安重根

辺見庸「不稽日録」 2013年11月20日
 
カフェ・ダフネ(引用者注:辺見庸のゆきつけの喫茶店)で新聞を見た。アンジュングン(安重根)は「犯罪者」という菅義偉官房長官発言を各紙がどう伝えたか知りたかったから。

呆れた。どれほど大きく報じていることかと息をつめて紙面を繰ったら、あれほどの重大発言が、たったの2、3段。菅官房長官が19日の記者会見で「わが国は、安重根は犯罪者であると韓国政府にこれまでも伝えている」と、こともなげに語ったことが、しかし、朴槿恵(パククネ)政権支持者と反対派を問わず、どれほど韓国民衆の内面を傷つけたか、想像にかたくない。
 
そもそも、「ポムチェジャ」(범죄자、犯罪者)という言葉が韓国語でどれほどおもいひびきがあるのかこれにアンジュングンの名前をかさねたら、いったいどのように相乗して侮辱的、屈辱的な語音となるか、与野党の政治家、官僚だけではなく、いまのジャーナリズムも、じつに恥ずかしいことに、かんがえたことがないのではないか。日本という国の悲惨さは、いちじるしく知性を欠く政治家とマスメディアに支配されているにとどまるのでなく、みずからの近現代史の実相と、その朝鮮半島、中国とのかかわりの深層を、あまりにも、じつにあまりにも知らず、謙虚に知ろうともしていないことである。
 
この国は、せいぜいよくても、司馬遼太郎ていどの近代史観しかもたない首相と政治家を、過去にも現在も、何人もいただいてきたことだ。そして日本の〈征韓論〉の歴史と淵源をまったく知らないマスコミ。そのツケがいまきている。大久保利通、江藤新平、榎本武揚、福沢諭吉、板垣退助、大井憲太郎、樽井籐吉、陸奥宗光、勝海舟、山県有朋、与謝野鉄幹、井上馨、三浦梧楼、伊藤博文、大隈重信、徳富蘇峰、宇垣一成、南次郎、小磯国昭・・・らが、アジアと朝鮮半島にかんし、なにを語り、なにをしてきたかを、日本人はとっくに忘れたか、もともと知らず、朝鮮半島や中国に住まうひとびとのほうが代々、憶えているということは、これはまたどういうことなのか。
 
「ポムチェジャ」とはだれのことだ?三浦梧楼はおどろくべき범죄자ではないのか。伊藤博文とはなにをなした人物か。なぜそれを調べてみようとしないのか。在日コリアンへのいわれない迫害、韓国・北朝鮮蔑視のみなもとは、安倍政権の病的感性とその先達らの脈々たる倨傲の歴史観にあることが、このたびの菅官房長官談話ではっきりした。
 
朝日新聞も毎日新聞もNHKも、いまさら言ってもまことに詮ないが、恥を知れ! しかしだ、たったこれだけのことを書くのに、なぜこんなにも気をつかわなければならないのか。慄然とし貧寒とする。言説を暴力で統制しようという権力とその内通者たち。他者の言説を盾にし、みずからは盾の陰にかくれる、体制批判者を気どる卑劣漢。どこまでも病みすさんだマスメディア。大小のファシストたちの狂乱、乱舞。
 
いつの間にこんなことになってしまったのか。ふむ、ずっと昔からか・・・。
 
辺見庸「不稽日録」一部省略 2013/11/20
                                      *改行は引用者。
 

参考:

菅官房長官の安重根発言に韓国反発
(朝日新聞/ハフィントンポスト 2013年11月20日)
 
「犯罪者という表現は遺憾」 菅官房長官発言に韓国反発
 
菅義偉官房長官が19日の記者会見で朝鮮の独立運動家、安重根(アンジュングン)を「犯罪者」と発言し、韓国外交省の趙泰永報道官が同日の会見で「犯罪者という表現を使うことは大変遺憾だ」と批判した。
 
菅氏は19日午前の会見で、中国・ハルビン駅で安重根が伊藤博文を暗殺した現場を示す碑を設置する動きについて「我が国は安重根を犯罪者と韓国政府に伝えている。このような動きは日韓関係のためにはならない」と強い不快感を示した。これに対し、趙氏は同日の定例会見で「日本の帝国主義時代に伊藤博文がどんな人物だったのかを振り返れば、官房長官発言はありえない」と指摘。「安重根義士は我が国の独立と東洋の平和のために命を捧げた」と強調した。
 
安重根は韓国では、日本の植民地支配への抵抗を象徴する「英雄」で、日本の政府高官が「犯罪者」と発言したことは日韓関係に影響を及ぼす可能性がある。ただ、菅氏は同日夕の会見で韓国側の反応について「ずいぶんと過剰反応だなと思う。従来の我が国の立場を淡々と言っただけだ」と述べ、問題にはならないとの認識を示した。
 
また、中国外務省の洪磊副報道局長は19日の定例会見で「安重根は中国でも尊重されている。(碑の設置を)前進させることを検討している」と述べた。 
【今野忍、ソウル=貝瀬秋彦】

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