本エントリは前エントリとセットのエントリのつもりです。
 
浅井基文さん(元外交官、政治学者)は東京都知事選問題、また、澤藤統一郎弁護士が昨年の12月21日以来問題提起してきたいわゆる「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題をどう見ているのだろう。あるいはどう見るのだろう、と私はずっと思ってきました。
 
浅井さんは長い間の、そしていまに続く「革新統一」論者ですし、共産党支持者でもあります。しかし、同時に浅井さんは、同党に対して同党の中国、朝鮮、対アメリカ政策などの政策問題、また、「統一戦線」問題、同党の組織体質について厳しい「辛口提言」を続ける気骨の人でもありました(「浅井基文さんの『日本共産党への辛口提言 ――ふたたび埋没することがないように』」弊ブログ2010年6月16日付参照)。
 
その浅井さんの東京都知事選問題、「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題に対する考え方を私は知りたかったのですが、浅井さんはこの東京都知事選問題については長い間沈黙していました。浅井さんはこの数年間、何回にもわたって共産党に対して「辛口提言」を続けてきたのですが(私から見て誠実なものでした)、「同党からはまったくの『なしのつぶて』」「私がこのコラムで書くことなど無視されて」きました(浅井基文「参議院選挙と日本共産党」2013.07.25)。
 
そういうことから浅井さんは共産党に「提言」することの虚しさを胸中深くにたたきこまれたのかもしれません。浅井さんの沈黙の原因はそういうところにあるのではないか、と私はそう思ってきました。それでもこの問題についての浅井さんの発言を待ち続けてきたのですが、この10日ほどの間、浅井さんのブログはどういう理由かわかりませんが閉鎖され見ることができなくなり、あきらめかけていた頃の今日になってブログの再開を知り、浅井さんの下記のような「東京都知事選」についての記事もあることを知りました。
 
下記の浅井さんの記事には「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題への言及がありません。記事の書かれた日付けを見ると2014年1月23日とあります。澤藤弁護士が「宇都宮健児君」「宇都宮選対」「人にやさしい東京をつくる会」批判を始めたのは昨年の12月21日のことですから、それから約1か月の期間が経っています。このおよそ1か月の間に浅井さんが「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題を知らなかったとは思えません。なぜ、浅井さんは、この問題に言及していないのでしょう? 前エントリでご紹介した藤原新也さんと同様に「選挙は勝つことがすべて」という判断からあえてこの問題をとりあげていないということでしょうか? そうだとすれば、浅井基文さんの「民主主義」に対する認識にはクエスチョンをつけざるをえません。

浅井さん
 
「一人の生命は全地球よりも重い」という1948年(昭和23年)の最高裁判決で用いられたという有名な言葉はもちろんご存知だと思います。難しい理屈は省きます。だとすれば、「一人の生命は全地球よりも重い」は、「一人の人権も全地球よりも重い」と言い換えうるものというべきではないでしょうか? 仮に選挙で大多数の「人権」を守ることを政策に掲げている候補者が勝ったとしても、また、そういうしくみができたとしても、「一人の人権」も守れない「大多数の『人権』」とはなんでしょう? そういう「人権」などあるはずもない、ということを考えていただきたいのです。

以下、浅井基文さんの記事。
 
東京都知事選(フェイスブック書き込み文章)(浅井基文 2014.01.23)
 
*東京都知事選に細川氏が立候補表明してから、宇都宮氏に支持を表明していた「市民派」の間に動揺が走り、「勝てる」細川氏に候補一本化を目指して、宇都宮氏に立候補辞退を求める動きが出たという新聞報道を読んで、とても違和感を覚えました。告示日の今日、黙って見すごすことはどうにも気持ちが落ちつかず。久しぶりにフェイスブックに書き込みしました。その文章を紹介します(1月23日記)。
 
都知事選告示日。脱原発を掲げる、「勝てる候補」細川氏の立候補に色めきたった「市民派」の動きに強烈な違和感を覚える私です。都知事の仕事は福祉、労働、環境、子ども、女性等々「社会的弱者」(個人的には好きな言葉ではありませんが)すべてに目配りできる人が求められるはず。宇都宮氏はその点で弁護士として折り紙付きの人物。しかも、脱原発にも明確にコミットしている。
 
「市民派」は脱原発の一点での候補一本化と言い、「勝てる」という理由だけで宇都宮氏に「降りる」ことを要求したという(新聞報道)。これは逆さまな論理ではないか。先に立候補表明したのは宇都宮氏。細川氏が本当に都政全般を考えているのなら、先に立候補表明した宇都宮氏を支持し、その勝利に力を貸すのが筋のはず。それを妨げる理由として考えられるのはただ一つ、共産党が宇都宮氏を支持しているということ。それはあまりに狭量ではないか。細川氏が「危惧している」かもしれない共産党の宇都宮氏に対する影響力も、細川氏が宇都宮氏を支持することで「多様な考え」の持ち主が宇都宮氏の支持母体になることでむしろ中和されるはず。
 
今からでも遅くない。細川氏支持に走った「市民派」は自らの不明を潔く認め、細川氏に対して「宇都宮氏支持、自らの立候補取りやめ」を説得するべきだ。そうすれば、かつての美濃部都政に継ぐ宇都宮都政を実現することは一気に可能性を帯びるはず。
 
皆さん、どう思いますか?
 
さて、以下のような三者三様の声があります。
 
選挙とはこういうものだというべきでしょうか。あるいは「地を易うれば皆然り」(孟子 離婁章句下)ということでしょうか。
 
キーワードは「名声」「品位」「信用」。そして、それを(が)「汚す」「下げる」「ガタ落ち」。
 
いずれも批判たりえません。対立候補、対立候補陣営を貶めているだけのことのように思います。いわゆる「民主主義」陣営にしてこの「非難」のありさまです。情けない図、というほかありません。キーワードは「名声」でも「品位」でも「信用」でもなく、平凡ですがやはり「民主主義」というべきでしょう。「憲法改悪反対」も「秘密保護法制定反対」も「脱原発」も「組織内の人権」の問題も煎じ詰めれば民主主義の問題だろうと私は思います。今回の選挙ではとりわけ。
 
宇都宮陣営対細川陣営
宇都宮支持者1〕(vanacoralの日記 2014-01-28
一方主要メンバーのこの人(引用者注:鎌田慧氏)は、その名声を自ら汚す位に現実が見えなくなって来た様です。今回の細川支援で勝手連メンバーの名声が地に落ちる事は確実ですが、それは自業自得であります。
 
細川支持者〕(明日うらしま 2014年1月24日
安倍政権の暴走をストップさせるためには、この政権が押す舛添氏に絶対勝たねばならない。それには辛いが、宇都宮さんに歴史に残るご決断をお願いしたい。細川さん一本化で闘ってもらいたい。(前東海村長 村上達也)
 
宇都宮支持者対宇都宮批判者
宇都宮支持者2 ML1〕(2014/01/24)
ブログで宇都宮陣営を非難している醍醐さんも、革新陣営の知識人としては品位を下げてしまっている。
 
宇都宮批判者 ML2〕(2014/01/10)
高田健さんが貼り付けた三弁護士の言い訳は澤藤さん醍醐さんの言うとおり、全然なっていないもので、それを貼り付けた高田さんの信用も「ガタ落ち」だろう。
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