以下のような手紙(コメント)を浅井基文さん宛てに送信しました。お返事ないしは私の要望に関わる浅井さんのホームページ上での記事のアップがあれば改めてエントリさせていただこうと思います。
 
 
浅井基文様
 
大分市に在住している東本と申します。はじめてコメントを差し上げます。不躾な点についてはご容赦ください。
 
昨日の2月13日付けの「東京都知事選結果について思うこと」という記事を拝読させていただきました。
 
今回の東京都知事選に関する浅井さんの記事はおそらくこれで2本目になると思います。前回の記事は1月23日付けで「東京都知事選(フェイスブック書き込み文章)」というものでした。
 
その浅井さんの前回の記事について私は弊ブログに以下のような「感想」を書きました。今回、私が浅井さんにコメントを差し上げようとしていることにも関わっていますので、東京都知事選に関する浅井さんの前回記事を読んでの私の「感想」を先に開陳させていただこうと思います。私の「感想」は以下のようなものでした。
 
浅井基文さんは「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題をどう見るのだろうか? ――浅井基文さんの「東京都知事選」という文章を読んでの感想(弊ブログ 2014.02.01)
 
浅井基文さん(元外交官、政治学者)は東京都知事選問題、また、澤藤統一郎弁護士が昨年の12月21日以来問題提起してきたいわゆる「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題をどう見ているのだろう。あるいはどう見るのだろう、と私はずっと思ってきました。
 
浅井さんは長い間の、そしていまに続く「革新統一」論者ですし、共産党支持者でもあります。しかし、同時に浅井さんは、同党に対して同党の中国、朝鮮、対アメリカ政策などの政策問題、また、「統一戦線」問題、同党の組織体質について厳しい「辛口提言」を続ける気骨の人でもありました(「浅井基文さんの『日本共産党への辛口提言――ふたたび埋没することがないように』」弊ブログ2010年6月16日付参照)。 

その浅井さんの東京都知事選問題、「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題に対する考え方を私は知りたかったのですが、浅井さんはこの東京都知事選問題については長い間沈黙していました。浅井さんはこの数年間、何回にもわたって共産党に対して「辛口提言」を続けてきたのですが(私から見て誠実なものでした)、「同党からはまったくの『なしのつぶて』」「私がこのコラムで書くことなど無視されて」きました(浅井基文「参議院選挙と日本共産党」2013.07.25)。
 
そういうことから浅井さんは共産党に「提言」することの虚しさを胸中深くにたたきこまれたのかもしれません。浅井さんの沈黙の原因はそういうところにあるのではないか、と私はそう思ってきました。それでもこの問題についての浅井さんの発言を待ち続けてきたのですが、この10日ほどの間、浅井さんのブログはどういう理由かわかりませんが閉鎖され見ることができなくなり、あきらめかけていた頃の今日になってブログの再開を知り、浅井さんの下記のような「東京都知事選」についての記事もあることを知りました。
 
下記の浅井さんの記事には「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題への言及がありません。記事の書かれた日付けを見ると2014年1月23日とあります。澤藤弁護士が「宇都宮健児君」「宇都宮選対」「人にやさしい東京をつくる会」批判を始めたのは昨年の12月21日のことですから、それから約1か月の期間が経っています。このおよそ1か月の間に浅井さんが「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題を知らなかったとは思えません。なぜ、浅井さんは、この問題に言及していないのでしょう? 前エントリでご紹介した藤原新也さんと同様に「選挙は勝つことがすべて」という判断からあえてこの問題をとりあげていないということでしょうか? そうだとすれば、浅井基文さんの「民主主義」に対する認識にはクエスチョンをつけざるをえません。
 
浅井さん
 
一人の生命は全地球よりも重い」という1948年(昭和23年)の最高裁判決で用いられたという有名な言葉はもちろんご存知だと思います。難しい理屈は省きます。だとすれば、「一人の生命は全地球よりも重い」は、「一人の人権も全地球よりも重い」と言い換えうるものというべきではないでしょうか? 仮に選挙で大多数の「人権」を守ることを政策に掲げている候補者が勝ったとしても、また、そういうしくみができたとしても、「一人の人権」も守れない「大多数の『人権』」とはなんでしょう? そういう「人権」などあるはずもない、ということを考えていただきたいのです。
(以下、略)

さて、浅井さんの東京都知事選に関する前回の記事を読んでの私の「感想」は上記のようなものですが、今回の浅井さんの記事を読んで、もしかしたら浅井さんは澤藤統一郎弁護士(日本民主法律家協会前事務局長)が提起されている「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題自体をご存じないのではないか、という思いもしないではありません。この問題についてひとことの言及がないのはこれまで「人権」を重んじる論を繰り返し展開されてきた浅井さんらしくないように思われるからです。しかし、この問題を知らないのであれば言及がないのは当然です。浅井さん。その辺のところはどうなのでしょう?
 
「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題についての浅井さんのご見解を是非ともお聞きしたい、というのは、浅井さんのこれまでの論に励まされ、学ばされることもけっして少なくなかった無名のひとりの読者としての私の切なる願いです。
 
繰り返しになりますが、できうれば、この問題についての浅井さんのお考えを是非ともお聞きしたいと思っています。
 
下記にこの問題の所在をはじめて知ったときの私の小文をご参考として掲げさせていただきます。
 
「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい。」 ――「澤藤統一郎の憲法日記」(2013年12月21日)より(弊ブログ 2013.12.22)
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