夾竹桃 
夏に咲く花 夾竹桃 戦争終えた その日から
母と子供の おもいをこめて 広島の 野にもえている
                   (「夾竹桃のうた」より)

1969年、「原爆を許すまじ」に続く、反核・平和の歌を
毎年創っていこうという運動の中で生まれ、
同年の第
15回原水爆禁止世界大会で発表された。

今年のはじめに私は広原盛明さん(元京都府立大学学長)の「革新政党の不振と衰退は目を覆うばかりだ、 総選挙の総括なき敗北は政党消滅への道に通じる」という論攷をご紹介させていただきましたが、 広原さんはその後もこの問題についてさらに論究を深めています。以下は、左記の観点からの広原さんの共産党の6中総決定批判(期待するがゆえの批判)とその共産党、社民党、すなわち革新政党と革新市民を含む広範な護憲勢力が結集する「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」形成の提起です。

共産党は政策でなく政党イメージで総選挙に負けた、選挙は“政治空間”であると同時に“社会空間”なのだ、革新政党の不振と衰退は目を覆うばかりだ(9)(リベラル21 2013.03.07)
現在の情勢を“大局的”につかむということはどういうことか、それは当面する情勢を軽視(無視)することにつながらないか、革新政党の不振と衰退は目を覆うばかりだ(10)(リベラル21 2013.03.09)
護憲第3極の形成のためには、“国共合作”を目指すくらいの方針大転換が必要だ、革新政党の不振と衰退は目を覆うばかりだ(11)(リベラル21 2013.03.11 )

広原さんの共産党6中総決定批判の具体論は同6中総決定冒頭の一節の紹介から始まります。

「第2次安倍晋三内閣が弱肉強食の新自由主義の全面的な復活をめざし、憲法9条改定を現実の政治日程にのせようとし、さらに過去の侵略戦争を美化する「靖国」派をその中枢にすえていることは、日本の前途にとってきわめて危険なものであることはいうまでもありません。くわえて、日本維新の会という憲法改定と新自由主義の突撃部隊ともいうべき反動的潮流が衆院で第3党の地位を占めたことも重大であります。こうしていま、日本政治はその表層だけを見れば反動的逆流が猛威を振るっているようにも見えます」(しんぶん赤旗 2013年2月9日)

そして続けて広原さんは次のような悲嘆のコメントを述べます。

「この一節を読んだ時、正直言って私は自分の眼を疑った。小見出しが「政治の表層では逆流が激しいが、深部で古い政治の矛盾が蓄積」とあるように、当面する政治危機を単なる“表層の反動的逆流”だと見なして「慌てることはない」と諭しているのである。つまり言っていることは、総選挙で大敗したことには落胆せず、「全体を綱領の立場でつかみ、反動的潮流を恐れず正面から立ち向かうとともに、日本社会の深部で蓄積されている変革へのエネルギーに信頼を置き、未来への大局的な確信をもってたたかうことがいま何よりも大切だ」ということなのだろう。/確かにこの主張は、当面する情勢に眼をつぶっていれば正しいと言えるのかもしれない。(略)だが、夏の参院選を目前にした現時点において“大局的確信”を強調することは、当面する政治情勢の分析を放棄したのも同然であり、選挙方針としても何も言っていないのに等しい。要するに、「負けても負けても挫けずに頑張れ」と言っているだけのことである。」(リベラル21 2013.03.09)

最近のマスメディア各紙の世論調査では安倍内閣(ニューヨーク・タイムズ紙の2013年1月2日付の社説はこの内閣の首班の安倍晋三首相を「日本の歴史を否定する右翼ナショナリスト」と評しています)の支持率は70%に達し、自民党支持率も過去最高の44%にも達しています(同じく改憲勢力としての維新の会や民主党(改憲派)、みんなの党、などなどを含めると改憲勢力の政党支持率は優に有権者の過半数の50%は突破するでしょう)。

本社世論調査:TPP交渉63%支持 安倍内閣支持70%(毎日新聞 2013年03月17日)
TPP「評価」60%、内閣支持72%…読売調査(読売新聞 2013年3月18日)
自民支持率、過去最高の44% 朝日新聞世論調査(朝日新聞 2013年3月18日)
本社世論調査:参院比例「自民」41%(毎日新聞 2013年03月17日)

右翼ナショナリスト政党及び改憲勢力政党が急伸し、戦前の天皇制下の大政翼賛会の時代に舞い戻ったかのようなこのような危機的な時期を6中総決定は「日本政治はその表層だけを見れば(強調は引用者)反動的逆流が猛威を振るっているようにも見えます」とそれこそ表層的にいう。その共産党の政治認識は、 広原さんが強く指摘するように「当面する政治情勢の分析を放棄したのも同然であり、選挙方針としても何も言っていないのに等しい」ものです。また、「当面する危機に対しても従来通りの運動方針しか提起できず、「日本社会の深部で蓄積されている変革へのエネルギーに信頼を置き、未来への大局的な確信をもってたたかうことがいま何よりも大切です」としか言えないような政治方針は事実上の待機主義であり、古い左翼用語で言えば「(右翼)日和見主義」に通じるものでしかない」ものです。これでは広原さんならずとも「2013年夏の参院選において革新勢力が改憲発議を阻止するために必要な121改選議席の1/3、41議席を獲得することはもはや絶望に近い」と悲嘆するほかないでしょう。

しかし、私たちは、「待機主義」に陥るわけにも、絶望するわけにもいかないのです。戦前のような戦争に脅かされる日々を二度と送りたくない。私たち自身と私たちの家族の生命だけはなにがなんでも私たち自身の手で守らなければならない、という最小限の私たちの願いの実現のためにもこのままの右翼ナショナリスト政党と改憲勢力政党の横行跋扈を放置しておくわけにはいかないからです。
この問題は私たちの文字どおりの死活(死ぬか生きるか)の問題です。また、そのことを差し迫った危機として受けとめることができるかどうかは私たちの歴史認識と私たちひとりひとりの想像力にかかわってくる問題ともいえるでしょう。

そこで広原さんは「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」の形成を次のように提起をします。

「私はこれまで度々主張してきたように、この危機的状況を乗り切るためには社民党・共産党など既成革新政党がそれぞれの独自路線にもとづく闘争を展開してもその効果は限定的であり、広範な護憲勢力が結集する“護憲第3極=反ファッシズム統一戦線”の形成以外に危機打開の道はないと考えている。その具体的イメージをいまこの場で具体的に提案できないのは残念だが、しかし“護憲第3極”形成に至る道は複雑であり容易でないことを思えば、取りあえずその議論を始めることが“護憲第3極”への第一歩であると確信する。」

「先進国における市民運動が政治運動へ発展していく可能性に関しては、発展途上国のアラブ諸国における「ジャスミン革命」のようなプロセスをたどるとは考えにくい。また、アメリカの「オキュパイ運動」のような街頭型運動では高度な政治課題に系統的に取り組むことは困難だ。だから、日本の「9条の会」や「反原発デモ」のような草の根型市民運動を恒常的な政治組織に発展させていくには、革新政党と市民運動団体をつなぐ新たなフレームが必要になると思う。」

「これは大西広慶大教授(中国経済)から示唆されたアイデアであるが、中国共産党は盧溝橋事件突発を契機にして国民党に「抗日全面戦争」を呼びかけ、“国共合作”を成立させて日中戦争に勝利した。中国国内では激しい戦争状態にあった共産党と国民党が互いに連携してはじめて、日本軍国主義による中国侵略に対抗し得たことは教訓的と言える。“護憲第3極=反ファッシズム統一戦線”を形成するためには、日本の革新政党は“国共合作”に匹敵するぐらいの政治決断を求められるのではないか。」

「目前に迫った参院選でたとえ革新政党が選挙協力体制を組めなくても、選挙後は直ちに“護憲第3極”形成に向かっての話し合いをスタートさせるべきだ。ただしその場合、政党間の話し合いだけではなく広範な護憲勢力の結集が必要だろう。選挙後の政治情勢は、日本国憲法第96条第1項の規定によって憲法改正の是非を問う“国民投票”に政治決戦の舞台が移るのだから(議会闘争ではない)、国民自身が改憲阻止の運動に立ち上がる体制をつくらなければ“国民投票”に勝利することはできないからだ。/これも大西教授の意見だが、国民投票に標的を合わせて右派勢力が中国や韓国との領土問題に火を付け、国内世論を一挙に硬化させて9条改憲を強行するという筋書き(謀略)も考えられないことはない。太平洋戦争の惨禍を体験した世代が少なくなり、「戦争を知らない世代」が圧倒的多数を占める日本の世論空間は、「日本社会の深部で蓄積されている変革へのエネルギー」に信頼を置けるほど楽観的状況にあるわけではないからである。」

上記の「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」の形成に関して広原さんが挙げている下記の注も重要です。広原さんは次のように述べています。

「この点に関して言えば、官邸前の反原発デモは日本の新しい政治局面を拓く市民エネルギー結集の兆しと期待されていたが、不思議なことに総選挙や都知事選挙には連動しなかった。とりわけ総選挙と同時に行われた都知事選では、宇都宮候補が革新統一・市民統一候補になったにもかかわらず、石原後継候補に空前の差を付けられて大敗した。この事態は反原発デモが展開している他ならぬお膝元の首都東京での出来事であるだけに、市民運動が必ずしも自然成長的に“護憲第3極=反ファッシズム統一戦線”へ発展していくものではないことを示している。」

「護憲第3極=反ファッシズム統一戦線」の形成の問題を考える場合、この問題の考察も欠かすことはできないでしょう。この問題については私も考えるところがありますが、のちの機会に譲ります。

なお、この問題に関しては上記の論攷の筆者の広原盛明さんを講師として迎えてこの4月14日に神戸市で「~総選挙敗北を見据え 立ち直りの途を探る~ とめよう壊憲! 護憲結集!」と題された討論集会が開かれます。詳細はこちらをご参照ください。多くのみなさんのご参加を私からもお願いしたいと思います。

なおまた、名古屋市にお住まいの社民党員の酒井徹さんが改憲問題に関して「『憲法改正即、タカ派』と捉えるべきではない。むしろリベラル派の人たちも、憲法改正の中身と、目指すべき方向の議論に取り組むべきだ」という「『改憲派』社民党員の提言」を発表されていますが、私たちがここで「改憲勢力」として批判しているのは、酒井さんもその論攷で言及している「タカ派的な『改憲派』勢力」のことを指しています。現代における憲法改正に関する通説は「憲法改正には限界がある」というものですが、この「憲法改正限界説」は「憲法の中の「根本規範」とも言うべき人権宣言の基本原則を改変することは許されないが、その基本原則が維持されるかぎり、個々の人権規定に補正を施すなど改正を加えることは当然に認められる」(『憲法 第三版』芦部信喜 366 頁)というものです。酒井さんの主張される「憲法改正提言」と矛盾するものではありません(「硬性憲法としての改正手続に関する基礎的資料」(衆議院憲法調査会事務局編)参照)。ただ、「96条改憲→9条改憲」派に逆手をとられないように「改正」提起の時期の問題は慎重に考えなければならないでしょう。そのことも追記しておきます。
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