私は先に豊島耕一さん(元佐賀大学理工学部教授/日本科学者会議・福岡)がこの5月10日付けで発表した「共産党執行部は敗走を『転進』と呼んだ旧軍部に似る」という論攷をご紹介しましたが、その豊島さんの論攷が掲載されているブログのページを改めて見てみると下記のような同論攷に対する反論のコメントが掲載されていました。いまの共産党の執行部ならいかにもこのような反論をするだろうと思われるような反論でした。そういう意味でいかにもいまの共産党(員)らしい反論(反論者が実際の共産党員であるかどうかということとは関わりなく)。そういう次第で私たちが今年になってずっと呼びかけている「護憲結集」の実現のためにも下記の反論には若干の再反論を試みておくことは有意かつ必要性があることのように思われます。

*なお、本エントリ記事は上記の豊島さんの論攷が掲載されている「ペガサス・ブログ版」記事のコメント欄(10番目)にも投稿しています。


平和ドームと鳩 
「護憲結集」実現の願いをこめて

その反論とは次のようなものでした(便宜的に上記の反論を(1)、下記の反論を(2)としておきます)。

(1)「改憲阻止のための野党共闘の必要性と、それに対する貴兄の熱意はわかりました。そして共産党がそのために努力するべきだとの意見はその通りです。しかし問題は、なぜ野党共闘ができないのか、それができない責任が主に共産党にあるのかどうかということです。いやしくも政党間の協力が成り立つためには、政策の一致と、それをもとにした対等平等の協力が必要です。もしそれがなくて、ある政党が、一致する共通政策もないまま一方的に自らの候補者を降ろして他党を推薦したら、自らの支持者にどう説明するのでしょうか。そんなことをしたら、それこそ無定見のそしりを免れないでしょう。さらに言えば、現時点で、社民党、民主党、生活の党、緑の党のうちのどの党が、共産党と対等平等の政策協定を結ぶ用意があるのでしょうか。あるいは、将来、その芽をもつ政党があるでしょうか。もし、該当する政党があれば、それを教えてください。もしそのような政党がない場合、それでも貴兄は、共産党に一方的に候補者を降ろして、他党を推薦しろとお考えなのでしょうか。貴兄が、「共産党は、旧軍部と同じように敗走を転進と言い換えている」と明言するほどの見事な定見をお持ちならば、それ以上に明確なお言葉をいただければ幸いです。」(ペガサス・ブログ版 

以下は同反論に対する豊島さんの回答。

「コメントありがとうございます.私の記事の趣旨は,頂いたコメントの最初の2行半のことを言っているだけです.共産党の側から積極的な働きかけをしても必ず成功する保証はありません.しかしその努力をまず真摯に行う必要がある,という趣旨です.」(同上

さらに以下は反論子の再反論です。

(2)「失礼ながら、貴兄のご返事は回答になっていません。「共産党の側から積極的な働きかけをしても必ず成功する保証はないが、その努力をまず真摯に行う必要がある」ということですが、貴兄の記事は、「共産党は、共闘のための真摯な努力をしていない」と決めつけているのです。実際は「何度も真摯な努力を試みたが、すべて断られてきたし、今もそれは同じ」ということではないでしょうか。現下の政治状況における革新側の分断は、共産党が自ら招いたのではなく、1970年代の革新勢力の上げ潮に危機感を抱いた日本の支配層が、共産党孤立化のための総がかりな作戦によるものだと思います。例を挙げれば国鉄民営化による国労解体=総評崩壊=労働組合の右傾化、社公合意に始まって自社連合政権へ至る社会党(=社民党)の引きはがし、文芸春秋などによる共産党攻撃、極めつけが小選挙区制の強行など。現在でも支配層側は、革新側にくさびを打つための仕掛けを張り巡らせている。それらの作戦が功を奏した原因に、共産党の力量不足を指摘することは可能ですが、それを仕掛けた支配層側の動きや、その作戦に巻き込まれた側の批判的分析なしに、共産党にすべてを押しつけ、あろうことか、旧軍部と共産党を同一視するのは、歴史的事実に目をふさぐ知的怠慢であり、その根底には理性の崩壊があると指摘されてもやむを得ないでしょう。大変失礼な言葉を書き連ねましたが、現在、「革新側」を自認する人々に同じような「知の雪崩現象」が見受けられるので、あえて書かせていただきました。」(同上

さて、私の反論子に対する再反論です。上記の反論子の反論(「再反論」を含む)は下記のひとつの再反論に集約することができるでしょう。

すなわちこういうことです。反論子は(1)で「問題は、なぜ野党共闘ができないのか、それができない責任が主に共産党にあるのかどうかということです」と問題を提示した上で、(2)では「実際は『何度も真摯な努力を試みたが、すべて断られてきたし、今もそれは同じ』ということではないでしょうか」とその問題提示の自らの回答を述べていますが、その反論子の認識は事実に反する認識であるように思います。

このことを最近の事例で説明してみます。先の4月14日に「憲法の改悪に反対する元教職員ひょうごネットワーク」共同代表の佐藤三郎さんや石塚健さんらの市民が呼びかけ人となって神戸市で「~総選挙敗北を見すえ 立ち直りの途を探る~ とめよう壊憲 ! 護憲結集!討論集会という集会が催されましたが、同集会参加の呼びかけを共産党を含む社民党、新社会党、緑の党日本の革新政党4党にしたところ共産党からは「不参加」の回答がありました(ちなみに他の3党は同集会に参加しました)。

そのときの共産党の「不参加」理由は、同集会の講師に予定されている広原盛明さん(都市計画・まちづくり研究者)の「"護憲戦略〟を再構築する・・・ためのまず第一歩として・・・公開討論会形式にして革新政党の選挙総括や参院選挙方針の問題点を有権者の間で広く議論する」云々というブログ記事を引用した上で、「政党が正規の機関で決定した総括や方針を、公開討論で変えさせようなどというのは、政党の自主的活動への不当な介入、干渉に他なりません。今度の『集会』はこの『広原提言』を受けて、広原氏を『講師』に、政党代表と『忌憚のない意見交換』をおこなおうというものになっています。このような『集会』が憲法改悪阻止の国民的共同を広げるための建設的な意見交換の場になりえないことは明白です」というものでした(しんぶん赤旗 2013年3月31日)。

しかし、下記の弊ブログ記事において詳説していることですが、「公開討論会形式にして革新政党の選挙総括や参院選挙方針の問題点を有権者の間で広く議論する」云々は広原さんという同集会講師のあくまでも個人としての提言にすぎません。その個人の提言と集会で決定される方針とは一般論として別のものです。第一、同集会は集会の呼びかけの標題のとおり「とめよう壊憲 ! 護憲結集!」について市民・市民団体間で「討論」する場として設定されたもので、なんらかの方針を決定するような場でもなんでもありません。したがって、「政党が正規の機関で決定した総括や方針を、公開討論で変えさせ」ることなどまったく不可能です。上記の共産党の「不参加」理由はためにする「不参加」理由というほかないのです。

さらに同党の「不参加」理由は広原さんのブログ記事での発言を問題にしていますが、仮にそういうことであるならば、政党外にいる一般市民は「政党が正規の機関で決定した総括や方針」についてなにもものを言うことはできないということにならざるをえません。しかし、どのような機関の総括や方針であれ、市民は自由に批評することはできますし、批判する権利もあります。これを「言論の自由」というのですが、そうした「言論の自由」の行使を「政党の自主的活動への不当な介入、干渉」のように仮に考えているのであればそういう見方、考え方も正しくないというほかありません。

以上、反論子のいう「(共産党は)実際は『何度も真摯な努力を試みたが、すべて断られてきたし、今もそれは同じ』」という認識は上記に挙げた最近の事例からも否定されざるをえません。

反論子は上記の自らの論を正当化しようとして、「政党間の協力が成り立つためには、政策の一致と、それをもとにした対等平等の協力が必要です」だとか、「ある政党が、一致する共通政策もないまま一方的に自らの候補者を降ろして他党を推薦したら、自らの支持者にどう説明するのでしょうか。そんなことをしたら、それこそ無定見のそしりを免れないでしょう」。また、「現下の政治状況における革新側の分断は、共産党が自ら招いたのではなく、1970年代の革新勢力の上げ潮に危機感を抱いた日本の支配層が、共産党孤立化のための総がかりな作戦によるものだと思います」などとさまざまな事象を持ち出していますが、その事象の反論子の説明自体は正しいとしても、それらはすべて「(共産党は)実際は『何度も真摯な努力を試みたが、すべて断られてきたし、今もそれは同じ』ということではないでしょうか」という反論子の誤まった事実認識とは別のことです。それこそ反論子の反論は「反論になっていない」といわなければならないのです。

なお、上記で挙げておいた弊ブログ記事とは下記のようなものです。

■2013.04.05 「『4・14神戸討論集会』 建設的な意見交換とは無縁」という共産党の批判の謬論(だと私は思います)について再考を求めたい ――「護憲結集」の再構築のために――
*同記事中に上記に挙げた共産党の「~総選挙敗北を見すえ 立ち直りの途を探る~ とめよう壊憲 ! 護憲結集!討論集会」への「不参加」理由を述べた赤旗記事(2013年3月31日付)を全文引用しています。

また、上記記事の関連記事として下記の弊ブログ記事もご参照ください。

■2013.03.31 「護憲=革新共同候補」擁立問題と「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」形成の課題~長野の共同候補擁立運動の挫折の経験から改めて考える
■2013.04.09 三度、共産党に「護憲共同」と「共同候補」問題について再考をうながす ――阿部治平さん(もと高校教師)の「護憲・反原発勢力は選挙協力を――共産党に残された道」という論のご紹介

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