先に私は「鈴木寛氏(参院選東京選挙区)の応援団に加わった湯浅誠氏の思想性、あるいは『思考』性向について」という記事を書きました。
 
同記事は、標題のとおり、“鈴木寛”という私から見て問題性の多い民主党「保守」(同氏を「リベラル」と評する人もいますが、私の評価としては民主党内右派)議員の選挙の応援団に“湯浅誠”という一般に「革新」的な市民運動家と目されている「反貧困」運動の旗手がどうして加わったりしたのか、という私の驚きと疑問について、私なりの現時点でのジャッジメント(判断)を提示してみようとして書いたものでした。 したがって、同記事の主題はあくまでも“湯浅誠”のつもりだったのですが、湯浅誠氏の評価以前の問題として同氏が応援団役を買って出た民主党参院選候補者、鈴木寛氏の評価について、「革新」の側から同氏を「護憲」の人、また、「卒原発」の人として評価する声が多少なりとあり、私としてその論について応対を余儀なくされました。そこで、湯浅誠氏の評価の問題はひとまず措いておくことにして、改めて私の鈴木寛氏評価をおおよその範囲を超えませんが述べておくことにします。

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鈴木寛公式ホームページを開くとすぐに目に飛び込んでくるのは次のようなフレーズです。
鈴木寛~1
 
「自民党の戦前に戻る憲法草案を止める」
「現実的な卒原発」
「TPP賛成。超党派で経済成長」
「必ずオリンピック招致」
 
鈴木寛氏を「護憲」の人、また、「卒原発」の人として評価する人は、上記の鈴木寛氏自身の主張をその根拠のひとつとしているようです。誰でもない鈴木氏本人がそう主張しているのだから間違いなかろう、というわけです。しかし、本人が公然とうそ(弁明の余地を残した上で)をいうということもありえます。
 
その鈴木氏の主張のフレーズのすぐ下に「自民党の戦前に戻る憲法草案を止める」と題された鈴木氏の政見を述べた動画がアップされています。全体で2分06秒の短い動画です。鈴木氏はその政見で次のように述べています。
 
「7月15日、安倍総理は長崎で憲法改正を明言しました。新聞の予想は自民党圧勝です。このまま行けば改憲勢力が3分の2以上の議席を占めてしまいます。まさに歴史の分かれ目。ほんとうにみなさんこれでいいのでしょうか。ホームページで自民党の改憲草案を読んでみてください。(自民党改憲草案の表現の自由の制限や国防軍、軍法会議の復活、徴兵制へ突き進む恐れを指摘した上で)私は与党の憲法調査会の事務局長を長く務めてきました。参議院の憲法調査会、江田五月さん、松井孝治さん、私とで3人で立ち上げてきました。その松井孝治さんも引退されました。みんなと維新、これも改憲です。改憲の流れを止められるのは私しかいません。みなさん、私に力を貸してください。」
 
上記の政見放送が選挙用のプロパガンダであるという点を割り引いて聞くとしても、ここで鈴木氏は「私は与党の憲法調査会の事務局長を長く務めてきました」と述べながら、同党の野党時代にもやはり同党の憲法調査会事務局長の職にあり、そのときに教育基本法について下記のように明言していたことにはまったく触れていません。
 
「占領下で作成された教育基本法は一旦廃止し、真にあるべき日本国の教育を念頭にゼロから作り直すべきだとわれわれは考えたのです」
 
「愛国心ではなく、日本を愛する心の涵養としたのは、そうすれば、日本人と日本国を作りあげてきた祖先の生き方も伝統も文化文明も、全て包含されるからです。聖徳太子以来の日本、大化の改新で太子の理想を具現化した日本、古事記や日本書紀に記されている日本国の足跡、そこから窺える日本人の価値観全てを愛する心という意味で『日本を愛する心』としました。」(「理想と現実の狭間の教育基本法」『週刊新潮』2006年5月25日号所収
 
憲法と教育基本法はもちろん同一のものではありませんが、自民党の改憲草案の「前文」には次のように記されています。
 
「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち」「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。」(「『自民党憲法改正草案/現憲法対比』弁護士 杉浦ひとみ」より)
 
上記の鈴木氏の教育基本法に対する「考え方」と自民党改憲草案「前文」の「思想」のなんと相似していることか。憲法と教育基本法はもちろん同一ではありませんが、密接な関連性があることは上記の引用だけからでもわかるはずです。旧教育基本法の「前文では、日本国憲法との関連が強く意識されており、日本国憲法に示された理想の実現が基本的に教育の力によると記載されて」(ウィキペディア『教育基本法』)もいました。憲法と旧教育基本法は本来同じ根っこから生まれた一卵性の双生樹だったのです(それを親子離別の木にしてしまったのはほかならない自民党や民主党の教育基本法改悪論者たちでした。そして、鈴木寛氏は、同法改悪を主導した民主党サイドの中心人物でした)。
 
そういう意味で教育基本法改悪の考え方は憲法改悪の考え方、すなわち自民党改憲草案の考え方と同質のものといえるわけです。それなのに鈴木氏は上記の政見放送で自らが民主党の野党時代に同党の憲法調査会の事務局長という要職にあったことについてひとことも述べません。ここに私は鈴木氏の大きなペテンを感じます。肝心要の彼の思想の本質の部分を隠して(それは不作為の「うそ」ということになるでしょう)「自民党の戦前に戻る憲法草案を止める」などと演説してもその言にはまったく信憑性はありません。端的に言ってその彼の言はうそと評価するよりほかないのです。一事が万事。私はこの一事をもってだけでも鈴木寛という人物をまったく信用しません。これは「六十にして耳従う」と「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」の間にいる私の人生経験と読書経験の総体を懸けていう人物評価です。
 
また、相馬市の立谷秀清市長のように、「震災後、本当にたくさんの人たちに私たちは支えられました。その一人として鈴木寛さんを、私たちは忘れてはいけないと思っています。鈴木寛さんは、当時文部科学副大臣として、短絡的な施策や判断をされずに、総合的な観点から私たちをサポートしてくださいました」など鈴木氏の実行力と誠実さを評価する声がありますが、その声が事実なのかどうかについて私は詳らかに知りませんし、鈴木氏という現物の人間性を知る由もない私にはそのことを検証する手立てもありません。
 
したがって、私は、そうした微細には立ち入らず、鈴木寛氏が原発容認派である一事をもって、上記の相馬市長の言が仮に真実を含むものであったとしても彼の「実行力と誠実さ」を評価しません。
 
弁護士の澤藤統一郎さんは鈴木寛氏の評価について次のように言っています。
 
「東京選挙区から出馬して落選した鈴木寛候補も電力総連との因縁が深い。前回選挙の際に鈴木寛候補の選対本部長を務めたのは小林正夫(電力総連副委員長)だった。それあらんか、鈴木寛の4本の重要政策のうち3本は、「現実的な卒原発」「TPP賛成。超党派で経済成長」「必ず、オリンピック招致」というもの。もう1本の「自民党の戦前に戻る憲法草案を止める」が取って付けたよう。これが民主党の政策のレベルなのだ。」(「参院選の開票結果から、革新都政の選挙共闘を展望する」 澤藤統一郎の憲法日記 2013年7月23日)
 
上記の澤藤弁護士の陳述についてはウィキペディアの『小林正夫』の頁にも次のような傍証もあります。
 
「2007年の第21回参議院議員通常選挙に際して、鈴木寛候補の選対本部長を務める。」
 
上記から鈴木寛氏が原発容認派であることは明白です。私は原発容認派を容認しません。したがって、鈴木氏の「実行力と誠実さ」については仮に事実であったとしても評価外のこととします。
 
なお、以下は補足です。
 
鈴木寛氏の「SPEEDI隠し」の問題について、ブログ『世に倦む日日』の筆者は鈴木氏を「結局、SPEEDI隠しも20ミリシーベルト問題も、文科副大臣の鈴木寛が意志決定の責任者だったことが明らかになり、選挙の際に鈴木寛の責任が問われるのは火を見るより明らかだった」と批判していますが、鈴木氏が「2年間の文部科学副大臣在任期間において、実質的な意思決定を一手に引き受けた」責任者であったことについてはウィキペディアの日本経済新聞朝刊(23面。2011年9月26日付)を引いた指摘もあります。
 
「SPEEDIの取り扱いは原子力安全委員会及び官邸が判断することになっており、鈴木寛氏はSPEEDIの取り扱いについて判断する立場にはなかった」(「すずきかんを応援する会」事務局作成 「福島第一原子力発電所事故への対応をめぐる鈴木寛氏への批判について」)という鈴木氏擁護者側の反論には説得力はありません。
 
また、鈴木氏が幼児にも20シーベルトを推した張本人だったことについては、同じく民主党議員の長嶋昭久氏のこちらのようなツイッター証言があります。上記の「鈴木寛文科副大臣が(文科省内の)実質的な意思決定の責任者だったという証言とも合わせてこの件について鈴木氏に「実質的な意思決定の責任者」としての責任があることは確かなことのように思えます。

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