ある人が、あるメーリングリストで、要約、下記のような澤藤統一郎弁護士、醍醐聰東大名誉教授の論の批判をしてきました。
 
1.澤藤弁護士の「人にやさしい東京をつくる会」批判なるものはおのれの「私憤」に基づく批判にすぎない。
 
2.澤藤弁護士の論には「道理もない」(澤藤弁護士の記事で紹介されている週刊新潮の記事によれば、「運動員をしていた澤藤氏の息子がスタッフを怒鳴りつけるなどトラブルになったり、女性の随行員を勝手に採用した件などを理由に選対から外されてしまったことだ」ということがあるそうです。勝手な人事配置をしたり怒鳴るなどトラブルメーカーだったんでしょう。そんな協調性もない人だったとしたら、排除されても仕方はないでしょう)。
 
3.醍醐氏の批判も「憶測」にすぎない。
 
4.醍醐説が通るなら、もっと多くの専門家が違法性を指摘するに違いないのだがそういうこともない。また、マスコミもぜんぜん騒がない。
 
5.「本当に疑いが濃厚ならば、収支報告書を修正する際に選管から指摘があるはずだがそれもないようだ。
 
6.推薦を決めた政党や団体にも法律対策の部門があるがその法律対策の部門からも違法性の指摘はない。
 
7.「澤藤氏の主張する法的問題について簡潔に検討したが、それらのどれもが、些細な事務的ミスを針小棒大に取り上げたものである」という「人にやさしい東京をつくる会」の3弁護士の「法的見解」を追認する主張。
 
以下、その人の「論」への私の反論です。まだ上記1、2の点の反論でしかありませんが、続きはまた明日にでもアップするつもりです。
 
O氏は昨日付け「都知事選挙に思う」という返信投稿において澤藤統一郎弁護士と醍醐聰東大名誉教授の「人にやさしい東京をつくる会」批判についていくつかの反批判を試みていますが、澤藤、醍醐両氏の論を「憶測で批判している」などと一蹴しながら、一蹴しているおのれの論こそが実は「憶測」に基づく誤謬だらけの論でしかないことにはこれっぽちも気づいていないようです。
 
以下、そのことを彼の「論」に基づいて5点ほどにわたって証明します。
 
第1。まず、O氏の「憶測」「誤謬」の論の典型として同氏の言うところの「澤藤氏の息子が」「女性の随行員を勝手に採用した件などを理由に選対から外されてしまった」件について。
 
この件について、O氏は、澤藤弁護士の2014年1月10日付けのブログ記事に引用されている週刊新潮の記事をそのまま真実の記事のようにみなして次のように言います。「澤藤さんの昨日のブログ記事をみれば、私憤であるどころか道理もなさそうだと思わざる得ません。ここで週刊新潮の記事を引用しているように、「運動員をしていた澤藤氏の息子がスタッフを怒鳴りつけるなどトラブルになったり、女性の随行員を勝手に採用した件などを理由に選対から外されてしまったことだ」ということがあるそうです。勝手な人事配置をしたり怒鳴るなどトラブルメーカーだったんでしょう。そんな協調性もない人だったとしたら、排除されても仕方はないでしょう」、と。
 
しかし、澤藤弁護士の記事では週刊新潮の記事はいうまでもなく否定的に取り上げられているのです。「週刊新潮の記者は、私のブログを真面目に読もうともせずに、宇都宮君の言い分のとおりに「私憤」の筋書きで記事とした。「私怨・私憤」として立論することは、具眼の士には「一読して失笑してしまう」体のものであっても、週刊新潮の記者や読者には、問題の論点外しに有効なのだ。見過ごせないのは、週刊新潮の記事の中に「運動員をしていた澤藤氏の息子がスタッフを怒鳴りつけるなどトラブルになったり、女性の随行員を勝手に採用した件などを理由に選対から外されてしまったことだ」とあること」だ、と。その澤藤弁護士が否定している記事をO氏はそのことにはなんら触れずにさも澤藤弁護士も肯定しているかのように書きます。そして、週刊新潮の記事を真実とみなした上で「(澤藤氏の息子は)勝手な人事配置をしたり怒鳴るなどトラブルメーカーだったんでしょう。そんな協調性もない人だったとしたら、排除されても仕方はないでしょう」、と「澤藤氏の息子」を非難するそれこそ勝手な「憶測」を述べる。そこで描写されている人が否定していることを肯定しているかのように述べる点で、こういう作文技法は、「黒」のものを「白」と言いくるめるたぐいのまやかしの技法でしかない、と指弾しておかなければならないでしょう。 

週刊新潮がおそらく宇都宮陣営側から仕入れた情報として書いたであろう「女性の随行員を勝手に採用した件」の実際は同件の当事者としての澤藤大河氏の記録によれば以下のようなものです。
 
「私が随行員となったのは、事務局長熊谷さんの当初の指示に基づくものであった。Tさんが同行していたのも、街頭宣伝の現場で人員が不足していたので、増強を強く選対本部に求めたのに対し、何の対応もなされなかったことから、宣伝現場の責任者たる杉原車長および副車長たる木村さん、随行員の私、そのほか熱心に街頭宣伝に参加していた5人のボランティアが参加した12月4日の会議で、協議の結果決めたことであった。」(「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその23」(2014年1月12日)に掲載されている澤藤大河氏の「運動のポテンシャルを摘み取ったもの」(2012年12月16日)より)
 
上記のことは澤藤大河氏によって上原公子氏(宇都宮陣営)宛ての「求釈明書」の中でも繰り返し証言されていることです。宇都宮陣営側からはこの件についての反論は一切ありません。したがって、この澤藤大河氏の「釈明」の方にこそ真実があるとみなされるべきものでしょう。
 
もう一点、週刊新潮の記事の中にある「澤藤氏の息子がスタッフを怒鳴りつけるなどトラブルになったり」した点については、私は澤藤大河氏側の「釈明」を知りませんので(おそらく上原公子氏や熊谷伸一郎氏に対して「抗議」したことを捉えて宇都宮陣営側は「スタッフを怒鳴りつける」などと言っているのだろう、と私は理解していますが)この点については措いておきます。
 
が、わかっているところを判断しただけでも、Oさん、あなたが「澤藤さんの昨日のブログ記事をみれば、私憤であるどころか道理もなさそうだと思わざる得ません」などと言っていることの「非道理」は明らかです。
 
第2。O氏の澤藤統一郎弁護士への「批判」ならぬ侮蔑の表現としての「揶揄」と同弁護士の「私憤」批判について。
 
O氏は前便の冒頭近くで澤藤弁護士と醍醐聰東大名誉教授の評価に関して次のように述べています。「そもそも、<宇都宮さんの公職選挙法違反の疑惑>とか騒いでいるのは、私憤の澤藤さんと彼のブログを読んで憶測で批判している醍醐さんぐらいでしょう」、と。「騒いでいる」という表現、「私憤」云々という表現、「憶測」云々という表現は明らかに相手を侮蔑する表現です。
 
しかし、澤藤弁護士は「騒いでいる」のではありません。問題提起をしているのです。澤藤弁護士のいう「私憤」は同氏の「私憤」論を読めば明らかですが「公憤」のことであり、その「公憤の原点としての私憤」のことです。 また、醍醐東大名誉教授も「憶測」でものを述べているわけではありません。「私が入手した旧宇都宮選対の体質に関わる情報、それを正すために宇都宮氏がどのように対応したかを示す情報」(「宇都宮健児氏を支持する前にやるべきことがある(1)」)と「私自身の体験から得た知見を基本にし、(略)(澤藤父子の)事実関係の指摘は、今の時点では当事者の一方側の記述であることから、それぞれの記述の真実性は留保したうえで、指摘された問題の重大性に照らして、記述されたことが真実かどうかの説明を他方の当事者(宇都宮氏、旧宇都宮選対、「人にやさしい東京をつくる会」)に求めるというスタイルで記述している」(「宇都宮健児氏を支持する前にやるべきことがある(2・前篇)」もの、あくまでも事実の探求をめざすスタイルのものです。それを「騒いでいる」、「私憤」、「憶測」と侮蔑して表現するのは相手を貶めようとする意図だけがモロな明らかにゆきすぎた表現方法といわなければならないでしょう。とりわけ澤藤、醍醐両氏のこれまでの革新運動の分野で果たしてこられた功績と担ってこられた役割を考えるならばなおさらです。天に唾するとはこういうことをいうのではないでしょうか。
 
さて、澤藤弁護士の「私憤」論とはどういうものか。弊ブログ記事の「人にやさしい東京をつくる会」弁護士団の「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」 批判などですでに述べているものですが、もう一度繰り返しておきます。

以下の澤藤氏の「私憤」論を読んでもなおあなたは澤藤弁護士を「私憤の澤藤さん」などと揶揄されますか?
 
がっかりしたという体のものではありません。 激しい怒りがこみあげてきました。「人にやさしい東京をつくる会」の中山武敏氏、海渡雄一氏、田中隆氏3弁護士の連名による「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」という澤藤統一郎さん(昨年の12月20日に同会運営委員を「だまし討ち」解任されるまでやはり同会の会員・弁護士でした)の昨日段階で17回を数える「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」という「宇都宮健児君」「宇都宮選対」「人にやさしい東京をつくる会」批判に対する反論文書を読んだときの私の感想です。
 
その3氏による澤藤氏批判の「法的見解」は「1 はじめに」で次のように言います。
 
「同ブログ「宣戦布告」第1弾で、同氏自身が「『宣戦布告』の動機の半分は私憤です」と記載し、自ら私憤で宇都宮健児氏や上原公子選対本部長(当時)を攻撃していることを自認している。澤藤氏は弁護士であるが、法律家は事実と法律に基づいた法的主張をなすべきであり、私憤に立脚する同氏の主張が恣意的なものであることはこの点からも容易に察せられる。」
 
自らの主張を「法的見解」と名づけながら、そしてさらに澤藤氏を「澤藤氏は弁護士であるが、法律家は事実と法律に基づいた法的主張をなすべきであ」ると批判しながら、自らは「法的見解」とはいうべくもない「私憤」という法外な批判から始めるのです。澤藤氏が以下のようにその「法的見解」の反批判をするのも当然というべきでしょう。
 
「「見解」は、私が「『宣戦布告』の動機の半分は私憤です」と言っていることを捉えて、「私憤に立脚する同氏の主張が恣意的なものであることはこの点からも容易に察せられる」と言う。しかも、この「非法律的論点」について、不自然なまでの紙幅を割いている。これが、何か私の主張に対する「法的な」批判となっているとお考えなのだろうか。「私憤」と「主張が恣意的」とは無関係。主張そのものに対する批判が困難なので「私憤」を持ち出したに過ぎない。」(「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその17」)
 
さらに「私憤」とは澤藤氏によれば本来次のようなものです(前の記事でも引用しているものですがもう一度繰り返しておきます)。
 
「さらに、『私怨論』というべき批判がある。私が、自分の息子のことだから、怒っているのだという指摘だが、これが『批判』になり得ているのだろうか。不当な権利侵害があれば、被害者側に『私怨』『私憤』が生じるのは当然だ。『私怨』論は、傍観者の自己正当化の理屈でしかないだろう。『大所高所』論に対応するには、『私怨』『私憤』重視論である。私は、人権侵害を批判するには、被害者の『私怨』『私憤』に共感する感性が必要だと思う。」(前掲「その11」)
 
さらに上記にいう「大所高所」論とは次のようなものです。
 
「『大所・高所』論とは、弱者の権利救済をネグレクトし、泣き寝入りを強いることを合理化する論理だと私は思う。将の論理であって、兵の論理ではない。体制の側の論理であって、弱者の側の論理ではない。『大所高所』論には、個別の権利侵害に対する怒りで対抗しなければならないと思う。」(同上)
 
「不当な権利侵害があれば、 被害者側に『私怨』 『私憤』 が生じるのは当然だ」。それをさも問題であるかのように言挙げする論理(すなわち、「法的見解」の論理)は「弱者の権利救済をネグレクトし、泣き寝入りを強いることを合理化する論理」「体制の側の論理であって、弱者の側の論理ではない」と澤藤弁護士は反批判しています。蓋し、当然な反批判というべきでしょう。
 
次のような反批判もあります。
 
「宇都宮氏擁護のための「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」を一読して失笑してしまいました。何の反論にもなっていないのみ為らず、澤藤氏の批判を「私憤、私怨」に依るものである、とこれが、弁護士の「論理」か、と疑うような記載があったからです。凡そ、弁護士に依る論説とも思えません。 これを書かれた弁護士諸子は、冤罪を償うべく国家賠償を請求される無実の人に「私怨」を晴らすのは罪とでも云われるのでしょうか。 或いは、公害病に苦しむ患者を代理して公害企業に被害を償うべく訴訟を提起することは、「私怨」を晴らすことに為り出来ない、と云われるのでしょうか。法学徒ならば、イェーリング(Rudolf von Jhering)の次の言葉を知っているのか、と問わねばなりません。 即ち、「人格そのものに挑戦する卑劣な不法、いいかえれば、その実行の着手の仕方のうちに権利の無視、人格的侮辱といった性質をもっているような権利侵害に対する抵抗は義務である。 それは、権利者の自分自身に対する義務である」と。澤藤統一郎氏は、この自己に課せられた義務を果たそうと「権利のための闘争」(Der   Kampf ums Recht)に立ち上がられたのです。(とら猫イーチ2014.01.07
 
これも宜なるかなというべき反批判というべきでしょう。中山武敏氏、海渡雄一氏、田中隆氏3弁護士による「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」はおよそ「法的見解」にはなっていないのです。とら猫イーチ氏ならずとも「失笑してしま」う体のものでしかありません。私ははじめにこの「法的見解」を読んで「激しい怒りがこみあげてきました」と書きました。「法的見解」になっていないばかりでなく、「私憤」を持ち出しながらその「私憤」批判にもなっていない。「私憤」というものの本質性。「私的な深い憤りの感情こそが、この世の不当な仕打ちを是正して、すべての不合理を正そうとする行動の原動力となる」ことの意味を3氏が3氏とも法律家でありながらまったく理解していないのです。私が「激しい怒りがこみあげてき」たというのはそういうことなのです。
 
(続く)
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