広原盛明さん(都市計画・まちづくり研究者)が前回の神戸市長選と今回の堺市長選の選挙構図を比較して以下のように論及しています。
 
今回の(堺)市長選においては、堺市職労が加盟する「大阪都構想から堺市を守る自由と自治・堺の会」(以下「自治・堺の会」という)は独自候補の擁立を見送る方針だという。竹山市長の政策を全面的に支持するわけではないが、維新の「大阪都構想」に対して反対の立場を堅持する限り、竹山市長を自主的に(勝手に)応援して戦うというのである。/選挙構図は、先の大阪市長選ですでに選挙戦に突入していたにもかかわらず共産党が自前候補を降ろすという決断に踏み切り、橋下候補に対抗する現職候補を自主的に応援した政治状況に酷似している。大阪の共産党は自立心の高い度量の大きい政党なのだろう。「政策が一致しなければ選挙協力しない」などといった“ケツノ穴の小さい”ことは言わない。橋下維新という極右集団に対抗する、堺という伝統ある自治都市を解体する「大阪都構想」に反対するという“大義”さえ一致すれば、後のことは少々目をつぶって誰とでも一緒に戦うというのである。(「緊張に満ちた堺市長選の情勢分析と決意、『悲観も楽観もしていない。ただ全力で戦うだけ』、堺市長選は“天下分け目の大決戦”になる(その1)」 リベラル21 2013.08.19)
 
この点で対照的なのは、この前の神戸市長選だ。神戸市政は戦後一貫して助役が市長に成り上がり(助役出身者以外に市長になった人物はいない)、当局・議会・市労連が三位一体の強固な「市役所一家」(利益共同体)を形成している全国でも比類のないお手盛り自治体だ。先の神戸市長選はこの「市役所一家」体制の是非をめぐって争われ、「市政刷新」を掲げて民間から市民候補が立った。/しかし、そこに割って入ったのが神戸の共産党だった。共産党は市民候補との“政策の違い”を強調してわざわざ独自候補を擁立し、組織票を動員して「反市役所票(反現職票)」を分裂させた。選挙結果にあらわれた民意の所在は明らかだった。万全の選挙体制を敷いた現職候補と一介の市民候補との票差は僅か数千票しかなく、もし共産党が独自候補を立てなければ(得票数は僅か数万票)、神戸市政は新しい市長を迎えるはずだったのである。その後(それまでも)現職候補を実質的に応援した共産党が「市役所一家」の一員とみなされ、市民の信頼を大きく失ったことはいうまでもない。」(同上

上記で広原さんが指摘している「選挙結果にあらわれた民意の所在は明らかだった。万全の選挙体制を敷いた現職候補と一介の市民候補との票差は僅か数千票しかなく、もし共産党が独自候補を立てなければ(得票数は僅か数万票)、神戸市政は新しい市長を迎えるはずだったのである」という「選挙結果」は下記で確認することができます。
 
神戸市長選挙結果(投票日:2009/10/25 投票率:31.51% )
 
当選 矢田 立郎 164,030票 無所属(民主推薦)
     樫野 孝人 156,178票 無所属(職歴:株式会社アイ・エム・ジェイ
                        顧問)
     松田 隆彦    61,765票 共産(職歴:日本共産党兵庫県委員会
                                                書記長)
 
選挙の結果は広原さんがおっしゃるとおり「(後から共産党が)割って入」らなければ「神戸市政は新しい市長を迎えるはずだった」ことを示しています。そのことについて広原さんは次のように言っています。「その後(それまでも)現職候補を実質的に応援した共産党が『市役所一家』の一員とみなされ、市民の信頼を大きく失ったことはいうまでもない」、と。
 
一方、大阪・堺市では共産党(名目的には「自治・堺の会」)は「独自候補の擁立を見送る方針」を決め、「『維新の会』が狙う『大阪都』構想 による『堺市つぶし』『堺市のっとり』を許さぬ立場から」「現職の竹山市長を自主的に支持して、 勝利のために総力をあげる」としています。
 
この共産党の彼我の違いはどこから生じるものでしょう? この点については、広原さんがおっしゃる「大阪の共産党は自立心の高い度量の大きい政党なのだろう」という評価は違うように思います。共産党はよきにつけ悪しきにつけ「民主集中制」(民主主義的中央集権制)の組織ですからその地域独自の地域的課題でもない限り、地域によって「選挙方針」が異なるということはないでしょう(地方選挙であっても統一的な「選挙方針」があるはずです)。だから、問題は、神戸や大阪の共産党組織の違いというよりも、中央の「選挙方針」そのものにあるというべきです。共産党中央は、橋下・維新の会については、単なる「保守」としてではなく、「極右」とみなして「保守」をも巻き込んだ国民レベルの特別の共同戦線を構築する必要があるとの認識をおそらく持っているのです。それが先の大阪市や今回の堺市の市長選の選挙共闘のありかたに現われていると見るべきでしょう。
 
一方、神戸市長選挙の事例は、共産党にとって橋下・維新の会レベルの問題、つまり、課題として「極右」と対抗するべくして国民的共同戦線を構築しなければならないとする対象レベルの問題ではありえないのです。だから、ふつうのレベルの「選挙方針」として「政党が独自候補を擁立して選挙戦を戦おうとするのは政党としての当然の権利である」というふつうの認識に基づく「選挙方針」に落着してしまうということにもなるのでしょう。だからまた、選挙共闘のありかたに関して、神戸と大阪という彼我の差が出てくるということにもなるのでしょう。
 
しかし、上記の私の分析が正鵠を得ていたとして、共産党の上記のような「共闘」認識はきわめて不十分なものだといわなければならないだろうと思います。国民的レベルの共闘はいうまでもなく「極右」との対抗関係の中にだけ見出されるものではありません。「神戸市政は戦後一貫して助役が市長に成り上がり(助役出身者以外に市長になった人物はいない)、当局・議会・市労連が三位一体の強固な「市役所一家」(利益共同体)を形成している全国でも比類のないお手盛り自治体だ」という市民的レベルの批判から「市役所一家」体制の是非をめぐって争われようとするケースの選挙戦も十分に「国民的レベルの共闘」を組むに値する選挙戦といえるでしょう。共産党にはこうした認識がどうも欠けているのではないか、というのが私の見るところです。共産党にはこうした認識は改めていただきたいし、また、そうしなければ、共産党の真の躍進も覚束ないだろうというのが私のいまの共産党診断です。
 
共産党支持者として著名な弁護士の澤藤統一郎さんも共産党と市民運動との緊密な連携のありかたに関して同党に以下のような重要なサジェスチョンを投げかけています。
 
「共産党自身は、今回の選挙結果を『第三の躍進』と言っている。第一の躍進、第二の躍進が、どのような攻勢に曝されて退潮に至ったか思い起こしての予防措置が必要である。これから大規模な反共宣伝・反共攻撃が予想される。そのとき『自らの弱点や限界についても真摯に向き合い、克服』しておかなければ、『第三の退潮』を招きかねない。具体的な課題は、市民運動との緊密な連携である。そのことを通じて、反共宣伝を跳ね返すだけの世論を形成しなければならない。」(「澤藤統一郎の憲法日記」 2013年8月12日
 
追記:前回(2009年)の神戸市長選で「市役所一家」に対抗する無名の市民として立候補して156,178票を獲得し、現職候補を7000票余りの差まで追いつめた樫野孝人さんは今回の同市長選にも立候補する予定のようですが、その樫野さんが同市長選の経験を以下のように述べています。参考として。
 
樫野孝人(かしのたかひと)マインドマップ

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