前回の東京都知事選では市民の動きは結構すばやいものがありました。私は2006年11月13日付でいくつかのメーリングリスト媒体に東京都民の「都知事候補の統一問題」をテーマにした次のような大胆シンポジウムが開かれることを伝えるメールを発信しています(東京都知事選の投票日は2007年4月8日)。


それに比して今回の都知事選では市民のレベルで「都知事候補の統一問題」を考えようとする動きは、東京を考えるシンポジウム実行委員会(呼びかけ人:宇都宮健児、上原公子、鈴木邦男、土肥信雄)が主催した「もう、ごめん!石原コンクリート都政」シンポジウムや「新東京政策研究会」(代表、渡辺治一橋大教授)主催のシンポジウム、マガジン9や東京“待ったなし!”アクションの都知事選候補者推薦募集キャンペーンなどないことはなかったのですが、いずれも候補者擁立について抽象的なレベルの域を超えるものではありませんでした。

その原因は、前回都知事選では比較的早い段階に革新都政をつくる会(共産党系)が吉田万三氏を都知事選候補者として擁立することを決めており、また民主党もそうした動きに呼応して二転三転しましたが比較的早い段階から候補者選定作業を進めていましたが、今回はそうした政党の早い段階での候補者選定の動きが見られなかったことなどが挙げられるでしょう。市民運動の側には自ら自発的に動いて独自に統一候補者を擁立しようとする力量に乏しいものがあります。結局、政党(系)推薦の候補者が名乗りを上げてから、その上で調整役として動く、というこれまでの市民運動の限界を今回も超えることができなかったというところに都知事選候補者擁立について抽象的なレベルの域を超えることができなかった原因の一端を見出すことができるように思います。

しかし、その市民運動は、いったん火がつくと燎原の火のように急激になだれうって燃え上がるという性質をもあわせ持っているように思います。石原反動都政をストップさせるためには、また東国原前宮崎県知事のようなポピュリズム政治の東京都での跳梁を許さないためには、すなわち私たちの革新統一候補を勝利に導くためにはをこの市民の燎原の火のような熱情と勢い、そして力が必要です。

その市民の熱情と勢いと力はどのようにして生まれるのか。前回の都知事選挙時の「浅野コール」がその市民の熱情と勢いと力の威力を垣間見せてくれた一コマであったように私は思います。

前回と今回とでは条件が違います。文中に「浅野」とあるところは「小池」と読み替えていただければおおかた意は通じるものと思います。そういうことを念頭において前回都知事選挙時にSさんという人と交わしたメールのやりとりを会話風にアレンジして再掲することにしました。意のあるところをお汲み取りいただければ幸いです。

私たちの念願しているのは石原反動都政ストップです。そのための統一です。

以下、前回都知事選挙時の私のメールのアレンジ版です。

Sさん:都知事選が近づいていますが、まだ反石原の側がまとまらないことにすごく危機感を感じます。

東本:都知事選の告示までもう1か月を切っているというのに「まだ反石原の側がまとまらない」。この「危機感」は、革新統一候補を望む者なら誰もが持つ共通の「危機感」といってよいと思います。私もその「危機感」を共有しています。ただ、一般論としてはSさんのおっしゃるとおりですが、「浅野さんのハートに火をつける会」の第2回目の集会が開かれてから“まだ”1日も日は経っていないのです(*1)。そのときに「まだ反石原の側がまとまらない」と言ってしまうのはどうでしょう? もう少し事態の推移を見極めてから「まだ」かどうかを判断するべきであろう、と私は思います。

*1:「浅野さんのハートに火をつける会」の第2回目の集会が開かれたのは2007年2月25日のこと。また、浅野氏にとっては2回目にして初めての集会参加。Sさんから上記の問題提起があったのは翌日の26日のことです。同集会で浅野氏は次のように語ったようです。「ちょっとお話を聞いてみたいという気持ちもありましたが、びっくりしました。こんな会とは思わなかった」(TBSニュース、25日22:57)。この浅野氏の言葉は、25日というこの日が、市民から「都知事選出馬」を熱烈に求められていることを【初めて認識した日】ということになるのではないでしょうか。

ちなみに「浅野氏擁立」が《革新統一候補》の問題として浮上したのはこの15日からのことです。それまでは共産党サイド、または民主党サイドからの、すなわち政党サイドからの出馬宣言、立候補者の模索であり、私たちの側に《革新統一候補を実現しよう》という機運はあっても、田中康夫はどうか、吉永小百合はどうか、という願望のレベルを超えるものではなく、とても《革新統一候補実現》の模索と呼べるべきものではありませんでした。

それが15日を境に一気に「浅野氏擁立」運動に火がついたのです(*2参照)。「1日のうちにメールが飛び交い、150人の部屋に250人が集まった」(朝日新聞コラムニスト、早野透。*3参照)。それが16日の第1回目の「浅野さんのハートに火をつける会」の集会でした。その15日から数えても“まだ”10日しか経っていないのです。

*2:私は第1回目の「浅野さんのハートに火をつける会」集会の翌日の17日に「(メディア記事は)すべて浅野氏の出馬に否定的ですが、記事をよく読めば、「民主党からは立候補しない」と言明したということであって、市民からの出馬要請に対しては含みを残しています。」「浅野氏に嵐のような出馬要請を!」という次のようなメールを発信しました。そして事態は「浅野氏出馬」に大きく動き出しました。

*3:「資料:朝日新聞コラムニスト早野透さんの浅野氏へのラブレター(2007年2月20日付)」

Sさん:リベラル派と評判の高い浅野さん(あるいは菅さんやその他の候補でもいいのですが)で、 共産党から民主党まで共同で推せる統一候補が立ち上がることが理想的であるのはもちろんです。ただ、現在すでに選挙まで2ヶ月を切りましたが、果たして現在浅野さんが立候補表明をしたところで、吉田万三さんが降りてくれるという保証はあるのでしょうか。

東本:もちろん、「吉田万三さんが降りてくれるという保証」などありません。しかし一方で、民主党、共産党、社民党(あるいは共産党、民主党・社民党)の分裂の選挙では「石原3選阻止」は為し難いのです。そのことは私も何度も言っていますが、「民主党から、社民党、共産党まで各党とも認識は一致しています(*4)」。

*4:「都知事選11・26大胆シンポジウム報告」をご一読いただければすぐにわかることですが、左記のシンポジウムで吉田氏は次のように述べていました

吉田万三氏:(シンポジウム参加者の質問に答えて)「私は現実論に立っている。勝てそうになるとだれでも出る人がいると思う。本当にやる気があるなら、諸手をあげるしかない」

上記の吉田氏の発言中の「諸手をあげるしかない」の意は「統一候補(民主、共産、社民の)が実現すれば自分は降りてもよい」という意味に同シンポジウム参加者に受けとめられました。辞書によれば諸手をあげる」とは「無条件に、また積極的に歓迎する」の意であるからです。しかし、現実には吉田氏の意向よりも政党の理念、あるいは党利が優先され、「統一」は実現しませんでした。前回都知事選敗退の最大の要因はこの「統一」の不実現にあったのは誰の目から見ても明らかなことといわなければならないでしょう。

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