井上清論文を肯定的に評価する私の論に対するもうひとつの反論がありましたので、その論に対する再反論を下記にエントリしておきます。


Oさん、コメントありがとうございます。が、長いけれども、全文、失礼ながら的が外れたご議論のように思います。

第1。Oさんは「現行国際法の源がヨーロッパにあるからといって、国際法の基本原理を疑問視するのはいかがなものでしょうか」と言われるのですが、私ももちろん故井上清京大教授も「現行国際法の源がヨーロッパにあるから」という理由で「国際法の基本原理を疑問視」しているわけではありません。「無主地先占の法理」なる国際法は「近代のヨーロッパの強国が、他国他民族の領土を略奪するのを正当化するためにひねりだした『法理』」でしかないこと、またその「法理」が「現代帝国主義にうけつがれ、いわゆる国際法として通用させられている」こと、さらにまた「他国の手が及んでいない領土を先に発見したり、先占したりすることでそれを自国領だと宣言しうるという発想そのもの」がおかしい、という立場から国際法の「先占」法理なるものを「疑問視」しているのです。

第2。Oさんは「そうすると、従来の国際法の修正として生まれ、現在も不完全ながら平和維持や紛争の平和解決の機能を有している、国連憲章をはじめとする国際法体系全体を見直す、という大作業になります」とまた言われるのですが、私も井上教授も現代の国際法一般を問題視しているのではありません。あくまでも現代国際法のひとつである「無主地先占の法理」という考え方を問題視しているのです。植田さんは現代の国際法一般の問題と特定の問題に関しての国際法(ここでは「無主地先占の法理」を問題にしているのですが)とを混同されて議論されています。私はもちろん、国連憲章や世界人権宣言、人種差別撤廃条約、女子差別撤廃条約、こどもの権利条約などの諸宣言や条約を現代国際社会の理性の達成としておおいに評価しています。

第3。Oさんは国際法の「先占」法理を「今のところ、領土紛争にかかわる有益な規定として機能して」いると評価されるのですが、この認識は誤っていると思います。現にこの「先占」法理が問題になっているのが日本の問題のこととして尖閣諸島問題であり、竹島問題です。「先占」法理は「有益な規定」どころか領土紛争の源となっています。いま私たちに求められている視点は、「他国の手が及んでいない領土を先に発見したり、先占したりすることでそれを自国領だと宣言しうるという発想そのものを俎上にのせる」(『北方領土問題』、岩下明裕、中公新書)視点である、というべきではないでしょうか。

第4。Oさんは「井上清さんの当該著書は読んでいません」と言われるのですが、植田さん自身が言われる「引用のサイト」そのものが井上清さんの当該著書といってよいものです。当該サイトには井上教授の当該論文が全文掲載されているわけですから内容的には当該著書となんら変わるところはありません。また、植田さんは、その「引用のサイトの記述を見る限り、井上さんが挙げられているのは前近代の事例のようです」とも言われるのですが、しかし、その「前近代の事例」について外務省や日本共産党と井上教授の見解の違いがいま問題になっているのです。そういう意味で井上教授が提起している中世の中国の文献の解読の問題は「現代の事例」というべきものです。

第5。Oさんは「1895年の日本の領有宣言の時点や、それからあまり時間のたっていない民国初期の時期に」清・中国は領有権を主張をしていない。「これは、日本の領有権を認めたことを意味する行為」であると言われるのですが、この1895年の日本の領有宣言時点のことについて井上論文は次のような指摘をしています。

「琉球政府や日共は、八五年に古賀の釣魚島開拓願いをうけた沖縄県庁が、政府に、この島を日本領とするよう上申したかのようにいうが、事実はそうではなく、内務省がこの島を領有しようとして、まず、沖縄県庁にこの島の調査を内々に命令した。それに対して、沖縄県令は八五年九月二十二日次のように上申している。

『第三百十五号
     久米赤島外二島取調ノ儀ニ付上申
(略)中山傳信録ニ記載セル釣魚台、黄尾嶼、赤尾嶼ト同一ナルモノニコレ無キヤノ疑ナキ能ハズ。/果シテ同一ナルトキハ、既ニ清国モ旧中山王ヲ冊封スル使船ノ詳悉セルノミナラズ、ソレゾレ名称ヲモ付シ、琉球航海ノ目標ト為セシコト明ラカナリ。依テ今回ノ大東島同様、踏査直チニ国標取建テ候モ如何ト懸念仕リ候(後略)

  明治十八年九月二十二日
           沖縄県令 西村捨三
   内務卿伯爵 山県有朋殿』」

井上論文は上記の沖縄県令の上申書を示した上でその上申書の内容を次のように解説しています。

「この内命をうけた沖縄県では、「久米赤島」などを日本領とし沖縄県に属させてもよさそうなものだが、必ずしもそうはいかない、とためらっている。その理由は、これらの島々が『中山傳信録』に記載されている釣魚島などと同じものであると思われるからである。同じものとすれば、この島々のことはすでに清国側でも「詳悉セル(くわしく知っている)ノミナラズ、各々名称ヲモ附シ、琉球航海ノ目標ト為セシコト明ラカナリ」。つまり、これは中国領らしい。「依テ」この島々に、無主地であることの明白な大東島と同様に、実地踏査してすぐ国標を建てるわけにはいかないだろう、としたのである。/沖縄県令の以上のようなしごく当然な上申書を受けたにもかかわらず、山県内務卿は、どうしてもここを日本領に取ろうとして、そのことを太政官の会議(後の閣議に相当する)に提案する(略)」

上記該当部分の詳細は本文を当たっていただきたいと思いますが、井上論文には「1895年の日本の領有宣言の時点」で「清・中国は領有権を主張をしていない」という以前に山県内務卿が「久米赤島」など(尖閣諸島)を強引に日本領にしようとした経緯が詳述されています。これを見ても1895年時点の日本の領有権宣言の有効性を国際的に主張しようとするのには大きな無理がある、と判断すべきものでしょう。

第6。Oさんは「引用されている井上さんの論法を使うなら、小笠原諸島の領有権を米国が主張できることになってしまいます。ペリーが黒船で日本に来航した際に、琉球王国と小笠原諸島にも立ち寄っています」と言うのですが、故井上教授の論法は、「他国の手が及んでいない領土を先に発見したり、先占したりすることでそれを自国領だと宣言しうるという発想そのものを俎上にのせる必要がある」(『北方領土問題』、中公新書)とする岩下明裕氏の論理とほぼ同様の論理です。井上教授の論法は植田さんが解釈する論理とは相容れないものです。

第7。Oさんは「ちなみに故・井上清さんは、毛沢東による「文化大革命」を支持した知識人の1人です。毛沢東が尖閣諸島の領有権を主張したから、その歴史的根拠を探して本を書いたのでしょう」と言いますが、そういう評価は正しいものとはいえないでしょう。この点については下記に書いていますのでご参照ください。

■「井上清の政治的立場」という論攷に対する再反論(上)(下)(弊ブログ 2010年10月14日)
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/8679002.html
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/8679031.html
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