっきり言って、読めば即身成仏間違いなしの凄絶さである。「犠牲者を出す覚悟はあるか」って、ここまで来ちゃうと旧日本軍の特攻隊とどこが違うんだって話だろう。そんなに非武装で紛争地域に入って「国際貢献」の犠牲になりたいんなら、てめえが一人でいけ。身勝手な「国際貢献(その実態は日米の国益)」の為に、関係ない民衆に「犠牲」を押し付けるな。伊勢崎という男は大日本帝国の大本営並みに身勝手なクズであろう。
 
http://www.kanaloco.jp/article/69095/cms_id/73812
平和の創り方 伊勢崎賢治さん「犠牲者を出す覚悟はあるか」
 
このインタビューで目を引く「伊勢崎語録」を以下に抜粋。
 
「(武器輸出解禁について)実のところ、あまり気にしていません」
 
「僕は9条そのものを信じてはいない。9条のおかげで平和だというが、そんなのうそ。9条を押しつけてきた米国が守ってくれているから平和だったにすぎない。その現実を直視したくないから、そう思い込もうとしている」
 
「外交的に使えるから(9条を)守れと言ってるんです。これだけの経済大国で戦争をしないし、政府開発援助(ODA)も出す。そういうイメージをつくってきたから成功した。ただ、9条のことは海外ではあまり知られてない。誤解しちゃいけないのは、そのイメージは9条のおかげではないということです」
 
「日本を守ってくれていた米国は元気がなくなっている。それを認識すべきです。2001年から続くアフガン戦争は米国建国以来最長の戦争です。経済は疲弊し、米国は今年中にアフガンから撤退する意向です。平和を引き続き享受したいと思うなら、日米両国の利益になる9条を大切にしていかなければならない」
 
「9条がつくりだした日本の体臭というものがある。9条の下で暮らしてきて好戦性というものがない。戦火に生きる人々はそれを敏感に感じ取るのです」
 
「そういう意味では、テロとの戦いにおいて日本も集団的自衛権を行使して参戦すべきだと思います」
 
要するに伊勢崎の主張というのは、とにかく何が何でも自衛隊を紛争地域に派兵しろという事、そして紛争地域の利権(地下資源や復興ビジネスなど)を食えという事、日本の武器輸出解禁なんて大した事ではないという事、伊勢崎は孫崎享並みの「押し付け憲法論者」であるという事、伊勢崎にとってはそんな米国押し付けの9条など実際に信じてもいない「その程度」の存在だという事、でも「その程度」の9条でも日本という国の「平和な体臭」を醸し出してくれる便利なツールだから徹底的に利用しつくせという事、そして何よりも「米国の利益」の為に9条を利用しろという事だ。
 
米国が勝手に戦争始めて、それで痛い目を見るのは自業自得だろう。むしろ米国はもっと痛い目にあった方が良いくらいだ。そんなアメリカの尻拭いの為に9条を大切にして活用しろだって? アメリカ様に御奉仕する為の憲法9条活用論かよ。日本の護憲派の腐敗堕落は確かにひどいものだが、それでも伊勢崎のようにここまで言い切った奴を見たのは初めてだわ! 本人曰く、最近の伊勢崎は護憲派の集会・講演などから声がかからなくなったらしいが、むしろ意外な感じがする。逆に伊勢崎は今後ますます日本の護憲派(マガジン9条、9条の会など)に重用されるようになるとばかり思っていたのだが。さすがに「9条そのものを信じてはいない」なんてあからさまに言う押し付け憲法論者にコケにされたのは我慢がならなかったのではないか。気付くのが遅過ぎるというか、日本の護憲派はこれまで一体何を見てきたのだと思う。もっとも今や伊勢崎だの佐藤優・孫崎享などの毒にすっかり染まりきった状態で、たかが伊勢崎一匹切った所で何の解決にもならないだろうし、全ては手遅れの感がある。
 
それでもまだ自分は護憲派として9条を守るんだ、日本の軍拡化に絶対反対するんだという意識があるなら、伊勢崎を徹底的に批判すべきだろう。過去に伊勢崎を礼賛したり持ち上げた事がある(これをやった者は左派や護憲派内に山ほどいる!)なら、それも十分に反省すべきである。伊勢崎賢治という戦争屋は、いっぱしの反戦平和主義者として自衛隊の海外派兵を断固許さない立場であるならば、完全否定してもなお余りある存在であると思う。もっともそれを今の護憲派に期待するのは、高嶺の花かもしれないが。
 
誤解のないように言っておくが、伊勢崎の主張とは
 
「とにかく何を差し置いても自衛隊海外派兵(どんなに平和的なPKOであっても文民は駄目。何でもいいからとにかく軍隊・軍人の派遣を!)」
 
「日本と日本人には平和国家という『美しい誤解』のイメージがある。これはオイシイから利用しない手はない(逆に言えば、戦後日本が朝鮮戦争やベトナム戦争その他の国際紛争へ積極的に加担して大きな経済的利益を得たり軍拡化に利用してきた歴史は、そうした「美しい誤解」をぶち壊すので黒歴史にするという事。実際に伊勢崎がこうした戦後日本の戦争加担事例について言及した試しは、筆者の知る限り見た事がない)」
 
「9条は道具だ(だって俺、9条なんて信じてないもん。その程度のもの)」
 
というもので、実は伊勢崎の考え方や目的・目標は今も昔も一貫して変わっていない。安倍晋三が「法も無視して力ずくでゴリ押し派兵」派なら、伊勢崎は「やるんなら法の抜け穴を利用してもっとうまく派兵せんかい」派という事だ。まともな反戦平和主義者なら激昂するか、その下劣なおぞましさに気分悪くなって逃げ出したくなるのが本当だろう。だが伊勢崎は、それでも大体2000年代頃までは露骨な表現を用いず、もっとソフトな語り口で護憲派や左派を自衛隊派兵容認へと誘導する手法をとっていた。今のように「9条そのものを信じてはいない。9条のおかげで平和だというが、そんなのうそ。9条を押しつけてきた米国が守ってくれているから平和だったにすぎない。その現実を直視したくないから、そう思い込もうとしている(この事自体は間違いではないが、海外派兵を追認・正当化する為に言うべき事ではない)」「日本も集団的自衛権を行使して参戦すべき」という極度に露骨な言い方は、表向き手控える傾向が強かったのである。それが変わったのは、やはり何と言っても2011年の3.11であろう。それまで戦後60年以上掛けて比較的ゆっくり進んで来た日本の右傾化と同等の事が、3.11以降はほんの1.2年で進行してしまったのだから。こういう情勢であれば、今までの糖衣に包むような慎重な言い方でまどろっこしく護憲派を海外派兵容認へと誘導する必要はない。あけすけに本音を語っても全然平気。むしろ、それでも海外派兵にアレルギーがあるような旧来の「護憲派」など切り捨てて全然OK、と思い至ったのではないか。それだけ最近の伊勢崎の発言は露骨であり、凄絶である。あまりのおぞましさに、人によっては正視に耐えないくらいだろう。
 
以下、省略(全文は上記URLをご参照ください)
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