「生活・小沢代表は細川氏支持 菅元首相も」という報道について ――関連ブログ記事2題
 
小沢一郎と菅直人が細川護煕を支持へ(呆)
(kojitakenの日記 2014-01-12)
 
やっぱりな。
 
【都知事選】生活・小沢代表は細川氏支持 菅元首相も
 
生活の党の小沢一郎代表が東京都知事選への出馬を決断した細川護煕(もりひろ)元首相を支持することが10日、複数の関係者への取材で分かった。政党色を薄めたいという細川氏の意向に配慮し、党として推薦など表立った手続きは行わず「勝手連」として応援する方針だ。
 
小沢氏は、細川氏と同様「脱原発」が持論。細川氏と小沢氏側近は昨年末から、都知事選の見通しについて意見交換を重ねており、「今後、選挙資金の提供も検討している」(小沢氏周辺)という。
 
一方で、「脱原発」を主張する菅直人元首相も、9日のブログで「原発ゼロを求める都民は、当選可能な細川さんの応援に集中すべきだ」と書き込み、全面的な支援を呼びかけている。
 
(MSN産経ニュース 2014.1.11 09:03)
 
「今後、選挙資金の提供も検討している」ねえ。その金はもともとどこから出てきたんだろうねえ。
 
靖国参拝に開き直る小泉(vanacoralの日記 2014-01-11)

【小泉元首相記者会見】「靖国参拝しないで日中うまくいったか」(2013年11月16日付MSN産経ニュース)
 
小泉純一郎元首相は12日、東京・内幸町の日本記者クラブでの記者会見で、靖国神社参拝について「私が首相を辞めた後、(首相は)一人も参拝しないが、日中問題はうまくいっているか。外国の首脳で靖国参拝を批判するのは中国、韓国以外いない。批判する方が今でもおかしいと思っている」と述べた。
 
ただ、「これから中国に対する対応は、今の安倍晋三首相の対応でよい」とも語った。
 
こういう人に担がれてるのが細川元首相。安倍の靖国参拝に反対する「リベラル」な人たちが「脱原発」のシングルイシューで細川・小泉を支持するのはチャンチャラおかしい話であります!!

【東本コメント】
 
vanacoral(「vanacoralの日記」)さん。
 
「こういう人に担がれてるのが細川元首相。安倍の靖国参拝に反対する「リベラル」な人たちが「脱原発」のシングルイシューで細川・小泉を支持するのはチャンチャラおかしい話であります!!」とあなたはおっしゃる。まさにそのとおりだと私も思います。
 
しかし、そのあなたは、あなたのブログの1月8日付けの記事で「来月には新しい東京都知事が誕生します。(略)来る東京都知事選では前回に引き続き宇都宮健児さんを支持する事に致します」と表明されています。
 
今日、私のもとに到着した「宇都宮けんじニュース第7号(2014年1月12日号)」(メールニュース)の「2.いよいよ! 事務所オープン」の項には次のような記載がありました。
 
「希望のまち東京をつくる会」の事務所がオープンしました。昨日夕方5時から行なわれた事務所開きには100人を超す方々が駆けつけ、宇都宮けんじの、「脱原発を訴える候補が出てくるのはいいこと。大歓迎!」を皮切りに、木内みどりさん他みなさんの気合いの入ったスピーチで大盛り上がりでした。
 
上記で宇都宮健児氏が「脱原発を訴える候補」と言っているのは細川元首相のことに違いありません。宇都宮氏は、細川元首相のことを「脱原発を訴える候補が出てくるのはいいこと」と言い、「大歓迎!」とも言っているということになります。だとすれば、あなたのご認識によれば、この宇都宮氏の「話」も「チャンチャラおかしい」ということにはなるのではありませんか? あなたの「論理」のゆきつくところの必然として。
 
さて、vanacoralさん。

あなたは上記のあなたのブログの記事で「ただし“内ゲバ”の問題に関しては、火消しが遅すぎる印象が否めませんので」云々とも述べています。だとすれば、あなたは、その「“内ゲバ”の問題」についてもよく承知されているということになります。
 
あなたのおっしゃる「“内ゲバ”の問題」とは(ちなみに私は「“内ゲバ”の問題」とは思っていません。「正義」の問題だと思っています)、前回の都知事選では「人にやさしい東京をつくる会」の中心的な会員でもあった澤藤統一郎弁護士や醍醐聰東大名誉教授(会計学)が各々のブログで宇都宮健児氏及び「人にやさしい東京をつくる会」を批判していることを指しているのだと思いますが、その澤藤氏の宇都宮健児氏及び「人にやさしい東京をつくる会」批判の中心的論点は、同会の上原公子選対本部長(元国立市長)と熊谷伸一郎選対事務局長(岩波書店勤務)が「小さな権力」を笠に着て不当に同会のやはり中心的ボランティアだった澤藤大河さんとTさんに対する選対本部の随行員任務外しを強行し、その行状を宇都宮健児氏が見て見ぬふりをした一件を指し、さらに同会の多くのボランティアが無償で労務提供しているのに対し、上原公子選対本部長や服部泉出納責任者には各々10万円の「選挙報酬」を支払っていた一件(一部の例。なお、この「選挙報酬」の支払いについては「交通費等」の実費支払いだったという会側の反論もありますが、この反論も澤藤氏、醍醐氏によって論破されています)を指していることは明らかです。
 
   注:その「論破」の一端として醍醐聰氏の下記の論を提示しておきます。  
   ■新旧宇都宮陣営は問題の重大性を自覚すべきである(1)
   (醍醐聰のブログ2014年1月11日)
   ■新旧宇都宮陣営は問題の重大性を自覚すべきである(2)
   (醍醐聰のブログ2014年1月11日)
 
この一件がいかに不当なものであったか。いまもあるか。
 
上原公子選対本部長と熊谷伸一郎選対事務局長によって不当に選対本部の随行員任務外しをされた当事者の澤藤大河氏の弾劾の声(権利を侵害された当事者の訴え)を昨日の「澤藤統一郎の憲法日記」ブログの記事から一部だけ引用してみます。
 
この澤藤大河氏の弾劾の声(権利を侵害された当事者の訴え)をいまも無視し続けている「人にやさしい東京をつくる会」責任者としての宇都宮健児氏を、あなたはそれでも「支持する」ことが正当であるとお考えでしょうか? そうだとすれば、私は、あなたの「考え」は断じて誤っていると思います。これは「革新統一候補」の重要性云々以前の問題。その候補者は真に「革新」と言いうるかどうかというより本質的な「人間」としての道義性に関わる問題。すなわち、それは「革新」の道義性に関わる問題。下記で澤藤大河氏が「訴え」ておられる「人権」や「民主主義」の問題というべきだろう、というのが私の「考え」です。
 
以下、澤藤大河氏の「再々々度、「命令」の撤回と謝罪を求める」(2012年12月15日付)の引用(「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその22」から)。
 
再々々度、「命令」の撤回と謝罪を求める
2012年12月15日
上原公子様
  澤藤大河
 
  12月12日から14日の各日、私はあなたに宛てて、私への「命令」の撤回と謝罪を求める旨の3通の通知をした。事情を知悉し、あなたの「命令」の執行として私を任務から排除することに加担した熊谷伸一郎さんにもその写しを通知している。
 
  しかし、現在なお、あなたからの返答に接していない。前回通知での質問も、無視されたままである。
 
  私は、かつて労働組合のない民間企業に勤務していて、職場の労働者代表として労働条件改善について会社と交渉した。その際、私は労働者の要求の実現に徹した立場を貫いて会社側から徹底的に敵視された経験をもつ。その際には3回の理不尽極まる懲戒処分を受けつつ、まったく一人でたたかった。
 
  そのときの自分の怒りの原点は、労働者をプライドある人間として尊重することのない資本の論理に対するものであった。そのころ、福島第1原発の事故が起こって、姑息に情報を隠して人間の尊厳を蹂躙する東電の資本の論理に激怒した。
 
  それと同質の怒りが市民選挙の運動に献身した末のものとして、今、私の内にある。同時に、市民選挙に大きく期待した自分の不明に対する失望感も大きい。
 
労働者として会社の理不尽と対決した際には、私にはそれなりの予想と覚悟があった。しかし、あなたの私に対する仕打ちは、まったく予想もできない突発の事態で、訳のわからなさに情けないとしか言いようがない。今冷静に考えると、あなたのやり方は、公権力や資本以上に陰湿で酷薄というしかない。
 
かつて会社とたたかった際には、さまざまな人間模様を見せつけられた。味方であったはずの人の引き方、保身のために会社側に加担した人、保身のために事態を見て見ぬ振りをした人も多かった。そして私に味方してとばっちりを受けた少数の人もいた。このたびの件では、その既視感を禁じ得ない。
 
何度でも繰り返すが、あなたはボランティア参加者を人格ある人間としてみることができない。あなたは市長ではなく、私は市の職員ではない。にもかかわらず、あなたは、私たちをあたかも将棋の駒か兵隊のようにしか見ることができない。問答無用で、人に命令ができると考えている「人にやさしくない」その体質こそが、問題なのだ。
 
あなたには心に銘記していただきたい。一寸の虫にも五分の魂がある、ということを。あなたから、任務を外された二人の候補者随行員とも、虫けらではない。五分よりは遙かに大きな魂をもっている。ボランティアとして運動に参加した人の一人一人がそのような魂をもっていることを理解していただきたい。
 
私に対する「命令」の撤回と謝罪なくして、あなたには人権も民主主義も語る資格はない。あらためて、速やかに「命令」を撤回し、「市民が市民に「命令」する権限などない」ことを確認する意味で自らの非を認めての誠実な謝罪を求める。
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