私は金光翔さんが2007年に著した「<佐藤優現象>批判()」(『インパクション』第160号)を読んだとき、現代日本の「革新」の問題に焦点を当てた現状分析とその分析力の鋭利さになにものにも媚びないほんものの「思想者」の登場を見る思いがしました。彼の「革新」の現状への論究と問題提起は、「革新」の現状に同様の問題性を感じていた私の胸にいちいち染み透るものでした。私は金さんの闘いは私の闘いでもあると思いました。
 
「佐藤優現象」とは、「佐藤優のような、右翼であり、右派メディアに頻繁に登場して国家主義を喧伝している人物が、全く同時期に、リベラル・左派と一般的に目されているメディアにも登場している現象」(金光翔「佐藤優現象について(1)」)のことを言います。
 
金光翔さんによれば、「〈佐藤優現象〉の下で起こっていることは、『日本がファシズム国家の道に進むことを阻止するために、人民戦線的に、佐藤優のような保守派(私から見れば右翼)とも大同団結しよう』という大義のもと、実際には、『国益』を前提として価値評価をする、『普通の国』に適合的なリベラルへと、日本のジャーナリスト内の護憲派が再編されていくプロセス」です(同「<佐藤優現象>批判」)。
 
わが国の民主的メディアを代表すると目されている「『世界』や『週刊金曜日』(略)が『右翼』『国家主義者』を自称する佐藤優氏」を「積極起用」(「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」)している今日の事態(といっても、もう10年以上にもなります)は、わが国のジャーナリストや研究者、言論人たちがもう10年以前から雪崩を打って「右傾化」している顕著かつ象徴的な現われとみなせるものでしょう(その最近の組織的な「右傾化」現象の顕著な現れが「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題、また、「宇都宮健児のフライング」問題といえるだろう、というのが私の見るところです)。
 
その「佐藤優現象」を指弾する金光翔さんへの共感を示すために私は「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」(2009.10.01)に署名し、その署名に以下のような連帯表明の言葉を添えました。
 
「金光翔さんの闘いを孤高の闘いに終わらせるわけにはいきません。佐藤優現象に関する金光翔さんの論文は、わが国の代表的な進歩的な雑誌と目されてきた、いまも目されている『世界』(岩波書店)、『週刊金曜日』というジャーナリズム内の「『戦後民主主義』体制下の護憲派が」、「改憲後の国家体制に適合的な形に再編成されていくプロセス」(金光翔氏)、また負の「徴候的な現象」(同)を剔抉して見事です。とりわけ同論文5章1節の「ナショナリズム論」、同2節「ポピュリズム論」に私は愁眉を開かれる思いでした。これはまさしく現代の「転向」問題といってよいのだ、と私は思います。女性史研究者の鈴木裕子さんも賞揚されるように、金光翔氏の論稿は、「日本の言論界ひいては思想界が溶解しはじめている」ときに、「その分析力の鋭さ」において、私たちの国の雑誌ジャーナリズムの暗愚の正体の在処について「大きく示唆を与えてくれるもの」です。「在日」だとか「日本人」だとかにかかわりなく、まさに「前途多望な若い思想者」、本物の思想者が登場したのだと私は思います。私は金光翔さんの闘いに連帯します。」(2009年10月1日)
 
私の基本的スタンスは、上記のとおり、金光翔さんの「言論の闘い」は「私の闘い」でもあるという立場ですが、一度だけ同氏を批判したことがあります(ただし、「明示的には」という意味です。「金さんの闘いは私の闘い」でもあるということは、金さんの言説を全面的に支持するということではありません)。私は、金さんの「『在日朝鮮人の歴史的経緯に基づいた権利』という視点を日本人リベラル・左派は見落としている」という批判について以下のように反論しました。

「たしかに日弁連、また単位弁護士会や地方自治体議会などの声明や要請書には散見した限りにおいて『在日朝鮮人の歴史的経緯に基づいた権利』の問題は触れられていないようです。しかし、左記は、議会や弁護士会という組織としての声明の性質によるものというべきでしょう。私のブログにまとめている『朝鮮学校排除問題』のリストの声明や見解を一覧しても『在日朝鮮人の歴史的経緯に基づいた権利』の問題について言及しているものは少なくありません。(略)各声明や見解におけるこの問題についての指摘は上記に見たとおり短いものですが、これもやはり声明や要請書という文書の性質によるものというべきだろうと思います。金さんが『日本の任意の反対声明を、韓国の『真実と未来,国恥100年事業共同推進委員会声明』と比べてみれば』、日本の反対声明が在日朝鮮人社会の形成の歴史的経緯・必然性に触れていないことは『明らかであろう』という韓国の声明の当該部分も『日本が朝鮮を強制併合して100年を迎える時点に、日本政府はアジアでの過去清算に先立ち、内部的な過去清算に積極的に取り組むべきだろう。植民主義清算を真に望む世界の人々は、今回の高校授業料無償化政策をその試金石として注視している』という短いもので、日本の声明や見解が特に短いというわけでもないように私は思います。やはり声明や要請書という文書の性質がそうさせるのだろう、と私は思います。」(「金光翔さんの朝鮮学校排除問題についての論攷について」(弊ブログ 2010.03.27)。
 
上記は思想的レベルの反論というよりも、金さんの他者批判のありよう、問題提起の作法、あるいは同氏の論文の書き方の作法というものに対する私の違和感の表明でした(もちろん、その他者批判のありよう、作法の問題は、単にそれ自体の問題としてあるのではなく、畢竟は思想の問題ということにはなるでしょう。が、それはそれとして)。
 
上記の次第で、私が金光翔を明示的に批判するのは今回が2回目ということになりますが、今回は、前回パスした金さんの若干の思想性の問題(俗にいえば見る目のなさ)も批判の対象にしなければならないように思います。
 
金さんは同氏のブログ「私にも話させて」の2月21日付けに「言論弾圧反対の署名」という記事を書いていますが、同記事の中で「翻訳家、ジャーナリスト」を自称している竹野内真理氏を被害者に見立て、同氏を擁護する署名運動への参加を呼び掛ける次のような一文を書いています。それほど長い文章ではありませんのでキャプションを含めて以下全文を引用します。
 
言論弾圧反対の署名」(私にも話させて 2014-02-21)
 
姜尚中が「エートス」なる運動の関係者が関わっているシンポジウムに登場するとのことである。その事実だけで、この運動の胡散臭さが伝わってくる。
https://twitter.com/datugennohi/status/436157819457646592
http://3tarou.tumblr.com/image/77176547231
 
その絡みで知ったのだが、竹野内真理という人が、その運動の代表者に「侮辱罪」で刑事告訴されているとのことである。
http://savekidsjapan.blogspot.jp/2014/02/ethos-leader-accused-takenouchi-of.html
 
私はこの竹野内さんという人をよく知らないのだが、問題とされている発言は、公共の場で言論によって真実性を争われるべき性格のものであり、これで警察が動くというのが驚きである。そもそも上のリンク先にあるように、竹野内氏は「世紀の罪人というセリフの表現がきつすぎたことについては、安東氏と中曽根氏に謝罪したい」と述べている(「侮辱罪」に該当することを認めているわけではないと思われる)のであるから、内容の公共性・公益性に鑑みて、告訴者は告訴を取り下げるべきであり、その上で内容に関して言論で反論すべきだろう。
 
ご本人のツイッターによれば、「来月書類送検予定」で、「弁護士曰く、本件政治色強く、検察への署名などを通して拡散する以外に起訴を阻止する手段はないそうです」とのことである。
https://twitter.com/mariscontact/status/436836141870747648
 
公共性・公益性を明白に有する社会批判が、これほど安易に立件されることになっては、社会批判は困難となり、言論が萎縮することは明らかである。私も先ほど署名したが、この記事を読んだ方々にも署名を呼び掛ける次第である。
http://bit.ly/1k8pLKx
 
上記に見るとおり、金さんは、竹野内真理氏のツイッター発言には「公共性・公益性」があるという自身の判断を前提にその「公共性・公益性」のある発言を刑事告訴することは本来自由であるべき社会批判の「言論」を「萎縮」させてしまいかねない。「言論」には「言論で反論すべき」であるとして「言論の自由」の擁護という観点から竹野内氏のツイッター発言に味方しているわけですが、私が第一にここで問題にしたいと思うのは竹野内氏の「刑事告訴された」というツイッター発言、もしくはブログ発言の「胡散臭さ」についてです。
 
金さんが「竹野内真理という人が、その運動の代表者に「侮辱罪」で刑事告訴されているとのことである」という情報の根拠としてあげている以下の竹野内氏のブログの記事を目を皿のようにして読んでも同氏が「『侮辱罪』で刑事告訴されている」ということを客観的に証明する記事は一切見つかりません。あるのはこちらのような記事だけです。
 
見出しは「反原発ジャーナリスト、たったひとつのツイート発言で侮辱罪の刑事告訴を受ける」。記事本文は次のようなもの。
 
「2014年1月29日、福島県警いわき南署が、福島エートス代表の安東量子氏が、反原発フリーランスジャーナリストの竹野内真理氏に対し、以下のひとつのツイートを根拠に、侮辱罪で刑事告訴したことを報告した。(略)竹野内真理氏は、「線量計をもって汚染地帯に住むのではなく、子供たちの移住を早急にするべきだ」と主張してきた、エートスの批判者だ。(略)このニュースの詳細は、以下を参照http://savekidsjapan.blogspot.jp/2014/02/ethos-leader-accused-takenouchi-of.html
 
「竹野内真理」という氏名に「氏」という敬称をつけていて、いかにも客観的な記事のように見えます。少なくとも自分以外の誰かが書いた記事。どこかのメディアの報道記事のような体裁です。しかし、「このニュースの詳細は、以下を参照」とされているURLをクリックして立ち現れる「ニュース」はやはり竹野内氏のブログ記事でしかありません。上記は、客観記事の体裁を施しながら、実は自身が書いた記事、とみなすほかないものです。その自身が書いた記事とみなすほかない記事に「竹野内真理氏」などという敬称を用いる。読む者を欺こうとしているこの人の「胡散臭さ」はここに端的に現われています。「姜尚中が『エートス』なる運動の関係者が関わっているシンポジウムに登場するとのことである。その事実だけで、この運動の胡散臭さが伝わってくる」(金さんの文中に出てくる「エートス」問題については正しい認識を示すために私もこちらに記事を書いています。ご参照ください)と指弾する人が竹野内真理氏のどうしてこんな簡単なこどもだましにもならない体のトリックの「胡散臭さ」には気づかないのでしょうか? 単に気づかないだけでなく、竹野内真理というこうした詐欺の手法を用いる自称翻訳家・ジャーナリストの口車に乗せられて同氏を擁護したりするのでしょうか? ここに私は金光翔さんの思想性の幼さ(見る目のなさ)が立ち現れているように思います。
 
第二に竹野内真理氏のツイッター発言には「公共性・公益性」がある、という金さんの判断は正しいか、という問題です。上記で私が指摘している事実ひとつだけでも竹野内氏のツイッター発言には「公共性・公益性」がある、という判断の正当性には、大きな疑問符をつけざるをえないだろう、というのが私の判断ですが、この「告訴騒動」を観察してきたハンドルネーム「モトケン@motoken
_tw」さん、元検事で京都弁護士会所属の矢部善朗弁護士の「ツイッターのつぶやきまとめ」がありますので、矢部氏はこの問題をどのように捉えているか。以下にその感想の断片を見てみます。
 
矢部氏は、この「告訴騒動」について、「問題は些細そうに見えますが、これが常態化すると、文字通りの言論封殺と司法制度の悪用が罷り通ることになります」(2014-01-30 20:58)という告訴人批判の意見があることを十分承知しながら、「一連のツイートを読めば、自分達が侮辱されたと思っても不思議はないですね」(2014-01-31 12:33)として告訴人側の告訴に理解を示す認識を示しています。また、「ツイッターによる侮辱や名誉毀損は、スクショでもとっておけば行為についての証拠保全はほぼ完全だから、言った言わないの争いは生じない。問題は発言が侮辱や名誉毀損になるかどうかだが、警察が侮辱罪の告訴を受理したということは、少なくともその警察は侮辱になると考えていると言える」(2014-01-31 12:22)という認識も示しています。
 
矢部氏がこうした認識を示すのは、そもそも矢部氏には「ツイートで今度は刑事告訴か。私の認識では今のネットは無法地帯だからどんどん裁判沙汰になっていいと思う。そのうち常識的なところに収束することを期待している」(2014-01-30 21:12)という認識があるからだと思いますが、いずれにしてもヤメ検弁護士の矢部善朗氏は告訴人側(安東量子氏)の告訴の正当性に理解を示していると見ることができるでしょう。逆に被告訴人側(竹野内真理氏)のツイッター発言には「公共性・公益性」があるとする主張には矢部氏は否定的な認識を持っているさまが見てとれます。私も矢部氏の認識の側に立ちます。(以上、矢部氏の発言は「元検事で弁護士が見た原発反対活動家を告訴騒動へのツイート」より引用)
 
第三に竹野内真理氏のこれまでの言動から彼女の発言の「公共性・公益性」の問題を考えてみます。竹野内氏の発言の「公共性・公益性」の問題についてはここで多言を費やすよりも同氏についてすでに述べている私の評価を見ていただくのが簡便です(もちろん、私にとって)。以下をご参照ください。
 
竹野内真理さんのおかしな「訴え」を好意的に紹介するこれもおかしな論について ――同氏の兵庫県立吉川高校へのバッシング問題とも関連して(弊ブログ 2013.09.21)
 
上記の記事でも触れていますが、私のほかの竹野内真理氏批判を参照するには「正しい放射能情報を【見つけるため】のサイト」が便利です。
 
上記には「工作員を持ち出すデマゴーグ。竹野内真理氏。」「地方テレビ局の職員に嫌がらせする竹野内真理氏」「竹野内真理の『被曝による影響は遺伝する』というデマ」「デマだらけの『弟子』竹野内真理」などの竹野内氏批判記事がアップされています。ご参照ください。
 
私には竹野内真理氏を刑事告訴の被害者のように見立てる金さんの同記事での判断は正しいことのようには思えません。
 
金光翔さんの辛淑玉氏評価(「メモ32」 私にも話させて 2014-02-21)についても言うべきことはありますが別の機会に譲ります。
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