下地さんとNさんの釈放」は朗報です。
 
憲法で保障された市民の表現の自由と政治活動の自由を不当に規制し、犯罪視する警察権力国家権力の横暴は決して許されるものではありません。
 
そういう意味で今回の大阪府警による阪南大学の下地真樹准教授ら3人の逮捕はまさしく「不当逮捕」というほかありません。憲法研究者、学者、文化人を含む多くの人たちが抗議の意思を示し、抗議の声を挙げているのはきわめて当然なことだと私も思います。
 
ただ、今回、下地さんとNさんと同時に逮捕されたHさんだけは釈放されず起訴されました。大山千恵子さんはこれを「分断目的」と指弾されていますが、大山さんのこの見方にも同感します。
 
以上がこの件に関する私の基本認識ですが、この件を考えるに当たっては、

憲法研究者が問題視し批判しているのは、警察権力によって表現の自由が不当に制限されてしまうという問題です。決して瓦礫の受け入れの是非の問題ではありません

という憲法研究者の上脇博之さんの指摘も十分に考慮されるべきでしょう。
 
がれきの受け入れの是非については賛否両論があります。私は基本的には「がれき受け入れ反対」の立場に立つものですが、なにがなんでも絶対「がれき受け入れ反対」という立場ではありません。原発震災以後がれきが放置されたままの状況におかれ、いま現在も放射能被ばくの危険に晒され続けている福島を中心にした汚染地に暮らす、暮らさざるをえない人々の現実をなんとかしなければいけないという課題が国民全体の人道的な課題として残されたままになっているからです。この現実をなんとか克服するためにはたとえば小出裕章氏も指摘する2つの条件をクリアさせた上での各地での放射性物質の焼却(注)などの問題提起は困難な現実の課題の克服という限定された課題の選択肢としてやむをえないぎりぎりの問題提起というべきだろうと思っています。そうした良心的なスタンスからの科学者の十分に考えぬかれた上での科学的な問題提起すら否定し、ともあれなにがなんでも「がれき受け入れ絶対反対」と全否定する態度は現実的困難に直面した場合の市民のとるべき態度ではないだろうと思っています。

まして、自らの主張を言い募りたいばかりに側溝の上で測ったセシウムの空間線量を公式の測定点で測った空間線量値であるかのように捏造するいわゆる「放射能デマ」を撒き散らしてはばからない「buveryの日記」「( →_→) 『捏造なう』」2012-04-18)。また、そのような「放射能デマ」を自ら検証することもなく無思慮、かつ軽薄に拡散してはばからない。このような態度は良心的で理知的な市民のとるべき態度として論外中の論外な態度といわなければならないでしょう。
 
上記の上脇博之さんの「憲法研究者が問題視し批判しているのは、(略)決して瓦礫の受け入れの是非の問題ではありません」という指摘はそうした問題群批判をも含んでいるだろう、というのが私の読解です。繰り返しになりますが、この問題を考える際、憲法研究者の上脇博之さんの上記の指摘は十分に考慮されるべきものだと私は思います。

注:以下はがれきの処理問題とがれきの焼却問題に関する小出裕章氏の見解です。

小出裕章氏 北九州市で震災がれき焼却をすべきでない理由
(約4分間)(公開日:
2012/09/02)

しかし、上記の題字は次のように訂正されるべきでしょう。

小出裕章氏 北九州市で震災がれき焼却をすべきでない理由
北九州市で震災がれき焼却をしなければならない理由」
と。


(1′09″~)
ただし、いま現在大変困難な状況が福島を中心にしてあります。がれきが放置されている限りは福島の子どもたちも被ばくをしてしまっているわけで、それをなんとかしなければいけないという課題は残っています。それに対していま現在の国のやり方が正しくないということは、私は何百回でも言いたいと思いますけれども、ではがれき問題をどうするのか、自分のところに来なければいいのか、というそれだけで考えて欲しくないと私はそうも思います。それぞれの地域の方々は大変だろうとは思いますけれども十分に考えていただきたいと思います。

(がれきの焼却問題については)焼却は私はやってもいいと思いますが、焼却はそれぞれの現地に専用の焼却施設をつくってそこで焼く。そして、出てきた焼却灰は専用の施設で保管をするということが原則です。ですから、ほんとうは国がそれをやらなければいけないのですが、国がまったくやらないというでたらめな国なんですですね。その中で子どもを守るために私たちになにができるかということを私も考えているわけです。そして、仮にどこかの、全国というか、北九州もそうですけれども、そこで引き受けるというのであれば2つのことは必ずやらなければいけません(太字は引用者。以下、同じ)。

ひとつは現有の焼却施設というのは放射性物質を閉じ込めるということになんの考慮もはらわれていない施設ですので、そこで焼いてはいけませんので、放射性物質を取り扱う前にちゃんと放射性物質を捕捉できるようなフィルターなどをとりつけてからでなければやってはいけないというのがまず第一です。

そして第二には出てきた焼却灰というものはもともとは東京電力の所有物が汚染しているものなわけですから焼却灰は東京電力に返す。自分のところで始末するなんていうことではなくて、東京電力に返すという筋道をつけてはじめてやっていいということだと思います。ただ、住民の方々も単に自分のところに汚染が来ないで欲しいというそれだけではなくて、福島を中心とした汚染地の子どもたちを守るためにもし引き受けるのであればその2つの要件を必ず守らせるというそういう運動の組み立て方をして欲しいと思います。もしそれが実現できるのであれば、自分たちの子どもたちも守れますし、汚染地の子どもたちの被ばくも減らすことができると考えていただきたいと思います。
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