醍醐聰氏(東大名誉教授・会計学)の「人にやさしい東京をつくる会」批判の第5弾です。今回は同会構成団体のひとつの「憲法会議」批判です。
 
私は1月16日付けのエントリ「『怒り』をもって言う ――『憲法会議』(憲法改悪阻止各会連絡会議)の澤藤統一郎弁護士への言論封殺事件」で「とりわけ『憲法会議』所属の研究者、弁護士の率直なご意見をお伺いしたいところです」という愚見を述べておきましたが、いまのところ「憲法会議」所属の研究者、弁護士がこの「言論封殺事件」について意見を表明したという事実を私は知りません。*醍醐聰氏の今回の意見表明は私の知る限り「憲法会議」所属の研究者ではないもののもっと大きな研究者総体としてははじめての意見表明ではないでしょうか。

護憲を掲げる団体が自由な言論を抑圧するおぞましい現実(1)
(醍醐聰のブログ 2014年1月19日)
護憲を掲げる団体が自由な言論を抑圧するおぞましい現実(2)
(醍醐聰のブログ 2014年1月19日)
 
詳細は上記の醍醐氏のブログの頁を開いてお読みください。
 
*kojitakenの日記」ブログの1月18日付けの記事にこの件に関して下記のようなコメントがありました。私は文面の内容から判断して「憲法会議」所属の研究者なり、弁護士のおひとりではないかと疑っていますが、もちろん私の「疑い」の範囲を超えません。

id:green_woods 2014/01/18 22:11
kojitakenさんは現在有権者だと思うのですが、「今回選挙は寝る」と言われる気持ちはよく分るつもりです。いままでほとんどこのブログを見てはいなかったのですが、kojitakenさんの潔癖感には親近感を覚えます。/その上でのことなのですが、澤藤弁護士が言っている「憲法会議の言論弾圧」については、ある意味で昔からよく知られたことであり、澤藤氏が今頃になってウブにも「初めて気がついた」という感じで批判しているのは、パフォーマンス以外の何ものでもないと思います。彼は、昨年4月(?)頃から、日民協のホームページ内の1ページから現在のブログを「独立」させていますが、それは、その後彼がブログで展開する言説が日民協に巻添え禍を起こさせないように「配慮」したものでしょう。彼は同協会の事務局長を歴任していたのですから…。その「配慮」の質・内容と、今回の憲法会議による「弾圧」とは、ほとんど同じであるにも拘らず、彼はそれを批判しているわけです。自分で予測しておいて、予測通りになった事態の展開を「言論弾圧だ!」と批判するのは、決してフェアではないと思います。世の中には「傾向企業の法理」というものもあるのですから、憲法会議の機関紙の編集権というものも考慮せざるをえません。/こうした「ムラ社会の論理による異端者排除」それ自体をなくすためにも、政治情勢を進展させる必要はあると思います。現在の共産党には、人間的にまったくおかしな連中が多数いて、指導部さえその例外ではない(私が接している末端の人間でも同じ)と思っていますが、結局は「より悪くない選択肢の選択」でしかないと思います。「寝て」いても、残念ながら事態を動かすことはできませんし、それは、「宝くじを買った人だけが当選できる」ということと似ています。宝くじに「当る」確率は極めて低いでしょうが、宝くじを買わなければ、当る確率は確定的に「ゼロ」です。/現在は、悔しさを腹に収めて、「当りそうにない宝くじを買う」という選択をするのも、民主主義の真の発展に沿うのではないか思っています。

引用者注:私はkojitakenの日記」ブログに投稿された上記のコメントには当然異論があります。おかしな手前味噌(自分に都合のよいように解釈した)の論理だと思っています。その異論は改めてエントリとしてアップするつもりです。
関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/763-7203c92e