県知事選挙が盛り上がらない。沖縄の針路を左右する極めて重要な選挙であるにもかかわらず、選挙の意義に見合うような熱気が、感じられない。一体、どういうことなのだろうか。

上記は、一昨日の沖縄タイムスの社説の冒頭の一説です(「[県知事選]この静けさは何だろう」 2010年11月20日付 )。

沖縄タイムス紙は同社説で「県知事選挙が盛り上がらない」理由を2点挙げています。第1。「2人の有力候補が米軍普天間飛行場の移設問題で、『県外』『国外』への移設を主張し、争点がぼやけてしまったこと」。第2。「沖縄の県知事選で政権与党が(どの候補も推薦することができず)自主投票を決め」、また、「自民・公明推薦の候補が、自民党本部に推薦の申請をしない」という「普天間問題がもたらした複雑な『ねじれ』が」生じていること。そして、沖縄タイムス紙は、その「複雑な『ねじれ』が、有権者を戸惑わせ、選挙運動の盛り上がりにブレーキをかけているのは明らかだ」とした上で、「普天間問題の争点がぼやけ、中央と沖縄に『ねじれ』が生じたことは、いわゆる浮動層の知事選への関心を低下させる懸念がある」「各陣営は他候補との違いを有権者にアピールし支持を訴えているが、現時点では、政策の違いが有権者に十分に浸透しているとは言い難い」という現下の沖縄県知事選挙情勢に対する同紙としての厳しい見方を示し、同時に深い憂慮の念を表明しています。

知事選への関心が低下し、投票率が下がるとどういうことになるのか。同紙はこれまで同県知事選で投票率の下がった2回のケースを挙げて、いずれの選挙も「大差がついた」のが共通する特徴だ、としています。大差がついたのは投票率の低下にともなっていわゆる組織票がものをいう選挙になった、ということを意味しているでしょう。投票率の低下は組織力と組織動員力に勝れる候補者の側が有利になる、というのは選挙の鉄則、あるいは経験則といってよいものです。

このことを沖縄県という風土に即してみると、同県の経済団体、業界団体はすでにこぞって仲井真候補(現知事)支持(「自主投票」を余儀なくされているところもありますが)を打ち出しています(「組織の支持固まる 県知事選」 沖縄タイムス 2010年11月17日)。そうして、沖縄は、「土建・建設業に携わる者は自分たちの親族の中に必ずひとりいる」といわれるお国柄です(むろん、戦後の「本土」政府の沖縄に対する差別的なアメとムチの政策を否応なく反映している結果でもあるわけですが)。また、沖縄は、血縁主義的なきずなが強く、この関係は、沖縄の「親族の相互扶助のメカニズム」として強く機能しているとも指摘されています。この「親族の相互扶助のメカニズム」が沖縄の保守の動員力の原動力となっており、また、左翼が動員にたびたび失敗してしまう最大の原因になっていると指摘されているところでもあります。すなわち、投票率の低下は、そうした「親族の相互扶助のメカニズム」からなる組織票獲得に有利に働く懸念があるわけです。

また、沖縄は、しばしば「創価学会王国」とも呼ばれてきました。 2009年の衆院選の比例代表選挙では創価学会を母体とする公明党の同県での得票率は全国第1位で12万票余の得票を得ています。また、今年の参院選の比例代表選挙でも公明党の同県での得票率は全国第3位で約9万5千票の得票を得ています。投票率の低下は、当然、この公明党、創価学会の組織票の力をさらに大きなものにしていく要因にもなります。

「県知事選挙が盛り上がらない」原因、また「浮動層の知事選への関心を低下させる」原因が沖縄タイムスの社説のいうように「2人の有力候補が米軍普天間飛行場の移設問題で、『県外』『国外』への移設を主張し、争点がぼやけてしまったこと」に仮にあるのだとすれば、私たちは、争点は決してぼやけているわけではないこと、「県内移設反対」と「県内移設不可能(条件付き賛成)」という争点は伊波候補と仲井真候補との間には画然として明らかに存在していること。仲井真候補のいう「県外移設」の主張は選挙前になって急遽唱えだした選挙戦術のための付け焼き刃の主張でしかないこと。その論よりの証拠として仲井真候補は決して「県内移設」反対を明言することはせず、「『県内移設』反対を曖昧にすることによって、『県外移設』を唱えつつ、『県内移設』で政府と議論する余地も残そうとしている」(目取真俊 海鳴りの島から 2010年11月12日付)まやかしの言説を弄していることを沖縄の有権者のみなさんにもっともっと広範に知っていただく努力をあと1週間総力をあげて展開していく必要があるように思います。

上記のことについて以下に書いています。再度掲げておきます。ご参考にしていただければ幸いです。


ところで、私は、上記ブログ記事において、佐藤優が沖縄県知事選について論じた「『義挙』の容認は危険」(「佐藤優のウチナー評論」 琉球新報 2010年11月13日付)という評論について次のような批判をしておきました。

佐藤は仲井真氏と伊波氏を同列に並べて「いずれの候補が当選しても、県内移設を認めることにはならない」と述べていますが、この論じ方に私は彼の意図的なトリックを感じます。佐藤は『県外移設』という言葉こそ最近口にしだしたものの「県内移設反対」とは絶対に言わない仲井真氏を当選させたいと本音のところでは思っているのです。しかし、普天間基地の県外移設を強く求める沖縄県民の「民意」の前ではそのことをあからさまにすることはできない。そこで「いずれの候補が当選しても、県内移設を認めることにはならない」などと間接的に仲井真氏をバックアップする論陣を張ろうとしているのです。私たちはこの佐藤のトリックにだまされてはならないでしょう。

佐藤優は、上記で私が批判した「『義挙』の容認は危険」(「佐藤優のウチナー評論」 琉球新報)という評論の論理とまったく同じ論理を『週刊金曜日』の先週号(2010年11月12日/823号)の誌上で展開しています。佐藤優の保守擁護(具体的には仲井真擁護)のためのトリック論法は上記に見たとおりですが、私が改めて驚き呆れざるをえないのは、その佐藤の論を主軸に佐藤優責任編集として「沖縄と差別」という特集を組んでいる『週刊金曜日』という公称「革新」メディアの姿勢です。

その「沖縄と差別」という特集の冒頭のページのリード文には同誌編集部の手によって次のように書かれています。

一一月二八日投開票の沖縄県知事選挙は、極めて重要な意味を持つ。それは沖縄にとってだけでなく、日本の将来にとっても及ぼす影響は大きい。しかし、残念ながら多くの人々にそのことは理解されていない。この特集では、現在の激しい選挙戦からは距離を置き、沖縄が置かれている本質を取り上げる。本質とは、東京の政治エリートがつくりだす構造的差別について考えることだ。沖縄・久米島出身の母親を持つ佐藤優さんの責任編集で特集を組む。

『週刊金曜日』編集部は公称「革新」メディアという手前もあって「沖縄県知事選挙は、極めて重要な意味を持つ」と一応は言っているものの、同号発売の日には同知事選の激しいつば競り合いが繰り広げられているこの時期に「現在の激しい選挙戦からは距離を置き、(略)東京の政治エリートがつくりだす構造的差別について考える」などというなんとも遠大なご高説をのたまわっているのです。この『週刊金曜日』のスタンスには、「沖縄の民意」を代表して普天間基地建設反対を明確に掲げて立候補している伊波候補支援のためにメディアとしてできうる最大の論陣を張ろうなどという革新メディアとしての使命感など微塵も感じることはできません。佐藤優と同様に『週刊金曜日』編集部も伊波氏と仲井真氏とを同列に並べて論じようとしているのです。そこには「いずれの候補が当選しても、県内移設を認めることにはならない」などと言う佐藤のトリック論法に欺かれて、そのことに気づきもしないおよそ革新メディアとは言いがたいメディアの惨たらしい敗残の姿しか認めることはできません。

本記事があまりに長くなるきらいもありますので、同特集において佐藤優が展開している論の珍奇さについてはここではこれ以上触れないことにします。最後に佐藤優、糸数慶子、佐高信による同特集の座談会「沖縄人宣言のすすめ」を若干批判しておきます。

同座談会の冒頭で佐藤は次のように言います。

米海兵隊、普天間飛行場の県内移設反対は、実質的に一騎打ちとなっている知事候補者の二人とも主張している。なのに、沖縄で示された民意はひっくり返すことができると東京の政治エリート(政治家、官僚)は驕っています。

そうして朝日新聞などのメディアの記者も東京の政治エリート(政治家、官僚)と「同じ視線」でモノを見ている、と「本土」のメディア批判をします。左記の佐藤の論法の本旨は、すでに上記で見たように伊波氏と仲井真氏を同列に置くことによってさも両者を「対等」に取り扱っているように装い、実質的に仲井真氏をバックアップしようとしているところにあるのです。

にもかかわらず対談者のひとりの糸数慶子氏は「たしかにひどい書き方でした」と応じます。糸数氏はさらに佐藤の「自民党沖縄県連も公明党沖縄県本部も主張は『県外移設』ですよね」という誘い水に乗って「そうですね」と応えます。しかし、糸数氏は、「そうですね」と言ってしまってはいけなかったのです。自民党県連や公明党県本部がいう「県外移設」の主張は決して「県内移設反対」の主張ではないことを事実をもって反駁する必要があったでしょう。

また、佐藤の「『仲井眞は裏切るかもしれない』という"消耗戦"に巻き込まれてはいけません。それは、沖縄の民主主義を内側から壊すことになります」という論法に対して、佐高信氏は「最初から変節を疑うのは良くないということですね」と応じます。しかし、これも佐高氏は、仲井真氏の「県外移設」の論は選挙前になって急遽唱えだした選挙戦術のための付け焼き刃の主張でしかないこと。その証拠に仲井真氏は決して「県内移設」反対を明言しないこと、を事実をもって反駁する必要があったでしょう。

私はいま沖縄県知事選挙において『週刊金曜日』が果たそうとしている「犯罪的」といってよい負の役割の重大さを思います。『週刊金曜日』はまかりなりにも革新メディアを公称しているのです。革新メディアの役割とはなにか、を『週刊金曜日』編集部、そして同誌編集委員には真摯に反省していただきたいものです。

沖縄県知事選は28日の投票日まで1週間を切りました。私たちは総力をあげて仲井真陣営の「県外移設」の主張のウソを暴いていく必要があるように思います。

「写真で見る・知る沖縄」ブログ(2010年11月20日付)より



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