浅井基文さん(元外交官、政治学者)の「ロシアの「拡張主義」 -ウクライナ問題における争点④-」。浅井さんは今回は「プーチン・ロシアの大国主義・拡張主義」問題の背景にある「自国の安全を守るにはあまりにも不利な地勢的条件がロシアをして拡張主義に駆り立ててきた」というロシア固有の事情に焦点を当てて、「ロシアをして身構えざるを得なくするような意図・言動を外部が厳に慎めば、ロシアとしても拡張主義に走る必要はなくなる」ことについて、また、「西側特にアメリカに今何よりも求められるのは、ロシアに対して他者感覚を働かせること」の重要性について、中国の論者の主張を紹介する形で主張されています。元外交官としての浅井さんの着目点の公平の観点からの「現実」性には学ぶべきものがあるように思います。
 
ロシアの「拡張主義」 -ウクライナ問題における争点④-
(浅井基文  2014.04.14)
 
ロシアのラブロフ外相は4月11日にロシアのテレビ局のインタビューに答えて、ロシアはウクライナ東南部地域を併合する意図はない、なぜならば、そうすることはロシアの根本的な利益に背くからだ、同地域をロシアに編入する計画はないし、そのような考えはあり得ない、ロシアとしては、ウクライナが各地域の状況を尊重するもとで国家の統一性を保つことを希望するし、連邦制がウクライナの直面する困難な状況を解決すると考える、ウクライナ現政権は国家に対して負っている責任を認識し、すべての地域と対話を行うようにするべきだ、と発言したそうです(4月12日付新華社電)。
 
ロシアのクリミア併合に対しては、ロシアの拡張主義の証拠だとする見方が多いし、そういう見方からすると、ロシアはさらにウクライナ東南部をも併合する野心があるのではないかという警戒感も出て来ます。上記ラブロフ発言はそういう警戒感を踏まえた上で、ロシアにはそういう野心はあり得ないことを強調したものと受けとめられます。
 
私は3月27日と29日のコラムで、「プーチン・ロシアの大国主義・拡張主義」問題について、アメリカと中国の専門家の否定的な見方を紹介しました。
 
中国国内では、ロシアの拡張主義については様々な角度からの分析が行われています。私が興味深く読んだのは、ロシア拡張主義傾向を地縁政治の角度から解説した、何帆署名「ロシアはどのように錬成したのか」という文章です。
 
ロシアの拡張主義を地縁政治の角度から分析する文章は、米日を含めて珍しくありませんが、中国でも地縁政治の角度から国際政治を分析するのは今や主流です。何帆文章もその典型です。しかし、何帆文章について私がそれなりに納得したのは、「ロシアには天性の対外拡張性があり、その対外拡張の根底にあるのは根っからの安全欠如の感覚である」という認識が全篇を通じて貫かれていることです。私流に言えば、自国の安全を守るにはあまりにも不利な地勢的条件がロシアをして拡張主義に駆り立ててきた、ということです。
 
この点を正確に理解すれば、ロシアをして身構えざるを得なくするような意図・言動を外部が厳に慎めば、ロシアとしても拡張主義に走る必要はなくなるということでしょう。今日的に言えば、ソ連崩壊後のNATOの東方拡大ほど愚かな政策はないということです。ウクライナ問題の最大の一つは正にウクライナの対西側傾斜特にNATO加盟にあるわけですから、ロシアが身構えるのはあまりにも当然なことです。西側特にアメリカに今何よりも求められるのは、ロシアに対して他者感覚を働かせることです。
 
ここでは、もう一つ、丁暁星署名の「ロシアのウクライナに対する食欲を西側は誇張している」という文章も紹介しておきます。これは地政学的な立場を押し出したものではありません。しかし、ロシアがウクライナ東部を第2のクリミアにする意図はないとする丁暁星の指摘は私には説得力があるものでした。
 
もう一つこの機会につけ加えるならば、ロシアの場合は地政学的劣勢を補うための「防衛的拡張主義」であるのに対して、アメリカの場合は、太平洋・大西洋という天然の防壁で守られて地政学的弱点がないのにしゃしゃり出ずにはすまないということですから、これこそ正真正銘の「攻撃的拡張主義」と呼ぶべきものでしょう。拡張主義というレッテルはアメリカにこそふさわしいものだと思います。
 
また、日本では中国の拡張主義を言うのが当たり前になっています(特に2010年以来の尖閣問題をめぐって)。私自身、「世界第2位の経済大国にふさわしい国防力を持つのは当然」とする中国側公式見解には強い違和感を覚えます。しかし、中国が身構えるのはアメリカ主導の軍事網(その中心が日米同盟)が中国を威圧しているからであることは間違いないことです。原因(日米軍事同盟の脅威)を無視して、それに身構える中国(国防力増強努力)を拡張主義とレッテル貼りをするのは、他者感覚の欠落した「天動説」国際観の米日だからこその芸当だと思うのですがどうでしょうか。

1. 何帆「ロシアはどのように錬成したのか」
(3月28日付共識網掲載。同日付環球網転載)
 
何帆は中国社会科学院世界経済政治研究所副所長という肩書で紹介されています。
 
ロシアを好きか憎んでいるかどうかにはかかわらず、ロシアを理解しなければならない。ロシアの行動を理解しようと考えるならば、その地縁政治を理解するしかない。
 
地縁政治とは何かと言えば、簡単に言えば、我々の住んでいる土地が我々の命運を大きく決定するということだ。ロシアを例に取れば、その最大の特徴は自らを守るよすがが何もないということだ。ロシア国(またの名をキエフルーシ)が歴史の舞台に登場したとき、四面楚歌の境地にいた。その周囲には海もなく、高山もなく、砂漠もなく、沼沢もなく、様になる河川すらなく、外的に抵抗する唯一のよすがといえばうっそうとした森林だけだった。しかし、森林は敵の侵入を遅らせることができるとはいえ、敵を阻止することはできない。13世紀にはキエフルーシは蒙古のキプチャック汗国に服従することを強いられた。
 
15世紀後期に、イワン三世(イワン大帝)がモスクワ公国を継承してから対外拡張を開始した。しかし手に入れることができた土地は、北は北極圏、東はウラル山脈であり、そのほとんどは針葉樹林帯で、見渡す限り人跡未踏の凍土であり、真の意味での防衛上の障壁ではなかった。イワン四世(イワン雷帝)は対外拡張事業を引き継ぎ、南はコーカサス山脈及びカスピ海を扼し、東はウラル川を越えた。18世紀には、ピョートル大帝とエカテリーナの時代に、主に西方に拡張し、ついに海への出口・バルト海を獲得した。ソ連の時代には一連の衛星国を作って戦略上の緩衝地帯とした。
 
以上から言えることは、ロシアには天性の対外拡張性があり、その対外拡張の根底にあるのは根っからの安全欠如の感覚である。地縁政治的策略としては「空間を以て時間に換える」ということであり、国境線を外部に向かって拡張することにより、兵力及び資源を動員する時間稼ぎをすることができるということだ。敵がどれほど深くロシアの後背地に侵入しようとも、その後背地が十分に広ければ、敵の補給線を破壊し、敵兵力を分散させるなどの方法によって敗北を勝利に転じるべく辛抱強く待つことができるわけだ。
 
しかし問題は、外部的な安全を獲得する代償は内部的不安定ということだ。つまり、ロシアの対外征服の過程は多民族国家になるということであり、人口中に占めるロシア人人口は多数派をやっと維持できる程度だ。ロシアとしてはこれらの少数民族の地域が東、南、西における緩衝帯の役割を担うことを期待するが、現地住民はそれに同意するだろうか。こうして各民族間の矛盾が不可避的に生みだされる。このことは、どうして全体主義の統治がロシアに常に出現するかという問題に対する部分的な答を提供するものだ。強力な中央政府なくしては、ロシアの都市化も工業化もなくて空中分解しかねない。しかし、極端な高圧統治の下では、少数民族地域や辺境地域は往々にして不公正な待遇を受けやすく、となれば抵抗ひいては反逆の感情も高まるというわけだ。
 
ロシアの土地が広く人口がまばらということは国内の運輸にとって巨大な挑戦をもたらす。都市人口は欧州地域に集中しているが、食糧生産は各地に分散しており、十分な食糧を生産することは不可能ではないが、問題は都市まで輸送することが難しいことにあり、仮に輸送できるとしても、輸送コストが加わるために、食糧価格は高騰せざるを得ない。このことは都市と農村との間の矛盾を生みださずにはすまない。つまり、都市住民に飢えを辛抱させるか、それとも農村を搾取するか、ということだ。このことがまた、なぜロシアには高度に集中した計画経済が出現するかということを部分的に説明する。スターリンが行った農村の集団化は、農村を効率的に支配して工業化という目標に貢献させるためだった。
 
以上のすべてはロシアの被虐心理のなせる技だと言うものもいるだろう。周りを見渡して、一体誰がロシアを侵略するというのか。確かに今日ではいない。しかし過去にはいた。ドイツ騎士団は来たではないか。ナポレオンは来たではないか。ヒトラーは来たではないか。公平に言えば、今日のロシアにとって東部及び南部におけるリスクは大きくないが、西部の防衛ラインは一貫して頭痛の種だ。バルト海から黒海に至るまで、至るところにリスクが伏在している。ロシアの西側の防壁はカルパチア山脈だが、この山脈はウクライナ西部に位置している。ルーマニア国内ではモルドバ平原が山岳地帯とロシアとを隔てている。仮にモルドバが敵の手に落ちれば、ロシアは城門が開いたのと同然だ。もっとも弱い防衛線はカルパチア山脈からバルト海沿岸に至る部分だ。ここでは山岳地帯が平原に変わり、しかもこの平原は東に行けば行くほど広々としており、攻めるに易く守るに難い。
 
ロシアとしては至るところで守りを固めるわけだが、侵略者が兵力を集中すれば、突破口を切り開くのは簡単で、長駆してモスクワを攻略することができる。これが正にロシアが負けるわけにはいかない原因だ。ロシアはもとより狡猾かつ疑い深いが、西側世界も同様に変幻自在だ。なぜNATOは東方拡大するのか。なぜアメリカは「オレンジ革命」を支持するのか。バルト3国からウクライナに至るまでのすべてが西側世界の手中に陥れば、外からの脅威はロシアの門前に迫るのだ。
 
地縁政治の公式と力学とは同じで、簡単にして明瞭だ。吸引力は質量と比例し、距離とは反比例する。ウクライナとロシアは互いに隣り合い、ウクライナは経済上、エネルギー供給上高度にロシアに依存している。ウクライナを失うこと、特にクリミアを失うことは、ロシアにとっては心臓を抉られることであるが、西側にとっては、ウクライナを失うとしても愛着のある玩具を失う程度のことに過ぎない。今のところ欧州は他を顧みる余裕はないし同床異夢だから、全力でロシアに対処することができようはずがない。他方、ロシアが対外拡張しようとすれば、アメリカの反撃に出会う可能性はある。しかしアメリカはすでにイラクから撤兵し、今はアフガニスタンからの撤退を進めており、アメリカの中東政策も弾力度を増し、中東各国に相互牽制させるバランス政策になっている。アメリカは戦略的転換を考慮する時期に当たっているが、アメリカはどのように布石するかについて十分考えているだろうか。
 
ロシアはますます強く出てくるだろうし、自分が欲しいものを手に入れる可能性はある。自分が欲しいものを手に入れたあとは、もっと欲しくなるかもしれない。もしもっと欲しいとなれば、国際的、地域的及び国内的にさらに大きな阻止力と挑戦にぶつかるだろう。その拡張が自らの統治能力を超過すれば、ソ連が突然解体したように、突然に収縮する可能性は高い。しかしそのことは同時に、グローバル政治に巨大な力の真空を生みだし、さらに大きな激動を引き起こす可能性が大きい。
 
2.丁暁星「ロシアのウクライナに対する食欲を西側は誇張している」
(4月12日付環球時報)
 
丁暁星については、中国現代国際関係研究院ロシア研究所研究員という肩書で紹介されています。
 
最近、ウクライナ東部地域の情勢は激動しており、西側とロシアとの間では新たな舌戦が繰り広げられている。ロシアのメディアはアメリカのブラックウオーター会社の傭兵がウクライナ東部情勢に関与していると非難した。これに対してNATOは数日前に衛星写真を明らかにして、ロシアが国境地帯に4万の大軍を集結させ、1時間以内にウクライナに侵入できる態勢を取っていると非難した。ロシアはすぐさま反撃し、その衛星写真は昨年撮られたものであるとし、軍隊を配置していることを否定した。これらの情報の真偽は定かではないが、筆者の見るところ、ロシアにはウクライナ東部を第2のクリミアにする計画はなく、ロシアが「東部カード」を切っているのは、ウクライナ情勢をロシアに有利な方向に向かわせるように仕向けているのだと考える。
 
ウクライナ東部の情勢が変化するや否や、西側の多くのメディアが大キャンペーンを始め、ロシアが情勢混乱を主導し、クリミア・モデルを再演しようとしているという印象を作り上げようとしている。しかし、ロシアにはそれほどの食欲はない。確かにウクライナ東部は重要だが、クリミアの状況とは異なり、同地のロシア人の比率はクリミアにおけるほど高くないし、大多数の人々はウクライナの統一維持を主張しており、ウクライナ経済を支配する多くのボスも分裂には反対している。こういう状況のもとでは、ロシアが取る動きがウクライナ東部から意味のある反応を得られるとは限らない。
 
さらに言えば、クリミアで成功したカギは、その地にロシア軍基地があり、かつ、ロシアとウクライナとの間の協定に基づいてロシアが迅速に手を打つことができたことにあった。しかしウクライナ東部においては、ロシアは兵力ゼロだ。仮に西側が伝えているように、ロシアが特別工作員をウクライナ東部に送り込むとしても、同地を支配し、住民投票を行おうというのであれば、大軍を送り込む必要がある。しかし、国境地帯ではウクライナ軍が駐留防衛しており、ロシア軍が国境を越えようとすれば両国の軍事衝突ということになる。兄弟関係のウクライナ人と戦争することに対しては、多くのロシア人は賛成しない。
 
さらに言えば、クリミアについては歴史的背景が複雑であり、祖国復帰と言うか併合と言うかはともかく、国際的には説明がつくことだが、こういう説明はウクライナ東部に対してはまったく通用しない。西側はクリミアに対しては打つ手がないが、ロシアがウクライナを併合することは絶対に許さないだろう。ロシアとしては天然ガスという反撃材料を持っているが、欧州資本に大きく依存し、WTO加入直後であり、手持ちのカードは限られている。
 
ロシアとしては、クリミアをすでに獲得しており、ウクライナに対する影響は東部に頼る以外にない。ウクライナ総選挙は間もなくであり、親西側のアッピールが大きいのに対して東部地域は目立った動きがなく、ロシア人の発言権は次第に弱くなっていくだろう。ロシアが一貫して恐れていることはNATOの軍事力がロシア国境にまで迫ってくることであり、ウクライナ政府がNATOに加盟するのを牽制しようとすれば、ウクライナ東部を通じる以外にない。したがって、ロシアが本当に欲しているのはウクライナにおけるロシアの権益を守り、ウクライナ在住ロシア人の利益を守ることだ。ロシアは現在すでに東部地域の連邦制を推進しようとしており、これによってウクライナが西側に対して傾斜することを牽制しようとしている。連邦制の枠組みのもとでは、ロシア語及びロシア文化は尊重され、ロシア人の利益もさらに手厚く保護されることになるだろう。
 
西側は盛んに緊張をあおり立てており、一触即発で戦争かという雰囲気をつくり出そうとしているが、実際は関係国すべてが緊張を緩和させたいという気持ちであり、近い将来にはロシア、アメリカ、ウクライナ及びEUの4者会談が行われる予定だ。今見るところでは、ロシアが求めているのは、第2のクリミアということではなく、交渉テーブルで有力なカードを持つことであり、ウクライナ東部情勢が完全にコントロールが失われ、大規模な劉結と衝突という事態が起こった場合にのみ、ロシアは出兵ということを考えるのだろう。
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