2013年1月26日付「中日新聞の『日米同盟と原発』という連載記事のご紹介(全37本)」という記事の続き(第2回目)です。

前回記事では「第5回 『毒をもって毒を制す』」(2013年1月23日)までのご紹介でしたが、同紙に第6回「アカシアの雨 核の傘」が2013年2月26日付けでアップされました。今回はその記事のご紹介ということになります。

第6回は「1960年、首相岸信介は、日米安全保障条約の改定を果たす。米ソ冷戦下、新たな同盟関係を結び日本は米国の『核の傘』に入った。『反米』『反核』を掲げ日本中を席巻した安保闘争は岸を退陣に追い込んだが、原発には触れずじまいだった。64年に中国が核実験に成功すると、直後に首相に就いた岸の実弟、佐藤栄作の下で、核兵器に転用可能な原発技術を利用した『潜在的な核保有』がひそかに検討される。原発と核兵器が政権の裏側で結びつく経緯と、その背景を探った」(「第6回『アカシアの雨 核の傘』 (1)昭和の妖怪」より。数字は算用数字に変更しました)ものです。

中日新聞 連載 日米同盟と原発

PK2013022602100094_size0.jpg 
1960年6月24日、国会突入デモで亡くなった東大生、
樺美智子さんの「国民葬」と銘打って行われたデモ行進
(中日新聞「アカシアの雨 核の傘」(3)より)

第6回「アカシアの雨 核の傘」
(1)昭和の妖怪(2013年2月26日)
(2)「岸に賭けよう」(2013年2月26日)
(3)最後にほほえみたい(2013年2月26日)
(4)デモは終わった就職だ(2013年2月26日)
(5)「原爆製造は可能」(2013年2月26日)
(附1)安保闘争と原子力をめぐる動き(2013年2月26日)
(附2)原発を核武装潜在力に 64年に首相ブレーン報告書(2013年2月26日)

関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/531-2632c3b1