昨日付けの標題記事を例によっていくつかのメーリングリストに発信したところ、大要下記のようなリプライがありました。
 
「前回の神戸市長選挙での共産党の問題は、広原さんの指摘でも抜けているとても大切な点があります。それは、『神戸再生フォーラム』という共産党や新社会なども含んだ市長選を戦う共同の枠組みがあったにも係らず、途中まではその枠組みにいながら突如抜け、再生側からの協議の申し入れも拒否し、一方的に飛び出して独自候補、しかも党幹部の公認という他政党との共闘がハナから無理な候補者を擁立したという事実です。」
 
このリプライで指摘されている「事実」はほんとうにそうなのか。論者の臆断と偏見が交ってはいないか―― 少し調べてみていささかの応答、反論を試みたのが以下の文ということになりますが、やはり論者の臆断と偏見によるところが大きい。指摘される「事実」は主観的事実とはいえても客観的事実とはいえないだろう、というのが私の感想であり、ジャッジメントです。少し調べてみて、先の記事で肯定的に引用した広原盛明さんの2009年の神戸市長選に「割って入ったのが神戸の共産党だった」という評価も「事実」としては少し主観が勝ちすぎているという感想も持ちました。以下、その理由を先の記事の若干の訂正的補足としても述べておきます。文章は応答形式のままにしておきます。
 
◇        ◇        

前回の神戸市長選挙での共産党の対応の問題で「広原さんの指摘でも抜けているとても大切な点」として「『神戸再生フォーラム』(以下、単に『神戸再生』といいます)という共産党や新社会なども含んだ市長選を戦う共同の枠組みがあったにも係らず、途中まではその枠組みにいながら突如抜け、再生側からの協議の申し入れも拒否し、一方的に独自候補を擁立したという事実」を挙げておられますが、共産党兵庫県委員会がなぜ「途中まではその枠組みにいながら突如抜け」たのか。共産党を一方的に論難する以前の問題として、その理由を客観的事実に基づいて検証的に考えてみるということも必要ではないでしょうか?

今回の神戸市長選の投票日は今秋の10月27日に予定されています。その投票日まであとわずかの期間しか残されていない「いま」という時期に特定の政党を客観的事実に基づかないで一方的に論難する論をそのまま放置しておくわけにはいきません。そういう意味でも以下発信しておきます。
 
日本共産党兵庫県委員会が2011年11月22日付けで「命と暮らし守る自治体本来の役割りをはたす神戸市政へ、転換を」という声明を発表していますが、その「矢田市政支える民主・自民・公明な ど『オール与党』」の項には以下のような記述があります。
 
「2009年の神戸市長選挙では、国の悪政に追随して自治体の役割を投げ捨て、「開発会社」化する一方で、市民の暮らしを切り捨てる「オール与党」市政の転換が問われました。/この市長選挙では、「神戸を変える」といいながら、橋下徹・前大阪府知事や民主党に応援をすがり、みんなの党の応援をうけて公務員攻撃をくりひろげた陣営もありました。/しかし、選挙が終われば、みんなの党も含めて民主・自民・公明など「オール与党」となって矢田市政を支え、「行財政改革の更なる推進」にまい進しています。」
 
同県委員会が上記の声明でいう「『神戸を変える』といいながら、橋下徹・前大阪府知事や民主党に応援をすがり、みんなの党の応援をうけて公務員攻撃をくりひろげた陣営」とは前神戸市長選候補者の樫野孝人氏陣営を指していることは文脈上明らかですが、「橋下徹・前大阪府知事や民主党に応援をすがり、みんなの党の応援をうけて公務員攻撃をくりひろげた陣営」という批判が真であるならば、私としては『神戸再生』という枠組みに「途中まで」参加していたとしても同組織を脱退する十分な理由になりえるように思います。
 
『神戸再生』という組織が、「当局・議会・市労連が三位一体の強固な『市役所一家』(利益共同体)を形成している全国でも比類のないお手盛り自治体」を解体、再生させるために立ち上げられた組織であったとしても、同県委員会が上記で批判しているような候補者サイドのていたらくであってみれば、その本質は「市役所一家」派となんら変わるところはなく、遅かれ早かれあらたな「市役所一家」が形成されるであろうことは目に見えているからです。

仮に私が『神戸再生』に参加する当事者であったとしても、このような候補者の支持、支援はまっぴらご免被るでしょう。この問題は「選挙共同」以前の問題としての「命と暮らしを守る自治体」を真に実現させることができるかどうかという私たちの「命と暮らし」に直接関わってくる本質的な問題です。「『選挙共同』なので歩み寄ろう」ということで妥協した結果、そうした自治体を形成することができなかったというのでは本末転倒も甚だしいということにならざるをえないでしょう。したがって、この点について同県委員会の判断に非があるとは私は思いません。
 
そこで上記にいう兵庫県委員会の主張が真であるかどうかについて少し調べてみました。
 
2009年の神戸市長選の情勢を取材した当時の神戸新聞の記事のリンクはすでに切れていますが、こちらのサイトでその転載記事を読むことができます。
 
うち2本の記事に以下のような記述があります。
 
明日への選択 第6部 神戸市長選 揺れる構図
(2)戦略転換新人、脱「民主寄り」模索(神戸新聞 2009/10/08)
 
民主党幹事長小沢一郎(67)の記者会見から2日後の3日夕。神戸市長選に立候補予定の無所属新人樫野孝人(46)は堺市内で、大阪府知事橋下徹(40)と初めて会った。/小沢会見を受け、既に「個人的に支援しない」との橋下の意向は伝わっていたが、樫野は、橋下が前横浜市長中田宏(45)らとつくる「首長連合」の支援に望みを懸け、直談判を試みた。/「一人では決められない」と答えるにとどまった橋下は会談後、待ち構える報道陣を前に、樫野が掲げるマニフェスト(選挙公約)をこう評した。/「財源を気にしないばらまきのように思えた」/橋下が推す新人が相乗りの現職に勝利、神戸市長矢田立郎(69)に民主単独推薦受け入れを促す市長選があったばかりの堺。樫野は皮肉にもここで公約、戦略の軌道修正を迫られた。
 
(略)
 
政権に就いた民主の勢いと力を自身の選挙に取り込もうと試みながら、後手後手に回った樫野。当初、反矢田市政を掲げる市民グループを介して、協力を模索した共産党も「(樫野の)政策とは相いれない」と、党県委員会書記長の松田隆彦(50)を擁立。神戸市長選では実に40年ぶりの党公認候補(予定者)で選挙戦に臨む。
 
 
各党から応援続々 神戸市長選告示後初の週末 (神戸新聞 2009/10/17)
 
「神戸でも政権交代を」と訴える渡辺喜美・みんなの党代表=17日午後、神戸市中央区内(撮影・長嶺麻子)
 
神戸市長選(25日投開票)の告示後、初めての週末を迎えた17日、3候補の応援に、国会議員が相次いで神戸を訪れた。/みんなの党の渡辺喜美代表(57)は、応援を要請したウェブ制作会社顧問の新人樫野孝人氏(46)=無所属=と神戸市中央区の大丸神戸店前で演説。60年間助役出身の市長が続いている神戸市政に触れ、渡辺代表は「市職員しか市長になれない『身分制』から脱却するべき。神戸も政権交代が必要だ」と呼び掛けた。
 
以上の記事からも共産党兵庫県委員会の主張は真であることがわかります。だとするならば、冒頭で述べた広原盛明さんの2009年の神戸市長選に「割って入ったのが神戸の共産党だった」という評価も「事実」に即して見ると少し主観が勝ちすぎた見方というべきであり、その主観の部分は訂正される必要があるようにも思われます*。もちろん、私の先の論にもそうした主観に偏した見方に偏りすぎたところがあり、その部分については訂正したいと思います。

*「事実」は、共産党兵庫県委員会は『神戸再生フォーラム』の参加者の一員として樫野孝人候補予定者を含む同フォーラムメンバーと政策協議を続けてきたが、樫野氏の政策、政治姿勢(橋下氏やみんなの党の支持、支援を要請するという)とは相容れず、同組織を「割って出た」というのが真相のようです。左記のような樫野氏批判に値する相応の理由があって同組織を「割って出た」以上、政策的にも政治姿勢の面においても相容れない樫野氏にも対抗するため同党独自の候補者を擁立しようとするのは責任政党として当然の政治的営為というべきです。それを2009年の神戸市長選に「(後から)割って入ったのが神戸の共産党だった」というのはそれまでの同党の「共同」のための営為を無視しており、そういう意味で広原盛明氏の論は公正な論の土俵を踏み外しているように思われます。
 
その上で大阪・堺市長選と兵庫・神戸市長選の彼我の「選挙共同」のありかたの違いの問題は論じられるべきでしょう。広原さんのいう地域の共産党組織の「ケツの穴の大きさ」の違いの問題なのかどうかという点についても。いずれにしても大阪・堺市長選で共産党が「独自候補の擁立を見送る方針」を決め、「『維新の会』が狙う『大阪都』構想 による『堺市つぶし』『堺市 のっとり』を許さぬ立場から」「現職の竹山市長を自主的に支持して、 勝利のために総力をあげる」としたことは今後の「選挙共同」のありかたに関して示唆を与えてくれるひとつの重要な政治決断であるということはいえるでしょう。

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