今年になってこの1月30日に尖閣諸島沖の北方海域で中国海軍艦艇による海上自衛隊護衛艦への射撃管制レーダー照射事件が発生し、また逆に日本側では航空自衛隊戦闘機が中国機に緊急発進(スクランブル)した回数が昨年度は306回に及び前年度の156回からほぼ倍増し、防衛省が国別の対応回数の公表を始めた01年度以降で過去最多を記録する(共同通信 2013年4月17日)などいま尖閣諸島問題をめぐって日本側と中国側との間には一触即発の危険性をも孕む予断を許さない緊張状態が続いています。

さて、こうした日中間の政治的、軍事的ナーバスの状態が続いている時期だからこそなおさらという含意もあるのでしょうか。大分憲法会議及び平和憲法を守る会・大分注1代表(2013年5月3日退任表明)の岡村正淳さん(弁護士・沖縄県出身)が尖閣諸島の領有問題に関する重要な論攷(憲法会議注2宛「意見書」)を発表しています。

注1:大分憲法会議は今年で結成43年目になる青年法律家協会大分支部、日本科学者会議大分支部、大分県平和運動センター、大分市平和運動センター、社民党、共産党の6者で構成される憲法改悪阻止の一点で団結する組織です。また、ほぼ同様の目的と趣旨及び構成団体からなる組織として平和憲法を守る会・大分がありますが、同組織は2005年に結成され、今年で11年目になります。岡村正淳弁護士は両組織の代表を兼任していましたが、今年の5月3日に大分市で行われた第43回憲法記念日講演会の際に退任表明をしました。同弁護士は青法協を母体にして選出されていました。

注2:憲法会議(憲法改悪阻止各界連絡会議)は1965年3月6日、末川博、鈴木安蔵、田畑忍ら憲法学者や、大西良慶(清水寺貫主)、羽仁説子(評論家)など各界著名人33氏のよびかけで結成されました。その前年に政府の憲法調査会が、改憲を是とする答申を出したことから思想・信条、政党所属のいかんにかかわらず、憲法改悪阻止の一点で団結する組織として結成が呼びかけられました。

この論攷に見る岡村弁護士の立場は、政府や一部革新勢力(共産党など)の主張する「固有領土」(尖閣諸島は日本の固有の領土)論は日中間の領土問題の平和的解決の障害になるというもののようです。この点において岡村弁護士が所属する憲法会議の現在の主流の主張とは異なっているように見受けられます。だからこそ、岡村弁護士は日中間の政治的、軍事的テンションがナーバスになっているこの時期に自らが所属する組織の憲法会議にあえて問題提起をする必要性を感じたのだろうと思われます。

また、岡村弁護士が沖縄県出身(高校卒業時まで沖縄県在住)の弁護士であるということとも深く関係しているでしょう。尖閣問題は岡村弁護士にとってはまさに「うちの火事」の問題であって「対岸の火事」として冷静に眺められるような問題ではないのです。岡村弁護士の説は論理的であると同時にその論理に裏打ちされた沖縄人としてのパッションがあるように私には感じられます。

尖閣領有権問題についてはこれまで私もかなりの数の記事を発信してきました。そのほとんどは同問題について私が学んできた学者、識者の論攷の紹介ですが、政治学者の浅井基文さんの論攷にはとりわけ学ぶところが大でした。その浅井さんの論攷は本記事の主題に関連していえばたとえば次のようなものでした。

改めて尖閣領有権問題について(2) ――浅井基文さんの「尖閣問題に関する志位・共産党委員長発言に対する疑問」という論攷のご紹介(弊ブログ 2012.10.09)
改めて尖閣領有権問題について(3) ――浅井基文さんの「尖閣問題:志位・共産党委員長の新論点」という新論攷のご紹介(弊ブログ 2012.10.27)

浅井基文さんと岡村弁護士の論攷は「固有領土」論批判、とりわけ革新勢力の「固有領土」論批判という視点で共通しています。

一方、革新勢力側の「固有領土」論としては長野県の弁護士の毛利正道さんの「尖閣諸島領有問題をいかに解決すべきか―2010年10月「出発点としての尖閣諸島領有問題」大幅加筆版―」(2011年1月8日付)という論攷があります。

また、日本共産党の「尖閣諸島問題 日本の領有は歴史的にも国際法上も正当―日本政府は堂々とその大義を主張すべき―」(2010年10月4日付)という論攷もあります。

これらの論攷も参照しながら岡村正淳さん(弁護士)の下記の論攷(意見書)を読んでいただきたいと思います。岡村弁護士の論は「正義」に基づく「合理的な判断」と「説得力」という点で一歩抜きん出ているというのが私の評価です。

なお、岡村正淳さんの同論攷の読解のための参考としてこの4月29日に大分市であった「ちゃーすが大分の会」注3主催の「今、尖閣問題を考える」と題された講演会における同弁護士作成のレジュメを合わせて添付しておきます。

注3:※「ちゃーすが」とは沖縄方言で「どうするの」「どうしよう」の意味です。


尖閣諸島
尖閣諸島(1) 


尖閣諸島2  
尖閣諸島(2)


2013年4月1日

憲法会議御中

意 見 書

大分憲法会議 岡村 正淳

尖閣問題は平和憲法の試金石です。改憲勢力はこの問題を、だから国防軍が必要であり、改憲が必要だとの世論作りに最大限利用しています。しかし、私は護憲勢力の側はこの問題についての説得力のある選択肢の構想を示すに至っていないように思います。結論からいえば、この問題こそ、安倍政権に問題解決能力がなく、護憲・平和勢力こそが説得力のある解決の展望を示し得ると考えていますが、そのためには早急に克服すべき課題があると考えますので、書面で意見を述べる次第です。

1 尖閣領有の経過についての冷静な分析の必要性について

尖閣領有の経過については、護憲勢力の側でも、日清戦争と無関係に無主地先占の法理により正当に領有した領土であるとの議論が支配的であるように思います。しかし私は、この議論を無条件に肯定することに疑問を感じていますし、何らの留保もなしにこのような見解に与することは、結局のところ交渉による解決の道を閉ざすものであり、今最も憂慮すべきナショナリズムに対する歯止めになるどころか、逆にこれに与する結果になるのではないかと憂慮します。

2 まず、1895年1月の尖閣領有化に関する閣議決定に至る経過について問題を提起します。

①1885年9月29日付で沖縄県令西村捨三が政府に提出した上申書は、調査の内命を受けた「沖縄県ト清国福州間ニ散在セル無人島」は「中山伝信録ニ記載セル釣魚台、黄尾嶼、赤尾嶼ト同一ナルモノニコレナキヤノ疑ナキ能ハス。」とし、「果タシテ同一ナルトキハ、既ニ清国モ旧中山王ヲ冊封スル使船ノ詳悉セルノミナラズ、ソレゾレ名称ヲ付シ、琉球航海ノ目標トセシコト明ラカナリ。依リテ今回ノ・・・踏査直チニ国標取建テ候モ如何ト懸念仕リ候」としています。

②1885年10月21日付、国標建設に関する井上外務卿山県内務卿宛意見書の結論は、「此際ニワカニ公然国標ヲ建設スル等ノ処置コレ有リ候テハ清国政府ノ疑惑ヲ招キ候間・・・国標ヲ建テ開拓二着手スルハ、他日ノ機会二譲リ候方然ルベキト存ジ候。」となっています。

③これに対する山県内務卿の結論は「国標建設ノ儀ハ清国二交渉シ彼是都合モ有之候二付目下見合セ候方可然ト相考候・・」というものでした。

④にもかかわらず1895年1月14日、沖縄県の所管とし標杭を設置する旨閣議決定していますが、その中には無主地であることを確認した趣旨の記載は全くないようです。(あれば是非その資料をご教示下さい。)。しかも1894年12月27日の内務大臣野村靖陸奥宗光宛て文書には、「其ノ当時ト今日トハ事情モ相異候二付キ、別紙閣議提出ノ見込ミ二之有候・・」とあるということです。

上記①②③の資料によると当時政府が尖閣諸島は清国領ではないかとの疑いを抱いていたことは間違いなく、領有に踏み切ったのは「其ノ当時ト今日トハ事情モ相異候」という理由によるものだったことになります。そしてここでいう事情の変化とは、日清戦争における勝利が決定的になり、尖閣どころか台湾、澎湖島をも取得できる状況になったことにあったのではないでしょうか。そうだとすれば、尖閣領有決定は、「未必の故意」、即ち清国領である疑いがあってももはや考慮する必要はないとの未必の故意による領有だと言われても仕方がないのではないでしょうか。この疑問を解消するためには、清国領であるとの疑いが払しょくするに足りる調査が尽くされたとか、それが閣議決定の理由になったという歴史資料の発掘が必要ではないでしょうか。しかし、私はまだこの点についての説得力のある資料を目にしたことはありません。もしあるようでしたら是非ご教示いただきたい。

中国は、尖閣は日清戦争の過程で盗取されたと主張しています。領有化の手続き(公示)についても問題が指摘されていますが、いずれにせよ中国の主張に真摯に向き合うためには、今一度、尖閣領有経過を洗い直す必要があるのではないでしょうか。

3 次に、下関条約は割譲の対象を台湾、澎湖島に明確に限定しているから、尖閣は日清戦争によって取得した領土ではないとの見解について問題を提起します。

下関条約は、日清戦争後の領土の範囲を確定した条約ですから、形式的にはこの見解は成り立ちます。しかし、台湾澎湖島と無人島の尖閣諸島では、領土としての価値が全く異なります。台湾どころか澎湖島まで日本に割譲しながら、台湾と日本の間の無人島に過ぎない尖閣諸島は割譲しないなどといえる訳はありません。台湾、澎湖島までを日本の領土にするのであれば、台湾と日本の間に存在する尖閣諸島が日本の領土となることは当然であり、それゆえ両国とも意識的に議論せず、条約に明記しなかっただけであり、「もちろん解釈」として下関条約の結果、尖閣の問題は事実上決着がついただけのことではないでしょうか(この段階では閣議決定にとどまっていますから、日本による尖閣領有決定を清国が認識していたかという疑問もあります)。

4 次に、中国が75年間全く異議を述べなかったから国際法上日本の領土であることが確定しているとの議論について問題を提起します。

「75年」を論じる時、私は1895年から1945年までの期間とその後の期間は区別して論じるべきだと思います。なぜなら、1945年までの日本と清国との国境は下関条約体制によって確定していたのであり、その下関条約はポツダム宣言カイロ宣言により否定され失効したからです。1895年から1945年までの間は下関条約によって国境が定められていたのですから、下関条約により形成された国境に異議を述べることができたはずはありません。しかし、下関条約はポツダム宣言、カイロ宣言により失効したのですから、1945年までの日本の領有は、尖閣も含めて法的に否定されたことになり、その間異議を述べなかったのは中国の領有権の主張について何らの瑕疵にもあたらないのではないでしょうか。中国は、尖閣は日清戦争の過程で盗取されたと主張しているのですから、日清戦争から1945年までの間異議を述べなかったから権利を喪失したなどという主張は、侵略戦争に対する反省がなく、ポツダム宣言、カイロ宣言を否定するに等しい主張だということにならざるを得ません。中国のこの主張に対して有効で国際的に通用する反論ができるのでしょうか。日本の友好国であるはずのアメリカでさえ、尖閣が日本の領土だと認めていない事実をもっと厳しく受け止める必要があると思います。

1945年以降のことについては、そもそもこの間、国際法上日本が尖閣を日本の領土として実効支配していたといえるかどうかが問題です。1945年から1952年4月28日までは、尖閣を含む沖縄はアメリカのむき出しの軍事占領下にあったのであり、ポツダム宣言に基づいて日本の領土とされるべき区域に含まれるかどうかは未確定でした。従って日本の領土としての実効支配がなかったことは明白です。

1952年4月28日の講和条約後は、講和条約に基づいて日本がアメリカの軍事占領の継続を認めたのですから、いわゆる「潜在主権」はあったとする余地はあります。しかし、実際には完全な軍事占領でした。昔ながらの沖縄には多くの日本人(沖縄人)が現に住んでいました。しかし、尖閣には一人の日本人もいなかったのです。また、米軍による沖縄統治は国際連合に対する信託統治を提案するまでとの期限を付した事実上の無期限占領でしたが、日本の国連復帰の結果、国連加盟国の領土について信託統治を認めていない国連憲章上、信託統治提案までという不確定起源は失効し、アメリカは当然に沖縄を返還しなければならなくなったはずです。しかし日本政府はそのことを全く主張しませんでした。これは国連憲章上、沖縄が日本の領土ではないことを前提にしなければ理解できない事態でした。

以上の事実に鑑みると、1945年以降沖縄返還に至るまでの間、日本が沖縄を実効支配していたとの議論には疑問を呈さざるを得ません。現に沖縄を占領していたアメリカが、尖閣については日本の領土だと認めていないのです。従って、中国が明確に尖閣に対する主権を主張し出したのは1895年から75年間も経過してからだということを理由に中国の主張を排斥するのは根拠が極めて薄弱だと思います。

5 無主地先占論の出現経過について

私は、無主地先占の法理により日本の領有を正当化する議論がいつ頃出てきたのか、その経過について重大な疑問を抱いています。前述したとおり。1895年の閣議決定に至る経過からはこの法理に基づいて領有化を決定したとの歴史的根拠は薄弱です。そもそも台湾、澎湖島の獲得まで目指していた当時の日本において、尖閣の領有は問答無用で軍事力で決着をつけることのできる問題であり、無主地先占の法理の助けなど要らなかったはずです。

私の狭い知見では、無主地先占論が初めて登場したのは、1960年代末期の琉球政府見解だったのではないかと思います。それは尖閣に石油資源があるとの報告がなされ、尖閣の領有権が俄かに問題になった時期でした。つまり私が言いたいのは、無主地先占論は歴史的事実ではなく、後付けの論理として問題が顕在化した後に現れた議論ではないかということなのです。無主地先占論が何時頃登場したのか、一つの国際法上の論理ではあり得ても、歴史的事実はどうであったのかを踏まえてこの議論の有効性を検証すべきではないかと思います。この点について既に解明したものがあれば是非ご教示下さい。

6 尖閣問題の議論の仕方について

以上の私の問題意識は、結局のところ、尖閣の領有化は国際法上正当だという議論を今一度科学的に検証し、ポツダム宣言や戦後の沖縄統治の実情を直視して議論をし、その中から尖閣問題についての解決の方向を提示すべきであるということにあります。交渉による解決という声があります。しかし、尖閣領有は正当で、中国の主張は不当であるとの見解に立つとすれば、今尖閣をめぐって起こっている事態は中国の不当な覇権主義によるものであり、妥協の余地はないということになります。しかしそれでは安倍政権と五十歩百歩ではないでしょうか。交渉とは譲歩の可能性を前提にしなければ成り立ちません。相手国の主張を外在的論理で批判しても対話は成り立ちません。尖閣問題の解決のためには、まず尖閣領有経過に問題はなかったかを歴史的事実に基づいて科学的に検証する作業が必要です。次に、領土問題の解決は、ポツダム宣言、カイロ宣言に基づき敗戦国、侵略国としてなすべき戦後責任の一環であることを明確に認識すべきだと思います。日本は片面講話によって中国、韓国、北朝鮮との間の和解抜きのままで国際社会に復帰しました。北方領土問題は性質が異なりますが、尖閣の問題は、国際社会への復帰にあたり克服しなければならなかった重い宿題であり、日清戦争に遡っての誠実な歴史認識が要求されます。未解決のまま今日に至っているのは、過去の清算を含む戦後責任が果たされていない結果です。問題の性質がそのようなものであるとすれば、未解決のままになっている責任を、75年間中国は異議を述べなかったではないかとして中国に転嫁することは、歴史責任に背を向けた議論ではないかと危惧します。

だからといって中国の主張を鵜呑みにすべきだと主張するのではありません。尖閣問題についての中国の主張の決定的弱点は尖閣に対する実効支配の希薄さです。歴史的には沖縄の漁民も沖縄の方言で釣魚島の名称を付し、自由に往来していた事実もあるようです。双方の主張に弱点があることを認め合ってこそ、交渉による解決の道が開けます。歴史的事実の解明、日清戦争に遡る歴史を直視しての議論、どんなことがあっても武力に訴えず平和的に解決することを目指しての議論、これなくして尖閣問題の解決はなく、安倍政権の尖閣問題についての姿勢は亡国の危機にもつながりかねないものです。日本の主張は正しいとの議論に呪縛されなければ、共同開発、共同管理、最低でも国際司法裁判所への提訴など、ナショナリズムを煽らずに済む選択肢はあります。平和的解決に向けてのリーダーシップを取れるのは安倍政権に対決する護憲勢力であり、その中核である憲法会議の責任は重大です。7分間で述べられるような問題ではありませんので、書面で意見を述べる次第です。推敲も不十分ですが、よろしくご検討下さるようお願い申し上げます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今 尖閣問題を考える(レジュメ)

2013・4・29 岡村 正淳

1 憂うべき尖閣問題の現状

依然として続く一触即発の状況
2013年1月30日、レーダー照射事件、護衛艦に対する射撃管制レーダー照射
2013年4月24日、中国共産党の了承の下での威嚇攻撃との情報
2012年の対中国スクランブル(領空侵犯の恐れのある場合の緊急発進)回数306回
(前年度156回、国別史上最多)
警察力(保安庁)レベルの対応を超える軍事衝突の危険性

見えてこない平和的解決の道筋
麻生副総理らの靖国参拝後さらに激化の様相(日本側議員団尖閣視察、中国艦船による追跡)
平和的解決の最大の障害
国内的には固有領土論

固有領土論は何故平和的解決の障害になるか
ナショナリズムを煽る
領土問題の存在を否定し、中国の主張を全面否認する。
交渉による解決の道を閉ざす
軍事的オプションしかなくなる。
行きつくところ、軍事力増強、日米同盟強化、集団的自衛権見直し、憲法改正
この世論作りに最大限利用

2 固有領土論の批判的検討

(1)政府の固有領土論
①1885年以降再三にわたり現地調査、無人島であるのみならず清国の支配が及んでいることを慎重確認の上、85年1月14日閣議決定で領土編入
②爾来、歴史的に一貫して我が国の領土たる南西諸島の一部を構成してきたわが国固有の領土
③1885年5月発行の下関条約とは無関係

(2)領土編入経過の問題点

ア 閣議決定に至る経緯
(井上清「尖閣列島―釣魚諸島の史的解明」)

・1885年、内務省、沖縄県令西村捨三に「沖縄県ト清国福州間ニ散在セル無人島取調」内命(端緒、福岡県古賀某の出願)

・1885年9月22日付沖縄県令西村捨三上申
「中山伝信録ニ記載セル釣魚台、黄尾嶼、赤尾嶼ト同一ナルモノニコレナキヤノ疑ナキ能ハス。果タシテ同一ナルトキハ、既ニ清国モ旧中山王ヲ冊封スル使船ノ詳悉セルノミナラズ、ソレゾレ名称ヲ付シ、琉球航海ノ目標ト為セシコト明ラカナリ。依リテ今回ノ・・・踏査直チニ国標取建テ候モ如何ト懸念仕リ候」

・1885年10月21日、国標建設に関する井上外務卿の山県内務卿宛意見
「国標建設ノ件・・・熟考到シ候処、右島嶼ノ儀ハ清国国境ニモ接近致候。・・・近時、清国新聞紙等ニモ、我政府二於テ台湾近傍清国所属ノ島嶼ヲ占拠セシ等ノ風雪ヲ掲載シ、我国二対シテ猜疑ヲ抱キ、シキリニ清政府ノ注意ヲ促ガシ候ノモノ之レ有ル際二付、此際ニワカニ公然国標ヲ建設スル等ノ処置コレ有リ候テハ清国ノ疑惑ヲ招キ候間、・・国標ヲ建テ開拓等二着手スルハ、他日ノ機会二譲リ候方然ルベシト存ジ候。」

・山県内務卿の結論
「国標建設ノ儀ハ清国二交渉シ彼是都合モ有之候二付目下見合セ候方可然ト相考候間外務卿ト協議ノ上其ノ旨同県ヘ致指令候条此段及内申候也」

・1894年日清戦争開始、同年12月、清国北洋艦隊全滅

・1895年1月14日閣議決定
理由:近来魚釣島に向け漁業等を試みる者がいる。その取り締まりを要するので沖縄県の所管とし、標杭を設置する。

イ 閣議決定に踏み切った理由

・1894年12月27日内務大臣野村靖の陸奥宗光宛て秘密文書
「・・其ノ当時ト今日トハ事情モ相異候二付キ、別紙閣議提出ノ見込ミ二コレ有候条・・・」

・政府見解は、慎重な調査により無主地であることを確認の上領土に編入したとしているが、歴史的には日清戦争勝利が決定的になったという力関係の変化を背景に領土に編入したもの。

・閣議決定には無主地先占の法理についての言及なし。

(3)下関条約と無関係か。

・下関条約調印1895年4月17日

・台湾・澎湖島割譲、2億デール(当時の日本の国家予算の4倍強)の賠償金

・無人島に過ぎない尖閣諸島の帰属など問題にならない状況

・尖閣領有は日本の内部的決定にとどまっており、対外的通知もせず。

・下関条約で澎湖島まで日本の領土と認めれば、その途中にある尖閣が日本の領土となることは争えない。下関条約で既成事実化。

・カイロ宣言、「日本が中国から盗取した全ての地域を中華民国に返還」
盗取した地域にあたらないのか。

(4)1895年1月14日以来、歴史的に一貫して南西諸島の一部として日本の領土を構成してきたといえるか。

ア 8月15日に至る歴史問題に関する問題意識の欠如

・カイロ宣言、ポツダム宣言・・中国から盗取した全ての地域の返還を義務付け
中華民国(実際には台湾)との間では戦後処理の中で解決済み、しかし中華人民共和国は戦後処理への参加は認められず、積み残し。

・未解決の問題であることの確認
1972年日中国交回復交渉での田中、周恩来会談、尖閣問題には触れない。
1978年日中平和条約調印に際しての鄧小平、園田外相会談、尖閣問題の解決は次の時代に委ねる。

・少なくとも領土問題の存在を認めるべき

イ 沖縄からの異議申し立て(そもそも「日本」に南西諸島(沖縄)を歴史的に日本の固有の領土という資格があるか。)

・沖縄に対する日本の支配の確立・・・琉球処分による武力併合(1879・明治12)

・1880年、清国との間の分島改約合意、最恵国待遇と引き換えに宮古以西を清国領とする合意。

・沖縄戦、本土決戦の捨て石、焦土作戦

・戦後、天皇、アメリカに沖縄の無期限占領を要望

・1951年9月28日、沖縄を米軍の支配下に置く講和条約調印、52年4月28日発効

・米軍による沖縄支配の期限(国連に対する信託統治提案まで)の国連憲章違反(加盟国の領土に対する信託統治の否定、日本の国連加盟は1956・12・18国連総会承認)を全く問わなかった。

・1972年5月15日沖縄返還以降も基地負担を沖縄に押し付け。

・沖縄にとっての「屈辱の日」を「主権回復の日」として祝典を行う道義感覚のマヒ

3 尖閣問題解決の方向

(1)領土問題の存在の承認、固有領土論の再検証

(2)戦後処理(カイロ宣言、ポツダム宣言)の視点の必要性
中国に対する高飛車な態度は許されない。

(3)日中平和友好条約に基づく問題の解決
全ての紛争を平和的に解決、武力の行使、武力による威嚇の禁止

(4)国際司法裁判所の活用

(5)国家の「威信」論の虚構性

・たかだか1896年から1940年までの44年しか実効的に支配していない。国の威信をかけて戦争も辞さないような「領土」か。

・ドイツは旧プロイセンの領土の大半(まさに固有領土)を割譲、それでドイツの威信は損なわれたか。逆に歴史に対する痛切な反省の証として品位を高めたのではないか。

・安倍政権の姿勢は中国には居丈高、アメリカには卑屈、戦争への反省はなし。これこそ国家の品位を貶めているのではないか。

4 沖縄の視点の重要性

(1)日本と中国の境界は歴史的には琉球王国と中国との境界

・琉球王国は尖閣を領土としていない。尖閣と久米島の中間までが琉球王国の範囲。

(2)境界線の向こう側は中国領とするのが自然な感覚

(3)琉球王国と中国との冊封関係の航路:平和の航路
共同管理も合理的選択

(4)またも沖縄を戦場にするのか。絶対に許されない軍事力による解決。

(参考文献)
井上清「『尖閣』列島―釣魚諸島の史的解明」(現代評論社、第三書館)
和田春樹「領有問題をどう解決するか」(平凡社新書)
村田忠禧「尖閣列島・釣魚島問題をどう見るか」(日本僑報社)
大西広「中国に主張すべきは何か」(かもがわ出版)
保坂正康・東郷和彦「日本の領土問題」(角川新書)
孫崎 享「不愉快な現実」(講談社現代新書)
浜川今日子「尖閣諸島の領有をめぐる論点」(国会図書館「調査と情報」第565号)
豊下楢彦「『尖閣問題』とは何か」(岩波現代文庫)

関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/573-7f205cfd