2日前に私は、東京新聞特報の「元徴用工裁判をどうとらえるべきか 韓国で相次ぎ原告勝訴」(2013年10月28日付)という記事を引用して「韓国の元徴用工裁判をどうとらえるべきか ――貴重な問題提起としての1本の記事と1本の論攷及び名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟弁護団意見書」というタイトルの長い記事を書きました。
 
同記事では私は引用した東京新聞の記事に特段に批判の視点を持っていませんでしたが、「街の弁護士日記」の主宰者の岩月浩二弁護士が同東京新聞(中日新聞)記事を厳しく批判しています。岩月弁護士にはそうした批判の視点を持ちえなかった私のいたらなさについても教えられました。なにが、どういう視点が東京新聞(中日新聞)の記事には欠けているのか。岩月弁護士の批判に耳を傾けてみたいと思います。

今日の中日新聞『特報』 民族と被害番外 
光州地裁勤労挺身隊訴訟に関して

(街の弁護士日記 2013年11月1日) 
 
今日の中日新聞『特報』は、日韓の強制労働問題を採りあげている。
時機を得た企画だと思う。
しかし、今回ばかりは手放しで評価する訳にはいかない。
 
中日新聞『特報』記事省略(上記URL参照)
 
枠で囲った箇所には(枠より少し前から引用する)、「韓国国内では、請求権を放棄した朴正煕大統領は経済復興を急ぐあまり、賠償を求める反対運動を弾圧して協定の締結を急いだ、という理解が一般的だ。実際、日本の提供資金は道路や港湾などインフラ整備に回され、多くの被害者は韓国政府から十分な補償を受けられなかった」とある。
僕は、ロースクールで学生の答案を見たこともあるが、こんなミスがあれば、法律を理解していないことが明白なので、一遍に評価を下げる。
 
 
この文章は、韓国政府が自らの選択と責任で、受け取ったお金を流用したように読める。
 

日韓請求権協定の文章を確認してみよう。
 
 
第一条
 
1 日本国は、大韓民国に対し、
 
(a)現在において千八十億円(一◯八、◯◯◯、◯◯◯、◯◯◯円)に換算される三億合衆国ドル(三◯◯、◯◯◯、◯◯◯ドル)に等しい円の価値を有する 日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から十年の期間にわたつて無償で供与するものとする。各年における生産物及び役務の供与は、現 在において百八億円(一◯、八◯◯、◯◯◯、◯◯◯円)に換算される三千万合衆国ドル(三◯、◯◯◯、◯◯◯ドル)に等しい円の額を限度とし、各年におけ る供与がこの額に達しなかつたときは、その残額は、次年以降の供与額に加算されるものとする。ただし、各年の供与の限度額は、両締約国政府の合意により増 額されることができる。
 
(b)現在において七百二十億円(七二、◯◯◯、◯◯◯、◯◯◯円)に換算される二億合衆国ドル(二◯◯、◯◯◯、◯◯◯ドル)に等しい円の額に達するま での長期低利の貸付けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極に従つて決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人 の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から十年の期間にわたつて行なうものとする。この貸付けは、日本国の海外経済協力基 金により行なわれるものとし、日本国政府は、同基金がこの貸付けを各年において均等に行ないうるために必要とする資金を確保することができるように、必要 な措置を執るものとする。
 
 前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。
 
2 両締約国政府は、この条の規定の実施に関する事項について勧告を行なう権限を有する両政府間の協議機関として、両政府の代表者で構成される合同委員会を設置する。
 
3 両締約国政府は、この条の規定の実施のため、必要な取極を締結するものとする。
 
5億円

これが巷間言われる『5億ドル』である。
『特報』の記事は、韓国政府が自らの判断で、被害者への賠償にあてなければならない資金を流用してしまったように読める。
しかし、逆である。
5億ドルは「日本国の生産物及び役務」でならなけらばならなかったのであり、内2億ドルは、両国間の「取極にしたがって決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び役務」でならなければならず、「日本国の海外経済協力基金により行なわれる」のである。
 
5億ドルは、「大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない」のである。
 
この供与及び貸付を実施するために、「両政府間の協議機関として、両政府の代表者で構成される合同委員会を設置する」とされている。
 
この記事に限ることではないが、これを日本のメディアが要約すると「実際、日本の提供資金は道路や港湾などインフラ整備に回され、多くの被害者は韓国政府から十分な補償を受けられなかった」となるのであるが、どう要約すると、韓国政府が勝手に補償を流用したようにしか読めない書き方になるのか、どうにも理解できない。
 
あえて、要約するとすれば、「日韓両国政府は、本来、被害者への賠償に充てられるべき資金を、韓国政府の経済成長のために使うことにした」となるのが素直ではないだろうか。
 
『特報』の取材記者は丹念に調べ取材して、今、発信しなければならないことを発信したつもりであろう。
しかし、韓国政府が5億ドルを流用したとする思い込みの呪縛から抜けることができなかった。
『特報』の記者だけではない。
マスコミの全ての記者が、「韓国政府が被害者への賠償金を流用した」とする『事実』に何の疑問も持たない。
かくして、虚偽の風説が、一般常識になる。
 
むろん、これは単純な誤解だとは思われない。
少なくとも政府が日韓請求権協定の内容を熟知していることは確実だからだ。
つまり、この誤解は、世論誘導であり世論操作の結果である。
 
この誤解によって、守られてきたものを考えてみる。
 
第一に日本政府だ。
「日韓請求権協定によって解決済みだ」論を繰り返すには、5億ドルも払ったのに、韓国政府が流用してしまったという誤解は極めて好都合だ。
 
第二に、おそらく韓国政府だ。
韓国国民の血と汗を経済発展にすり替えたことは知られている。
しかし、条約という法的で正当な形で経済協力資金にすり替えたという事実があからさまになれば、民族を売った屈辱・売国外交だの批判はいっそう高まり、政権基盤に影響する。
パク・クネ大統領にとっても、父親の行ったことだから、矛先が自分に向かうことは避けたい。
 
第三に、こうした経済協力資金方式にすり替えることによって、利益を挙げた者がいる。
この者にとっては、経済協力資金は、黙っていても転がり込む公共事業だ。
しかも、海外に提携先企業を作り、海外展開の足場を築くことが可能な公共事業だ。
こんなおいしい話はなかったろう。
これが、強制労働で利益を挙げた日本財閥だというのだから、この話は最初から歪んで見える。
3番目に挙げたが、本当は、この勢力が最も悪質なのかも知れない。
 
第4には、当然、韓国財界の意向がある。
被害者の血と汗を自らの利益にしようとする訳だから、売国もいいところだ。
韓国財界も当然、責任がある。
 
そして、最後に、最も重要なアクターはアメリカだ。
日韓会談はすでに1951年に始められ、難航に難航を重ねていた。
1965年(6月22日)に急速に日韓会談が妥結したことには理由がある。
アメリカは、1964年8月のトンキン湾事件(同事件が捏造であったのは歴史的事実である)を口実にベトナム戦争に全面的に介入することになった。
アメリカは韓国軍の全面的な協力を求めていた。
その見返りに韓国の政権基盤を強化するための日本の資金が必要であった。
 
きちんとものを見るならば、この経済協力方式は、日韓請求権協定で突然、出てきたものではなく、サンフランシスコ平和条約(1951年9月8日署名・1952年4月28日発効)までさかのぼることを確認しないわけにはいかない。
日本が主権を回復したサンフランシスコ平和条約の段階から、戦争賠償は「日本人の役務」によるとする原則は、確立されていた。
 
第五章 請求権及び財産
 
第十四条
 
 (a) 日本国は、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される。しかし、また、存立可能な経済を維持すべきも のとすれば、日本国の資源は、日本国がすべての前記の損害又は苦痛に対して完全な賠償を行い且つ同時に他の債務を履行するためには現在充分でないことが承 認される。
 
 よつて、
 
  1 日本国は、現在の領域が日本国軍隊によつて占領され、且つ、日本国によつて損害を与えられた連合国が希望するときは、生産、沈船引揚げその他の作 業における日本人の役務を当該連合国の利用に供することによつて、与えた損害を修復する費用をこれらの国に補償することに資するために、当該連合国とすみ やかに交渉を開始するものとする。その取極は、他の連合国に追加負担を課することを避けなければならない。また、原材料からの製造が必要とされる場合に は、外国為替上の負担を日本国に課さないために、原材料は、当該連合国が供給しなければならない。
 
そして日本の司法府は、日韓国交正常化も、日中国交正常化もすべてサンフランシスコ平和条約の枠組みに沿ってなされたとしている。
代表的なものとして、最高裁平成19年4月27日判決を挙げておこう。
 
むろん、サンフランシスコ平和条約の枠組みを作ったのは、アメリカである。
サンフランシスコ平和条約の枠組みは、日本政府にも、日本企業にとっても利益を約束する枠組みであった。
日韓請求権協定も当然のこととして、彼らにとって好都合な、サンフランシスコ平和条約の枠組みに従がった。
 
かくして、身も蓋もない結論が出てくる。
私たちが、今でも、ごまかされ、日韓国民が反目し合う根源には戦後の対米従属を決定づけたサンフランシスコ平和条約の枠組みがある。
対米従属で最も利益を受ける財界は一も二もなく、この枠組みに飛びついた。
アメリカと日本財界の癒着は、「主権回復」と称する対米従属が始まったときからの腐れ縁だ。
すべてを仕組んだのは、アメリカだ、という、何ともいやはや気が抜けたような古くさく、ありきたりな落ち着きどころに落ち着くのである。

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