カンボジアの話
ああ、そうだったのか。あれから10年、経ったのか、と私は思いました。

辺見庸「日録9(2014/03/14)から。
 
10年前のけふ午後、わたしは新潟で脳出血にたおれるも、死にぞこなった。

あのとき一発でいっておけば、見たくもないことどもを見ずにすんだのだ。

その後もがんになったけれども、みなさんすみません、また死にぞこなって、本日、2014年3月14日も、まだいじましく生きさらばい、見たくもない景色を見るはめになっておりますことは、まことにもってわたしの不徳のいたすところであります。

しかしである、生きていて多少はよかったこともないではない。第一、わたしはけふ、尹東柱(ユン・ドンジュ、1917年~1945年)の詩集『空と風と星と詩』(金時鐘=キム・シジョン編訳、岩波文庫)を開き、薄汚れ黄ばんだ目をまたも清々しく洗われたではないか。「すべての絶え入るものをいとおしまねば」の1行が、わたしにとりどれほど大事な1行であることか。「すべての絶え入るものをいとおしまねば」。尹東柱によって朝鮮語で書かれ、金時鐘により日本語に訳されたこの1行が、どれほど清冽であることか。

おい、ニッポンジン、在日コリアンたちよ。もしも、すべての絶え入るものをいとおしまなければ、この世のすべてはほんとうにだめになるのだ。「すべての絶え入るものをいとおしむ」ことがいま、基本中の基本である。

おい、若いニッポンジン、若い在日コリアンたちよ。尹東柱が1945年2月、どこで死んだか、ぶち殺されたか、知っているか。治安維持法違反で投獄されていたニッポン国・福岡刑務所で、である。

おい、若いニッポンジン、若い在日コリアンたちよ。日本当局が尹東柱死去を親族に知らせた電報の文面を知っているか。もしも知らなかったら、どうかどうか、忘れずに憶えておいてほしい。「一六ニチトウチュウ シボウ シタイトリニ コイ」。金時鐘は書いた。「まるで物か、そこらで野垂れ死にした犬ころ扱いです」。

そのとおりだ。シタイトリニ コイ。「すべての絶え入るものをいとおしまねば」と書いた若き詩人を、ニッポンジンはモノか犬ころあつかいした。

忘れてはならない。わたしの父と父の戦友たちは、慰安所のまえにズボンのベルトをはずして並んだ。じぶんの番を足踏みして待った。1人で1日何十人もの兵士のからだを受けいれざるをえなかった韓国の婦人たちの話をわたしはじかに聴いた。

忘れない。歴史には外交文書だけではなく、生々しい身体と痛みの記憶およびそれらのディテールがかかわっていることを、おい、若いニッポンジン、若い在日コリアンたちよ、忘れないようにしよう。「死にぞこない10周年」を勝手に記念して、わたしはけふ、友人、朝鮮新報の朴日粉記者のインタビューをうけることを決め、そのむねを記者に連絡した。すべての絶え入るものをいとおしむために、なにかをしなければならない。
(注:改行は引用者) 

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