ZEDさんの論は私から見て「偏狭」(失礼ながら視野が狭窄的で、ときとして倒錯的でもある)で主観的なところも多く、賛同できないことも多いのですが、以下のZEDさんの論は卓見だと思います。山本太郎氏の「天皇に手紙手渡し問題」を考える上でも重要な視点の提供と問題提起にもなっているように思います。
 
天皇を 利用出来る奴 出来ない奴
(Super Games Work Shop Entertainment 2013年11月01日)
 
江戸幕府を倒してそれに取って代わった(つまり現在の日本国=大日本帝国の濫觴である)薩長土肥の領袖達は天皇の事を何と言っていたか知っているか?
 
玉(ギョク)」である。

御前会議 
御前会議 正面昭和天皇(毎日新聞 昭和20年1月1日

天下の覇権を狙う野心家連中にとって天皇とはまさに手中の玉、他の対抗勢力にひけらかして自分達こそ正統派・官軍だという事を証明する為のパスポートみたいなものだった。


これは長い日本の権力闘争の歴史の中で、藤原氏の摂関政治以来千数百年にわたって続いて来た慣例と言うか不文律のようなもの、すなわち天皇制が古代・近代・象徴と表看板は変わっても、その間に一貫して保持されてきた重要な核心要素の一つと言って良いだろう。
 
藤原氏の摂関政治、平清盛の平家政権、源頼朝と鎌倉幕府、新田義貞と足利尊氏が覇権を争った「太平記」南北朝の時代、その後に足利政権として確立した室町幕府、三好一族や織田信長・豊臣秀吉などの有力戦国大名、徳川家康と江戸幕府、そして明治維新から現在に至る大日本帝国=日本国…。いずれも時の天下人や覇者達は「天皇=玉」を擁する事で自己勢力の正当化を図った。
 
しかしながら、ここで忘れてはいけない重要な要素がある。
 
「天皇=玉」を自陣営に取り込めばそれで誰でも官軍になれる訳ではない。
 
天下を窺える力、すなわち政治力・財力・武力などを一定水準備えている者でなければ、この「玉」を手にしても無用の長物に過ぎないという事だ。例えば…。
 
戦国時代、織田信長が京都を含む日本の半分以上を領有して最大勢力となった状況を仮定しての話をしてみよう。その時、どこぞの者とも知れぬ田舎の小大名の配下がこっそり京都へ侵入し、天皇をさらって自国へ連れて行ってしまいました。その小大名こそ「天皇=玉」を手中にしました、天子様の後見人です、と。ではその小大名が新たな天下人・戦国の覇者という事になるのだろうか? 
 
ならない!
 
この場合、信長は間違いなく大軍を送ってその小大名を皆殺しにし、力ずくで天皇を奪い返すまでの事だ。
 
力のない者が天皇だけ自分の所に引っ張って利用しようとした所で、屁の突っ張りにもなりはしない。
 
あるいは、いかに信長といえども天皇を「人質状態」にしている相手を軽はずみに攻撃出来ないのではないか、と反論する向きもあるだろう。
 
だがそのような事はない。
 
仮に天皇が戦火の巻き添えで死んだりその小大名に連れられて脱出したとしても、京都にいる天皇の子や親族の中から新しい天皇を擁立すれば済むだけの話だ。信長の大先輩である足利尊氏だってそうしたよ(笑)。北朝と光明天皇…。
 
平家対源氏、新田義貞対足利尊氏、今川義元・織田信長・武田信玄など成否問わず上洛して天下を取ろうとした有力戦国大名、徳川幕府対薩長土肥などなど…のように覇権を目指して相争う陣営の勢力差が比較的小さい場合は「天皇=玉」を手中にする事で流れが大きく変わる事もあり得る。だが彼我の力の差があり過ぎる場合は、そんなの関係ないのだ。力のない奴が「天皇=玉」を取ったって全く意味ない。
 
このように「天皇=玉」とは限られた特権階級の占有物であり、力のない者や「下々の皆さん(by 麻生太郎)」には元より天皇を政治利用出来ないよう、システム自体がそうなっているのである。
 
石牟礼道子水俣病患者の面会に来た天皇・皇后夫妻と会い、涙を流さんばかりに大感激しちゃったという。
 
山本太郎は園遊会で天皇に原発問題に関する手紙を直訴して、今世間では大騒ぎになっているという。
 
この二つは天皇制の本質を理解していない弱者(つまり天皇を利用出来ない立場・階級の者)が仕出かした愚行の典型例と言って良いだろう。
 
「力なき者及び特権階級にあらざる者の天皇の利用は出来ず」
 
この原則を知らぬ社会的弱者はしばしば「陛下にお願いすれば」「天皇こそ日本の本当のリベラル」という勘違い(と言うか、はっきり言えば奴隷根性)から致命的な誤謬を犯す。
 
先代の天皇はある時期から靖国神社への参拝をやめた。
 
今の天皇は即位時に「憲法を守る」と宣言した。
 
今の天皇は日の丸・君が代を押し付ける東京都教育委員の将棋指しに対し「強制でない方が望ましい」と指摘した。
 
これらを知った日本の左派・リベラルと呼ばれる人々の多くの反応はどうだったか。異口同音に「天皇すら靖国には参拝しないじゃないか」「天皇こそ護憲派じゃないか」「天皇でさえ君が代・日の丸強制に反対してるじゃないか」と言って賛同しただろう。それどころか「安倍晋三と靖国宮司に告ぐ、勅命が発せられたのである。既に、天皇陛下の御命令が発せられたのである」などと言って、まさに自分こそ天皇の忠臣と言わんばかりの態度をとった愚劣極まりない自称左派まで珍しくなかった。
 
それでどうなりましたか? 
 
天皇が靖国に参拝しないからといって、国会議員はもちろん一般国民の靖国参拝がなくなりましたか?
 
天皇が憲法を守るからといって、自衛隊海外派兵などの違憲行為がなくなりましたか?
 
天皇が日の丸・君が代の強制は望んでないからといって、そうした強制行動が学校はもちろん日本社会のあらゆる所でなくなりましたか?
 
答は言うまでもありませんね。
 
靖国参拝、違憲行為、日の丸・君が代強制のいずれも今の日本では大フィーバー状態です!
 
力なき者・特権階級にあらざる者が天皇を利用する事は出来ないが、利用される事は出来る。
 
いや、利用しようと近付いたはずが逆利用されるよう仕組まれているのだ。それが天皇制の巧妙なシステムである。左派が「富田メモ」を見て「そら見た事か。右翼こそ天皇に逆らう逆賊だ」と騒げば騒ぐほど、逆に靖国神社が大繁盛していったように。
 
弱者や特権階級にあらざる者が天皇を利用する事はあり得ず、ただ利用されるのみ。
 
安倍晋三は「水俣病を克服した」と宣言し、その直後に天皇夫妻が熊本を訪問して患者達を「慰労」した。この天皇夫妻訪問に加担したのが他ならぬ石牟礼道子だった訳だが、この訪問こそまさに「安倍が言う所の水俣病克服」の決定打・総仕上げとなるのは間違いないだろう。今後水俣病患者の前途に待っているのは「天皇御夫妻まで面会してくれたのに、まだ文句を言うのか」という冷たい攻撃だ。水俣病の補償だ何だと騒ぐ奴は「朝敵・国賊」となり、それを恐れて患者達はむしろ声を上げられなくなるだろう。文句を言う奴がいなくなれば、水俣病などないも同然。
 
ここに「水俣病の克服」は成った!
 
患者達にはもはや「かすかな希望」どころか「大いなる絶望」しか待ち受けていないだろう。
 
安倍の「水俣病克服宣言」と天皇夫妻の「水俣病患者面会」と石牟礼道子の「天皇夫妻への阿附追従」は見事なまでの三点セットにして、ナイスコンビネーションなのだ。
 
はっきり言って石牟礼道子がこれまでやって来た事を全否定したい心境だが、この人物は元々東京のチッソ本社へ抗議に行った際、二重橋にも行って「天皇陛下万歳」を叫んでしまうような者だった。
 
天皇に対してどこまでも「退く! 媚びる! 省みる!」姿勢であり、天皇の御威光にすがって問題の解決を目指した所が石牟礼の限界だったのだろう。天皇を頂点とする天皇制国家こそ水俣病の最大の元凶にして根源だという本質に向き合えなかったのだから。それも最後の最後に一番ひどい事をしてくれたものと思う。
 
「きさまはこの日本の地に流れる天皇の制度に負けたのだーーーーーっ!!」という天皇と安倍とチッソの勝ち誇ったセリフが聞こえてきそうな気がする。
 
山本太郎についても全く同じ事が言える。
 
東京オリンピックの決議の時にはなかなか気骨があると思ったが、これまた早々に限界を露呈したという感じだ。してみると山本が一人でもオリンピックの決議に反対出来たのは「いざとなったら天皇に直訴」と考えていたからかもしれない。己が天皇を利用出来ると錯覚した勘違い野郎という意味では、2.26事件の過激派将校と同じで幼稚な発想の持ち主に過ぎなかったのではないか。
 
元より山本太郎は天皇を政治利用出来るような御身分・階級ではない。安倍や麻生や小泉とは違って。山本の行動に対して「政治利用」云々言う事自体が間違っている。山本は天皇を利用しようとして逆に利用されるという、天皇制の網に引っ掛かった単細胞に過ぎない。
 
元より社会的強者・特権者のおもちゃである天皇を、「下々」の人間が利用出来るだとか、それに問題解決を託すという発想自体が間違っている事にいい加減気付かねばならない。天皇制のシステムってそんな風には出来てないから。
 
天皇に跪いて解決と慈悲を乞う靖国問題。
天皇に跪いて解決と慈悲を乞う日の丸・君が代問題。
天皇に跪いて解決と慈悲を乞う憲法問題。
天皇に跪いて解決と慈悲を乞う水俣病問題。
天皇に跪いて解決と慈悲を乞う原発問題。
 
どれもこれも反吐が出るほど気持ちの悪い倒錯の極みだ。こうした天皇への帰属行為が何らの問題解決にもつながらず、むしろ悪化させる事だけは100%保証出来る。
 
ある世界では今や天皇に準ずる存在であるのが小泉純一郎だろう。この男が「原発ゼロ」を口にしただけで夥しい数の人間がそのおこぼれに与ろうと寄り集まってきた。まさに小泉という「玉」を手中にして優位な立場を得ようという野欲丸出しで、右は自民党の河野洋平や生活の党の小沢一郎から左は社民党や共産党に至るまでだ。今やすっかり右傾化した「脱原発市民運動業界」でも小泉に媚びまくる動きが盛んである。たんぽぽ舎など最たるものだ。
 
今の小泉は「準天皇」「第2天皇」みたいな訳で、典型的な天皇制の縮図が見て取れる。あまりにも日本らしい。
 
だがここで再び思い出して欲しい。
 
「力なき者及び特権階級にあらざる者の天皇の利用は出来ず」
 
「力なき者及び特権階級にあらざる者が天皇を利用しようとすると、かえって必ず逆利用される結果を生む」
 
という天皇制の核心的システムを。
 
社民党や共産党、あるいはちっぽけな日本の市民運動体が、小泉純一郎という「準天皇」を都合良く利用出来るものだろうか?
 
出来ない!
 
現状、自民党と共産党・社民党などの勢力差は、それこそ最盛期の信長とどこぞの者とも知れぬ田舎のマイナー大名ぐらいの開きがある。国会の議席数見りゃ分かるでしょうが。
 
顔と名前が一致しない社民党の新党首が小泉と会談した所で、あのように軽くあしらわれるのは当たり前の話である。恐れ多くも「禁裏」におわす「小泉天皇」にしてみれば、織田信長か武田信玄クラスの大勢力ならともかく、社民党のごときちっぽけなマイナー大名が「上洛」してきた所でけんもほろろに扱うだろう。
 
この件ではかつての政敵(?)だった社民党と会ってやった小泉の「度量」と、みじめに小泉に媚びへつらう社民党の無様さが世間的に際立って目立っただけだ。社民党にとってプラスになった事は何もない。
 
社民党が小泉に連携を乞う事自体が大きな間違いなのだ。
 
石牟礼道子、山本太郎、社民党、共産党、それにたんぽぽ舎はじめとする「脱原発運動業界」界隈。いずれも皆、言ってる事とやってる事が何重にも間違っている。
 
「下々の皆さん」に天皇(とそれに類する存在)など利用出来ない。天皇を食い破り、打破・打倒する事でしか道は開けない。
 
今の「天皇=玉」は誰の手中にあるのか。それを考えればすぐに気付く事だろう。
 
その「玉」を奪って己が使おうなどとは夢にも思わない事だ。仮に将来、天皇制を利用出来るだけの力を手に出来たとしてもである。
 
「天皇制によって排除されてきた者・人間としての尊厳も生活も奪われて来た者」が真に人間として生きる道は、天皇制の特権者一員に加わる事ではなく、制度そのものの破壊にしかない。
 
しかしながら、自民党及び右派勢力の「天皇の政治利用」というおためごかしの執拗な山本太郎バッシングには私も反対します。山本太郎氏の今回の行為は日本国憲法の「国民主権」の理念とは相容れないものであることはすでに述べましたが、彼の「思想」レベル問題はさておくとして、手続き上の問題の彼の「誤り」のレベルとしては、渡辺輝人弁護士の言う「市役所で窓口を間違えたときに『5番の窓口に行ってください~』と言われるレベルのこと」(渡辺輝人のブログ 2013年11月01日)にすぎないと私も思うからです。
 
以下、自民党及び右派勢力の民主主義の道理をわきまえない執拗な山本太郎バッシングの辟易するさまについては「澤藤統一郎の憲法日記」のまとめを下記に援用しておきます。
 
本日(11月1日)自民党の脇雅史参院幹事長は党役員連絡会で「憲法違反は明確だ。二度とこういう事が起こらないように本人が責任をとるべきだ」と要求したと報道されている。
 
ほかにも、下村博文文部科学相は「議員辞職ものだ。これを認めれば、いろんな行事で天皇陛下に手紙を渡すことを認めることになる。政治利用そのもので、田中正造に匹敵する」と批判。公明党の井上義久幹事長は「極めて配慮にかけた行為ではないかと思う」、同党の太田昭宏国土交通相も「国会議員が踏まえるべき良識、常識がある。不適切な行動だ」。
 
古屋圭司国家公安委員長は「国会議員として常軌を逸した行動だ。国民の多くが怒りを込めて思っているのではないか」。新藤義孝総務相は「皇室へのマナーとして極めて違和感を覚える。国会議員ならば、新人とはいえ自覚を持って振る舞ってほしい」。田村憲久厚生労働相は「適切かどうかは常識に照らせばわかる」、稲田朋美行政改革相は「陛下に対しては、常識的な態度で臨むべきだ」と不快感を示した。民主党の松原仁・国会対策委員長までが、「政治利用を意図したもので、許されない」と批判。
 
興味深いのは、日本維新の橋下徹大阪市長。他人のこととなれば、「日本国民であれば、法律に書いていなくても、やってはいけないことは分かる。陛下に対してそういう態度振る舞いはあってはならない。しかも政治家なんだから。信じられない」と遠慮がない。
 
安倍晋三首相も周囲に「あれはないよな」と不快感を示したという。自民党の石破茂幹事長は記者会見で「見過ごしてはならないことだ」と言明。谷垣法相も「天皇陛下を国政に引きずり込むようなことにもなりかねない」と懸念を示した。不快、批判、懸念のオンパレードだ。

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