「原発とめよう!九電本店前ひろば」第456日目報告には小川みさ子さん(鹿児島市議)からの「広瀬さんから代々木公園での、『さよなら原発10万人集会』の空撮報告があります」という発信記事も掲載されています。が、広瀬隆氏のこの「空撮報告」にも私は大きな違和感があります。ただし、同報告には肝心の広瀬氏のこの「空撮報告」は掲載されていません。同報告はインターネットエクスプローラーでは閲覧できないPDF仕様の添付ファイルとして発信されてきたので掲載できなかったのだろうと思いますが、その添付ファイルと同等の「空撮報告」はこちらで見ることができます。

7月16日代々木公園/みなさんのお金で/空撮された映像が/配信されています(2012年7月17日 正しい報道ヘリの会)

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代々木公園周辺を埋め尽くす17万人の集会参加者

このPDFの中に収められている「さよなら原発10万人集会」の模様と代々木公園を出発したデモ行進を映し出している「空撮」そのものは迫力があり、見応えのあるものです。が、私は、その「空撮」の模様とともに掲載されている広瀬氏の「空撮報告」には強い違和感を感じました。その「空撮報告」はプレゼンテーション用のパワーポイントの形式でつくられていて超極太のゴチック文字で次のように書かれていました。

「主催者発表17万人/えっ?/そんなに少なくなかったよ。/冗談じゃない。それは今日の日付だ。/軽く数十万人を/超えていた!!/要するに、誰も数えられなかった/ほど多くの人だった!!」(2頁目。/は改行)

「沖縄~九州~四国~中国~関西~中部、北海道・東北・北陸からも、大勢の仲間が集まってきたので、驚きました。被災地の福島県からバスを連ねて、数えきれない人がやってきているのを見た時、「申し訳ない」と思って、涙が出ました。タクシーの運転手さんたちも、デモによる自動車の渋滞に文句ひとつ言わずに、みな私たちの支援者でした。」(3頁目)

「そう、代々木公園を出発したデモ行進は、東京の街全体を包んだ「総意」を体現していたのです。/歩道橋の上から手を振ってくれる山のような人たちの姿が、デモ行進を支えていた。/その意味で、はっきり、1000万人集会であったことを、ここに宣言します。広瀬隆」(4頁目)

「主催者発表17万人/えっ?/そんなに少なくなかったよ。/冗談じゃない。それは今日の日付だ。/軽く数十万人を/超えていた!!」とはなんという大言壮語でしょう。「軽く数十万人を/超えていた!!」とはどのような根拠をもってそう言うのでしょう? 根拠などありはしないでしょう。ほかならない広瀬氏自身が「誰も数えられなかった/ほど多くの人だった!!」と〈証言〉しているくらいなのですから。

「主催者発表17万人」というのは主催者側が相応の根拠をもって発表している数字です(ちなみに警視庁非公式発表は約7万5千人)。かつ主催者側とは呼びかけ人の内橋克人さん、大江健三郎さん、落合恵子さん、鎌田慧さん、坂本龍一さん、澤地久枝さん、瀬戸内寂聴さん、辻井喬さん、鶴見俊輔さんという良識ある人たちを含む同集会実行委員会、事務局の人たちです。その人たちが相応の根拠をもって発表している数字を単に「空撮」を観たという感覚だけで「えっ?/そんなに少なくなかったよ。/冗談じゃない。それは今日の日付だ」などとどうして言えるのでしょう? 自分の目だけが正しくて、ほかの人の目は正しくないとでも言いたいのでしょうか? 主催者側に対して礼を失していることはもちろん、思い上がりも甚だしい偏執の言辞といわなければならないでしょう。たとえ「誰も数えられなかった/ほど多くの人だった!!」、と集会の成功を賛嘆したかったにしても、です。

こういうことを根拠もなく、そして他者への配慮を思うこともなく、軽々しく、これ以上ないほどに誇大、誇想して言うところに広瀬隆という人の本質的に自己本位的=エゴイスティックな思想の質が如実に示されているように思います。広瀬氏の思想のまわりには自己という存在はあっても他者は存在しない。「脱原発」という〈思想〉にしても自己を主張するための脱原発ということであって、その「脱原発」の〈思想〉のまわりにも実のところ他者は存在しない。そういう〈思想〉とはなにか、ということが問われなければならないのです。

「そう、代々木公園を出発したデモ行進は、東京の街全体を包んだ『総意』を体現していたのです。/歩道橋の上から手を振ってくれる山のような人たちの姿が、デモ行進を支えていた。/その意味で、はっきり、1000万人集会であったことを、ここに宣言します」という主張にしても誇張、誇想が目立ちます。「1000万人集会であった」というのが比喩的表現であることはわかりますが、先の東京都知事選での原発推進派の石原慎太郎への投票数2,615,120票、同じく保守派の渡辺美樹への投票数1,013,132票、東国原英夫への投票数1,690,669票。当日投票者数は6,072,604人ですから実に東京都民の87.58%が原発推進勢力の保守派に投票しているということになります。その事実ひとつを押さえるだけでも「はっきり、1000万人集会であったことを、ここに宣言します」などとはとても言えたものではないでしょう。広瀬氏は「空撮」で観た「歩道橋の上から手を振ってくれる山のような人たちの姿」をおのれの幻視でしかない目で誇想的に過大視しすぎているのです。

広瀬氏は同「空撮報告」の最後で「ムバラク/カダフィ/ノダ/彼らがたどった/哀れな運命・・・」(15頁目)「この落とし前は、/われわれが/つけてやる!!!!」(16頁目)などともアジテートしていますが、このような誇想視する目で世の中を変えることなどできるはずもないのです。事実、彼は、「ノダ」は批判しても元凶としての民主党総体は批判しません。講演の度にそのときどきの政府首脳や「民主党」は批判しますが民主党総体は批判しません。誰や彼やと民主党内の「有為」な人材(どういうわけか彼が推奨する人には「小沢派」の代議士が多いのですが)を発掘してはその代議士に期待を寄せています(「広く共感をえられる論理の構築とはなにか? ――広瀬隆氏の『「福島 あんなところ』」発言に見られる他者を思いやる共感力が欠如した貧困なる思想としての論理について」参照)。彼の主観でしかない「政治」観をさも客観的、科学的なもののように言い為す彼の主張にはあざとい詭弁の論しか私は見出すことはできないのです。いまもある「広瀬隆現象」は非常に「危ういもの」という以上の評価をすることは私にはできません。

いまある「広瀬隆現象」を仮に第2次「広瀬隆現象」とするならば、その第1次「広瀬隆現象」(1988年前後)というべきものについてかつて野口邦和さん(日本大学准教授・放射線防護学)は根底的な批判を提起したことがあります。

広瀬隆『危険な話』の危険なウソ(「文化評論」1988年7月号) 野口邦和(日本大学准教授・放射線防護学)

その批判のはじめの「『序』について」という部分を以下に抜粋してみます。

「この本の「序」は「本書は、広瀬隆が日本の各地を精力的に走りまわりながら語り続けている、『チェルノブイリ原発大爆発の真相』と、『全世界の人類の運命』についての、驚くべき内容の記録――まさに現代史に流動する重大なドキュメントである」(五頁)という大変おおげさな書き出しで始まっている。一読して広瀬隆氏以外の誰かが書いた本書の推薦文かなと思いきや、実はそうではない。「序」の最後には誰の何の署名もない。つまり、明らかに広瀬隆氏自身が書いた「序」なのである。

この「序」を要約すると、「突然に現われた〝社会派作家〟」広瀬隆氏の講演を聞くと、「聴衆の目の色がみるみる変わってゆ」き、「いまや最低三時間、多くの場合は四時間にもおよぶ長大な内容となっている」話であっても、「聞き手が微動だにしないという」「最も不思議な現象」が起こる。そして、講演会場には「話が終ったあと、茫然自失となっている人びとの姿」があり、それは「稀にみる真実に接したという感動のなせる業だろう」(以上全て五頁)。また「今日明日にも」「日本の原子力発電所が大爆発を起こしているかも知れない」ので、「現時点で、彼の話を一刻も早く日本全土の人びとに伝えなければならない」(以上全て六頁)ということになろうか。

しかし、自ら「突然に現われた〝社会派作家〟」とのたまい、彼の講演を聞いた聴衆は、「稀にみる真実に接したという感動のなせる業」のため「茫然自失となって」しまうと仰せになられるとは。この人、ナミの神経の持ち主ではないようだ。広瀬隆氏の厚顔無恥かげんには恐れ入る。このわずか二頁たらずの「序」を読んだだけで、実は私などはこの先を読む気力が萎えてしまうのである・・・・」

私も上記のような「論」?を為す人の「神経」に大いなる疑問と激しい違和感を持つ者のひとりです。このような「神経」の持ち主を有り難がる第2次「広瀬隆現象」ともいうべき社会のその「神経」のありようがまた私には理解しがたいのです。

1986年のチェルノブイリ原発事故をひとつの契機にして日本の脱原発運動は空前の高まり、急激な高揚を見せたことがあります。そして、その空前の脱原発運動の高まりは広瀬隆という人を一躍スターにしました。広瀬氏が1980年代後半の日本の脱原発運動の高まりによかれ悪しかれ一定の貢献をしてきたということは事実でしょう。しかし、その空前の高まり、急激な高揚はなぜ持続しなかったのか? 2011年の3・11に至るまでなぜ一般市民の間に地下茎のように根を張っていかなかったのか? その空前の高まりを見せた脱原発運動はなぜ電力会社、原子力産業と政府が打ち出す「安全神話」の反撃によって、その反撃に逆反撃することができずに弱体化してしまったのか?

その辺の疑問を解く鍵も私が仮に第2次「広瀬隆現象」と名づけた現今の現象(流行、といった方が正確かもしれません)の中に隠されてはいないか。私は隠されている、と思うのです。そして、私たちは1980年代後半の日本の脱原発運動の高まりの挫折の経験の二の舞を演じてはならない、と思うのです。
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