澤藤統一郎さんが「『毎日』・『憲法9条解釈と集団的自衛権』解説に異議あり」という名記事(「解説」の解説)を書かれています。澤藤さんが批判されている「毎日」の「解説」記事を私のいつもの流儀で漠然と読み流すだけであったならばおそらく気がつかなかったであろうことをたくさん教えてもらったような気がします。法律の専門家としての澤藤さんにとっては当たり前のことなのかもしれませんが、私にとっては目の覚めるような指摘がいくつもありました。

さて、「憲法9条」の解釈と「集団的自衛権」の解釈を政府の解釈としてではなく、メディアがメディア自らの言葉として脱臼させようとしている。
 
あの日の風景に似ていないか。
 
辺見庸のいう「Day of Infamy」(屈辱の日)。2003年12月9日(『いまここに在ることの恥』「憲法と恥辱について」

筑紫哲也のいう「白虹事件」(大阪朝日村山社長襲撃事件)。メディアが国家と右翼の暴力に屈服した日。1918年10月15日。(「筑紫哲也さんの由布院盆地でのメディア批判~マスメディアよ、ジャーナリストたれ(2)」)


以下、澤藤統一郎さんと毎日新聞の解説記事。

「毎日」・「憲法9条解釈と集団的自衛権」解説に異議あり
(澤藤統一郎の憲法日記  2013年9月20日)

昨日、「毎日」が第9面を全面使って、「憲法9条解釈と集団的自衛権」という解説記事を書いている。「論点整理」とされているが、かなりのボリュームで、詳細な内容となっている。しかし、この記事の姿勢には「異議あり」と言わざるを得ない。戦後史の中で9条の果たした積極的役割に理解がない。集団的自衛権の行使容認が何を狙い、その実現が近隣諸国にどうインパクトを与えるかに言及がない。これまでの政府解釈への理解が浅薄である。なによりも安倍の解釈改憲の姑息な「手口」や、安保法制懇のあり方自体に批判の言が皆無である。けっして「公正」でも「中立」でもない。

もっとも、同じレベルの記事を「産経」や「読売」が書いたところで、目くじら立てるほどのことではない。読み手の、「どうせひどいバイアスがかかっている」という正常な感覚が、記事の内容を較正して、正しく読むことができるからだ。

誰もが右偏向を矯正する眼鏡を掛けてから産経・読売の記事を読む。もちろん、その眼鏡の度の強さは、産経と読売とで異なっていることは当然として…。ところが、「毎日」や「東京」を読むときには、そのような眼鏡はかけない。偏向を矯正する必要がないと思っているのだから。だからこそ、「毎日」や「東京」の記事は丁寧に読みこんで、異議のあるときには声を上げなければならない。

この特集記事。見出しだけを拾ってみよう。
◇憲法9条と戦後日本「国際貢献 自衛隊に限界」「転機は1991年の湾岸戦争」
◇現行解釈何が問題?「『日米同盟に支障』指摘も」
◇安保法制懇と今後の焦点「離島防衛 サイバー対応 課題」
◇曲折重ねた集団的自衛権めぐる政府解釈

記事全体が、以上の見出をつなげた展開と言って大きくは間違っていない。
「戦後日本の歴史において、憲法9条は積極的に国際貢献を果たすべき自衛隊に限界を画すものである。そのような認識は1991年の湾岸戦争を転機として拡がった。さらに、現行の憲法9条解釈が集団的自衛権の行使を認めないために、日米同盟の維持に支障があると指摘もされている。そこで、安保法制懇が憲法9条解釈の見直しを既定方針として発足し、包括的に集団的自衛権の行使を認め、さらに離島防衛やサイバー対応をも課題としている。そもそも、集団的自衛権めぐる政府解釈は一貫したものではなく、これまで紆余曲折を重ねてきたものだ」

品よくまとめれば、以上のようなもの。もう少し明確に分かりやすく、「毎日」記事の言わんとするところを述べれば、次のとおりである。

「戦後日本の歴史において、憲法9条は出しゃばりすぎてきた。自衛隊は、もっと国際貢献を果たすべきなのに、9条がその足を引っ張ってきた。

1991年の湾岸戦争を転機として、9条が国際貢献に支障となることが国民共通の認識になった。その後も、せっかく、テロ対策特別措置法や、イラク特措法ができて、自衛隊活躍の国際舞台をつくったのに、9条の所為で一人前の軍隊として働くことができず、日本は国際的な責任を果たすことができていない。

加えて、憲法9条についての政府解釈が集団的自衛権の行使を認めないことで、日米間の軍事同盟の良好な関係維持に支障があると指摘もされている。中国が先島諸島を占領したことを想定して、その奪還のための軍事行動を日米合同で行うことも大っぴらにはできない。多国間訓練において、複数国共同の軍事行動訓練に参加もできない。

そこで、安倍首相の私的な懇談会である「安保法制懇」が憲法9条解釈の見直しを既定方針として発足した。第1次安保法制懇時代の「4類型」という個別問題にこだわらず、包括的に集団的自衛権の行使を認める方針が既に固まっている。さらに離島防衛やサイバー対応をも課題として検討している。

自民党の石破幹事長が言っているとおり、そもそも、集団的自衛権をめぐる政府解釈は一貫したものではなく、戦後5回も解釈を変更している。政府が現在の解釈を主張し始めるのは、1981年5月の政府答弁からでしかない」

要するに、「憲法9条が、日本の国際貢献と日米軍事同盟維持の足を引っ張っている。だから、9条の解釈を変更する動きが生じている」というもので、「解釈改憲容認」に紙一重だ。安倍政権の性急な解釈改憲策動に「国民の支持も広がっていない」としてはいるが、自らの批判の姿勢は感じられない。

全体の姿勢とは別に、気になるところをいくつか指摘しておきたい。
※まずは、「芦田修正」について、「毎日解説」は、当然のごとく芦田修正を意味あるものとする立ち場をとる。
「憲法9条は第1項で戦争と武力の行使について『国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』と宣言。続く第2項で『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない』とうたった。だが、憲法草案の審議段階で政府の憲法改正小委員会の芦田均委員長が、2項の冒頭に『前項の目的を達するため』という文言を挿入する修正を行い(芦田修正)、『自衛のための実力部隊』の創設に道を開くこととなる」

これは、二つの意味において不正確である。憲法改正小委員会の芦田均委員長が自衛のための実力部隊創設のために、「前項の目的を達するため」という文言を挿入する修正を行ったのではない。これは、ずっと後になって公表された委員会議事録で明らかとなっている。むしろ、彼は1946年8月24日の衆院本会議で、「改正憲法最大の特色は、大胆率直に戦争放棄を宣言した」と語っている。「自衛のための戦争を放棄したと」は言っていない。また、自衛戦争の放棄を「大胆率直な戦争放棄の宣言」と言うはずもない。芦田自身が言う「芦田修正」は、「後智恵」に過ぎず、立法者意思ではない。(杉原泰雄編「新版体系憲法事典」328頁・352頁など)

また、戦後の政府見解は、一度として芦田修正の立場に立ったことはない。文理解釈としては芦田修正の論理が可能だとしても、有権解釈としては芦田修正の立場はまったく無力である。これを麗々しく掲げる「毎日記事」には到底納得しがたい。

※「毎日記事」は、不見識にも、自民党幹事長の言を紹介する形で「政府が現在の『集団的自衛権を有しているが、必要最小限度の範囲を超えるので行使できない』との解釈を主張し出すのは81年5月の政府答弁書ごろからだ」としている。趣旨は、「それまでは紆余曲折を重ねた。今後も変更はあり得る」ということに読める。

自衛権をめぐる政府解釈の「変遷」や「紆余曲折」の内容を見なくてはならない。政府見解は最初の自衛権否認論から出発して、自衛権肯定論に「変節」はしている。しかし、自衛戦力合憲論(憲法9条は、自衛のための「戦力」保持を認める」)はとらずに踏みとどまっている。「自衛のための最小限度の実力は『戦力』ではない」という立場では一貫しているのだ。当然に、現在定式化されている集団的自衛権の行使が認められないことでも一貫している。

今のように、「集団的自衛権を有しているが、必要最小限度の範囲を超えるので行使できない」との政府解釈は「81年5月」ではなく、1972年10月14日の政府見解で確認できる。ここでは、「政府は従来から一貫して、わが国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界を超えるものであるとの立場にたっているが、これは次のような考え方に基づくものである」として、格調高く、平和的生存権や憲法13条を引用している(先日、山内敏弘氏を講師にお招きしての学習会で詳細に資料を示していただいた)。

以後40年余、82年からでも30年余り。この点に関しては、政府と内閣法制局の見解がぶれるところはまったく無い。これを政府解釈に一貫性なく、紆余曲折があったが如くに描き出そうとする与党の意図に無批判であってはならない。

問題は微妙であり、極めて重大である。「毎日」の姿勢には影響するところが大きい。是非とも、権力に対する批判の姿勢を堅持して、ジャーリズムの本領を発揮していただきたい。

以下は、毎日新聞記事。

特集:憲法9条解釈と集団的自衛権(毎日新聞 2013年09月19日)

安倍晋三首相の強い意向を受け、集団的自衛権の行使などを禁じてきた憲法9条の解釈を見直す論議が本格化している。ただ、与党の公明党は見直しに消極的で、世論調査を見る限り国民の支持も広がっていない。憲法9条解釈をめぐる論点を整理してみた。

憲法9条と戦後日本 国際貢献、自衛隊に限界 転機は1991年の湾岸戦争

憲法9条は自衛隊にも自衛権にも言及していない。国会答弁や政府答弁書による解釈で憲法上、許容される自衛隊の活動の範囲を決めてきた。国際的な背景や日本経済の成長により、戦後の憲法解釈は大きく揺れてきた。

憲法9条は第1項で戦争と武力の行使について「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と宣言。続く第2項で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とうたった。だが、憲法草案の審議段階で政府の憲法改正小委員会の芦田均委員長が、2項の冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を挿入する修正を行い(芦田修正)、「自衛のための実力部隊」の創設に道を開くこととなる。

1950年の朝鮮戦争勃発をきっかけに、東アジアでも冷戦構造が顕在化。占領軍の命令により同年、「警察予備隊」が設置され、52年に「保安隊」に、54年には自衛隊に改組された。ただ、軽武装路線により経済成長を優先する吉田茂首相の「吉田ドクトリン」により、冷戦時代を通じて、米軍に基地提供する一方、防衛費を抑え、経済成長に専念する時代が続いた。

経済大国として認知されるようになると国際社会の日本に対する見方も変わった。転機となったのはイラクのクウェート侵攻に端を発した91年の湾岸戦争だった。憲法上の制約から自衛隊の派遣を見送る代わりに日本は130億ドルの多額の資金を提供。だが「血を流さず金を出すだけ」との批判を浴びた。これを受け、憲法9条の見直し論議が活発化し、92年に国連平和維持活動(PKO)協力法を成立させ、カンボジアにPKO部隊を派遣した。政府は紛争当事者間での停戦合意など「5原則」を作り、自衛隊のPKO参加は合憲との解釈を示した。

自衛隊の国際的活動の範囲をさらに広げたのが2001年の米同時多発テロだった。米軍を中心とする多国籍軍のアフガニスタンへの攻撃が始まると、政府は対テロ戦を後方支援するためテロ対策特別措置法を成立させ、海上自衛隊の艦艇がインド洋で多国籍軍艦艇に給油・給水する補給活動を始めた。自衛隊の事実上の初の「戦時派遣」だった。

米軍などが03年にイラク戦争を始めると、イラク復興特別措置法を成立させ、陸上自衛隊をイラク南部のサマワに派遣。航空自衛隊も輸送任務に携わった。ただ、憲法上の制約からあくまでも任務は「復興の支援」とされ、他国軍隊のような治安任務に就くことはなかった。

安倍政権が進める憲法解釈見直し検討の背景には、こうした実際の自衛隊の海外での活動実績から、限界や制約が浮き彫りになったという側面が大きい。さらに、国際的な責任を日本は十分に果たしていないとの指摘があることや、中国の海洋進出など東アジアの安全保障環境の変化もあり、憲法解釈は再び転機に差し掛かっている。

現行解釈、何が問題? 「日米同盟維持に支障」指摘も

憲法解釈によって、集団的自衛権の行使は認められず、海外での武力行使にもさまざまな制限が設けられている自衛隊。こうした制限があることで、実際の活動にどのような影響が生じているのか。

「日本の領土の一部が侵攻を受けた、という設定で訓練を行う」。米カリフォルニア州サンクレメンテ島で今年6月に行われた日米共同訓練「ドーン・ブリッツ(夜明けの電撃戦)」は、自衛隊と米軍が事前にこのようなシナリオを確認したうえで実施された。訓練は、島を占拠した敵を日米が協力して撃退し、島を奪還するという内容。米国の島をあえて「日本の領土」と見なすのは、集団的自衛権の行使は認められないとする憲法解釈を逸脱しないようにするためだ。

自衛隊は年に数回、3カ国以上が参加する多国間訓練にも参加している。ただ、参加できるのは人道支援や救難・救助に関する訓練、シナリオのない能力向上訓練などに限られる。集団的自衛権の行使や武力の行使に該当する▽他国の軍隊への攻撃に複数の国で反撃する▽戦闘によって武装勢力を無力化する−−といった訓練には参加できない。戦闘行為を含む訓練が行われる際には「日本独自のシナリオを別につくり、それに基づいた訓練をしている」(防衛省担当者)という。

こうした状況について自衛隊幹部は「能力向上の機会を自ら放棄してしまっている」と指摘。また、PKOのように国際的な平和活動が実際に行われる場合でも、自衛隊は▽日本を防衛するための必要最小限度の実力行使を超えない▽他国に対する武力行使はしない−−との憲法上の制約により、他の参加国とは異なる基準で行動しなければならない。政府内には「国際社会で孤立し、日本の国益を損なう恐れがある」との意見がある。

一方、憲法解釈によって自衛隊の活動が制限されていることで、日米同盟の維持に支障が出かねないとの指摘もある。小野寺五典防衛相は講演などで「日本を守るために活動している米軍の艦艇が攻撃を受けた際、自衛隊が何もしなければ、日米関係において大変な問題になるのではないか」と繰り返し発言。また、米国を狙った弾道ミサイルが日本上空を通過する際、日本が個別的自衛権の行使を逸脱すると判断して迎撃措置を取らなければ「日米関係は終わる」(自衛隊幹部)という見方がある。

ただ、攻撃を受けた米軍の艦艇が自衛隊の艦艇と同じ作戦に従事している場合、集団的自衛権ではなく個別的自衛権の行使として防護・反撃することはできる、との意見は政府内にも根強くある。弾道ミサイル対応についても、日本上空を通過する場合は「日本に落下する恐れがある」と見なして迎撃可能だと考える関係者は少なくない。

日本以外の国を狙って水中に設置された機雷の除去作業についても、「集団的自衛権の行使に該当するため行えない」との意見と、「海上交通の安全確保を理由に実施できる」との両方が存在している。いずれのケースにおいても対応できるかどうかの結論は出ていないのが実情で、有事の際に政府内で混乱が生じる可能性は残されている。

安保法制懇と今後の焦点 離島防衛とサイバー対応が課題

安倍首相の私的懇談会「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は現在、第1次内閣時よりもテーマを広げ、サイバー攻撃への対処なども含めた法整備について議論を進めている。集団的自衛権については行使を可能にするよう憲法解釈の変更を求めることが既定路線となっている。

首相は2007年春に安保法制懇を発足させ、自衛隊の活動を拡大させるケースとして(1)公海上で米軍艦船が攻撃された場合に自衛隊艦船が反撃(2)米国を狙った弾道ミサイルを自衛隊のミサイル防衛(MD)システムで迎撃(3)PKOに参加中、攻撃を受けた他国軍隊を救援するための武器使用(駆け付け警護)(4)戦闘地域での他国軍隊への後方支援−−の「4類型」を例示。(1)と(2)が集団的自衛権、(3)と(4)が集団安全保障に関わる問題で、憲法解釈の変更が必要かどうか諮問した。

懇談会は座長の柳井俊二元外務事務次官をはじめ、いずれも集団的自衛権の行使などに前向きな首相と問題意識を共有するメンバーばかり。4類型とも「憲法解釈を変更すべきだ」とする報告書を作成した。

だが、連立を組む公明党は憲法解釈の変更に反対。07年夏の参院選で自民党は惨敗し、首相は体調も崩したことから報告書を受け取る前に退陣した。報告書は08年6月に政府に提出されたが、当時の福田康夫首相はもともと憲法解釈の変更に消極的で、報告書は棚上げになった。

安倍首相は第2次内閣発足後の今年2月、安保法制懇の活動を再開。「我が国を取り巻く安全保障環境は大きく変化した」として、中国が領有権の主張を強める「東シナ海や南シナ海の情勢」などに言及した。このため、安保法制懇は4類型にとどまらず、近年の安全保障環境の変化を踏まえた報告書を新たにまとめる方針だ。

集団的自衛権に関しては、現行の政府の憲法解釈で、憲法9条のもとで許容される「我が国を防衛するための必要最小限度」を超えるとして禁じられているが、安保法制懇は集団的自衛権も「必要最小限度」に含まれるとの見解を示す見通し。集団安全保障についても、駆け付け警護や国連決議に基づき編成される多国籍軍などへの後方支援は「国際社会の一員としての義務」で、現行憲法で認められるとするなど前回報告書を踏襲する方針だ。

中国公船が沖縄県・尖閣諸島の周辺で領海侵入を繰り返している現状を踏まえ、武装した外国人が日本の離島に上陸した場合など「武力攻撃に至らない事態」への自衛隊の対応も議論の課題だ。武力攻撃に匹敵する被害が及ぶ可能性があるサイバー攻撃についても、自衛隊の対処に関する法的な課題を検討している。

曲折重ねた集団的自衛権巡る政府解釈

政府は「集団的自衛権は行使できない」との憲法解釈は一貫したものと主張している。だが、政府見解には曲折があったというのが実態だ。

自民党の石破茂幹事長は2006年、党国防部会の防衛政策検討小委員会の委員長として、集団的自衛権の勉強会を発足。自ら講師として研究成果を発表し「集団的自衛権についての政府解釈は戦後一貫しているわけではなく、時代の要請によって変わってきた」と主張した。石破氏は集団的自衛権について政府は5回解釈を変えたと指摘した。

例えば、終戦直後の吉田茂首相は「自衛権の発動としての戦争も交戦権も放棄した」(1946年6月衆院本会議)と自衛権そのものを否定した。だが、その吉田首相はサンフランシスコ講和条約調印後、「自衛権は当然の権利。自衛権発動の結果として安全保障条約を結ぶのは当然」(51年10月衆院本会議)と立場を変える。

安倍晋三首相の祖父で日米安保条約改定時の岸信介首相は「一切の集団的自衛権を憲法上、持たないとは言い過ぎだ」と主張。「外国に出て他国を防衛することは憲法が禁止している」と明確にした一方で、「他国に基地を貸して自国を守ることは従来集団的自衛権と解釈されている」(60年3月、参院予算委員会)と答弁し、米軍への基地提供は集団的自衛権の行使にあたるとの見解を示した。

政府が現在の「集団的自衛権を有しているが、必要最小限度の範囲を超えるので行使できない」との解釈を主張し出すのは81年5月の政府答弁書ごろからだ。

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◇安保法制懇のメンバー

岩間陽子(政策研究大学院大教授)▽岡崎久彦(岡崎研究所長)▽葛西敬之(JR東海会長)▽北岡伸一(国際大学長)▽坂元一哉(大阪大院教授)▽佐瀬昌盛(防衛大名誉教授)▽佐藤謙(元防衛事務次官)▽田中明彦(国際協力機構理事長)▽中西寛(京都大院教授)▽西修(駒沢大名誉教授)▽西元徹也(元統合幕僚会議議長)▽細谷雄一(慶応大教授)▽村瀬信也(上智大教授)▽柳井俊二(元外務事務次官)=座長

※敬称略。細谷氏は第2回会合から参加

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この特集は、古本陽荘、朝日弘行、影山哲也、青木純が担当しました。


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