市民団体の「市民の風」代表の太田光征さんから私が先日発信した標記の論への下記のような疑問の提起がありました。以下はその太田さんの疑問の提起に対する私なりの応答です。私が先にご紹介した広原盛明さんの論のひとつの注釈として参照していただければ幸いです。

太田さん wrote:
広原盛明さんは「統一戦線」がどのような運動に取り組むべきだと考えているのでしょう。共産・社民・生活などが何らかの選挙共同を行ったところで、現在の世論状況を変えない限り、議席増は大きく見積もっても数議席にしかすぎません。

「共産・社民・生活などが何らかの選挙共同を行ったところで、現在の世論状況を変えない限り、議席増は大きく見積もっても数議席にしかすぎません」という点については、太田さんの政治状況認識と広原さん、また私ともそれほどの認識の差はありません。この点について広原さんは「革新政党の不振と衰退は目を覆うばかりだ(11)」で次のように述べています。

「率直に言って、2013年夏の参院選において革新勢力が改憲発議を阻止するために必要な121改選議席の1/3、41議席を獲得することはもはや絶望に近い。それどころか自民・公明・維新各党と民主・みんなの改憲勢力を合わせると、議席数の2/3はおろか3/4を突破する可能性が濃厚だ」

広原さんが提起する「統一戦線」で取り組もうとしている運動のイメージはひとことで言って「広範な護憲勢力の再結集によって改憲阻止」に取り組む運動(同(6))。そして、その政治勢力の構造は、

(1)護憲を党是とする社民党や共産党などの「革新政党」
(2)これら革新政党を支持する「革新勢力」
(3)革新政党を支持しないが、憲法9条を否定することには反対する「護憲勢力」()。

そしてさらにその取り組もうとする運動の具体的な形は、「革新政党は革新勢力はもとより広範な護憲勢力に働きかけて“護憲戦略”を再構築する。そのためのまず第一歩として考えられるのは、今回の選挙総括と次期参院選挙方針を党内だけでなく国民に対して“開かれた形”で行うこと。具体的には、

(1)公開討論会形式にして革新政党の選挙総括や参院選挙方針の問題点を有権者の間で広く議論する
(2)「外部第三者委員会」といった形で党外に選挙総括を依頼し、党独自の総括と対置させながら公開討論で問題点を探り出す
(3)社民党・共産党やその他の政治団体が合同討論会を組織し護憲戦略のデザインについて討議するなど、とにかくあらゆる形を追求してみること」()。

「だがその場合の議論の原点は、あくまでも「国民投票において改憲を阻止する」ことに置かれなければならない。「革新政党の再生のために何をするか」ではなく、「改憲阻止のために革新政党は何をしなければならないか」ということを議論の中心に据えなければならない。共産党に関して言えば、党の「成長・発展目標」よりも「護憲勢力の再構築」を上位に位置づけることが要求される。要するに個々の革新政党の眼を通して政治情勢・選挙情勢を見るのではなく、護憲勢力全体の眼から現下の危機的状況に立ち向かうと言う姿勢を貫くことが求められる」()。「取りあえずその議論を始めることが“護憲第3極”への第一歩である」(同(11))ということになるでしょう。

太田さん wrote:
広原さんは「統一戦線」とか「フレーム」とか「恒常的な政治組織」の枠組みが頭の中を占めているようですが、そういう枠組みで一体、どういう運動をすれば世論を変えることができると考えているのでしょう。

この問いの応えも上記にあるように思います。そうした枠組みを構築することができれば広原さんは「世論を変えることができる」と考えていると思いますし、私も広原さんの提案に賛成です。

太田さん wrote:

「先進国における市民運動が政治運動へ発展していく可能性に関しては、発展途上国のアラブ諸国における「ジャスミ>ン革命」のようなプロセスをたどるとは考えにくい。また、アメリカの「オキュパイ運動」のような街頭型運動では高度な政治課題に系統的に取り組むことは困難だ。だから、日本の「9条の会」や「反原発デモ」のような草の根型市民運動を恒常的な政治組織に発展させていくには、革新政党と市民運動団体をつなぐ新たなフレームが必要になると思う。」(同(11)

この書きぶりでは、市民に政治運動の力量はない、と言っているように聞こえます。枠組みを作らなければ市民は力量を獲得できないのでしょうか。

この疑問と問いは太田さんの誤解だと思います。太田さんが引用している上記の「革新政党と市民運動団体をつなぐ」という広原さんの言葉からも広原さんが「市民の政治運動の力量」を決して軽視しているわけではないことは明らかなように思います。「市民の政治運動の力量」を軽視しているのであれば、「革新政党と市民運動団体をつなぐ」という表現は出てこないでしょう。左記は市民運動団体の「政治運動の力量」を高く評価しているからこそ出てくる表現だというべきだと思います。逆に太田さんの「書きぶり」は「革新政党と手をつなぐこと」は市民運動団体の政治的積極性を損なうものでしかありえない、と言っているように見えます。そうした認識は逆に「市民の政治運動の力量」を見損なっているからこそ出てくる認識といわなければならないように思います。

太田さん wrote:
どのような言葉に切り込む力があるのか、具体的な言葉を開発して、一般有権者との接点を最大化する形の言論運動を市民ひとりひとりが実践することでしょう。何千万もの護憲派市民がいます。この市民の力をあてにせず、何かうまい仕掛けがあればとあれこれ考える前に、ひとりひとりが動くことをお互いに促しあうべきでしょう。運動仲間を募るための組織なら既に数多く存在します。

「一般有権者との接点を最大化する形の言論運動を市民ひとりひとりが実践する」とはどういうことでしょう? 太田さんもそうだと思いますし、私もそのひとりだと思っていますが、市民ひとりひとりでガンバッテいる人はたくさんいます。しかし、ひとりひとりの実践がひとりひとり孤立しているのでは大きな力にはなりがたいですね。そのことを私たちは経験を通じてよく知っています。だから、私たちは人と人との「結集」を志すのです。太田さんが代表をしている「『平和への結集』をめざす市民の風」もそういう団体のひとつではありませんか?

しかしまた、団体であっても、「アメリカの『オキュパイ運動』のような街頭型運動では高度な政治課題に系統的に取り組むことは困難」()です。そのひとつの例証が最近の日本における官邸前の反原発デモ運動でした。この点について広原さんは次のように述べていました()。

「この点に関して言えば、官邸前の反原発デモは日本の新しい政治局面を拓く市民エネルギー結集の兆しと期待されていたが、不思議なことに総選挙や都知事選挙には連動しなかった。とりわけ総選挙と同時に行われた都知事選では、宇都宮候補が革新統一・市民統一候補になったにもかかわらず、石原後継候補に空前の差を付けられて大敗した。この事態は反原発デモが展開している他ならぬお膝元の首都東京での出来事であるだけに、市民運動が必ずしも自然成長的に“護憲第3極=反ファッシズム統一戦線”へ発展していくものではないことを示している」

だから、「革新政党と市民運動団体をつなぐ新たなフレーム」づくりは必要なのです。そのフレームづくりの努力は、「市民の力をあてに」しないことでも、「何かうまい仕掛けがあればとあれこれ考える」ことでもないように思います。戦後60数年間の革新運動の経験を土台にした上で広原さん流に考えに考えた末に想到した「新たなフレーム」づくりの努力の提案だと私は思います。

しかし、最後にもう一度繰り返しておきますと、その「新たなフレーム」づくりの努力は、「革新政党の再生のために何をするか」ではなく、「改憲阻止のために革新政党は何をしなければならないか」ということを議論の中心に据えなければならない、というのが広原さんの提案だと私は思います。
関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/541-729153b0