昨日の1月19日、沖縄県名護市長選挙の投開票があり、米軍普天間基地の名護市辺野古移設に反対する現職の稲嶺進氏が、辺野古移設推進を掲げ、 安倍自民党内閣と同党本部の全面的な支援を受けて出馬した前自民党県議の末松文信氏に4000票余の大差をつけ再選されました。
 
昨年の11月には沖縄県選出の自民党国会議員、同党県連を辺野古移設反対から容認に強引に転じさせ、さらに昨年末の12月には仲井真沖縄県知事の国の辺野古埋め立て申請承認という沖縄県民への裏切り行為を共謀、画策し、その上さらに投票日を間近にひかえて突然、 500億円の「名護振興基金」を打ち出し、名護を金で買おうとした自民党政府と自民党候補に名護市民が「金で心は売らない」という良識の鉄槌を下した「沖縄の心」の勝利といってよいでしょう。
 
しかし、この「沖縄の心」を支えたのは名護市民だけでなく、「沖縄の心」をともにしようとする米国の知識人ら29人もいました。その米国の知識人ら29人は連名で同市長選が本番に入る直前の1月8日に沖縄と世界に向けて「辺野古移設中止を」求める抗議声明を発表しました。声明連帯者の氏名はノーム・チョムスキー、ジョン・W・ダワー、マイケル・ムーア、ナオミ・クライン、ダニエル・エルズバーグ、ピーター・カズニック、オリバー・ストーン、アン・ライトなど。この声明の発表が名護市民を励まし、名護市長選勝利に大きな役割を果たしたこともまた確かなことといってよいだろうと思います。
 
さて、「世に倦む日日」というブログがその「米国知識人29名の署名による辺野古埋め立てへの抗議声明」に焦点を当てて、対比して現代の日本人知識人の不甲斐なさを論じた記事を書いています(世に倦む日日 2014-01-14)。
 
この「世に倦む日日」は、ある側面をフォーカスしてそれを焦点化するという点でしばしば手腕を発揮します。しばしば慧眼といってもよい視点を提起することもあります。その「世に倦む日日」の筆者は上記の日本人知識人の不甲斐なさについて次のように言います。
 
「もし、これが30年ほど前なら、きっとこんなことはなく、すぐに抗議文書が発信され、マスコミの記事になって紹介されたことだろう。加藤周一、丸山真男、鶴見俊輔、久野収、小田実、日高六郎、藤田省三、家永三郎、木下順二、掘(堀)田善衛、こういった面々が動いたに違いないのだ。」
 
「オリバー・ストーンやマイケル・ムーアやチョムスキーなど、今の米国の知識人たちは、この上に並べた戦後民主主義の知識人と重ね合わせて存在を見ることができる。同じ知識人範疇と認められる。だが、その知識人範疇に入る日本の現在の人物がいない。名前を挙げて並べることができず、リストにすることができない。無理もないと言うか、「憲法とは何か」を岩波新書から出している学閥の憲法学の権威が、秘密保護法は必要だと言い、国会で安倍晋三の代弁をやって正当化しているのだ。岩波の「世界」に記事を書いている者も、似たり寄ったりで長谷部恭男と大差なく、学閥官僚かアカデミー・サラリーマンだ。」
 
しかし、「世に倦む日日」氏の作家の辺見庸評価は少し違うようです。同氏は辺見庸について次のように言います。
辺見庸1  
 
「たった一人だけ、われわれの心中をかなり代弁していると思われる人間がいる。発見と言説の提供に注目している人物がいる。辺見庸だ。辺見庸は現代の日本の知識人だろう。それに並ぶ顔を探して指を折ろうとするが、適当なところが見当たらない。だが、それでは辺見庸が、オリバー・ストーンやマイケル・ムーアと同じ類型かと言うと、どうやらそれは違う。辺見庸は全く連帯しようとしない。政治運動を起こそうとしない。政治的発言をし、半ばわれわれの政治的な心情や意思を代弁しているにもかかわらず、それを現実政治に反映させるべく知識人の行動に出ようとはしない。逆に、反原発や秘密保護法反対で積極的に動いている大江健三郎を罵倒したりして、運動を無意味だと貶めている。戦後民主主義に対する偏狭な攻撃意識のようなものを持ち、私が上に並べた知識人の連帯や行動に対して侮蔑的な態度をとっている。文学者らしいと言えばそうだし、70年代の新左翼(全共闘)の残り香を感じさせもする。で、辺見庸が日本の現実社会について何を言い、どんな言葉をあてがっているかというと、死滅なり破滅なり滅亡である。そして、その絶望的でカタストロフな直観と洞察が、私にはメッセージとしてぴったりくる。感覚がシンクロナイズする。戦争が始まり、戦争が終わり、日本は歴史から消滅するのではないかと、そう思う。リアリティはそこにある。」
 
「世に倦む日日」の筆者のこの辺見庸評価はかなり私の辺見庸評価と「シンクロナイズ」します。私も辺見のその「絶望的」なまでの「直観と洞察」に強くうたれることがしばしばあります。辺見の「直観と洞察」は、作家のそれというよりも、人間としてほんものである、というのが私の辺見評価の「直観と洞察」です。だから、私は、辺見の「言葉」を信じます。
 
しかし、同時に、辺見庸は、少し「運動を無意味だと貶め」すぎているな、という思いは私にもあります。私は「世に倦む日日」氏とは違って「知識人」という存在についてその定義づけとともに疑問に感じているところがありますので辺見が「知識人の連帯や行動に対して侮蔑的」であることの論理と感情の一端については相応に理解できます。共感するところ大といっても差し支えないかもしれません。それにもかかわらず、「少し『運動』を無意味だと貶めすぎているな」と思うところも少なくないのです。
 
辺見が「運動を無意味だと貶めている」のは「運動」は無意味だと諦念しているからでしょう。だから、彼の思想は、「死滅」や「破滅」や「滅亡」という日に背を向ける背日性、「リミナル(liminal)な時空間」の方向に向かう。
 
2014年1月20日付けの辺見庸の「日録4」の言葉がその辺見の思想の指向性をよく表しているように思います。
 
「詮ずるに 、左右のどのような政治にも、個人として受容しうるものなどなにもない。にもかかわらず、政治とそれによりもたらされる出来事に、ひとりの人間がなんらかのかかわりをもたざるをえなくなるのは、なにも〈民主主義〉のためではなく、身体的についに堪えがたくなるからである。政治の位相と生身のひとの生活の位相は、おなじ空間にあるようでいて、おなじ位相空間にはまったくない。前者は後者を負いはせず、支えもせず、ただ壊すのみである。政治と生活は、畢竟、根本から対立する。どのみちすべてはめくりかえされ、剥きだされる。」
 
しかし、私は、この辺見の認識はどこかが違っているように思います。それが私の辺見に対する少ない違和感です。辺見は少し「運動」を無意味だと貶めすぎているな、と思うところの私の違和感です。
 
「世に倦む日日」氏は、辺見の思想は「死滅なり破滅なり滅亡」に少し傾きすぎているのでないかという辺見への若干の批判を前提にして次のように結論します。
 
「私が言いたいことは、どの国や社会にも、知識人は必ずいるし、そして必要だということだ。生きている国や社会ならば。けれども、死んでしまう国や社会には、それが物理的に消滅する前に、予告的に、先行して知識人が消えてしまうのだろうと、そう思うのだ。バイタルな知識人が地上にいない現実というのは、その国なり社会なりの命脈が尽き果てていることを意味するのではないか。辺見庸は、死滅や滅亡の言葉を日本にあてがい、われわれの行く先を予言するのだが、おそらく、その同じ言葉を沖縄にあてがおうとはしないだろう。沖縄の将来は、死滅でも滅亡でもないだろう。そこはバイタルなのだ。」
 
「世に倦む日日」氏の「知識人」の定義には少し異議があるものの、同氏のこの結論には私もおおむね賛成できます。辺見庸への私の違和感は、私たちはあの世の者ではなく、「身体的に」この世に生きて、「生身のひとの生活」をしている以上、それは形容抜きに必然のこととして「生きている国や社会」に住んでいるということ、住まざるをえないということでもあるだろう。辺見は否が応でも私たちはこの「生きている国や社会」に生きて暮らしていかなければならないということを少し疎かに、あるいは愚かにといってもいい、軽んじすぎてはいないか、というものです。辺見の政治へのアレルギー症状といってもいいほどの拒否反応もそういうところからきているのではないか(そうなったのには、「政治」と「展望」をノット・イコール以上のもの、スターリニズム以上のもの、マオイズム以上のものとして理論的、説得的に語ることのできなくなった現代左翼の著しい思想的劣化という負の問題も大きな要因としてあるでしょう)。私にはそう見えます。そして、それが、私の辺見の思想に共感しながら、共感しがたいところのある違和感といってよいものです。
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