先に、私は、孫崎享氏(元外務官僚・元防衛大学校教授)の『戦後史の正体』という新著が一部で高く評価されている現象について、その現象の非なること、私として肯んじえない理由を「 孫崎享氏(元外務官僚・元防衛大学校教授)の新著『戦後史の正体』の小沢派評論家たちの『前評判』への違和感」という記事を書いて述べました。

戦後史の正体

上記記事は『戦後史の正体』という著書そのものの批評ではなく、あくまでも同著書の「前評判」なるものに関して私の違和感を述べたものでしたが、同著書そのものについて孫崎氏自身が自己解説している講演ビデオを下記で観ることができます。

2012/07/24 政権公約を実現する会(鳩山グループ)勉強会 講師 孫崎享氏

私はまだ『戦後史の正体』という本そのものは読んでいませんが、同ビデオは同著書の著者による自己解説になっているわけですから、このビデオを観ただけでもある程度は同著の中身は判断できるし、その批評も可能、ということができるでしょう。

以下、同講演ビデオを観て、その講演を孫崎享著『戦後史の正体』の自己解説とみなして私の同著評を簡単に述べておきます。

孫崎氏は同ビデオの冒頭で民主党という政党が誕生したときのことを振り返って
「ほんとうに期待した」と述べています。「私はひとりの国民として民主党ができたときにほんとうに期待した。これで日本は変わる、そう思っていました」、と。これがいわゆる「政権交代」選挙(2009年衆院選)時のときの民主党政権への期待であれば、この「政権交代」への期待はこの時点で多くの国民が共有していたふつうの政治感覚というべきものですから、孫崎氏が民主党政権の実現に「ほんとうに期待した」としてもちっともおかしくはありません。しかし、そのときでも、「これで日本は変わる」とまではふつうの市民は思っていなかったでしょう。 この時点でのふつうの市民の政治感覚は、民主党政権の誕生に半面期待を抱きながらも、もう半面で戦後、長年にわたって日本の政治を壟断、支配してきた自民党政治の負の遺産を民主党政権はほんとうに払拭することができるのかという疑心暗鬼を抱えていた、というアンビバレントなものだったでしょう。自民党政権時代、民主党はしばしば「第2自民党」(自民党の補完勢力)の役割を担ってきたという政治実態があったからです。だから、ふつうの市民にはそういう不安も少なくなかった。

しかし、孫崎氏はそうではなく、民主党という政党が誕生した時点で「これで日本は変わる、そう思っていました」とまで評価しています。ここには孫崎氏の民主党政権への肩入れがふつうの市民の感覚に照らしても並々のものではなかったことが示されているように思います。すなわち、孫崎氏の思想を支える核の部分は本質的にいわゆる保守のそれとほぼ同等の質のものである、とみなすことができるように思います()。そのことは、彼が彼の人生の大半をときの政府を支える優秀な外務官僚として大過なく過ごしてきたという事実とも符合するでしょう。孫崎氏はその思想の背骨において基本的にときの政権の思想と一致する、そういう意味での保守思想を持ち続けて大過なくその人生を歩き続けてきた人なのです。その孫崎氏を一部の人が言うように「革新」思想の持ち主のように言うのはまったく当たらないことだといわなければなりません。

★孫崎氏は戦前の日本のアジア諸国への侵略戦争性を否定し、現行の社会科教科書を「自虐史観」に基づく教科書だとして攻撃する右翼思想団体の新い歴史教科書をつくる会の賛同者として著名な岡崎久彦氏の後輩、直接の部下だった人で、自身の著作でも「岡崎氏と情勢の認識においてはほとんど違わない」ということを書いているという指摘もあります。

しかし、その孫崎氏を「体を張って対米従属と闘っている人」と一部で評価する向きがあります。冒頭で述べたエントリでとりあげた天木直人氏の論のたぐいのような論を指しています。

しかし、孫崎氏の言う「対米自主・自立」とはなにか。孫崎氏は上記のビデオで次のように言います。「この本を書いて気がついたことはいわゆる日本の自主を唱える人たちはわれわれが思っているよりも多い」。そして、その具体例として次のような首相経験者の名前を挙げていきます。「重光葵、石橋湛山、芦田均、岸信介、鳩山一郎、佐藤栄作、田中角栄、福田赳夫、宮沢喜一、細川護熙、鳩山由紀夫」。孫崎氏の言う「対米自主・自立」を主張する人たちとは左記のような人たちを指しているのです。しかし、彼らは果たして「対米自主・自立」を主張する人たちと言えるのか?

たとえば上記で孫崎氏によって「対米自主・自立」の人として挙げられている人たちのうち岸信介、福田赳夫はアメリカの軍用機売り込み工作、いわゆるダグラス・グラマン事件で賄賂を受け取った政治家として当のアメリカ側の証券取引委員会(SEC)から名前を明らかにされるとともに告発された人たちです。こういう人たちを「対米自主・自立」の人と言えるのか? 

岸信介はさらに正力松太郎などとともに中央情報局(CIA)から資金提供を受けていたとされる人物です。こういう人をも「対米自主・自立」の人と言えるのか?

鳩山由紀夫氏についてはまだ記憶も新しい。「『最低でも県外』と首相自ら公約しながら県民の心を8カ月間ももてあそび、『辺野古現行案』に回帰するという公約違反の裏切り行為」(琉球新報社説、2010年6月1日付)に及んだ人物です。こういう人をも「対米自主・自立」の人と言えるのか?

すべてノーと言わなければならないでしょう。孫崎享氏の政治認識はあまりにも愚かしい、というのが私の孫崎氏評価です。

さて、上記のような人物観、政治情勢認識、政党観、歴史認識によって支えられた『戦後史の正体』の記述を「日本の戦後史は、アメリカからの圧力を前提に考察しなければ、その本質が見えてこない。元外務省・国際情報局長という日本のインテリジェンス(諜報)部門のトップで、「日本の外務省が生んだ唯一の国家戦略家」と呼ばれる著者が、これまでのタブーを破り、日米関係と戦後70年の真実について語る」(同著キャッチコピー)ものとして評価できるか?

私はこの点についても断じてノーと言っておきたいと思います。

そして、孫崎氏の新著の「前評判」は主に小沢派評論家、小沢派ジャーナリストと呼んでよい人たちによって創られた〈小沢賛美〉(鳩山グループも広義の〈小沢派〉とみなしてよい存在だと私は見ています)というきな臭い政治臭のふんぷんとする意図的な「前評判」でしかない、という疑念を再度表明しておきたいと思います。
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