おごる平家久しからず、あるいは有為転変は世の習いなどということわざがありますが、それを痛感させるできごとがありました。下記の写真を見ていただきたい。祝意を通り越して憐憫さえ催す橋下ポピュリズムの瓦解と「維新」の凋落のさまです。

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上の写真を見ると会場はまったくガラガラの様相で、憐れの感さえ催しますが、実際は候補者、サポーター合わせて40人程度は集まっていたようです。
 
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朝日新聞(2013年5月26日)

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しんぶん赤旗(2013年5月26日)

しかし、それでもガラガラ状態であることには変わりはありません。

しかし、私は、このできごとを思いきり祝したい。この国の右傾化現象に対する民のノーの声の余波(のように見えて、庶民的バイタリティーとダイナミズム(生命力)の発露という意味で実は本波)の副産物として。

*かつてユダヤ人精神分析学者のE.フロムは、庶民性を「社会的性格」と名づけた。ドイツの労働者階級や下層中産階級の人びと、いわゆる庶民が、なぜナチズムのイデオロギーを支持し、自発的に服従したのかを問う中で、彼は「社会的性格」という概念に想到した。フロムによれば、社会的性格はひとつの集団の大部分の成員がもっている性格構造の本質的な中核であり、それが社会制度の期待と矛盾するとき、社会制度に対する反発と対立を引き起こし、社会変動の起爆剤となる(『自由からの逃走』)。それが庶民のダイナミズムであり、バイタリティーである。(弊ブログ「大分に「無党派の風」は吹いたか―市民的(パブリック)なもの、庶民的(ポピュリズム)なもの、市民運動的(シビル=ムーブメント)なものについて(その1) 」より)

以下、昨日の大阪維新の会のサポーター決起大会の模様を伝える3本の記事をご紹介しておきます。

維新「逆風の中」決起大会で閑古鳥鳴く日刊スポーツ 2013年5月25日)

大阪維新の会:都内の決起大会、出席わずか40人(毎日新聞 2013年05月26日)

維新 空席めだつ サポーター決起大会(しんぶん赤旗 2013年5月26日)

以下は、そのうち日刊スポーツ(共同通信)の記事です。

橋下徹大阪市長が逆風の原因?大阪維新の会の支援者が25日、参院選や東京都議選などに向けた決起大会を都内で開いた。

約200席を用意したが、埋まったのは40席ほどで閑古鳥が鳴く状況。松井一郎幹事長は「選挙は厳しい」と、繰り返し口にした。

決起大会には都議選立候補予定者が駆け付け自己紹介。「維新の会のいい部分が見えづらくなっている」と述べ、日本維新の会共同代表兼大阪維新の会代表である、橋下氏の従軍慰安婦発言や風俗業活用発言の影響を心配する声も出た。

松井氏は「逆風の中にいる」と苦境を認めた。

日本維新の東京都総支部幹部が「急速な状況の変化で、候補未定区が増えるかもしれない。『我こそは』という方は一報を」と呼び掛ける一幕もあった。(共同)

(弁護士 澤藤統一郎)

飛田新地 
飛田新地

未読だが、「さいごの色街 飛田という本が話題となっている。井上理津子さんというフリーライターが12年をかけて「現存する最後の遊郭」を取材したルポだという。この本の話題性は、もちろん橋下徹の「従軍慰安婦は必要だった」「風俗業活用を」という、あの妄言をきっかけとしたもの。

毎日新聞の5月16日夕刊に、その井上理津子さんのインタビュー記事がある。「一連の橋下氏の発言は、社会的弱者への差別や階層社会を肯定していると受け取らざるを得ません。『慰安婦になってしまった方への心情を理解して優しく配慮すべきだ』とも言いましたが『支配階層』からの、極めて上から目線の言葉ですね」という発言が印象的だ。

「私は大阪の遊郭・飛田新地で働く女性約20人に話を聞きましたが、「自由意思」で入った女性など一人もいなかった。貧困だったり、まっとうな教育を受けられなかったりして、他に選択肢がないため、入らざるを得なかった女性が大半でした」「慰安婦になる以外に選択肢がなかった女性にとっては強制以外の何物でもないんです。『軍の維持のために必要だった』という発言に至っては、戦争を容認している証し。正体見たりです」「苦しい事情を背負った女性の境遇、慰安婦に送り出さざるを得なかった家族の思い、社会的背景に心を致しているとは思えない。政治家の役割を果たしていると言えない」とも。

この人が言えばこその説得力である。綿密な現場取材をされた方の発言としての重みを感じざるをえない。

本日(5月25日)付「毎日」朝刊に、林和行さん(カトリック司祭)という方の「橋下発言は権力者の視点」と題する投書が掲載されている。井上志津子インタビューを引用してのものだが、橋下徹がかつてこの街の業者組合の顧問弁護士だったことを指摘。橋下の権力者の視点の根拠について、「井上さんはそこで働く女性の側に立ったのに対して、橋下氏は経営者側の視点に立ったことによるものではないか」という。これも、なるほど。

橋下徹が、飛田の業者組合の顧問であったことについて、林さんの投書では『さいごの色街 飛田』からの指摘を引用している。実は、「大阪では知らぬものとてない公知の事実」とも聞く。

先日、IWJの岩上安身さんから、「飛田で違法な管理売春が行われていることは天下周知の事実。そのような違法収益から顧問料をもらっていることが弁護士の職業倫理上問題にはならないのか」と聞かれた。

この問は、弁護士とは倫理感覚に優れていなければならないことを前提としたもので、橋下の倫理観の欠如を批判したいとする心情は良く分かる。しかし、私は、弁護士に対して、反権力、反社会的勢力と接触することを禁じてはならないと思う。暴力団も、オカルト教団も、ブラック企業も、悪徳商法企業も、殺人犯も詐欺犯も、選挙違反者も、不貞行為者も、相談内容についての守秘義務を前提に、資格のある法律専門家としての弁護士に相談できるのだ。そのことが、大局としてあらゆる人の基本的人権を擁護することになる。たとえ橋下が、「公然と管理売春を行っているとされる業者の組合の顧問」となっていたとしても、それだけで弁護士として非難すべきことはならない。

しかし、問題は顧問として何をやったかである。好個の実例がある。

1985年に豊田商事事件が大きな社会問題となった。同社の破綻以前、この会社にはかなりの数の顧問弁護士がいた。最も有名だったのが,吉井文夫さんというヤメ検。検事時代は正義の味方として悪徳商品取引摘発に辣腕を振るったと言われている。弁護士に転進してからは、専らその業界の顧問として活躍。豊田商事にも引き抜かれて、最後の半年の顧問料は月額500万円だった。

この人は、被害者弁護団からの懲戒請求の申立があって、東京弁護士会から業務停止1年の懲戒処分を受けた。懲戒相当とされたのは、豊田商事の顧問になったこと自体ではなく、弁護士としての業務の内容である。

悪徳商法としての被害者や社会からの追求に対しての会社としての対応へのアドバイス、あるいは従業員に対する「会社のやっていることは法的に問題がない」との解説を通じての激励、それが弁護士としての正当な業務の矩を超えて「悪徳商法に加担した」と認定された。

私も吉井さんとは、何度か法廷でまみえている。強面の人ではない。むしろフェアーな訴訟態度だった。悪辣な印象とは無縁の人。金の力は恐ろしい。

さて、橋下のこと。飛田新地の業者組合から、幾らもらって、何をしていたか、である。どんな事件や相談に、どう対処し、どうアドバイスをして、客観的にどんな役割を果たしていたか。管理売春という犯罪行為の継続に加担することはなかったか。

豊田商事の例では、破産管財人が洗いざらい会社の業務内容を公表したから、顧問弁護士の行状が明らかになった。しかし、橋下には弁護士としての守秘義務の壁がある。これを突破してどんな業務をしていたのか、明らかにすることは難しい。

井上理津子さんと、林和行司祭の指摘を噛みしめて、橋下徹発言の目線が拠って来たるところ、つまり「橋下発言は、飛田新地の業者の感覚と目線から発せられたもの」、そう指摘することで、橋下批判は十分というべきであろう。

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