*私の「祝島漁協総会における漁業補償金受け取り賛成票の増加をつくりだしたのは誰か」論を先に掲げておきます。冒頭から読もうとする場合は「続きを読む」をクリックしてお入りください。

さらに飯田哲也の山口県知事選出馬は、祝島島民・漁民にとんでもない負の負担を背負わせることになりました。
 
というのは、反原発の島・祝島の漁協総会ではこれまで総会の度に「漁業補償金受け取り」反対票が圧倒的に上回るというのが常でしたが、飯田哲也が山口県知事選に出馬し、その余勢で安倍現首相夫人の安倍昭恵さんを祝島に誘った翌年(2013年)の祝島漁協総会では「漁業補償金受け取り」派が激増したという事実があります。
 
この事実をどう見るか。そのことについて私は私なりの見方にもとづく記事を書いたことがあります。事実関係がはっきりしないところもありますので私の推測も含まれますが、私は根拠のある推測だと思っています。飯田哲也という脱原発を「売り」にする「脱原発」商売人の本性を見誤まらないようにしなければ、山口県、上関、祝島の真の「脱原発」の道は少なくとも今後数年間にわたってさらに閉ざされてしまうように私には思われます。以下、私の「祝島漁協総会における漁業補償金受け取り賛成票の増加をつくりだしたのは誰か」論です。ご参考にしていただければ幸いです。
 
 
上記の3通の祝島島民などのコメントでは触れられていないのですが、私にはこの3年間ほどの祝島漁協総会における漁業補償金受け取りに関する同漁協組合員の評決の推移が気にかかります。この3年間の評決の推移は以下のとおりです。
 
2010年1月29日総会 正組合員66名 反対43名 態度保留・賛成15名(議長除く)
2012年2月22日総会 正組合員58名 反対40名 賛成17名(議長除く)
2013年2月28日総会 正組合員53名 反対21名 賛成31名(議長除く)
 
2012年度には約70パーセントあった反対票(これまでの総会でも反対票が圧倒的というのが常でした)が2013年度には約40.4パーセントまで激減しています。逆に賛成票は2012年度の約30パーセントから2倍の約60パーセントにまで増加しています。これは単に組合員の高齢化や「漁獲量や魚価の低迷」などという経済事情だけでは説明はつかないでしょう。祝島の漁業者の高年齢化はいまにはじまったことではなく、経済不況もいまにはじまったことではないからです。昨年から今年にかけてなにかが変化したと考えるほかありません。 

そこで私が思い当たるのは以下のことです。
 
一昨年の1月には祝島では「祝島島民の会」(山戸貞夫代表)と東京のNGO「環境エネルギー政策研究所」(飯田哲也所長)共同の「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」というプロジェクトが立ち上げられました(「『反原発』の島、エネルギー自給率100%構想 山口」)。
 
そこで祝島及び山口県内での飯田氏人気は最高潮に達したのですが、その飯田氏人気に貢献したのはかなりの数の脱原発活動家でした(上記のコメント2通を参照)。しかし、飯田氏は新自由主義の経済思想を持っている人であり、真の「脱原発」派でも上関原発建設反対派でもありませんでした。飯田氏はただ「経済的合理性がない」からという理由で上関原発建設反対を言っていたのにすぎないのです。以上のことの詳細は拙論の「四度、飯田哲也氏の『脱原発』主張のほんもの性の可否を論じる」(2012.07.10)をご参照ください。
 
昨年はその飯田氏を山口県知事選挙に上記の脱原発派が担ぎ出すということがありました。これで祝島での飯田氏人気は不動のものになりました。この不動の飯田氏人気に貢献したのもやはり少なくない脱原発活動家でした。
 
その飯田氏は安倍現首相夫人の安倍昭恵氏を祝島の祭りに誘ったりもしました。これまで「自民党がもうまったく入れない島みたいになっちゃってる」ところに彼女を誘い、昭恵氏が「そこに飯田さんと一緒に行ったことで(祝島では)ちょっとした話題になってしまった」こともあるのです(「安倍昭恵が激白、夫・晋三と反原発で家庭内論戦」)。
 
ここで祝島住民に新自由主義思想やご大家の奥様に陰ながら憧憬を抱くといったふうの昔ながらの金持ち願望思想(それはある種の日和見思想ともいえるのですが)が昭恵氏の「遊び」感覚の祝島詣での影響として注入されたのかもしれない、などと私は推測するのです。以上は私の推測にすぎませんが(と言っても、上記に述べているとおりこの私の推測には相当の根拠があります)、この1年の間の祝島の漁業者の意識の急激な変化(評決の変動)を考えるとき、私にはそういうことしか思い当たりません。私はここでもほんものの脱原発思想とニセモノの脱原発思想を見わけるということの重要性を思わざるをえないのです。

【ここから正規の冒頭】
「飯田哲也がまたも山口県知事選に出馬へ」というニュースがあります。以下、「kojitakenの日記」から。
 
飯田哲也がまたも山口県知事選に出馬へ(kojitakenの日記 2014-01-13)
 
山口知事選:飯田哲也氏出馬へ - 毎日新聞
 
山本繁太郎知事(65)の病気辞職に伴う山口県知事選に、NPO法人「環境エネルギー政策研究所」(東京都)所長、飯田哲也氏(55)は無所属で立候補する意向を固めた。次点だった2012年の前回選挙に続き、脱原発と再生可能エネルギー拡大を掲げる予定で、同県上関町に中国電力(広島市)が計画する上関原発の是非が最大の争点に浮上しそうだ。
 
毎日新聞 2014年01月13日 07時20分
 
私はこの男が山口県知事選に再出馬するのではないかと思っていた。東京都知事選への細川護煕の出馬説が浮上した後は、それが確信に変わった。
 
私はかつてこの男が書いた文章を読んで感心していた時期がかなり長かったが、この男は一昨年、橋下徹のブレーンに就任して馬脚を現した。
 
さらに呆れたのは、「日本未来の党」結成で小沢一郎と組みながら、中国ブロック比例名簿登載順位をめぐって、衆議院選挙の公示日に、3位に書かれた自らの順位を1位に書き換えさせるという内紛劇を起こしたことだ。この時の飯田哲也は目が血走っていた。この醜態を見て、かつてこの男を信じた己の不明を大いに恥じたものである。
 
日本未来の党には広島6区の亀井静香がいたから*1、中国ブロックは比較的当選を狙いやすいブロックであった。私は、この男だけは当選させたくないなあと思いながら中国ブロックの結果に注目していた。日本未来の党の得票は全く伸びず、飯田哲也は落選した。選挙の公示日当日の内紛は、得票の伸び悩みに少なからず影響したとみられる。
 
いま飯田哲也はおそらく、都知事選で細川護煕の当選を当て込んで、その余勢を駆って、小泉純一郎や細川護煕の応援も得て当選するという皮算用をしているのではないか。
 
山口は保守がきわめて強い土地柄だから飯田は落選するだろうが、脱原発派はもっとまともな候補を立てられないものか。
 
*1:衆院選後の小沢一派による党の乗っ取りに亀井は参加せず、党を去った。
 
上記の記事にいう「中国ブロック比例名簿登載順位をめぐって、衆議院選挙の公示日に、3位に書かれた自らの順位を1位に書き換えさせるという内紛劇」とは以下のようなものです。同じく「kojitakenの日記」から。
 
権力亡者の飯田哲也、自らの中国比例ブロック名簿順位を引き上げ、森裕子に痛烈に批判される(kojitakenの日記 2012-12-05)
 
これはひどい。
 
未来、比例区届け出で混乱 締め切り直前、駆け込み提出
 
日本未来の党が4日、届け出締め切りの午後5時直前に中央選挙管理会に比例名簿を提出し、比例区の候補者数の確定が同日夜まで遅れる事態となった。比例名簿の順位をめぐって党内調整が難航したためだ。
 
未来は同日午前には比例名簿を提出せず、午後になって順次提出した。いくつかの名簿は受け付け終了を知らせる放送中に提出した。中央選管での審査に時間がかかり、全11ブロックの名簿が受理されたのは4日の午後10時半だった。
 
嘉田由紀子代表は4日夜、記者団に「たった1週間前に生まれた政党。時間がかかってしまい、大変申し訳なく思っている」と釈明。森ゆうこ副代表は「代表に了承いただき、作業を進めたが、飯田哲也代表代行から方針転換の話がありストップした。(名簿順位で)すべてのブロックを変更することになった」と語った。
 
総務省の米田耕一郎選挙部長は未来を念頭に「ある政党は受付時間ギリギリに来られ、事前審査も受けていなかった。通常の審査を行ったが時間がかかった。私どもは法に従って受け付け事務を行った」と記者団に語った。
 
(朝日新聞デジタル 2012年12月5日3時11分)
 
朝日新聞本紙の記事(12月5日付2面掲載)には、『「急造」未来 ドタバタ』という大きな見出しの記事が出ている。黒字に白抜きの副見出しには「飯田代行が電話『順番変える』」、「はや亀裂『異文化交流難しい』」とある。
 
記事を読むと、旧「国民の生活が第一」が作成した比例名簿ができあがっていたのを、飯田哲也がひっくり返したらしい。当初の案では、中国ブロック比例名簿の飯田哲也の登載順位が3位だったのを、3人の比例区候補全員を1位にした。おそらく、「三顧の礼で迎えられた」と思い込んでいた飯田は、比例区順位が3位と知って、「話が違う」と激怒したものに違いない。
 
さらに記事を読むと、飯田哲也を1位にしたことと整合をとるためか、「他ブロックでも重複立候補者を1位にそろえることになり、作業が大幅に遅れた」(朝日新聞記事より)という。
 
比例単独候補の一人は当初案で1位だったがブロックで最下位になり、「飯田氏は選挙の素人だ」と反発。同じく順位が変わった別の候補者は「政党としての体をなしていない。前代未聞だ」と嘆いた。
 
(朝日新聞 2012年12月5日付2面掲載記事より)
 
という。当初案で1位だったという比例単独候補が誰だかはわからないが、熊谷貞俊や福田衣里子の比例順位が、当選など絶対に考えられない下位に落とされたのは、小沢一郎ではなく飯田哲也のせいだったのかもしれない。森裕子は、そんな飯田哲也を激しく非難したとのことだ。私は森裕子など全く買わないが、この件に関しては森が激怒したのも当然だと思う。
 
それにしても、「俺が比例名簿最下位なんて許せない」(日本未来の党の中国ブロック比例名簿には3人しか登載されていない)と怒った飯田哲也も、「脱原発がウリの飯田なんか、選挙で票を得るための大道具、小道具の一つ」としか考えていなかったに違いない小沢一郎も、ともに「権力亡者」の権化としか思えない。まるで橋下徹と石原慎太郎のスケールを小さくしたような確執劇だ。「政党としての体をなしていない。前代未聞だ」という「日本未来の党」の比例候補が自党に向けた言葉は、そっくり「日本維新の怪」にも当てはまる。
 
いま私は、「日本維新の怪」とタイプしようとして、うっかり「日本未来の怪」と打つところだった。それほど、両党の性格は酷似している。
 
さらに飯田哲也の山口県知事選出馬は、祝島島民・漁民にとんでもない負の負担を背負わせることになりました。
 
というのは、反原発の島・祝島の漁協総会ではこれまで総会の度に「漁業補償金受け取り」反対票が圧倒的に上回るというのが常でしたが、飯田哲也が山口県知事選に出馬し、その余勢で安倍現首相夫人の安倍昭恵さんを祝島に誘った翌年(2013年)の祝島漁協総会では「漁業補償金受け取り」派が激増したという事実があります。
 
この事実をどう見るか。そのことについて私は私なりの見方にもとづく記事を書いたことがあります。事実関係がはっきりしないところもありますので私の推測も含まれますが、私は根拠のある推測だと思っています。飯田哲也という脱原発を「売り」にする「脱原発」商売人の本性を見誤まらないようにしなければ、山口県、上関、祝島の真の「脱原発」の道は少なくとも今後数年間にわたってさらに閉ざされてしまうように私には思われます。以下、私の「祝島漁協総会における漁業補償金受け取り賛成票の増加をつくりだしたのは誰か」論です。ご参考にしていただければ幸いです。
 
「上関原発 漁業補償金 一転受け取り 県漁協祝島支店が議決」という報道に触れて(私のコメント)(弊ブログ 2013.03.03)
 
上記の3通の祝島島民などのコメントでは触れられていないのですが、私にはこの3年間ほどの祝島漁協総会における漁業補償金受け取りに関する同漁協組合員の評決の推移が気にかかります。この3年間の評決の推移は以下のとおりです。
 
2010年1月29日総会 正組合員66名 反対43名 態度保留・賛成15名(議長除く)
2012年2月22日総会 正組合員58名 反対40名 賛成17名(議長除く)
2013年2月28日総会 正組合員53名 反対21名 賛成31名(議長除く)
 
2012年度には約70パーセントあった反対票(これまでの総会でも反対票が圧倒的というのが常でした)が2013年度には約40.4パーセントまで激減しています。逆に賛成票は2012年度の約30パーセントから2倍の約60パーセントにまで増加しています。これは単に組合員の高齢化や「漁獲量や魚価の低迷」などという経済事情だけでは説明はつかないでしょう。祝島の漁業者の高年齢化はいまにはじまったことではなく、経済不況もいまにはじまったことではないからです。昨年から今年にかけてなにかが変化したと考えるほかありません。
 
そこで私が思い当たるのは以下のことです。
 
一昨年の1月には祝島では「祝島島民の会」(山戸貞夫代表)と東京のNGO「環境エネルギー政策研究所」(飯田哲也所長)共同の「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」というプロジェクトが立ち上げられました(「『反原発』の島、エネルギー自給率100%構想 山口」)。
 
そこで祝島及び山口県内での飯田氏人気は最高潮に達したのですが、その飯田氏人気に貢献したのはかなりの数の脱原発活動家でした(上記のコメント2通を参照)。しかし、飯田氏は新自由主義の経済思想を持っている人であり、真の「脱原発」派でも上関原発建設反対派でもありませんでした。飯田氏はただ「経済的合理性がない」からという理由で上関原発建設反対を言っていたのにすぎないのです。以上のことの詳細は拙論の「四度、飯田哲也氏の『脱原発』主張のほんもの性の可否を論じる」(2012.07.10)をご参照ください。
 
昨年はその飯田氏を山口県知事選挙に上記の脱原発派が担ぎ出すということがありました。これで祝島での飯田氏人気は不動のものになりました。この不動の飯田氏人気に貢献したのもやはり少なくない脱原発活動家でした。
 
その飯田氏は安倍現首相夫人の安倍昭恵氏を祝島の祭りに誘ったりもしました。これまで「自民党がもうまったく入れない島みたいになっちゃってる」ところに彼女を誘い、昭恵氏が「そこに飯田さんと一緒に行ったことで(祝島では)ちょっとした話題になってしまった」こともあるのです(「安倍昭恵が激白、夫・晋三と反原発で家庭内論戦」)。
 
ここで祝島住民に新自由主義思想やご大家の奥様に陰ながら憧憬を抱くといったふうの昔ながらの金持ち願望思想(それはある種の日和見思想ともいえるのですが)が昭恵氏の「遊び」感覚の祝島詣での影響として注入されたのかもしれない、などと私は推測するのです。以上は私の推測にすぎませんが(と言っても、上記に述べているとおりこの私の推測には相当の根拠があります)、この1年の間の祝島の漁業者の意識の急激な変化(評決の変動)を考えるとき、私にはそういうことしか思い当たりません。私はここでもほんものの脱原発思想とニセモノの脱原発思想を見わけるということの重要性を思わざるをえないのです。
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