脱原発法制定全国ネットワークがこの8月22日に設立・告知され、9月7日には同ネットワーク提案の脱原発法案が国会に提出されました(会期末ということもあって継続審議)。脱原発法を制定させようという同ネットワークの理念はもちろん、その行動力とフットワークの軽さ、速さには率直に敬意を表したいと思いますが、同ネットワークの脱原発法案の国会提出に向けての足取りを見るとなにか大切なことを置き去りにして急ぎすぎている。私にはちどり足のように見えます。もちろん、脱原発の課題はまったなしで急ぐ必要はあるのですが、「脱原発は、遅くとも、平成三十二年(注:2020年)から平成三十七年(注:2025年)までのできる限り早い三月十一日までに実現されなければならない」(「脱原発基本法案」第三条 基本理念)という課題実現の設定時期(私には異論がありますが)とこの急ぎようとの間には少なくない乖離があるように私には思われます。

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この点について私の見解を述べる前に脱原発法の制定に基本的に賛成の立場に立ちながら同法案の共同提案者にはならなかった日本共産党の見解を見てみたいと思います。共産党はなぜこの共同提案に加わっていないのか。また、加わらなかったのか?

その理由については同党衆院東京比例候補者の宮本徹氏が9月7日付けで次のようなツイートを発信して説明しています。

「昨日提出の脱原発法に共産党が共同提案に加わってないのは「脱原発は2020年から2025年までのできる限り早い時期に実現」という法案は、一刻も早い原発ゼロを求める国民の期待に応えるものになっていないから。国民と力あわせ直ちに原発ゼロの政治決断を求め全力あげる」(笠井議員の話要約)

また、しんぶん赤旗はこの点について次のような記事及び主張を発信しています。以下、私の目についた3本のしんぶん赤旗記事。

1本目。

脱原発法案が継続 衆院 「生活」など提出(しんぶん赤旗 2012年9月8日)

「国民の生活が第一」やきづな、社民党などに所属する国会議員は7日、「脱原発基本法案」を衆院に提出しました。通常国会は8日が会期末となるため、法案は同日、継続審議となりました。

法案では、基本理念で「遅くとも2020年から25年までのできる限り早い」時期に脱原発が実現されなければいけないとし、「脱原発基本計画」を定めるなどとしています。

提出者は、前述の3党のほか、改革無所属の会、減税日本・平安、新党大地・真民主に所属する議員です。

提出者らは、法案提出後に衆院第2議員会館で会見しました。記者からなぜ日本共産党の賛同がないのかとの質問が出され、「生活」の山岡賢次代表代行は「(同党が主導する)『国民連合』でまとまって提出したものだ。共産党は『国民連合』は遠慮したいということだった」とのべました。

国民の声は「即時ゼロ」

日本共産党の笠井亮衆院議員の話 いま、国民の多数が一刻も早い「原発ゼロ」の実現を望み、政府へのパブリックコメントでも8割が「即時ゼロ」を求めています。「脱原発は、遅くとも平成32(2020)年度から平成37(2025)年度までのできる限り早い時期に実現」とする今回の法案は、こうした国民の期待に応えるものになっていません。したがって日本共産党は、共同提案に加わらず賛同者にもなりませんでした。なお、先方から「国民連合」でという話は一切ありませんでした。

官邸前行動をはじめ全国各地の草の根で声をあげている多くの国民とともに、政府に対してただちに「原発ゼロ」の政治決断を求めるために全力をあげます。

2本目。

原発ゼロ決断 総力を 脱原発法制定求める集会 笠井議員が発言(しんぶん赤旗 2012年9月5日)

脱原発基本法案の国会提出へ向けた集会が4日、衆院第1議員会館で開かれました。脱原発法制定全国ネットワークが主催し、日本共産党、民主、生活、みんな、社民などの国会議員と市民団体関係者らが参加しました。

集会では、河合弘之弁護士が「今国会中に法案を提案したい」と発言。基本法案の説明の後、意見交換が行われ、民主、社民などの議員からは賛同の発言がありました。

日本共産党の笠井亮衆院議員は「国民の過半数が『原発ゼロ』を望んでいることを政府が認めざるをえなくなったのは、院内外のたたかいの成果だ。『原発ゼロ』への決断を政府に迫るたたかいに総力をあげたい。法律をつくることを、一つの手段として検討したい」と述べました。

そのうえで基本法案について「国会に提出する以上きちんと扱われ、審議され、成立の見通しが立つことが必要だ。会期末に出した途端に廃案にされる危険があるが、どういう見通しを持っているのか。政府のパブリックコメントでも原発即時ゼロ・再稼働反対が8割を占めるもとで、『脱原発』の期限を『遅くとも』『できるだけ早い時期』とはいえ『2025年』と明示することが適切なのか。再稼働についても一定の基準に適合すれば容認することにならないか」と指摘。「各政党、国会議員、市民のみなさんと協議しながら、丁寧に練り上げていくことが大事ではないか」と提起しました。

市民団体代表からは「2025年まで待てない。超党派『原発ゼロの会』とすりあわせの上でやってほしい」「再稼働を許したくない。すべて廃炉にという市民の多くの気持ちを背景に法律をつくってほしい」という意見も出されました。

3本目。

原発ゼロ迫るたたかいを 「脱原発法」の制定求める集会 笠井議員が発言(しんぶん赤旗 2012年8月30日)

「脱原発法」の制定を求める集会が29日、国会内で開かれました。「脱原発法制定全国ネットワーク」が主催し、民主、生活、社民などの国会議員、日本共産党から笠井亮、吉井英勝両衆院議員が参加し発言しました。

代表世話人の河合弘之弁護士は「2020年度から25年度まで、できる限り早く脱原発を」と説明しました。

笠井議員は、「原発ゼロ」が圧倒的な国民の声になっていると指摘し、「まず政府に『原発ゼロ』への決断を求めていくたたかいが重要だ。そうした大きなとりくみで、力を合わせていきたい」と語りました。

また、提示されている法律案要綱は民主党内の「脱原発ロードマップを考える会」の案にもとづくものになっているが、特定の案だけでなく、「原発ゼロ」をめざし多くの議員から出されているさまざまな提案や意見をふまえることが重要だと強調。「原発ゼロ」の思いを実現するために「知恵と力を出し合ってがんばっていきたい」と発言しました。

さて、この件について私としては次のように考えます。

つい最近まで脱原発の方向性を明確に打ち出している政党は日本共産党と社民党だけでした(上脇博之「東京電力福島原発事故から5ヶ月後の各党の原発政策」2011年8月14日)。

が、その社民党は別として、今回、同法案の共同提出者、または賛同者となっている政党・会派は新党「国民の生活が第一」、新党きづな、減税日本、新党改革、新党大地・真民主、民主党議員(55名)、みんなの党、みどりの風、たちあがれ日本の9会派(民主党は一部議員)。社民党を除く他の政党・会派のほとんどすべての議員はこれまで原発推進政党としての自民党、民主党(上記ブログ参照)に所属し、実際としても国会において原発推進案件に賛成してきました(たとえば「日本からヨルダンに原子力技術を供与するための原子力平和利用協定締結承認案件」(参議院 2011年3月31日)での上記政党、会派の各議員の投票行動を参照)。

だからといって、ここで私は彼ら、彼女たち議員、政党・会派は脱原発法案の共同提出者になる資格がない、などというルサンチマンを述べたいわけではありません。脱原発法案を実際に国会で可決させるためには「各政党の政策の違いをすりあわせ」(脱原発法制定全国ネットワーク「脱原発法Q&A」)脱原発という一致点で妥結できる落としどころを探っていくよりほかありません。そのためには多くの政党・会派、議員の積極的かつ主体的な協力も不可欠です。そういう意味では各政党・会派、議員が原発推進から脱原発に方針、主張を転換させるに至ったことは積極的に評価されてしかるべきことです。ここはルサンチマンを述べる場面ではありません。

そうではあるのですが、今度は逆にだからといって、脱原発法案の国会上程を急ごうとするあまり、3・11以前の経緯は別として3・11以後脱原発の方向性を明確に打ち出している政党、それも数少ない政党(共産党と社民党)のひとつを除外して同法案の国会上程のみを優先させるという姿勢は誤まっていると思うし、スジ違いも甚だしい姿勢だといわなければならないように思います。今後の国会での脱原発法案の中身の有益、前向きな検討もさることながら、その中身を少なくとも後退させないためには(法の制定を第一義にして中身をなし崩し的に後退させていくことはこの1年の間だけでもたびたび見られた現象です)、これまで脱原発の姿勢を明確にしてきた、すなわち脱原発政策においてスジを通してきた政党のある種お目付け役としての役割は大きなものがあるといわなければならないだろう、と思うからです。

このように私が思い、上記のように主張するのには、波風のないところに波風を立てるようでいささか指摘するのがためらわれるところもなきにしもあらずなのですが、脱原発法制定全国ネットワーク代表世話人(事務局)の河合弘之弁護士及び同じく代表世話人の飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所)にははじめ大飯原発の再稼働反対を声高に主張しながら、最終的には同原発の再稼働の積極的推進論者となったポピュリスト・橋下大阪市長の結果としての原発推進政策の強力ブレーン(大阪府市統合本部特別顧問)であった、あるという前歴、現歴があるからです。

とりわけ飯田哲也氏は山口県知事選に出馬し、敗れた後、大阪府市統合本部特別顧問に再び復帰しています。「橋下徹大阪市長(@t_ishin)を囲む企画の朝生(1/27)をiphoneへの録画で見る。批判サイドが抽象論・形式論・重箱のスミ論に留まっていたのに対し、政策の実質・実現などリアルを問い続ける橋下市長の独壇場。問題意識とアプローチが飯田も全く同じで共感」などとツイッターで橋下氏絶賛をしている人ですから無理からぬところというべきでしょうか。

しかし、その飯田氏は、山口県知事選に出馬した際には「思想や信条を教育現場等で押しつけることへの(橋下氏への)異議を主張」していました(こちらのビデオで確かめることができます)。しかし、その飯田氏の主張はウソであることは私はこちらの記事で証明しています(同記事下段の「追記」参照)。

そして、その舌の根の乾かぬうちの大阪府市統合本部特別顧問復帰です。まったくあいた口が塞がらないとはこういうことをいうのでしょう。私は飯田氏という人物をまったく信用していません。

そういうもろもろがあっての私の「脱原発法国会提出(中身・提出時期)への少なからぬ疑問」ということなのです。
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