本ブログにおいても先日来話題にしている第8回原発民衆法廷熊本公判)はこの5月25日に熊本大学(熊本市・黒髪北キャンパス)で予定どおり開かれました。下記はそのことを伝える新聞報道です。

原発事故の責任“断罪” 熊本市で「民衆法廷」(熊本日日新聞 2013年5月25日)
原発事故、被害者賠償を 熊本市で民衆法廷(西日本新聞 2013年5月26日)

民衆法廷 
原発民衆法廷熊本公判(2013年5月25日)

東京電力福島第1原発事故の責任を問う「民衆法廷」が25日、熊本市中央区の熊本大黒髪北キャンパスで開あり、市民や専門家らが裁判形式で原発の危険性や事故後の対応の問題点を追及した。

弁護士や学者らでつくる実行委主催で、九州では初めて。約100人が傍聴した。「水俣の教訓を福島へ」を副題に、被災者への健康調査や補償の在り方に焦点を当てた。

水俣病不知火患者会の大石利生会長は「原発事故の被害者に水俣病と同じ思いをさせてはならない」と意見陳述。水俣病の潜在被害者掘り起こしに取り組む藤野糺・水俣協立病院名誉院長は、山間部などへの被害の広がりを説明し、原発事故の放射能汚染についても大規模な健康調査の必要性を訴えた。

裁判の原告は福島県からの避難者2人で、国と東電に損害賠償と健康被害の予防措置、被ばく者認定制度の創設を請求。熊本市に自主避難している高済コズエさん(42)は「福島の事故の検証も責任の所在も明らかにしないまま、原発を再稼働しようとしている」と国と電力会社を批判した。

前田朗東京造形大教授ら3人の判事は原告の請求をいずれも認め、さらに「被害者を対立、分断させる政策や発言の中止」を国と東電に命じた。(小林義人) (「原発事故の責任“断罪” 熊本市で『民衆法廷』熊本日日新聞 2013年5月25日)

ところで、先に本ブログでも問題提起していた小野俊一氏(元東電原発技術者)に対する市民の「出廷忌避申し立て書」は同法廷ではどのような取り扱いを受けたのでしょう?

私は弊ブログの5月21日付け記事で北島教行さん(福島第一原子力発電所事故収束作業員)が原発を問う民衆法廷熊本公判担当者(事務局、代理人団、裁判部)宛てに提出した「小野参考人(引用者注:正確には「証人」)出廷忌避申し立て書」の趣旨に賛同する旨述べていますが、本忌避申し立ての正式な追加申立人ともなりました(追加申立人は私を含めて合計2名)。したがって、同忌避申し立ての取り扱いについては同裁判部から公判の事前、事後に事務的な連絡はありました。その知見も含めて同法廷における「出廷忌避申し立て書」の同公判における取り扱われ方のあらましを約言すると次のようになるでしょうか。

第1に北島さんの「出廷忌避申し立て」は却下されました。このことは被忌避申立人の小野俊一氏(元東電原発技術者)が熊本公判で実際に証言していることから明らかです(証言が行われたこと及び証言の模様は被忌避申立人の小野氏主宰の「院長の独り言」ブログに動画としてアップされていますのでそれでも確認できます)。「出廷忌避申し立て」を認められた者が証言することなどありえないわけですから実質「却下」されたとみなすほかありません。このことの意味については後に述べます。

第2。しかし、民衆裁判はふつうの裁判と手続きが異なります。一般的に裁判では不当な証人を証拠採用した裁判官などへの忌避申し立てはありえても証人その人を忌避する制度はありませんが、「民衆法廷は民衆に支えられている裁判だから、民衆の忌避申し立ては真剣に考えなければならない」(「院長の独り言」ブログ)、「民衆法廷では、外部からの声は『外野席の声』ではなく、民衆法廷を支えてくれる人々の多様な意見として重視するので、証拠として採用する」(熊本公判裁判部)という方針によって、証人の「出廷忌避申し立て」は採用されませんでしたが、実際の弁護士で構成される同法廷のアミカスキュリエ(法廷助言者。民衆法廷規定第11条)が小野氏の発言に対して社会的に批判が出ているとして「忌避申し立て」の意見書を証拠申請し、判事団によって証拠採用されました。同時に代理人団(検事団)も小野氏を証人申請し、この承認申請も証拠採用されました。

第3。したがって、同法廷における小野証人の証言は、代理人の証人尋問の後にアミカスキュリエによる反対尋問が行われ、最後に判事のひとりが補充尋問を行うという尋問の形がとられました。この小野証人の証言と同証人に対する尋問の様子は上記の「院長の独り言」ブログの動画で確認することができます(私も下記にアップしておきます)。ご参照ください。


さて、第1で保留していた問題に戻ります。「出廷忌避申し立て書」は一応証拠採用はされたわけですが、「出廷忌避申し立て」自体は却下されたということになります。そのことの意味をどう考えるかという問題です。

北島教行さん提出の「小野参考人出廷忌避申し立て書」はその忌避の理由を次のように記していました。

「小野参考人(引用者注:証人)は「事件の適切な決定のために必要」とする社会的発言は為しておらず、逆に事件の適切な決定にあたり阻害要因となる発言を繰り返し行なっている。このような発言を繰り返す人物が法廷助言人(同左注)として出廷し、発言をするならば、民衆法廷そのものに対する社会的信頼性を毀損し、社会的な影響力として逆の結果を招くであろうことを畏れるものである。また、熊本法廷において小野参考人を出廷させるのであれば、「原発民衆法廷」は裁判部、代理人団、事務局が一体となって社会的差別・抑圧に加担しているとの意思表示であると受け止め、障がい者解放運動、部落解放運動、被曝者団体、その他さまざまな反原発運動に連なる社会的政治的マイノリティを排除通告したものとして見做さざるを得ないと糾弾するものである。」(「忌避理由要旨」)

「出廷忌避申し立て書」を証拠採用しただけでは、上記で北島さんが問題提起している「熊本法廷において小野参考人を出廷させるのであれば、『原発民衆法廷』は裁判部、代理人団、事務局が一体となって社会的差別・抑圧に加担している(略)ものとして見做さざるを得ない」という事態そのものは一向に変わりません。このことを「裁判部、代理人団、事務局が一体となって」どのように考えるのか? 形式的には証人の選任は法廷代理人の役割(「民衆法廷規定」第8条)かもしれませんが、誰を証人として選任するかについては実体的には事務局も大きく関わっているはずです。また、裁判部も、証人の選任については他の部署に比べて相対的に関わりは少ないとしてもその例外とはいえないでしょう。今回の熊本公判はすでに終了しましたが、北島さんが発している問いへの答は今後に継承して「原発民衆法廷」総体としてさらに深く考究すべき問題です。これで一件落着とさせてはならないでしょう。

第4。原発民衆法廷熊本公判における小野俊一氏の証言の内容についても補充的にひとこと触れておきます。

小野氏によれば同公判における証言の内容は以下のようなもののようです。

・私の履歴
・原発発電コストの小話
・シビアアクシデントの定義
・3号機の核爆発(ちょっと言い間違えてます)
・汚染の状況
・奇形問題
等について

上記の証言のうち「汚染の状況」では、たとえば「ロシア・ウクライナ病院のカルテを数多くチェックしたところチェルノブイリ原発事故の病死者は100万人」という記述があるなどあまりに非科学的という研究者らからの批判も多いことから出版元のニューヨーク科学アカデミーが事実上の「絶版」扱いにしている「調査報告『チェルノブイリ被害の全貌』」(岩波書店)」(原題:Chernobyl Consequences of the Catastrophe for People and the Environment 「チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響」)の資料を用いてチェルノブイリと福島の比較をしています。また、「奇形問題」についても因果関係がはっきりしないことを推論と言いながらもいとも簡単にチェルノブイリや福島の原発事故と関連づけています。

彼の熊本公判における証言内容についても科学的見地からの精査が必要でしょう。

第5。この件についてのネットで知ることのできる市民の反応についても少し触れておきます。

この件について、「kojitakenの日記」ブログの筆者は、「原発を問う民衆法廷・熊本公判」に証人・小野俊一の出廷忌避を申し立て - kojitakenの日記で書いた「ピカの毒はうつる」暴言で悪名高い差別主義者・小野俊一に対する福島第一原子力発電所事故収束作業員の北島教行さんの証人忌避申立は結局却下され、予定通り小野が「証言」した模様だ。このことは、脱原発運動にとって大きな汚点になったといえるだろう」という感想を述べています。こうした感想を開陳するのはkojitaken氏ひとりではありません。

Living, Loving, Thinking」ブログの筆者も次のような感想を述べています。

「小野を告発した北島氏は、1970年の「華青闘」(華僑青年闘争委員会)*9の告発に言及し、自らの言動をそれに擬えている。それは、脱原発(反原発)の潮流の中にトンデモ的な濁流が混在しているということだけでなく、原発の近くと遠く、原発労働者と都市住民の間に深刻な溝が存在しているということを証拠付けている。」

また、「onodekita氏、原発民衆法廷から出廷忌避申請出され悔しいでござる、の巻」というTogetterには、「忌避申請は通らなかった模様で、予定通り出廷したそうです。あぁやっぱりそんな集まりになったんだなあと・・・orz」「onodekita氏が予定通り出廷できてしまったのなら、その程度の運動だったんだなとしみじみ思ってしまった。」「今回出廷忌避の声を上げられた方にお疲れ様と言うと同時に、違う集まりに身を置いた方がいいのではないかというのも感じつつ。onodekita氏はもう直す気ないだろうし、差別的なことを平気で言う人を入れて証言させるということは、原発民衆法廷というのもレイシストしばき隊などと何ら変わらないんだ・・・と」などという感想も寄せられています。

これらの「感想」から気づくこと、学ぶことは多いはずです。これらの「感想」からなにを学ぶか。あるいは学ぶことができるのか。脱原発運動に問われているいまのいまの重い思想上の課題というべきだろうと私は思っています。

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