映画評論家の川西玲子さんが東アジア倶楽部という Facebookの頁にアニメ「風立ちぬ」の映画評を書いておられます。
 
また、豊島耕一さん(前佐賀大学理工学部教授)も技術者の観点を含めて同映画評を書いておられます。
 
それぞれ見るべき論(映画評)だと思います。ご参照ください(ここでは川西玲子さんの映画評のみ掲げておきます)。
 
なお、宮崎駿監督自らが同作品の意図を語っている文章もあります。こちらもご参照ください。
 
飛行機は美しい夢(企画書 2011.1.10)
宮崎駿「時代が僕に追いついた」 「風立ちぬ」公開(日本経済新聞 2013.7.27)

「風立ちぬ」は宮崎駿72歳、渾身の一作
(東アジア倶楽部 川西玲子 2013年8月2日)
 *上記頁の右側欄。
 
宮崎駿の新作が、零戦の設計者として有名な堀越二郎の半生を題材にしたものだと聞いた時、私はこういう感想を抱いた。「よりによって、難しい題材を選んだものだな」。だが零戦の設計者を主人公にしたことで、国内外で批判されているようだ。
 
  零式艦上戦闘機、いわゆる零戦に50代以上の日本人が抱く感情は複雑である。いや、零戦と近代日本との関係自体が複雑なのだ。それがわかるのも、今や50代以上になった。戦争体験世代の子どもたちである。 
  この世代が子どもの頃、少年漫画雑誌で抜群の人気を誇っていたのが「零戦隼人」だった。太平洋戦争中、零戦に乗る隼人という少年を主人公にした物語である。
 
  ちなみに「紫電改のタカ」というマンガも人気があった。紫電改は零戦の後継機で、昭和20年8月6日、大村基地所属の紫電改パイロットが、原爆投下の瞬間を至近距離で目撃している。高いところを飛べたのである。
 
  夏目房之介は『マンガと戦争』で、これらの人気を「敗戦国のナショナリズム」と解釈している。戦争体験世代は何かにつけて、「アメリカに技術では負けていなかった。物量で負けた」と言って悔しがっていた。親の無念を聞かされつづけた「戦争を知らない子どもたち」は、零戦に熱中したのである。
 
  零戦は戦後も、日本人の誇りでありつづけた。その思いは敗戦後、アメリカが日本の航空産業を壊滅させたことで、一層強まった。しかし日本人の誇りだった零戦は、実際は侵略戦争の道具となり、最後は神風特攻隊の象徴となって、ろくに操縦もできない少年たちと共に海の藻くずと消えたのである。
 
  堀越二郎は少年の時から、美しい飛行機をつくることを夢見ていた。長じて理系秀才となり、三菱に入って戦闘機の設計に携わる。ここで堀越が良心の呵責に悩んだり、敗戦後に深く後悔するような物語にすれば、伝統的な護憲リベラルの中心にいた人々も、韓国や中国の人々も納得しただろう。
 
  だがそうではなかった。堀越は、軍部にも戦争にも違和感を感じつつも、美しい飛行機をつくるという自己実現の道を黙々と歩む。当時の日本で、軍に関わらずに飛行機をつくることは不可能でもあった。また当時の技術者たちは、軍と立場は違えど、西洋に追いつくことを目標にしていたのである。
 
  少なくとも高等教育を受けた人間の多くは、日本がまだ後進国であることを自覚し、西洋に追いつきたいという強い願望を持っていた。つまり立場の違いを越えて、多くの人間が、西洋に追いつこうという目標を軍と共有していたのである。
 
  ここが近代日本の複雑さであり、後世の私たちが歴史を見るにあたって、細心の注意を払わなくてはならないところだ。零戦の設計者である堀越を断罪すれば、過去の清算ができるといったような、単純な話ではない。
 
  新興国の技術者が抱いた夢が、結果として戦争協力に収斂されてしまったところに、近代日本の悲劇がある。だから私たちは過去を振り返る時、言葉にできない痛恨の思いにさいなまれるのだ。そして、「他に選択肢はなかったのか」と考え込む。
 
  私は「風立ちぬ」の、過去を見る目の深さと広さ、多様な視覚に感銘を受けた。何より、関東大震災のリアルな描写がすごい。私は「あっ」と思った。あれが転換点だったのだ。関東大震災は、東京にわずかに残っていた江戸の風情を消し去り、大正デモクラシーを終わらせた。
 
  財界はこれを「風紀を乱して放蕩に走った天罰だ」と言い、公安は社会主義者と朝鮮人を殺して風紀粛正を叫び、やがて治安維持法が成立するのである。そういう時代の不気味な空気感を、政治的描写を一切せずに、アニメ本来の力だけで描いている。
 
  内容としては中高年、特に男性向きだ。大正から昭和にかけての近代史を知らないと、理解出来ない部分もある。さすがに特高については、ひとこと説明を入れていた。だが堀辰雄の「風立ちぬ」が入っているため、観客のほとんどを占めていた若者たちには、一風変わった恋愛物語に映ったのではないだろうか。
 
  それでも、不安定で不穏な時代を背景に、美しくも残酷な夢を追いかけた若者の姿を、夢と現実を縦横無尽に行き来しながら描いたファンタジーとして、若者にも楽しめる作品になっていると思う。宮崎アニメの魅力である、風になびく髪の描写が一段と冴えている。宮崎駿72歳、渾身の一作である。
 
この作品を製作した意図を、宮崎監督がみずから語っている文章はこちら
 
追記
 
  今、ニュースで観たのだが。東大がボーイング社と合同で、最先端の航空技術についてのセミナーを開いたそうだ。東大に県立浦和高校の生徒を招いて、アメリカにいるボーイング社の技術者から話を聴く。
 
  見るからに理系秀才という顔をした高校生たちの顔を見ながら、私は複雑な心境になった。どういう意図で、こういうセミナーを開いたのだろう。東大はふだんから、ボーイング社と合同で研究しているのだろうか。

 
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