目次
前書き
3.社民党の“存亡を懸けた戦い”は成功するか~総選挙総括と参院選方針をめぐる情勢をどうみる(その1)~
附:4.14護憲結集討論集会 動画(Ⅰ・Ⅱ)

これまで本ブログにおいてもその関連論考を含めると5回に渡ってご紹介してきましたが、この4月14日に神戸市で「~総選挙敗北を見すえ 立ち直りの途を探る~ とめよう壊憲! 護憲結集!」と題された「護憲結集・公開討論集会」(同討論集会実行委委員会主催)が開かれました。主催者によれば、同討論集会は一次集会と二次集会のあわせて6時間のロング・ランの集会になり、150名の市民参加者、参加要請をした政党からは社民党(服部良一前衆議院議員・社民党大阪府連代表)、新社会党(松枝佳宏新社会党委員長)、緑の党(長谷川羽衣子緑の党共同代表)の参加があったということです(共産党中央委員会にも参加要請をしましたが不参加」の回答がありました)。

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以下は当日の集会において「問題提起」としての講演をされた広原盛明さん(元京都府立大学学長)の講演(問題提起)レジュメと当日配布されたいくつかの論攷資料(「広原盛明の聞知見考」第26回、第27回、第28回)です。

この4月20日には京都でも上記の「とめよう壊憲!護憲結集!」討論集会実行委委員会が提起している問題提起ととほぼ同様の問題提起を掲げた「革新は生き残れるか―新しい変革の主体を考える」と題されたシンポジウムが開催される運びのようです。さらにその後もたとえば五十嵐仁さん(法政大学教授)の「いま再び、『大左翼』の結集を呼びかける」(「五十嵐仁の転成仁語」2013年4月15日)の呼びかけもあることなどから同種の問題意識に基づく全国各地での集会の開催が予想されます(また、全国各地で是非とも実現させていただきたいものです)。その参考資料の一助にもなればという思いからここに転載させていただくことにします。「護憲結集」を願う全国の広範な人々にご参照いただければ幸いです。

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なお、広原盛明さんは「リベラル21」にあらたに「護憲勢力は如何にして結集するか(その1)」という問題提起の連載を始められたようです。注目したいと思います。

平和ドームと鳩  
「護憲結集」実現の願いをこめて

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4.14神戸公開討論集会 広原盛明氏の講演レジュメ
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如何にして護憲勢力を結集するか
~戦後最悪の歴史的反動期(2013~2016年)を目前にして~
2013/4/14神戸集会 広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)
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1.2013~2016年は戦後最悪の歴史的反動期

(1)2012年総選挙における改憲勢力の圧勝、2/3以上議席の占有
  主導勢力:自民294、維新54、みんな18、計366(76.3%)
  追随勢力:公明31、民主57、計88(18.3%)
  護憲勢力:共産8、社民2、未来(生活)9、計19(4.0%)

(2)2013年参院選挙における改憲勢力の結集、護憲勢力の沈黙
  自民・公明の選挙協力体制の継続
  維新・みんなの選挙協力体制の一本化
  民主・生活・社民の不透明な関係
  共産の孤立

(3)2013年参院選から2016年参院選までの3年間、衆参両院で改憲勢力が2/3以上議席を占有
  憲法96条改定を皮切りに憲法全面改定の具体化
  自民党改憲草案が骨格
  戦後最悪の歴史的反動期

2.衝撃的なNHK世論調査結果(2013年4月8日)

(1)安倍内閣支持率、( )は2013年1月
  支持66%(64%)、不支持19%(22%)

(2)政党支持率、( )同上
  自民43.6%(37.8%)、民主6.1%(7.6%)、維新2.1%(6.5%)、
  公明3.7%(4.0%)、みんな1.3%(3.7%)、共産2.0%(2.7%)、
  社民0.7%(0.8%)、生活0.4%(0.5%)、支持なし34.5%(30.8%)

(3)日銀の金融緩和
  「大いに評価する」12%、「ある程度評価する」46%、
  「あまり評価しない」27%、「全く評価しない」6%

(4)参院選自公過半数の是非
  「望ましい」23%、「どちらかといえば望ましい」37%、
  「どちらかといえば望ましくない」21%、「望ましくない」12%

(5)憲法改正の必要
  「改正する必要があると思う」39%、「改正する必要はないと思う」21%、
  「どちらともいえない」33%

(6)憲法96条の改正
  「賛成」28%、「反対」24%、「どちらともいえない」40%

(7)改憲勢力2/3の是非
  「望ましい」20%、「どちらかといえば望ましい」37%、
  「どちらかといえば望ましくない」20%、「望ましくない」12%

(8)小選挙区「0増5減」の方針
  「賛成」32%、「反対」17%、「どちらともいえない」42%

(9)今国会中の衆院定数削減を含む選挙制度の見直し
  「必要がある」50%、「必要はない」9%、「どちらともいえない」33%

3.国民世論の地殻変動が始まっている

(1)安倍内閣の支持率が高レベルで安定している
  →与党・野党を問わず批判勢力がシュリンク(委縮)している
  →情勢を切り開く批判力のある人材が不足している

(2)自民党支持率が突出して高い
  →自民党への国民感情が好転している
  →阿部首相の資質・能力を軽視できない

(3)国民世論が改憲に向かって急傾斜している
  →戦後政治のなかでこれほど世論の右傾化が起こったことはない
  →なのに、国民に警鐘を鳴らすジャーナリズムの危機意識が弱い

(4)護憲勢力の姿が見えない
  →革新政党・革新勢力が弱体化している
  →政党独自の延命運動に熱中していて、情勢がつかめない

その背景には、

(1)アベノミクスによる株価上昇による景況感の改善が内閣支持率を押し上げている
  →「食えない民主主義よりも食える独裁」への共感が広まっている
  →ワイマール体制の崩壊とナチズム進出の時代との相似形
  →2013年夏の参院選終了まで街角景気が崩れる心配はない

(2)北朝鮮・中国の軍事的脅威が国民心理を不安状態に陥れている
  →「平和憲法では国を守れない」との意識が高まっている
  →在特会など排外主義運動に対する国民の警戒感が薄い
  →今後3年間で北朝鮮・中国の強硬姿勢が変化するとは思えない

(3)9条を表に出さないで96条改憲から手を付ける戦術が成功している
  →96条が「改憲のマスターキー」であることに国民が気づいていない
  →96条が改訂されると「芋づる式」に改憲される
  →最終的には、自民党改憲草案をコアとする全面改憲に一気に突き進む危険性もある

(4)ハシズムと一体になったマスメディアの影響力が依然として強い
  →マスメディアの論説部門の右傾化がひどい
  →改憲派イデオローグの跳梁、護憲派知識人の封殺
  →国民の民主主義的感覚や政治意識が劣化してきている

4.護憲勢力を如何に結集するか

(1)参院選後の「護憲円卓会議」の結成
  →参院選には間に合わない、ただし「呼びかけ」など準備は可能
  →広範な護憲政党、護憲勢力を結集した開かれた共闘組織の結成
  →2013~2016年の3年間に的を絞った護憲運動方針の具体化
  →全国組織でも地方組織でもできるところかスタート

(2)改憲国民投票に備えた国民運動の提起
  →護憲運動の街頭化(見える化)、街頭の空気を変える
  →護憲講師団による全国各地での「護憲フォーラム」の日常的開催
  →反原発デモに学ぶアクション・プログラムの展開など

(3)地方議会への働きかけ
  →護憲・反原発首長のネットワーク化
  →議会公聴会、議員懇談会への働きかけ
  →国民投票に先立つ地方住民投票の提起など

(4)「護憲円卓会議」の政治的意義
  →政治情勢を変革し得る政治勢力としての現実的存在感を示すこと
  →国民の信頼と安心を獲得できる政治勢力として成長すること
  →現在の政治情勢に絶望している優れた人材を掘り起こすことなど

(5)その他

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4.14神戸公開討論集会 広原盛明氏のいくつかの論攷資料
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1.次期参議院選挙で革新政党は生き残れるか
~新たな“護憲戦略”の構築なくして展望は開けない~
(「広原盛明の聞知見考」第26回 『ねっとわーく京都』 2013年3月号)
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『リベラル21』のコメントから

東京のジャーナリスト集団が書いている同人ブログに、『リベラル21』というのがある。戦後の革新的ジャーナリズムを担ってきた第一線のジャーナリストたちが、現役引退後もなお健筆を振るっている頼もしい同人ブログだ。ひょんなことから私も参加させてもらっているが、今年になって「革新政党の不振と衰退は目を覆うばかりだ」というブログを書き始めたところ、次のようなコメント(1月15日)が読者から寄せられた。少し長くなるが、現下の政治情勢の動向を的確に把握しているコメントなので改めて紹介したい。

「このままいけば、次回の参院選で社民党は消滅、共産党は去年の衆院選における社民党並みの水準まで後退する可能性がある。おそらく共産党もそれはよくわかっているが、支持者や党員を落胆させたくないために前回の総選挙と直近の参院選を比較したに違いない。共産党の退潮は政策上の優位さを生かし切れずに、メディアの意図的排除と「維新」、「みんな」、「未来」への誘導、若い世代への浸透不足、リベラル革新の共同作戦の欠如、活動家の老齢化、一部を除く立候補者の力量不足などによって生じたもので、その構図が変わらなければ次回参院選でも同じことが起こるであろう。支配者側は革新の退潮をよくわかっているので、民主党の失敗の間隙をついて、ここぞとばかりにさまざまな潮流(「維新」の極右主義、「みんな」の改良主義など)を動員して、改憲をゴールにした戦後民主主義体制の根本的改廃への総攻撃をかけてきている。」

本誌前号(2013年2月号)では、総選挙直後に原稿締め切り日が迫っていたこともあって、革新政党の選挙結果について触れる余裕がなかった。また、世間の大方の関心は民主党の壊滅状況と自民党の圧勝ぶりに集中していて、社民党や共産党の敗北の方はあまり注目されなかった。だがその実、社民党は“解党的惨敗”、共産党はその“一歩手前”と言ってよいほどの歴史的大敗だったのである。

選挙結果の推移を直視しよう

わが国で革新政党といえば、旧社会党の流れを汲む社民党と戦前からの伝統ある共産党がその代表格となっている。だが、2000年以降の衆参両院選挙における得票数・得票率(比例票、以下同じ)の推移をみると、残念ながらこの10年余りの両党の凋落はもはや誰の目にも明らかと言う他はない。

社民党は、衆院選得票数を560万票(得票率9.4%、2000年)から149万票(2.4%、2012年)に激減させ、10年余りで得票数・得票率がともに1/4に縮小した。これはもう「底割れ」というべき危機的状態だと言ってよい。同様に、参院選得票も301万票(4.3%、2001年)から224万票(3.8%、2010年)に落ち込み、回復の兆しは見られない。

共産党の方は社民党よりは若干下降カーブが緩いものの、やはり低落傾向に歯止めがかからない点では同じだ。衆院選得票数は、672万票(11.2%、2000年)をピークにその後500万票ラインを一進一退してきたが、直近の2012年衆院選では一挙に前回衆院選の1/4に当たる125万票を失い、369万票(6.1%)にまで激減した。また参院選においても、433万票(7.9%、2001年)から356万票(6.1%、2010年)へと着実に後退している。

その結果、社民・共産両党を合わせた全体の革新票は、衆院選では1232万票(20.5%、2000年)から518万票(8.5%、2012年)へ半分以下となり、参院選では796万票(14.5%、2001年)から580万票(9.9%、2010年)へ約7割に縮小した。議席数も、衆院では35/480議席(社15、共20、7.3%、2000年)から10/480議席(社2、共8,2.1%、2012年)へ、参院では28/247議席(社8、共20、11.3%、2001年)から10/242議席(社4、共6,4.1%、2010年)へ各々1/3前後に縮小した。

この数字の意味するところは深刻だ。かって革新政党が国政において一定の比重を占めていた頃は、国会運営の舞台裏はどうあれ、少なくとも国政選挙は政策をめぐって争われていた。しかし、小選挙区制の導入によって革新票の多くが死票となり、それが比例票の減少となって跳ね返るという「負のスパイラル」が有権者の投票行動に定着した結果、掲げている政策の如何にかかわらず革新政党支持者の票離れが止まらなくなったのである。

国民にとっての政党の存在感は、政策が国民の要求や期待に応えるものであると同時に、政党が政策を実現できるだけの力量(実行力)を備えているかどうかで決まる。その意味で議席が減ることで“存在感”や“リアリティ”が乏しくなった革新政党は、政策だけで選挙戦で勝利することができなくなり、得票数を増やすことができなくなった。議席減と得票数減が「鶏と卵」の関係になって、革新政党は、「いいことを言うが、実行できない」という“政党イメージ”を打ち破ることが著しく困難になったのである。

社民党が消えるかもしれない

その時どきの政党の分立状況にもよるが、一般的に言って、現行の選挙制度では得票率が4~5%を割ってくると、小選挙区はもとより比例区の議席数が極端に少なくなるという傾向がある。「4~5%ライン」が政党存続の“臨界点”と言われているのはそのためだ。社民党の得票率は、2003年の衆院選以来、参院選も含めて4~5%台に低迷していたが、2010年参院選では政党存続の“臨界点”を超えてついに3%台に落ち込み、2012年衆院選に至っては3%を割って2%台に転落した。これが「解党的惨敗」といわれている社民党の内実だ。

しかし「4~5%ライン」の臨界点の次には、政党自体が消滅する「デッドライン」が待ち構えている。政党が蒸発して消滅するという意味で“沸点”と言ってもよいが、それは政党助成法における「得票率2%」条項のことだ。周知のごとく、政党助成法における政党要件(第2条)は、「衆参国会議員5人以上を有する政治団体」あるいは「直近の国政選挙で有効投票の2/100以上を得た政治団体、ただし国会議員1人以上」となっている。この要件を満たさなければ政党として認められず、したがって政党交付金も受け取れない。

社民党の参院議員は目下4人、今年7月の参院選挙で任期切れを迎える議員が2人いるので、もし次期参院選で議席がゼロになれば、残るは衆院2人、参院2人となって政党要件の5人を割ることになる。勿論、得票率を2%以上確保すれば話は別だが、次期参院選での社民党の得票率は衆院選以上に落ち込むことが予想されているので、このままでいくと得票率が2%を割り、議席ゼロになる可能性も否定できない。

政党交付金が政党の運命(消長)を左右することは、「日本未来の党」が惨敗を喫して小沢派と嘉田派が分裂し、政党交付金を受け取れなくなった嘉田派が事実上消滅したことでもよくわかる。したがって政治資金の圧倒的部分を政党交付金に依存している社民党にとって、政党交付金が無くなることは文字通り社民党の消滅を意味する。政党交付金が無くなれば、足腰の弱い社民党の政党活動は決定的な打撃を受け、党を支える活動家の人件費や行動費も支給できなくなり、事務所も閉鎖せざるを得ない。こうなると政党としての実体が無くなるわけだから、もはや次回の衆院選挙をまともに戦えなくなることは眼に見えている。また今回辛うじて当選した2人の衆院議員も、次の選挙で果たして議席を守れるかどうかの保証はどこにもない。

身内だけの選挙総括では事態を打開できない

結党以来の“絶体絶命の危機”に直面して、社民党はいかなる衆院選総括を行い、どのような次期参院選の方針を示すのであろうか。通常、政党選挙の総括は政党責任において行うのが原則とされている。だが、総選挙は国政のあり方に関する基本政策を訴えて国民の審判を仰ぐ最大の政治イベントであり、総選挙そのものが有権者との共同作業である以上、選挙総括を政党の「身内」だけで済ませるわけにはいかないのではないか。選挙総括が国民に向かっての“開かれた総括”でなければ、訴えた政策の是非も選挙戦術のあり方も政党(だけ)で判断を下すことは不可能だと思うからだ。

この点に関して社民党のホームページをみると、総選挙の翌日に『第46回衆議院議員総選挙の結果について』という全国常任幹事会の簡単な声明が出されだけで、今後の予定としては2013年1月24日から執行部の総選挙総括案が討議されると書いてある。ここにはいつも通りの「身内」だけの総括討議が提案されているだけで、国民に向かっての“開かれた総括”の姿勢は見られない。

12月17日の声明もごく簡単なものだ。冒頭に「社民党は「生活再建―いのちを大切にする政治」というスローガンを掲げ、小選挙区23名、比例単独10名、あわせて33名の候補者を擁立して、獲得目標7議席以上、400万票以上をめざし総力をあげて闘った。しかし結果は、小選挙区で1議席、比例区で1議席、合計2議席に留まるという極めて厳しいものとなった」との経過報告とお詫びの言葉があり、敗因として「12政党の乱立などによって争点が多様化し、社民党の主張を十分に浸透させられず、支持に結び付けられなかった」、「この選挙であらためて現行小選挙区制の問題点が浮き彫りになった」ことの2点が強調されているだけだ。そして最後は、いつものように「今まさに「いのちを大切にする政治」の正念場である。社民党は、現在の政治状況に危機感を持つ人々とともに国民生活の再建と改憲阻止のために全力で奮闘する決意である」との決まり文句で結ばれている。

しかし支持者・有権者サイドから言えば、「33名の候補者を擁立して7議席以上、400万票以上を目指す」という目標がなぜ「142万票、2議席」という史上最低の結果に終わったのか、キチンとした説明がなければ納得できないだろう。また敗因のひとつとして「12党の乱立」が挙げられているが、その乱立の有力な原因となった「日本未来の党」の結成に際して、社民党の政審会長を務めた阿部知子氏が直前に離党して合流したことについては一言も触れられていない。社民党の主張を十分に浸透させられず、支持に結び付けられなかったのは、常任幹事会声明がいうように12政党の乱立などによって争点が多様化したからではない。辻元氏や阿部氏など幹部議員が相次いで離党したにもかかわらず、その原因や背景を国民に十分説明できなかった社民党が有権者から総スカンを食った結果が、「142万票、2議席」という史上最低の数字になっただけのことなのである。

いずれにしても社民党は、支持者・有権者とともに“開かれた総括”を行うことなしには事態を打開できず、したがって「解党的惨敗」から抜け出すこともできないだろう。1月24日の全国代表者会議においてどのような総選挙総括案(第1次案)が出されるのか、内容だけでなくその総括方法についても注目したい。

共産党は大丈夫か

社民党と違って、共産党は一般に「足腰が強い」と言われている。全政党のなかで唯一政党交付金を受け取らず、機関紙代・党費・個人献金など自力で政治資金を調達しているのは共産党だけだ。近代政党としては当たり前のことだが、他党が真似をできない以上、立派と言う他はない。また国会議員は少なくなったものの、地方議員はピーク時に4433人(2000年、総務省調べ)を数え、自民・公明両党を押さえてトップの位置を占めていた。地方議員を基盤とするピラミッド型の議員構成やそれを支えている職場・地域組織の広がりも、「議員政党」といわれる社民党とは比較にならないほどの強靭な体質を有している。

しかし平成大合併によって市町村数が半分近くになり、全国の地方議員定数が5万8千人(2000年)から3万5千人(2011年)へ4割も減ったことによって、草の根型の議員活動・地域活動を基礎とする共産党は大打撃を受けた。全国地方議員定数に占める共産党議員の割合はほとんど変わらないが(7.6%→7.9%)、議員絶対数はここ10年余りで1700人近くも減り、2011年末には2766人(62.4%)と11年前の6割水準に縮小したのである(社民党は364人)。

共産党にとって地方議員の大幅減は、組織活動と財政活動の両面で二重の制約となった。組織活動面では、職場・地域活動の要となる少なくない地方議員を失うことによって政治活動のポテンシャルが大幅に低下した。財政面では、政治資金の重要なソースである議員報酬が減ることによって活動資金の調達が著しく困難になった。小選挙区制の導入が革新政党に対する決定的な「ストレートパンチ」であったとするなら、平成大合併は共産党にとっての手痛い「ボディブロー」となったのである。

地方議員の減少が国政選挙に与えた否定的影響は、計り知れないほど大きいと思われる。共産党には「タレント候補」がいないので個人票はほとんどなく、得票数のほとんどが組織票によるものと言われている。言うまでもなく組織票は、地方議員を中心とする職場・地域組織の選挙活動の積み重ねによって獲得されるものであるから、地方議員の減少は国政選挙の得票数の減少に直結することになる。

これを衆院選の比例得票数で比較すると、2000年衆院選では地方議員4433人、得票数672万票、地方議員1人当たり得票数1516票だったのが、2009年衆院選ではそれぞれ3026人、494万票、1632票になった。ここまでは2/3レベルになった地方議員が奮闘することで、得票数の目減りが辛うじて1/4程度に抑えられていた。しかし2012年衆院選挙になると、地方議員2766人、得票数369万票、議員1人当たり1334票となって、議員1人当たり得票数が一挙に1割強も減ったのである。もし3年前と同じ議員1人当たり1632票の水準を維持していれば、得票数はまだしも450万票程度となってこんな大敗を喫することはなかったのであるが、なぜこれほどの得票数の急激な減少が起ったのだろうか。

共産党のホームページでは公表されていないので正確な実態はわからないが、おそらく最大の原因は、職場・地域組織の高齢化がもはや限界に達して政党としての活動能力が著しく低下し、従来型の選挙活動ができなくなったことがあるのだろう。選挙関係の集会に行っても若い人の姿をほとんど見かけない、ビラを撒く人が確保できない、投票を訴える活動家は高齢者ばかり、こんな光景が最近の共産党のごく普通の姿になっているからだ。

現実を見ない選挙総括は信頼を失う

共産党についてホームページで選挙総括を見よう。総選挙翌日の『総選挙の結果について』(2012年12月17日、中央委員会常任幹部会)によれば、議席数、得票数、得票率に関する総括部分は以下のような文面になっている。

「12月16日に投開票がおこなわれた衆議院選挙で、日本共産党は議席倍増をめざして奮闘しました。議席倍増という目標は長年続いてきた古い政治が崩壊的危機に陥るもとで、日本共産党の躍進を勝ち取ることは国民に対する責任であるとの立場から掲げたものでした。残念ながら、結果は改選9議席から8議席への後退となりました。」

「議席を後退させたことは残念な結果ですが、全党と後援会員のみなさんの奮闘によって一歩ではありますが、前進への足がかりをつかんだことは重要だと考えます。日本共産党は「私たちが出発点とすべきは2010年参院選比例票の356万票(6.10%)」(4中総決定)であることを銘記してこのたたかいにのぞみました。この出発点にてらすと、総選挙でわが党は比例代表で369万票(6.13%)に得票・得票率をわずかですが前進させました。小選挙区での「全区立候補」に挑戦し、選挙区選挙で470万票(7.89%)を獲得したことも積極的意義をもつものでした。とりわけ比例票を参院比例票の約1.2倍に増やして議席を守り抜いた東北ブロックでの勝利は、被災地復興の今後を考えてもきわめて重要なものとなりました。」

この文面を読んで、正直驚かなかった人はいなかったのではないか。すでに多くの人が批判しているように、最大の問題は、今回の総選挙結果を2010年参院比例票の得票数356万票(6.10%)を基準にして比較し、「わが党は僅かながら前進した」などと総括していることだ。しかし国会が衆参両院からなる2院制をとる以上、衆院選挙と参院選挙は本来別個のものであり、有権者もこのことを十分認識して選挙活動(投票行動)に参加している。小選挙区制導入以降の共産党の比例得票数の推移を見ても、衆院と参院では明らかに得票数・得票率の傾向が異なるのであり、衆院選挙は衆院選挙で、参院選挙は参院選挙で独自に比較分析しなければ選挙結果の総括にはならない。以下は、その得票数・得票率の推移である。

2000年衆院:672万票11.2%→2001年参院:433万票7.9%
2003年衆院:459万票7.8% →2004年参院:436万票7.8%
2005年衆院:492万票7.3% →2007年参院:441万票7.5%
2009年衆院:494万票7.0% →2010年参院:356万票6.1%
2012年衆院:369万票6.1% →2013年参院:?

この数字を見れば即座にわかることだが、衆参両院選挙の比例得票数を比較すると、衆院選挙の方が参院選挙の得票数を常に上回っている。だから参院選挙と衆院選挙を比較して「僅かに前進しました」「前進への足がかりをつかんだ」などというのは“詭弁”そのものでしかない。「科学的社会主義」を標榜している共産党が、こんな非科学的な選挙総括をするようでは支持者・有権者の信頼を得ることなど到底できないと言うべきだ。

“竹槍精神”では選挙に勝てない

次期参院選を考えるとき、共産党が何よりも重視すべきは、2010年参院選および2012年衆院選において「650万票以上」という得票目標を掲げたにもかかわらず、なぜ両選挙において前回選挙から2割前後もの大量得票を失い(参院選▲19%、衆院選▲25%)、参院選では356万票(目標の54.8%)、衆院選では369万票(同56.8%)にとどまったのかという原因究明と総括だろう。この両選挙における“科学的総括”がなければ、次期参院選においても「歴史は三度繰り返される」ことになる。直近の参院選・衆院選で得票数が2割前後も減少しているのだから、このトレンドを延長すると、参院選356万票×0.8=285万票、衆院選369万票×0.8=295万票となり、得票数300万票・得票率5%を割る可能性すら否定できないからだ。

率直に言って、次期参院選において革新政党が改憲発議を阻止するために必要な121改選議席の1/3(41議席)を獲得することはもはや絶望に近い。自民・公明・維新各党と民主党内の改憲勢力を合わせると、議席数の2/3はおろか3/4、4/5を突破するかもしれない勢いだからだ。“竹槍精神”ではもはや選挙に勝てなくなった以上、革新政党は当面する参院選はもとより参院選後の新しい政治情勢をも考慮に入れた新たな“護憲戦略”の構築に乗りださなければならない。

参院選後の「新しい政治情勢」とはなにか。それは、日本国憲法第96条第1項の規定によって憲法改正の是非を問う“国民投票”に政治決戦の舞台が移るということであり、有権者の過半数の支持を得られなければ憲法9条が否定されると言うことだ。中曽根元首相の言う「戦後体制の総決算」の時期がまさに目前に迫っているいま、革新政党の取るべき道は広範な護憲勢力の再結集によって改憲阻止に立ち上ること以外に選択肢は残されていない。個々の政党レベルではもはや改憲を阻止できない以上、個別政党の眼を通して政治情勢・選挙情勢を見るのではなく、護憲勢力全体の眼から現下の危機的状況に立ち向かう姿勢が求められているのである。

“護憲勢力”を幅広く結集できる政治的枠組みをつくろう

私は憲法9条を守ってきた政治勢力の構造は、(1)護憲を党是とする社民党や共産党などの「革新政党」、(2)これら革新政党を支持する「革新勢力」、(3)革新政党を支持しないが、憲法9条を否定することには反対する「護憲勢力」の3重構造で構成されていると理解している。しかし、革新政党はせいぜい革新勢力の範囲でしか政治活動・選挙活動を展開せず(できず)、広範な護憲勢力を結集する戦略を打ち出せなかった。僅かに「9条の会」が護憲勢力の一部を迎え入れただけだ。

個々の革新政党の活動が限界にきている以上、従来の活動スタイルのままでは革新政党は消滅の道をたどる他はなく、憲法改正を阻止することもできない。だとすれば、革新政党が存在感を示すには国民・有権者に対して改憲を阻止できるだけの政治的枠組みを示さなければならない。そして改憲阻止の国民投票に勝利できる体制をつくらなくてはならない。

結論は明らかだ。革新政党は革新勢力はもとより広範な護憲勢力に働きかけて新たな“護憲戦略”を構築しなければならず、当面その第一歩として考えられるのは、今回の選挙総括と次期参院選挙方針を党内だけでなく国民に対して“開かれた形”で行うことだ。具体的には、(1)公開討論会形式にして革新政党の選挙総括や参院選挙方針の問題点を有権者の間で広く議論する、(2)「外部第三者委員会」といった形で党外でも選挙総括を行い、党独自の総括と対置させながら公開討論で問題点を探り出す、(3)社民党・共産党やその他の政治団体が合同討論会を組織し護憲戦略のデザインについて討議するなど、とにかくあらゆる形を追求してみることだ。

だがその場合の議論の原点は、あくまでも「国民投票において改憲を阻止する」ことに置かれなければならない。「革新政党の再生のために何をするか」ではなく、「改憲阻止のために革新政党は何をしなければならないか」ということを議論の中心に据えなければならない。共産党に関して言えば、党の「成長・発展目標」よりも「護憲勢力の構築」を政治目標の上位に位置づけることが要求される。要するに個々の革新政党レベルの狭い「セクト主義」に陥ることなく、護憲勢力全体を結集する「骨太の政治方針」を貫くことが求められるのである。

「敵を知り己を知らば百戦危うからず」(孫子の兵法)という言葉があるが、もはや事態はその域をはるかに超えている。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という方が実情に近い。社民党や共産党が果たして「身を捨てる」ほどの決意と覚悟を示すのか、それともこのままずるずると後退して消滅の道をたどるのか、革新政党はいま歴史的分岐点に立っている。

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2.嘉田新党(日本未来の党)はなぜ失墜したか
~「極右第3極」の台頭、「保守補完第3極」の消滅~
(「広原盛明の聞知見考」第27回 『ねっとわーく京都』 2013年4月号)
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社民党・共産党が消えた総選挙報道の内幕

最近、京都ジャーナリスト9条の会で総選挙報道の内幕を聞く機会があった。その中で私が特に興味をひかれたのは、今回の総選挙でマスメディアの予想が唯一外れたのは、嘉田新党(日本未来の党)の失墜(だけ)だったという話である。それ以外の予想は悉く当たったというから、彼らの選挙情勢の分析力が優れているのか、それともマスメディア自身が仕組んで意図的な選挙情勢をつくりだしたのか、その二つのうちの一つだろう。

ちなみに大手紙の政治部記者たちの間では、もはや社民党や共産党など革新政党の姿は完全に視野のなかから消えているのだそうだ。だから、選挙報道の基調は自ずと「民主壊滅、自民圧勝、維新躍進」というシナリオ通りの展開となり、記者たちの関心はもっぱら民主・自民と(表向き)対抗する「第3極=維新」の動きに振り回されることになる。日本維新の会に関するニュースが引きも切らないのは、彼らの動きが2大政党に対する国民の不満や批判のガス抜きになり、読者の関心を引き付ける格好のネタになるからだ。

日本の政治のあり方や行方を真剣に考えている読者(私も含めて)にとって、このような翼賛的メディア状況はとても許せるものではないだろう。だが、これが総選挙報道の実態というのだから憤慨しても始まらない。まともな読者の怒りや批判は、これら政治部記者たちの間ではもはや「ごまめの歯ぎしり」程度にしか聞こえていないのではないか。

ただし、最近になって「第3極=維新」という“ガス抜き安全弁”が機能不全を起こし始めたことも事実だ。特に橋下新党が石原新党と合流して以来、「維新、合流のひずみ」(朝日2012年11月23日)、「維新、かすむ目玉政策」(日経11月25日)、「維新政策、鈍る切れ味」(毎日11月30日)とかいった大見出しがあちこちで目立つようになった。原発・エネルギー、TPP、外交・安全保障などに関する国の基本政策において、維新と民主・自民両党との違いが薄れ(無くなり)、維新の「ガス抜き」機能がうまく働かなくなってきたのである。こうなると、マスメディアが「2大政党 vs 第3極」という“虚構の対立軸”をいつまでも維持することが難しくなる。「第2の安全弁」が必要になってきたのである。

嘉田新党の結成タイミング

こんな締りのない総選挙報道がダラダラと続くなかで、選挙公示を1週間後に控えた11月27日、突然飛び込んできたビッグニュースが嘉田新党の結成だった。嘉田由紀子滋賀県知事が同日午後、滋賀県庁で記者会見を開き、原発依存から脱却する「卒原発」を旗印に「日本未来の党」を結成する意向を正式に表明したのである。

「原発ゼロ」の公約は、もともと早くから社民党・共産党など革新政党が掲げてきた基本政策だ。その内容は首相官邸前で繰り広げられてきた反原発デモの趣旨にも共通するものだし、福島原発事故以降は国民世論としても定着している。したがって「原発ゼロ」は、自民党の原発維持政策や民主党の実質的原発維持政策(表向きは「脱原発依存」を掲げながら、実質的には大飯原発の再稼働、大間原発の工事再開、原発輸出の公認などを推進)とは対極に位置し、民主・自民と対決する「第3極」(本物)の機軸に位置づけられるべき政策だといえる。

ところが、政治部記者たちの眼中にはすでに革新政党の姿はないので、「第3極=原発ゼロ=革新政党」の構図で記事を書くわけにはいかない。といって、いまや巨大な世論となった「原発ゼロ」の国民世論を無視するわけにもいかない(反原発デモを無視したために手痛い世論の批判を浴びた)。このディレンマを解消するためには、表向き脱原発を掲げる「第3極」(偽物)を探し出して“虚構の対立軸”をつくる以外に方法がない。

こうして早くから「第3極=維新」の構図がつくられ、1番バッターとして起用された橋下新党への翼賛報道がはじまった。しかし、橋下新党が国政進出に際して石原新党と合流(野合)することになり、お題目の脱原発政策がフェードアウト(消滅)して対立軸が次第にぼやけてきた。このままでは、民主・自民2大政党に対する国民の不満や批判が革新政党への期待となって世論の向きが変わる可能性がある。そこで控えの2番バッターの起用が必要になり、嘉田新党が登場したというわけだ。

かくして維新が「原発ゼロ」の公約を降ろして世論の批判を浴びていたちょうど頃、準備万端の末、タイミングを見計って「新・第3極=嘉田新党」の結成が発表された。新しいスターの登場で選挙情勢は一転して乱戦模様となり、マスメディアは大いに色めき立った。革新政党抜きで総選挙の紙面がつくれる舞台が再び用意され、各社が「コップのなかの嵐」を面白おかしく演出できる条件が整ったのである。

「新・第3極=嘉田新党」の華々しい登場

記者会見の翌日、各紙は大見出し(一面トップ)で「日本未来の党」(嘉田代表)の旗揚げを報じ、嘉田新党が1週間後に迫った衆院総選挙に100人規模の候補者を擁立し、脱原発を目指す諸勢力の結集を目指すとの方針を大々的に伝えた。橋下ブレーンだった飯田哲也氏(エネルギー政策)が嘉田新党の代表代行に就任したことも、「嘉田新党=非維新=新・第3極」の旗幟を鮮明にするうえで効果的だった。また賛同者として、坂本龍一(ミュージシャン)、菅原文太(俳優)、鳥越俊太郎(ジャーナリスト)、茂木健一郎(脳科学者)など絵になる有名人が名を連ねたことも彩りを添えた。

さらに公示日直前の12月3日、前日に東京都内で開かれた政権公約発表の一部始終が華々しく紹介され、解説付きで詳しく報道された。12月4日が選挙公示日だから、総選挙開始直前の「新党結成キャンペーン」としてはこれ以上の宣伝効果はない。なかでも朝日・毎日両紙のはしゃぎぶりと大盤振る舞いが目立った。

朝日は、『追跡、乱流総選挙』といった刺激的な見出しを付けて「未来、脱原発が原動力」(12月3日)などと大々的に持ち上げた。記事の調子にしても、「嘉田氏は、「(原発事故のあった)3・11の転換点を自覚せずに旧態依然たる政治を進めようとする勢力に対し、未来への安心を埋め込む政治を作り出していきたい」と力を込めた」とか、「そんな嘉田氏が投げかけたのが、10年で原発ゼロを実現する道筋を示した「卒原発プログラム」。嘉田氏のブレーンで未来の代表代行に就任した飯田哲也環境エネルギー政策研究所長が中心になってまとめた。会見で配ったカリキュラムには、野心的な提案がずらりと並んだ」といった具合だ。単なる選挙報道というよりは、未来への「応援記事」とでも言ってよいような熱の入った書きぶりなのである。

朝日はこの記事のなかで、卒原発カリキュラムを「未来への助走期(約3年)」、「未来への離陸期(最長7年)」に分けて解説し、「卒原発」の完成すなわち10年以内に原発完全ゼロになる政権公約がいかにも具体的で現実的であるかのように描いた。また記事のあちこちには、「橋下氏、元ブレーン批判」、「原発フェードアウト、「公約でない」」、「維新・橋下代表代行、石原代表との「不一致」巡り発言」とかいった小見出しを散りばめ、「第3極=維新」に比べて「新・第3極=未来」の新鮮さをアピールする工夫を凝らした。

未来は“日本版オリーブの木”

毎日の方はもっと肩に力が入っていた。『特集ワイド:「嘉田新党」を考える』(12月3日)を組んで3人の識者を写真入りで登壇させ、嘉田新党の参戦で総選挙の構図はどう変わるか、イタリアの「オリーブの木」のように既成政党に対抗することは可能なのかを特集する大判のインタビュー記事を掲載した。そのうちのひとり、ある若手政治学者の発言が当時の雰囲気(マスメディアの意図)を典型的にあらわしているので以下に紹介しよう。

「「真の第三極」が現れたと言えるだろう。「真の」とは、脱原発を求める国民の声に寄り添い、将来のビジョンを打ち出しているという意味だ。対照的に、日本維新の会は「偽りの第三極」の様相が露呈しつつある。「偽り」とは、確固たるビジョンを持たないこと。世間受けする政策を掲げてはすげ替え、保守票も脱原発票も欲しがっている印象だ。石原慎太郎代表の考えと党の公約が一致しているかも疑問だ」

「「未来」が発表した「びわこ宣言」は「経済性だけで原子力政策を推進することは、国家としての品格を失い、地球倫理上も許されない」と述べている。非常にわかりやすく、国民の切なる願いに応えようという姿勢を感じる。官邸前や経団連前などで脱原発デモが続いている。「未来」はこのような動きと連動し、選挙後は原発政策の決定過程に大きく影響するポジションを得る可能性がある。これまで投票率の低かった若い世代が「未来」に関心を示せば、イタリアの「オリーブの木」のように政党連合への躍進もありうる」

「確かに、自民を除く他の政党も、脱原発を打ち出してはいる。しかし民主はマニフェスト破りの過去があり、政権与党として脱原発への踏み込んだ具体的プロセスを提示できていない。社民、共産に投票しても実効性があるのか疑問に思う有権者も少なくない。「シングルイシューで政党が成り立つのか」という批判が出ているが、原発以外の基本政策も、消費増税の凍結、雇用の拡大、TPP交渉入り反対など明快だ。エネルギー問題は国の最重要課題なので、そこで一致する政治家が集まるのは野合ではない」

また民主党菅政権の寵児(内閣府参与)だった湯浅誠氏も、「これまで大事な局面で団結するのが右派、分裂するのが左派だった。段階的に全原発の廃炉を目指す「卒原発」を掲げ大同団結し、大きな受け皿をつくろうと新しいモードを打ち出したことを評価したい。嘉田さんはよく決断したと思う」と負けず劣らず(恥ずかしいような)エールを送った。こうして「新・第3極=未来」を打ち出す手はずが整ったのである。

だが、小沢支配の影を拭えなかった

問題は、小沢氏率いる「国民の生活が第一」大挙して嘉田新党へ合流したことだった。生活が加わった未来は、(前)衆院議員数だけでも60人以上の陣容となり、公明21人、維新11人を抜いて民主・自民に次ぐ第3勢力に一挙に躍り出た。このことは、未来が維新を凌駕する政治勢力になるかもしれないとの不気味な存在感を見せつける一方、未来は「嘉田の皮を被った小沢」ではないのかとの疑惑を生じさせた。

これは選挙後の嘉田氏自身の告白でもわかることだが(「嘉田由紀子滋賀県知事、独占ざんげ告白、小沢一郎さんとの「成田離婚」すべて話します」、『週刊朝日』2013年1月25日号)、嘉田氏には新党を立ち上げる資金や能力もその他の条件もまったくなかった。嘉田氏はもともとその場その場の空気を読んで行動することには長けていたが、国政政党の結成となると話のケタが違う。まして総選挙公示1週間前の結党など、およそ不可能であることは誰の目にも明らかだった。それが現実のものになったのは、一から十まで「生活が第一」(小沢代表)のお膳立てに乗ったからであり、小沢氏の掌で行動することを約束した(させられた)からだ。

こんなことは当時から政治部記者なら誰もが知っている周知の事実だったが、そこは「新・第3極=未来」を打ち出そうとする政治的思惑からか、朝日・毎日両紙ではあからさまに真相が語られることはなかった。維新の代わりに「嘉田ブーム」「未来ブーム」を巻き起こせば、脱原発の世論を「新・第3極」に吸収できると安易に踏んでいたのである。だがその一方、日経はまったく逆の角度から1面・2面を使って嘉田新党特集を組んだ(12月3日)。見出しはズバリ「未来「小沢体制」で選挙戦」、「執行部、5人が旧生活、政策も引き継ぐ」というもので、選挙戦は小沢一郎氏が事実上取り仕切ることになりそうだと報じたのである。

関西広域連合や滋賀県政における嘉田知事の行動の実際を何ひとつ知らずに、マスメディアの期待通り(言いなり)の発言をする東京の識者たちのインタビュー記事とは違って、日経記事は未来の組織実態を赤裸々に暴露するものだった。そこでは表向きの政策はともかく選挙実務体制や党組織運営はまさに「小沢そのもの」であり、未来執行部9人のうち5人までが生活の出身者であること、財務や選挙対策を担当する中枢幹部は全て小沢直系であること、立候補の手続きや広報活動などの選挙実務も旧生活の事務局が担当していること等々の実態が暴露されていた。そして「小沢氏は表に出ないが、実質的な幹事長役を担うとみられる」と断じられていたのである。

「極右第3極」か、「保守補完第3極」か

私はこれまで「第3極」の立ち位置については、彼らは民主・自民2大政党の補完勢力に他ならず、そこから離脱する保守・無党派層の「受け皿」の役割を果たす存在に過ぎないと論じてきた。いわゆる「第3極=保守補完勢力」としての位置づけである。この点に関しては支配層の期待も一致していると思い込み、だからこそマスメディアは橋下氏の多少のことには目をつぶってでも翼賛報道を競っていると考えていた。

ところが、橋下新党が上辺の衣を脱ぎ捨てて鎧姿になり、あまつさえ石原新党と合流するに及んで、支配層のなかには「維新=極右第3極」としての役割を期待する新たな潮流が生まれてきているのではないかと最近思うようになった。それは、保守2大政党制を基盤とする政治体制から保守大連立政権を主軸とする政治体制へシフトさせようとする勢力、すなわち「保守独裁体制」(柔らかいファシズム)を志向する右翼的潮流の台頭を意味するものであり、今回の総選挙ではそれが「維新=極右第3極」と「未来=保守補完第3極」の分裂となってあらわれたのである。

このことをマスメディア論調との関係で言えば、朝日・毎日両紙が「第3極=保守補完勢力」との位置づけから、その役割を放棄した維新に変わって未来を売り出そうとしたのに対して、日経・読売・産経各紙は新しく「第3極=保守大連立推進勢力」と位置づけ、その角度から未来に対して激しい批判を加えたのだといえる。そしてこの「第3極」をめぐる攻防は、“維新の躍進”と“未来の失墜”という対照的(劇的)な結果に終わった。維新は小選挙区694万票(11.6%)、比例区1226万票(20.3%)を得票して議席数54(小選挙区14、比例区40)に躍進したのに対して、未来は小選挙区299万票(5.0%)、比例区342万票(5.6%)、議席数9(小選挙区2、比例区7)にとどまり、改選前議席数61の大半を失って失墜した。

維新はもはやかっての「第3極」ではない。総選挙を通して「極右第3極」に変貌し、保守独裁体制(柔らかいファッシズム)を実現するための尖兵・突撃隊としての役割を自覚するようになったのである。そして、安倍自民党政権の最も近い盟友に変身したのである。

“護憲第3極”でなければ保守独裁体制に対抗できない

嘉田新党崩壊の翌日、未来の分裂会見を伝えた12月29日の朝日・毎日両紙は、まるで他人事のように「未来、展望なき決別、嘉田氏新党1カ月で空中分解」(朝日)とか、「未来、党分裂、宙に浮いた卒原発、嘉田氏は「選挙用」」(毎日)といった解説記事を載せた。たとえば、毎日の記事はこうだ。

「16日の衆院選の際、小選挙区で約299万票、比例で約342万票を獲得した「日本未来の党」が、投開票日から10日あまりで分裂した。342万人が投票用紙に記入した「未来」の党名も「生活の党」に変更され、国政政党としては消滅。小沢一郎氏が嘉田由紀子滋賀県知事を選挙用の看板として担ぎ出したあげく、選挙が終わるやいなや追い出した。嘉田氏が掲げた「卒原発」に寄せられた民意は宙に浮き、国民の政党政治への不信感を一層深めそうだ」

「衆院選での未来の公認候補121人の約6割が生活系で「未来は生活の隠れみの」との指摘は当初からつきまとった。世論の批判が強い小沢氏の代わりに女性で自治体首長という嘉田氏の「清新さ」を利用したのが実態だ」

「小沢さんを使いこなす」と豪語しながら失敗した嘉田氏の責任も重い。嘉田氏は27日に「少し休んで戦略を練り直す」と語ったが、分裂の結果「卒原発」を掲げた嘉田氏の主張を代弁する国政政党は消えた。選挙戦では全面的に小沢氏側に依存しており、事務局体制もカネ(政党交付金)もない。政策実現は容易ではない」。

ここで指摘されていることは(悲しいほど)全く正しい。ならば、最初からそう言えばよかったのだ。古い流行歌(艶歌)のように、嘉田氏はまさに「煽てられて、乗せられて、そして棄てられた」のである。そんな不明の政治家を天まで持ち上げて民意を誘導した挙句、自らの責任は棚に上げて「嘉田氏が掲げた「卒原発」に寄せられた民意は宙に浮き、国民の政党政治への不信感を一層深めそうだ」などと言われてはたまらない。

この総選挙を通して得られた貴重な教訓は、目下進行中の保守大連立(独裁体制)への道は、同じ「第3極」であっても「保守補完第3極」では到底阻止できないということだろう。嘉田新党を天まで持ち上げた先の若手政治学者の言葉を借りるなら、「偽りの第三極」ではなく「真の第三極」でなければ安倍自民党・維新の極右連合軍には対抗できないということだ。そして「真の第三極」は,広範な護憲勢力が結集する“護憲第3極”以外には存在しないということなのである。

総選挙で「偽りの第3極=嘉田新党」を煽ったマスメディアは、深く反省して出直してほしい。「極右第3極=維新」を支援したマスメディアは、戦前の「いつか来た道」をもう一度思い起こしてほしい。革新政党の存在を無視した政治部記者やデスクは、顔を洗って目の鱗を落としてほしい。マスメディアに迎合するだけの若手政治学者やその他の識者は、もっと勉強して主体性を確立してほしい。そして相も変らぬ選挙総括を書いた革新政党は、直面している政治情勢の厳しさを再認識してほしい。次回は革新政党の選挙総括について書きたい。

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3.社民党の“存亡を懸けた戦い”は成功するか
~総選挙総括と参院選方針をめぐる情勢をどうみる(その1)~
(「広原盛明の聞知見考」第28回 『ねっとわーく京都』 2013年5月号)
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第23回参議院選挙が刻々と近づいている。昨年12月の総選挙から今年7月の参院選まで僅か半年余り、各党は総選挙総括と参院選方針を同時に議論しなければならならず大忙しである。なかでも社民・共産両党は総選挙で歴史的大敗を蒙っただけに、総括と方針の両面で苦労が絶えないと聞く。いったいどんな内容が提起され議論されているのか、両党の政治報告を一通り読んでみた。検討した政治報告は、「社民党第46回衆議院総選挙闘争総括(案)」(『社会新報』2013年2月6日号)、「第23回参議院議員通常選挙闘争方針」(同2月27日号)および「日本共産党第6回中央委員会総会決定」(『しんぶん赤旗』2013年2月11日、13日号)である。なお今回(5月号)は主として社民党に焦点を当て、次回(6月号)は共産党について触れたい

選挙総括の第一印象、強気と弱気

両党の総選挙総括および参院選方針を読んだ私の第一印象は、社民党は“かなり弱気”、共産党は“依然として強気”というものだ。この差は両党の基礎体力の違いによるものであろうが、なにしろ報告の分量が違う。社民党は総括と方針を合わせてタブロイド版3頁(約9千字)、共産党は全紙8頁(約6万字)だから7倍近い開きがある。それに『社会新報』は週刊12頁・発行部数(公称)14万部、『赤旗』は日刊16頁・発行部数160万部(同、日曜版を含む)なので、情報発信力の差はさらに大きい。

だが率直に言って、短い社民党の方が読みやすかった。共産党の方は400字詰め原稿用紙で150枚もあるのだから、ジャーナリストや研究者ならともかく、一般読者でこれだけの長文を読もうという人はまずいないのではないか。大学の学生でも最近は新聞をほとんど(滅多に)読まない時代だから、上から「学習」をむやみに強要しても効果は少ないだろう。もっとコンパクトにして読みやすくする工夫をしないと、折角の総括が「積読」(つんどく)ことになりかねない。

しかし、両党の報告には「旧左翼」とも言える共通点がある。社民党報告のタイトルが「選挙闘争総括」とあるように、とにかく社民党は“闘争”という言葉がやたら好きなのだ。参院選方針も「選挙闘争方針」となっているから、この用語でないと「様にならない」とでも思っているらしい。でも若者の圧倒的多数が学生運動をしたこともなく、組合活動もスト経験もないのだから、“選挙闘争”と言われてもピンとこないだろう。魁(かい)より始めなければ通じるものも通じない。

一方、共産党の方は「6中総決定」とあるように、こちらの方は“決定”が大好きだ。というよりは、総選挙総括も参院選方針もすべて「党中央決定」の文書として公表されている。共産党の組織原則である「民主集中制」にもとづく決定なので、党員はすべからく学習し実践しなければならないという意味合いだ。しかし『赤旗』読者が全て党員とは限らないから、「決定」などと言われるとそれだけで異和感(抵抗感)を持つ読者も少なくないのではないか。読者に「決定」を強要するかのような印象は避けるに越したことはない。

敗北の要因、あれこれ

前置きはこれぐらいにして本題に入ろう。社民党の総括は、「今次総選挙の意義と特徴」「選挙結果の特徴」「敗北の要因と克服すべき課題」の3部から構成されている。私は「敗北の要因」に関する分析が総選挙翌日の党声明とはかなり異なっていることに注目した。党声明の方は敗北の原因をもっぱら多党乱立とか小選挙区制の弊害とかの外部要因に求めていたが、今回の総括では社民党自身の内部要因に敗北の原因を求めた点では一歩前進だといえる。選挙総括で列挙された社民党の「敗北の要因」は以下のようなものだ。

(1)これまでも毎回総括されてきた主体的力量の低下を克服できていない。党存亡に対する全党的な危機感が薄く、旧社会党時代の体質を引きずったまま縮小し続けている。
(2)今回の総選挙では民主党も社民党も連立していた「同類」と見られ、既成政党批判を受けた。
(3)「第三極」がもてはやされる中で、「社民党の主張は正しいが実現力がない」「死票になる」「元祖と言うより何をしたかだ」などと言われ、他党に支持が流れた。
(4)労働運動の力量低下が政治闘争にも響いている。
(5)党のイメージや活動が旧態依然のままで存在価値が低下し、有権者の選択肢に入らなかった。
(6)発信力が弱く、政策宣伝のあり方も従来通りのまま終わり、新たな戦術を打ち出せなかった。また、わが党が重視する格差是正や非正規問題の対象の人々の多くが棄権していることも挙げられる。

どれもこれも頷ける内容だといえるが、もうひとつはっきりしないのは、数ある敗北の敗因のなかでも何が主たる要因であり、何が副次的な要因であるかがわからないことだ。福島党首自身も全国代表者会議(2013年2月)のあいさつで、「国民にとって私たちの党が選挙の選択肢にならなかったという結果を重く受け止めております。これは多党化による乱戦・争点の違いを明確にできず、私たちの政党が「埋没した」ということでは済まされないだと私は考えています」(『社会新報』2013年2月27日号)と言いながら、それでいて社民党が解党的惨敗を喫した最大の理由については踏み込んでいない。

社民党惨敗の原因は民主党との中途半端な選挙協力だった
選挙総括は選挙方針と照らして行うのが常道である以上、どんな方針を立ててどこで失敗したかを明確にしないと意味がない。だが、社民党はこの点に関して決定的な弱点を抱えている。社民党は民主党への政権交代に際して国民新党とともに連立政権に参加し、翌年沖縄の基地問題を契機にして民主党政権から離脱したにもかかわらず、離脱後も第13回定期全国大会(2012年2月)では、なお次のような中途半端な「第46回衆議院総選挙闘争方針」を掲げていたのである(『社会新報』2012年3月7日号)。

「民主党をどう見るかは総選挙闘争の戦略・戦術にかかわる問題です。民主党全体を新自由主義・新保守主義の立場を取る自民党などと同列視できません。前述のように民主党内では政権交代の原点復帰を求める声は少なからずあり、また野田内閣の姿勢を批判し、それを支持する労働組合も存在します。その勢力はわが党と連携・共闘できる条件があります」

「したがってわが党は、今や国民のなかに高まっている〈自民党は嫌いだが、民主党もダメだ〉と言う声に応えるべく、野田内閣と民主党の誤った政策や姿勢は厳しく批判しつつ、今日的な労働運動の動向や国会内の力関係も直視し、こうした〈政治勢力と連携し、主体性を維持しながら具体的な政策課題の実現を目指す〉ことが現状ではベターな選択だと判断し、的確に対応しなければなりません」

非常に回りくどくて分かりにくい文章だが、要するに民主党政権から離脱した後も旧社会党系を中心とする民主党内派閥と提携し、連立時代の民主・社民・国民新党の「3党合意」にもとづく政策実現のために努力するというのが基本方針であり、この基本方針のもとに民主党と実質的な選挙協力を組んで総選挙を戦おうとしたのである。

しかし前段の政治情勢分析では、「沖縄の基地問題でわが党が政権から離脱し、鳩山内閣から菅内閣へ、そして野田内閣へと代わるにつれ、民主党政権は次々に政権公約を踏み外し、官僚主導によって『輸出主導と弱肉強食の政治』への回帰を強めています。特に野田内閣のこの4カ月の政治は、新自由主義的政治と言えます」と断定しているのだから、民主党との選挙協力が票のバーター取引である以上、社民党支持者は嫌でも民主党候補者に投票しなければならなくなる。いくら政党の御都合主義とはいえ、これでは民主党も社民党も「同類=同じ穴のむじな」と見なされても仕方がない。

だが不思議なことに、この方針は第13回全国大会において大きな波乱を呼ぶこともなく承認され、「目標7議席、400万票以上」が満場一致で可決・決定された。結果は「2議席、142万票」に終わり、社民党は民主党と一蓮托生の運命をたどった。同じく国民新党は、総選挙後に解党騒ぎに見舞われて消滅した。

全国代表者会議で明らかになった選挙実態

総選挙総括と参院選方針を討議する第5回全国代表者会議では、容赦ない意見が数多く出された。『社会新報』(2013年2月27日号)に収録されている主な意見を簡単に紹介しよう。

「脱原発が初めて国政選挙の争点になったにも関わらず、元祖・脱原発のわが党にとっての追い風とならず惨敗した。敗北の原因は、地道な日常活動の決定的不足、党員の意気込み不足、インパクトのある宣伝活動の不足にある。選挙前に党幹部が逃げ出す政党に有権者の信頼は集まらず、党員の自信と確信も深まらない」(北海道)

「これまで知事選で支持してきた嘉田由紀子知事が総選挙直前に新党を立ち上げた。党には何の相談もなかった。党は得票数を大幅に減らし、党員には解党の危機を迎えたとの受け止め方が広がっている。党だけではやっていけない時代になった。(略)党員一人ひとりが市民運動を担っていく中で、党の「見える化」が必要。憲法を変えさせない運動を分かりやすい言葉で進めなければならない」(滋賀県)

「総選挙で訴えた党の政策は正しかったとされているが、本当なのかと今一度問い返す必要がある。スローガンがどんなに正しくても、国民の思いに寄り添っていなければ国民には受け入れられない。党首をはじめ党の発信力も弱かった。外から意見をもらう仕組みづくりや党外の力をどう活用するかについて対応を具体化すべきだ」(北信越ブロック)

「広範な人々を含めた総選挙総括の上に党のイメージチェンジを図る必要がある。全国連合は執行責任を取るべきだ。党首を含めてまず辞任し、常幹体制の刷新で責任の所在を内外に示すべきではないか。有権者は経済再生やデフレ脱却への具体的な提案を求めていた。党の政策の実現可能性、政策実現への道筋が見えない」(東京)

この他にも多様な意見が出されているが、不思議なことに民主党との選挙協力問題に関する発言はほとんど出なかった(出たのかもしれないが紙上には収録されていない)。又市幹事長もこの点に関しては依然として反省の必要性を感じていないらしく、「政党間協議については無所属統一候補の擁立も含め、難しい連立方程式を解かなければならない。その際、生活や〈みどりの風〉などとは改憲阻止・国民生活向上・脱原発の政策基調で一致できるとは思うが、問題は民主党。民主に国民の側に立とうと呼びかける必要がある」など、いまなお民主党との選挙協力に執着している有様だ。要するに総選挙の総括はそっちのけにして、参院選でも再び民主党と手を組むことを考えているのである。

社民党存亡の危機は野党協力で打開できるか

私は本誌3月号で、「このままだと次期参院選で社民党得票率は2%を割り、議席ゼロになる可能性も否定できない。議席ゼロになれば社民党の議席は衆院2人・参院2人となって政党要件の5人を割ることになり、政党交付金が受け取れなくなって社民党は消滅するかもしれない」と書いた。この予測は決して私ひとりの独断ではなく、社民党自身が総括文書で「このまま推移すれば、今年7月の参議院選挙では1議席確保も危うく、政党要件(所属する国会議員が5人または国政選挙での得票率が2%以上)さえ失いかねない結党以来最大の危機に直面している」と公式に表明している。社民党存亡の危機は、いまや党内外の多くの人たちの共通認識となっているのである。

3年前の2010年参院選でも、社民党は比例区224万票(3.8%)を得票して2人(うち1人は福島党首)当選したが、2人目は比例区定数48人の最下位ギリギリの当選だった。昨年総選挙の比例区得票数は142万票(2.3%)に落ち込んだので、今度の参院選での比例区得票数が100万票前後になり2%を割るようだと「議席ゼロ」の可能性は限りなく高くなる。事実、総選挙後の世論調査でも社民党支持率は0~1%の間を常に低迷しており、投票したい政党でも1%を上回ったことがないのである。

社民党は結党以来の危機に直面しているにもかかわらず、参院選方針からは党の存亡を懸けた戦いの決意が必ずしも明確に伝わってこない。党独自で選挙戦を勝ち抜くというよりも、野党協力(それも民主党を含めて)を前提に選挙戦術を組み立てる姿勢が依然として強いのである。そのことが民主党に対する誤った期待となり、政局全体の見通しをあいまいにしていることは言うまでもない。

「自公の過半数阻止」が参院選の最大の命題なのか

社民党の参院選闘争方針をより詳しく見よう。方針は「政治情勢の特徴」「参議院選挙闘争の基本戦略・戦術」「比例代表選挙の進め方」の3部から成っている。第1部の政治情勢の特徴の結論は、驚くべきことに「護憲勢力にとっては『自公の参院での過半数阻止』が最大の命題であり、社民党の得票増(300万票目標)をいかに図るかが課題である」というものだ。

また第2部の選挙闘争の基本戦略は、「比例代表と選挙区を合わせて『3議席以上獲得』を目指し、また改憲阻止で一致できる政治勢力との共闘で『自公の参院での過半数割れ』を目標とする」となっている。具体的には「『改憲阻止・国民生活向上・脱原発』で一致する野党の選挙協力(選挙区でのすみ分けや統一候補擁立)や『オリーブの木』方式などを真剣に検討し、3月中をめどに政党間協議を進める」というものである。

いったいどこからそんな方針が出てくるのかわからないが、自公の過半数阻止が“参院選の最大の課題・目標”などというのは、社民党支持者はもとより国民・有権者を愚弄するものでしかないだろう。仮に自公の過半数割れが実現したところで、維新やみんなと数合わせすれば改憲勢力はたちまち2/3以上に膨れ上がるのである。それに社民党が期待を懸ける民主党は目下維新との選挙協力に必死であり、おまけに民主・維新・みんなの有志議員が「憲法96条研究会」などという改憲推進組織まで立ち上げ、3月15日には初会合を開いている。代理出席まで含めると、その数は民主27人、維新29人、みんな16人で総勢72人に上るという勢いだ(朝日2013年3月16日)。「改憲阻止・国民生活向上・脱原発」という社民党の野党協力基準を適用すれば真っ先に民主党が外れるにもかかわらず、「民主に国民の側に立とうと呼びかける必要がある」などというのは詭弁であり欺瞞でしかない。

社民党が「自公の過半数阻止」を選挙方針に掲げるのは、「自公=与党」、「民主・社民・その他=野党」と表面上の与野党構成を基準にして(共産党を除く)野党協力を呼びかけ、あわよくば「議席ゼロ」を避けようとする小賢しい選挙戦術に過ぎない。そこには党の存亡を懸けた大義もなければ、護憲政党としての哲学もなく、あるのは1議席でも獲得して何とか生き残ろうとすると党利党略だけである。

社民党は民主党連立政権への復帰を考えていた

思えば、社民党が民主党との選挙協力を継続しようとする動きは2010年参院選の敗北直後から始まっていた。又市副党首(当時)を座長とするプロジェクトチームが「党再建計画」をまとめ、民主党政権への連立復帰を画策して以来のことである。この動きをキャッチした時事通信は、「閣外協力、連立復帰を模索=社民が再建計画案」との見出しで以下のように伝えている(2010年9月23日)。

「社民党が年内の取りまとめを目指す「党再建計画」の素案が22日分かった。民主党政権との関係について、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先見直しなどを条件に「閣外協力または政権復帰を早急に協議すべきだ」と言及している。(略)ただ、素案では社民党が求める同飛行場の県外・国外移設までは明記していない。党内からは「あいまいな条件で政権復帰を急ぐのは間違いだ」との異論が出ており、調整は難航しそうだ」

さすがに全国連合常任幹事会で決定された「党再建計画」方針(1次案)では、「閣外協力または政権復帰を早急に協議すべきだ」という直接的な表現は削られた。しかし「私たちは政権離脱後、現政権とは事実上パーシャル(部分的政策)連合(合意された政策の実現に向けて協力する)の立場を取ってきましたが、政治・経済情勢さらに菅政権の政策を分析した上で、野党の立場(独自路線)を貫くのか、それとも政権との協力に立場(閣外協力または連立復帰)に立つのか、いずれが国民生活の再建に貢献するのか、そして議席増とわが党の生き残る道かを、基本路線を踏まえて早急に見定める必要があります」(『社会新報』2010年10月6日号)という基本路線は変わらなかった。民主政権への連立復帰は実現しなかったものの、民主党との選挙協力は第13回全国大会(2012年2月)において正式に決定されたのである。

社民党は革新政党の原点に返るべきだ

その一方、「党再建計画」をめぐる議論のなかには幾つか注目すべき論点が提起され、革新政党としての社民党の立脚すべき原点が示されていたことも事実である。以下、代表的な意見を紹介して本稿を終えよう。それは「今、世界が求めるのは、社民党を元に戻す「再生」ではなく、オルタナティブ(もうひとつの)政党への脱皮だと考えている」とする北海道連合の代表の次のような意見である(『月刊社会民主』2010年11月号、要旨)。

(1)与党との距離は再考を。民主党との選挙協力、すみ分けについては疑問が残る。民主党とどう違うのか。菅首相のもとで一層進む原発推進や憲法をないがしろにした安全保障政策、成長戦略との名のもとに経済界に沿った政策など、果たして選挙協力は可能なのか。むしろ自らの存在を否定することにならないか。与党との距離の取り方は再考が必要と考える。

(2)弱い立場の人々と共に。社民党は誰の党か、誰と絆をつないでいくのかだ。働く人の党という社民党の存在意義は変わらないが、労働組合は連合傘下にあり組織としての社民党支持の労働組合は少ない。(略)では、社民党はどこに存在の根拠を置くのか。労働者一般でなく、大企業・大組織に属さない小さな組織やユニオン、弱い立場の人びとの側に立つことを鮮明にする。

(3)他党との政策の違い鮮明に。新自由主義、競争原理に対して共生や平和、憲法を基本に掲げる社民党の理念は今も色あせていないが、「護憲」ではなく積極的に「憲法が実現した世界」を描きだすことこそ新しい。米国とは「日米同盟の深化」ではなく、平和友好条約の締結を目指す。社民党は成長戦略を競うことはしない。世界の構造変化を見据えた「脱成長」である「ポスト成長」社会のありようを提案すべきである。(以下略)

この意見は、同じく社民党OBから寄せられた次の意見とも重なり合っている(同上)。「社民党はこれまでも幾たびかの再建運動に取り組んできた。しかし、それは多くの市民と共有できるものではなく、党内的な再建論で終わっていたのではないか。その結果がこれまでの選挙結果として表れていると考えるべきではないかと思う。少ない議席となった社民党が着実に前進していくには多くの市民との連携を作り上げ、広げていく以外にはないのではないか。国民各層、各層も参加できるように幅広く呼びかけた、まさに大衆的議論の中で「党再建」が議論され、取り組まれることを望むものである」。

議席だけ取れればいいという党幹部もいれば、このようなまともな意見を述べる党員もいる。社民党に絶望するのは時期尚早である

附:4.14護憲結集討論集会 動画(Ⅰ・Ⅱ)
広原報告50分
政党報告45分
フロアー討論90分




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